強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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後輩

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 三年生にもなると、俺を嫌ってた周りも揶揄ったり悪口言ったりする暇もなくなり、あれだけ煩わしかった視線や言葉が聞こえなくなった。
 大学までのエスカレーター式のためほとんどの人はそのまま上がるか就職するそうだが、中にはほかの大学へ外部受験する人もいるらしい。
 そういう人達は受験勉強しなきゃいけないから、俺ごときを構ってられないんだろう。
 俺は一応大学には行くつもりだ。父さんと母さんにも、行けるなら言った方がいいって言われたし。
 勉強も、友達も、学校生活も充実してる。困った事はまぁたまにあるけど、それを流せるくらいには大人になったと思う。
 身長も伸びたは伸びたけど、ギリ170いかなかった。廉ほどとは言わねぇけど、もう少し欲しかったな。


「最近の真尋は危なすぎる」
 三年になってまた同じくクラスになった倖人に神妙な顔でそう言われ俺は眉を顰める。
「危ないって、そんな素行悪いつもりないんだけど」
「そうじゃなくて。真尋、顔つきが大人っぽくなったでしょ。言動にも落ち着きが出てきたし……つまりは美人度が増してる」
「……はぁ?」
「真尋がそういうの嫌だっていうのは分かってるけど、とにかく気を付けて。特に一年生なんかは真尋と先輩の事知らない子多いんだから」
 俺が大人っぽくなって落ち着くのと、一年坊主に気を付ける理由が繋がらんし分からん。
 よっぽど怪訝そうな顔をしていたんだろう、倖人が呆れたように溜め息をつき俺の頬を摘むと、それはもうあからさまな作り笑いでにっこりと笑う。
「気を付けてね?」
「……ふぁい」
 兄ちゃんには逆らえねぇ。




「綾瀬先輩!」
 進路の事で担任と職員室で話してからの帰り道、後ろから元気よく名前を呼ばれて振り向くと、一年生の三隅 康平みすみ こうへいが手を振りながら走って来ているのが見えた。
 体育祭の実行委員になった時にコイツがいて、それ以来何故か懐かれたらしく、見かけるとこうして良く声をかけてくれるようになったんだけど…。
「こんなとこで会えるなんて思わなかったです!」
「くっつくな」
「えー、いいじゃないですかー」
「言い訳ねぇだろ」
 コイツ、スキンシップが多い多い。俺に抱きつくのもそうだけど、下手したら匂い嗅いでくる。最初から犬っぽいなとは感じてたんだよ。でもここまで躾のなってねぇ大型犬だとは思わなかった。
「文化祭、先輩のクラスは何するんですか?」
「えーっと、確か屋台だったはず。焼きそばかお好み焼き」
「先輩は作るんですか?」
「いや、俺は売り子と宣伝。三隅のとこは?」
 一年棟と三年棟はそれぞれの渡り廊下で別れるため足を止めて見上げる。年下のくせに俺より13センチも高い三隅は、姿勢を正すと胸に手を当て頭を下げた。
「執事喫茶でございます」
「へぇ、いいじゃん。三隅イケメンだしスタイルもいいし、似合うんじゃね?」
「先輩来てくれますか?」
「まぁ、時間があれば。倖人と回る約束してるし」
 とりあえず今年も屋台は全制覇しなければ文化祭を満喫したとは言えねぇし。約束は出来ないから肩を竦めるとあからさまにガッカリされた。
 俺一人が行かなくてもこの見た目なら客は十分に入るし儲かるだろうに。
「先輩、一年の時女装したって本当ですか?」
「本当だけど?」
 何でいきなりその話?
「何で写真一枚もないんですか!」
「そんな事言われても……」 
「一目だけでも見たかった……!」
 俺も後から聞いた話だけど、写真部が撮ってたあの写真、俺が写ってるやつは廉が、倖人が写ってるやつは暁先輩がネガごと買い占めたらしい。二度と撮るなって言われたらしくてヘコんでたって相澤が言ってたなぁ。
 だから俺と倖人の女装写真は、写真部にさえ一枚も残ってない。
「あ、予鈴鳴った」
「先輩、絶対俺のクラス来て下さいね! 絶対ですよ!」
「はいはい」
 三隅は一年棟へ足を向けながらそう念押しし、来た時と同じように大きく手を振りながら去って行った。
 まぁあれだけ言うんだ覗くくらいはしてやるか。
 俺は溜め息をつき自分の教室へと足を進めた。




