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【最終話】強気なネコは幸せに囚われる
しおりを挟む『綾瀬真尋。お前、俺のものになれ』
当時を振り返ってみると、随分とめちゃくちゃな言い方だよな、これ。
今だからあれが廉なりの精一杯だったんだって分かるけど……あの時はほんとに腹立ったし、逃げまくり反発しまくりで嫌ってたからそりゃ廉を好きな奴からすればムッキーってなるわな。
ホント、凄かったよなぁ、あの頃の俺。今じゃ考えらんねぇや。
「真尋」
ベランダに出て、廉と初めて会った時の事を思い出しながらぼんやりと外を眺めていたら後ろから抱き締められた。反射的に顔を上げると目元にキスされる。
寝起きでもイケメンな廉が眉尻を下げて顔を覗き込んできた。
「起きたらいねぇから心配した。身体、大丈夫か?」
「ちょっとフラつくけど平気」
「そんなんでベランダ出るな、危ねぇだろ」
「大丈夫なのに」
「ほら、戻るぞ」
心配性の廉は俺がベランダに佇むのをあまり良しとしない。まぁ今は昨日の疲れもあるからなんだけども。だから腕を引かれて部屋の中へと連れ戻されるのも割と良くある事だ。
廉と本当の恋人になってもう三年経つ。離れてた二年を含めるなら五年だけど、あれは声すら聞けなかったからノーカンだ。
今も変わらず傍にいて甘やかしてくれる廉を見ていると、人生ってホント何があるか分からないなと思う。
あの出会いがなければ、俺たちは今こうなっていないだろうし。
ソファに促され腰を降ろすと、いつの間に準備したのかカフェオレが渡される。少しだけ熱いのが苦手な俺の為に、ぬるめに淹れられた甘いカフェオレ。
「ありがと」
「腹は?」
「今は空いてない」
「そうか」
コーヒーを手に隣に座った廉は、俺の前髪を弄って目が見えるように整えると満足したのか柔らかく微笑む。
放置してたら目の下まで伸びたんだよなー。バイト中はピンで留めてるけど、結構めんどいしそろそろ切った方がいいのかも。
ちなみに廉は少し分け目を変えて、前髪を全体的に軽く横に流したような髪型になってる。これがまた腹が立つほどカッコよくて、会社でも評判がいいらしい。
その分モテモテに拍車かかってるけどな。昨日だって……と思い出してジト目で廉を見る。
「ん?」
「昨日、カバンにラブレター入ってたぞ」
「は? 何で?」
「知らねぇよ。読みたいならそこに置いてるから見れば?」
ラブレター入れる理由なんて一つしかないのに、わざと聞いてんのかコイツ。
俺はふんと顔を逸らして人差し指でダイニングテーブルを指差した。っつか、あんだけ目立つように置いてたのに気付かなかったのかよ。
廉はチラリとそっちを見ると、コーヒーをテーブルに置いて俺のカフェオレも取り上げた。
「あ、何す…」
「いらねぇよ、あんなもん」
「………」
「俺にはお前がいるんだし、お前だけいればいい」
「ん…」
人様が気持ちを込めて忍ばせたものをあんなもん呼ばわりは如何なものかと思う。
でもハッキリそう言ってくれるのは嬉しくて、俺は近付いてくる廉の唇を甘んじて受け入れた。
「真尋がくれんなら、額縁にでも入れて毎日眺めるけどな」
「そんなもん公開処刑じゃねぇか」
「俺が書いたら?」
「ヤギに食わせる」
「何でだよ」
廉からのラブレターなんてどうせ小っ恥ずかしい事しか書かれてねぇんだ。だったらいっそ抹消した方が俺の心臓には優しい。
…まぁ、本気で書いてくれるんなら大事にはするけど。
いつの間にかソファの上に押し倒されてる状態で俺は目を瞬いた。そういや俺、廉のシャツだけ着てズボン履いてねぇ。
案の定、廉の節榑た指が俺の太腿を撫で始めた。
「お前の性欲マジでどうなってんの?」
「真尋相手なら無尽蔵」
「頼むからせめて限界決めてくれ」
いくら手加減してくれてるとはいえ、ほぼ毎日突っ込まれてるこっちの身にもなってみろ。
俺は裾から入って来た手を止めて待ったをかけた。
「俺、今日はデートしたかったんだけど?」
「デート?」
「そう、デート。せっかく二人の休み揃ったんだし?」
会社員の廉よりバイトの俺の方が融通が効くとはいえ、こうして休みが合う事は中々ない。久しぶりだから一緒に出掛けたかった俺は、少しだけ離れた身体を押して起こす。
「行きたい場所でもあんのか?」
「先月完成したアウトレットモール」
「ああ、あそこか」
「な、行こ?」
廉だってデートという言葉は嫌いじゃないはずだ。俺は反応した廉にチャンスとばかりに首を傾げて上目遣いでねだる。
何だかんだで俺の顔に弱い廉は、こうして甘えると高確率で聞いてくれるから。
「…しゃーねぇな。じゃあ準備するぞ」
「やった♪」
「その代わり」
「へ?」
「帰ったら覚悟しろよ?」
「……明日は朝イチ必修なんで、お手柔らかに…」
「まぁ俺も仕事だし、善処はしてやるよ」
あー、これは危険なやつですねー。最悪這ってでも大学行ってやる。
俺はすっかり冷めたカフェオレを飲み干し立ち上がると、廉の手を引いて着替える為に寝室に向かった。
今でもたまに自分の性格が嫌になる時がある。
もっと可愛げがあればとか、もっと優しい言葉をかけてあげられたらって思ったりして、後悔する事もある。
だけど廉は、そんなバカな俺を全部丸ごと受け入れてくれるから、俺はもう、廉じゃないと絶対ダメなんだなって思うようになった。
あのCMで廉が俺の手を見つけたから、俺が熱中症の廉を助けられたから、同じ高校で、あのおかしな風習があったから、逃げまくってた俺を廉が根気よく捕まえてくれたから…廉が、俺を選んでくれたから、今の幸せがある。
そもそも廉が手フェチじゃなかったら、俺の手が廉の好みじゃなかったら、俺たちはこうしてなかったはずだし。人の縁ってホント、不思議だ。
「真尋、行くぞ」
「うん」
いつも振り向いて、ちゃんと俺がいるか見てくれるよな。
俺に何かあると全部放って駆け付けるような困ったちゃんだけど、それだけ愛されてるんだって実感出来る。
「…どうした?」
「ん? 幸せだなって」
出会えて良かった。この人を好きになって良かった。
「俺も幸せだよ」
いつも同じ気持ちを返してくれる廉がいてくれるから、この先も離れないって信じていられる。
俺はずっと、幸せしかない廉の腕の中に囚われ続ける。
ネコのように、気まぐれに甘えながら。
FIN
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