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デートのお誘い

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 実感はないながらも、鷹臣さんの恋人になって早一週間。
 珍しく土曜日に訪れた鷹臣さんは、カウンターで商品を並べている僕の前の席に腰を下ろすと何かのチケットを差し出してきた。

「?」
「明日はバイトが休みだよね? 一緒にどうかな」
「⋯水族館⋯?」
「最近リニューアルオープンしたらしくて、運良くチケットが貰えたから遥斗くんと行きたいと思ったんだ。アシカとシャチのショーがあるよ」

 水族館⋯というか、この世に存在している遊園地然り動物園然り、いわゆる娯楽施設には僕は行った事がない。
 誕生日やクリスマスなどのイベント行事はしてくれてたけど、子供は僕だけじゃないし引率するのも大変だからって連れて行っては貰えなかったんだよね。だからって恨んでるとかそういう気持ちはなくて、〝先生〟たちには感謝してるんだ。
 テーブルに置かれたチケットを見て黙り込む僕に、鷹臣さんが少しだけ沈んだ声で問い掛けてくる。

「もしかして、あんまり好きじゃない?」
「⋯⋯あ! ち、違うんです。その⋯水族館は行った事がなくて⋯僕とじゃ楽しくないんじゃないかと⋯」
「そんな事ないよ。それに、初めてならなおさら新鮮な反応が見れて楽しいと思う」
「そう⋯ですか⋯?」
「うん。ちなみに遥斗くんは行きたいと思う?」

 家族なら少なくとも一度は必ず行く場所だって聞いた事ある。特にショーは凄いって。
 小学生の時、同じクラスの子が他の子に楽しそうに喋っていたのを聞いて羨ましいって思った事がある。
 だから、行きたいか行きたくないかで聞かれたら答えはもちろん。

「行きたい⋯です」
「じゃあ決まりだ。明日十時に迎えに行くから、連絡したら降りて来て」
「分かりました。⋯あの、鷹臣さん」
「ん?」
「誘って下さって、ありがとうございます」

 まだ目は見れないし顔も上げられないけど、精一杯の気持ちを込めて頭を下げたらその頭をポンポンって軽く叩かれた。
 この手、実は曲者だったりする。少しでも触れられると気が抜けるというか、とっても気持ちが落ち着くのだ。僕って手フェチだったのかな。

「それじゃあ、俺は会社に戻るよ。バイト、頑張って」
「コーヒー、飲んで行かれないんですか?」
「少し急ぎの仕事があるから」
「そうなんですね⋯あの、ご無理はなさらないで下さい」
「ありがとう」

 そう言って微笑んだ鷹臣さんの顔が近付いて額が合わされる。
 これもあの日から日常になりつつあって、送って貰った日とか、偶然会った日とか別れ際にされるようになった。
 人の温もりが顔のどこかに触れるって恥ずかしくて堪らない。
 きっと赤くなっているだろう僕の頭をもう一度撫でた鷹臣さんは、本当に急いでいるようで足早に店をあとにした。

(これも経験の差なのかな⋯)
「いつの間にそういう関係になったんですか?」
「!? お、岡野くん⋯休憩終わったの?」
「はい」

 何となく名残惜しくて鷹臣さんが出て行った扉をじっと見ていたら、スタッフルームから出て来た岡野くんに声をかけられ飛び上がるくらい驚いた。
 どこから見られいたのかは分からないけど、視線を泳がせて人差し指を唇に当てる。

「な、内緒で⋯誰にも言わないでね⋯?」
「言うつもりはないですけど⋯遊ばれてる訳じゃないんですよね?」
「う、うん。そこは大丈夫」
「ならいいですけど。もし何かされたら言って下さいね」
「な、ないとは思うけど⋯ありがとう」

 この一ヶ月、鷹臣さんの優しさは感じられても、意地悪さみたいなものは全然感じなかった。だから岡野くんが心配するような事は何もないんだけど、その気持ちは嬉しいからお礼を口にしたらどうしてか溜め息をつかれてしまう。
 なんで?

「遥斗さんは優し過ぎますからね」
「そんな事ないよ。それに、優しいのはマスターと岡野くんの方だし」
「⋯⋯だから心配なんですよ」
「うん?」

 ポツリと零された言葉は聞き取れなくて首を傾げていたら、途中だった品出しをあっという間に終わらせた岡野くんがスタッフルームを指差した。

「次の休憩、遥斗さんの番ですよ」
「あ、うん。じゃあ行ってくるね」
「はい、ごゆっくり」

 土曜日のこの時間は比較的お客さんも少なくて、マスターは裏で別の仕事をしている。コーヒーを頼まれた時はカウンターに立つけど、食べ物を出したりレジ対応したりは一人でも出来るからあとは任せて、エプロンを外しながらスタッフルームに向かう僕は岡野くんが何かを呟いた事に気付かなかった。
 頭の中はすでに明日の事でいっぱいだったから。

「狙ってるなーとは思ってたけど、まさかこんな早く動くとは思わなかったな。遥斗さん鈍いから、強硬手段に出たか? まぁもし遥斗さんを泣かせるような事があれば、客だろうとぶん殴ってやるけどな」

 年下だけど、僕にとっては優しくて頼れる後輩である岡野くんがそんな過激な発言をしていたなんて露知らず、僕は大人な鷹臣さんに合わせられるような服がない事に気付いて一人スタッフルームで焦ってた。
 バイト終わったらすぐに買いに行かなきゃ。
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