 文化祭当日は結構バタバタしていて、交代時間ギリギリまで倖人と一緒に動き回ってた。屋台は焼きそばだったんだけど、昼が近付くにつれ匂いで腹が鳴って本気でヤバかった、思わず摘み食いするかと思ったくらいに。
 交代して貰ったらプラカードを首から下げて、とりあえず腹ごしらえをするため全屋台一つずつ買って倖人と半分こする。隅に座って並んで食べてると、何でか一般客からジロジロ見られてちょっと居心地悪かった。他に食べてる人いたし、場所が悪かった訳じゃないと思うけど。
 腹も満たされたし、他クラスを覗きがてら三隅のところに行くかと立ち上がれば倖人に渋い顔をされた。
「何?」
「……ちょっとは警戒心持たないと、先輩に怒られるよ」
「後輩のとこ行くだけなのに?」
 それに、何に対して警戒心を持てばいいのかを明確に教えてくれよ。でも倖人はそれ以上は言わず、俺も納得がいかないながらも約束したため三隅のクラスの方へ向かった。
 執事喫茶は結構繁盛しているらしく女性客の列が出来てた。入口で案内していた三隅に声をかけるとパッと笑顔になる。尻尾がブンブン振られてる幻覚が見えるんだが……気のせい気のせい。
「先輩! 来てくれたんですね!」
「様になってんじゃん、執事。大人気だな」
「お陰さまで。先輩入っていきます?」
「いや、俺は……」
「ごめんね、オレたちまだ行くとこあるから」
「へ、倖人?」
 元より入店するつもりはなかったため断ろうとしたら倖人が割って入ってきた。珍しい行動に目を瞬いていると、行くよと言って腕を引かれる。
 呆然としている三隅にごめんなと謝った俺は困惑しながらも倖人について行った。
「真尋、あの子はダメだよ」
「……何が?」
「真尋の事、で見てる」
……いやいや、まさか」
 つまり三隅は、俺に下心があると。……いや、ないだろ。アイツはデフォルトであんな感じだと思うぞ。大体何でそんな事が倖人に分かるんだ。
 あくまでないないと言い張る俺に倖人は大きな溜め息をつく。
「真尋ってほんと鈍感だよね。先輩の時だってあんなにアピールされてたのに気付かなかったし」
「廉の時とは違うだろー。それに、アイツ犬っぽいし」
「犬っぽい子が本気で犬みたいに懐くと思ったら大間違いだよ」
「ゆ、倖人ちょっと怖いんだけど」
 ちょっとブラック入ってませんか? 俺はブラック対象外じゃないんですか?
「オレは真尋を心配してるの。条件達成までもう半年もないんだから、気を抜いてたら襲われるよ」
「襲われる訳な……」
「真尋?」
 ひぇ、ブラックが、ブラックが降臨されておる!
 こんな風に倖人に詰められた事のない俺は若干ショックを受けてた。でも倖人がここまで言うって事は、俺がわからず屋だったって事なんだから、今のは仕方ない。
「ごめん……」
「オレもごめんね。でもね、本当に気を付けて。そんな風にある訳ないって思ってると、いつか足元掬われるから。嫌かもしれないけど、真尋はもう少し自分の外見を意識して」
「分かった」
 今度は素直に頷く。倖人はホッとしたように笑って俺の頭を撫でると、他のところを見に行こうかと促した。
 倖人に言われたからってのもあるけど、確かに期限終了まであと少しだって油断はあったと思う。
 まさかなって気持ちを感じながらも、俺は少しだけ不安になり、それ以来三隅を避けるようになってしまった。
 廉に会えなくなるかもしれない不安要素は遠ざけたかったし。


 結果としては、倖人の言った通りだった。
 だけどその時は予想もしてなかった形で訪れる事を、この時の俺はまだ知らない。
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