孤独な青年はひだまりの愛に包まれる

ミヅハ

文字の大きさ
上 下
4 / 54

デートのお誘い

しおりを挟む
 実感はないながらも、鷹臣さんの恋人になって早一週間。
 珍しく土曜日に訪れた鷹臣さんは、カウンターで商品を並べている僕の前の席に腰を下ろすと何かのチケットを差し出してきた。

「?」
「明日はバイトが休みだよね? 一緒にどうかな」
「⋯水族館⋯?」
「最近リニューアルオープンしたらしくて、運良くチケットが貰えたから遥斗くんと行きたいと思ったんだ。アシカとシャチのショーがあるよ」

 水族館⋯というか、この世に存在している遊園地然り動物園然り、いわゆる娯楽施設には僕は行った事がない。
 誕生日やクリスマスなどのイベント行事はしてくれてたけど、子供は僕だけじゃないし引率するのも大変だからって連れて行っては貰えなかったんだよね。だからって恨んでるとかそういう気持ちはなくて、〝先生〟たちには感謝してるんだ。
 テーブルに置かれたチケットを見て黙り込む僕に、鷹臣さんが少しだけ沈んだ声で問い掛けてくる。

「もしかして、あんまり好きじゃない?」
「⋯⋯あ! ち、違うんです。その⋯水族館は行った事がなくて⋯僕とじゃ楽しくないんじゃないかと⋯」
「そんな事ないよ。それに、初めてならなおさら新鮮な反応が見れて楽しいと思う」
「そう⋯ですか⋯?」
「うん。ちなみに遥斗くんは行きたいと思う?」

 家族なら少なくとも一度は必ず行く場所だって聞いた事ある。特にショーは凄いって。
 小学生の時、同じクラスの子が他の子に楽しそうに喋っていたのを聞いて羨ましいって思った事がある。
 だから、行きたいか行きたくないかで聞かれたら答えはもちろん。

「行きたい⋯です」
「じゃあ決まりだ。明日十時に迎えに行くから、連絡したら降りて来て」
「分かりました。⋯あの、鷹臣さん」
「ん?」
「誘って下さって、ありがとうございます」

 まだ目は見れないし顔も上げられないけど、精一杯の気持ちを込めて頭を下げたらその頭をポンポンって軽く叩かれた。
 この手、実は曲者だったりする。少しでも触れられると気が抜けるというか、とっても気持ちが落ち着くのだ。僕って手フェチだったのかな。

「それじゃあ、俺は会社に戻るよ。バイト、頑張って」
「コーヒー、飲んで行かれないんですか?」
「少し急ぎの仕事があるから」
「そうなんですね⋯あの、ご無理はなさらないで下さい」
「ありがとう」

 そう言って微笑んだ鷹臣さんの顔が近付いて額が合わされる。
 これもあの日から日常になりつつあって、送って貰った日とか、偶然会った日とか別れ際にされるようになった。
 人の温もりが顔のどこかに触れるって恥ずかしくて堪らない。
 きっと赤くなっているだろう僕の頭をもう一度撫でた鷹臣さんは、本当に急いでいるようで足早に店をあとにした。

(これも経験の差なのかな⋯)
「いつの間にそういう関係になったんですか?」
「!? お、岡野くん⋯休憩終わったの?」
「はい」

 何となく名残惜しくて鷹臣さんが出て行った扉をじっと見ていたら、スタッフルームから出て来た岡野くんに声をかけられ飛び上がるくらい驚いた。
 どこから見られいたのかは分からないけど、視線を泳がせて人差し指を唇に当てる。

「な、内緒で⋯誰にも言わないでね⋯?」
「言うつもりはないですけど⋯遊ばれてる訳じゃないんですよね?」
「う、うん。そこは大丈夫」
「ならいいですけど。もし何かされたら言って下さいね」
「な、ないとは思うけど⋯ありがとう」

 この一ヶ月、鷹臣さんの優しさは感じられても、意地悪さみたいなものは全然感じなかった。だから岡野くんが心配するような事は何もないんだけど、その気持ちは嬉しいからお礼を口にしたらどうしてか溜め息をつかれてしまう。
 なんで?

「遥斗さんは優し過ぎますからね」
「そんな事ないよ。それに、優しいのはマスターと岡野くんの方だし」
「⋯⋯だから心配なんですよ」
「うん?」

 ポツリと零された言葉は聞き取れなくて首を傾げていたら、途中だった品出しをあっという間に終わらせた岡野くんがスタッフルームを指差した。

「次の休憩、遥斗さんの番ですよ」
「あ、うん。じゃあ行ってくるね」
「はい、ごゆっくり」

 土曜日のこの時間は比較的お客さんも少なくて、マスターは裏で別の仕事をしている。コーヒーを頼まれた時はカウンターに立つけど、食べ物を出したりレジ対応したりは一人でも出来るからあとは任せて、エプロンを外しながらスタッフルームに向かう僕は岡野くんが何かを呟いた事に気付かなかった。
 頭の中はすでに明日の事でいっぱいだったから。

「狙ってるなーとは思ってたけど、まさかこんな早く動くとは思わなかったな。遥斗さん鈍いから、強硬手段に出たか? まぁもし遥斗さんを泣かせるような事があれば、客だろうとぶん殴ってやるけどな」

 年下だけど、僕にとっては優しくて頼れる後輩である岡野くんがそんな過激な発言をしていたなんて露知らず、僕は大人な鷹臣さんに合わせられるような服がない事に気付いて一人スタッフルームで焦ってた。
 バイト終わったらすぐに買いに行かなきゃ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

処理中です...