孤独な青年はひだまりの愛に包まれる

ミヅハ

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優しさの理由

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 水族館へのワクワクは少し離れた場所から始まっていた。

 人が行き交う歩道には水族館の敷地を囲むように壁があって、そこには海の生物のイラストがたくさん描いてある。街頭の電球の部分がガラスの魚の形をしているし、道中からずいぶんと目にも楽しい。
 鷹臣さんが窓を開けてくれたから少しだけ顔を出して視線で追ってたら、建物の頭がチラリと覗いててっぺんにシャチがいるのが見えた。

「わぁ⋯⋯」

 屋根がまるで海みたいになってて、そこからシャチが顔を出してる。
 あんなに高いところでどうやって作ったんだろうって思ってる間に広い駐車場に入り、入口より離れてはいるけど空いてる場所に車を停めた鷹臣さんは、シートベルトを外そうとモタモタする僕より先に降りると助手席側に回って来て扉を開けてくれた。

「どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます⋯」

 手まで差し出されて気恥ずかしく思いながらも取って降りたら、そのまま握られて微笑まれる。扉を閉めてロックを掛けても繋いだままで、このまま行くんだと悟った。
 駐車場を抜けて、さっき見えた建物の全貌が見えてくるとその大きさに驚く。入場口はガラス張りの両開き扉で奥にゲートが見え、外壁は白と青を基調にしたシンプルなデザインになってて青い部分にちょこちょこ魚が描かれてた。
 リニューアルオープン記念の看板とアシカの顔はめパネルがあり、子供たちが列を作っててとても微笑ましい。

「遥斗くん、入ろう」
「はい」

 回転しそうな勢いで周りを見ていた僕は、鷹臣さんに引かれて入口に行くと一緒にゲートを潜る。なおもキョロキョロする僕を先に行かせた鷹臣さんは係の人に呼び止められてたけど、僕は気付かなくて貰った館内マップに興味津々だった。

「宝条様。いらっしゃるのでしたらこちらからご招待致しましたのに」
「今日は社長としてではなく、一般客として恋人と来ているから気にしなくていいよ」
「あ、もしかして先ほどの⋯」
「可愛らしい子だろう? 俺の事は気にせず、他の人にも普段通りにして欲しいと伝えてくれるかな」
「かしこまりました。ごゆっくりご観覧下さい」
「ありがとう」

 そんな話をしているとは露知らず、僕は食い入るようにマップを見る。色んな魚のゾーンに分かれているみたいで、順路通りに行けば全部見られるようになってるんだって。
 この先には目玉の一つでもある筒状の巨大水槽があって、この本館全部の階と繋がってるって書いてる。
 深海魚ゾーンとか気になるなぁ⋯あ、事前予約は必要だけど、餌やり体験とかもあるんだ。
 ちなみにこの水族館は三階建てて、別館にはカフェがありメニューを見る限り海と魚モチーフのフードやデザートがあるようだ。軽食メインだけど、どれも美味しそうでちょっと食べてみたい気持ちはある。

「シャチのショーは二時間後だから、ある程度回ったら会場に行こう」
「はい。楽しみですね」
「そうだね。でも、今の時期だと風邪を引いてしまうから、もし水を浴びたいならまた夏に来ようか」
「水を浴びる?」

 シャチのショーを見るのに僕たちも濡れないといけないのかな。
 そう思って首を傾げていたら、クスリと笑った鷹臣さんがスマホを操作したあと僕に画面を見せてくる。表示されているのはどうやら動画みたいで、再生ボタンが押されると別の水族館のシャチショーが流れ始めた。
 でもショー自体じゃなくて、シャチがヒレを使って観客に水を浴びせているシーンの特集のようで⋯最前列と二列目の人、レインコートは着てるのにずぶ濡れになってる。

「イルカやシャチのショーだと、こうして観客に水をかけるんだ。それを楽しみたくて敢えて前に座る人たちもいるくらい人気なんだよ」
「そ、そうなんですね⋯」

 好んで濡れるなんて、変わった人たちもいるものだ。
 でも、そんな気持ちがあったってこの寒空の下で水を浴びたら確実に風邪を引いてしまう。僕だけならともかく、鷹臣さんには元気でいて欲しいから濡れない事には賛成だ。

「夏になったら違う水族館に行くのもいいね」
「はい」
「水族館だけじゃなく、動物園も遊園地も行きたいし、遥斗くんが行った事がない場所は全部制覇しようか」
「え⋯そ、そこまでして頂く訳には⋯」

 水族館ここに連れて来てくれただけでも嬉しいのに、そんなにたくさんして貰ったら逆に申し訳なくなる。
 僕には、返せるものなんて何もないのに。
 首を振る僕に優しく微笑んだ鷹臣さんは、再び僕の手を握ると足を進め巨大水槽に近付いて行く。
 悠々と泳ぐ魚を追うように顔をあっちこっちに向けていたら、鷹臣さんの頭が僕の頭に寄りかかってきた。

「俺が遥斗くんと行きたいんだ」
「鷹臣さん⋯」
「俺と一緒に色んな事を経験しよう。たくさん美味しい物を食べて、色んな物を見て、触れて。楽しい事だらけの思い出を君と作りたい」

 生きていく上で知らなくていいものは知らないままでいいと思ってた。施設にいた時もそうだし、卒業したあともそれが当たり前だったから僕にとっては娯楽は不必要なものだったんだ。
 でも、鷹臣さんは僕と一緒に経験したいって言ってくれる。
 そんな事言われたの初めてだ。

「⋯⋯どうして⋯」
「ん?」
「どうして、そんなに優しくしてくれるんですか⋯?」

 一応僕たちは恋人だし、僕だって鷹臣さんの事は好きだけど、それが恋愛的な意味で好きなのかはまだ分からない。
 こんなに素敵な人が僕を好きだって言ってくれるのもまだ不思議で⋯信じているのに、たまに少しだけ不安になる。
 やっぱり違ったって言われるんじゃないかって。
 その問い掛けに頭を上げた鷹臣さんは、今度は僕の顔を覗き込むと繋いでいない方の手で頬に触れてきた。

「遥斗くんを愛しているからだよ」

 あ、あれ、好きからレベルアップしてる⋯?
 誰からも言われた事のない言葉に思わず赤くなった僕は一歩下がり、俯いて火照った顔に手の甲を当て冷やす。
 鷹臣さんの言葉はストレート過ぎて、心臓がいくつあっても足りないって思った。
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