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ひとときの幸せ
しおりを挟む両親から許可を貰った俺は、その日のうちに廉に電話して一緒に暮らし始める日を決めた。持っていく物は、学校で使う物と着替えと部屋着と細々した物。そうそう、母さんからカメラを借りたからこれでたくさん写真撮ろうと思う。なんて事ない日とかでも撮れればそれだけで思い出になるし。
荷物はいつものボストンバッグと父さんから借りたスーツケース。帰る時には廉の家に置いてるのも持って帰らなきゃだから、きっとパンパンになってんだろうな。
ちなみに荷物を運ぶ日、廉はうちに挨拶に来てくれた。本当はもっと早く来たかったらしいんだけど、父さんが中々頷いてくれなかったんだよ。もうホント、渋々って感じで「真尋をよろしくお願いします」って頭下げてた。母さんはイケメンに興奮してたけど……俺のイケメン好きは母さんから遺伝したんだな、きっと。
11月も終わりの土曜日、俺と廉は数ヶ月間だけの同棲生活をスタートさせた。
「それでどうなの? かいちょ…じゃなかった、先輩との同棲生活は」
三限の授業のため理科室に向かっていると、倖人から徐にそう尋ねられた。一緒に住み始めた事や条件の内容は倖人にだけは話していいって廉からも言って貰えたから話したんだけど、心配性に拍車をかけてしまったかもしれない。
「楽しいよ。廉は毎朝大変らしいけど」
「あの癖まだ出てるの?」
「ってか、出さないように出来るならしてぇんだよ、俺も」
転寝程度なら出ないんだけど、少しでも深く寝ると発動するから厳密には朝だけじゃない。そのたんびに起きたら廉に抱き締められてるから、最近は申し訳なさ過ぎてどうしたら出なくなるのかを考えてるくらいだ。
マジで誰か教えて欲しい。
「喧嘩とかしないの?」
「しないっつーか、ならない? 俺はほら、割とガーって言っちまうタイプなんだけど、廉がそれを受け入れるっつーか…基本的に怒んねぇからさ、アイツ」
「たぶん真尋だからじゃない?」
「へ?」
「ご馳走様」
「ちょ、え、何が?」
倖人はニヤリと笑うと手を合わせて意味の分からない事を言い、目を瞬く俺を尻目に先に理科室に入って行った。
何がご馳走様なんだ? アイツ何か食ってたっけ?
放課後は廉が迎えに来てくれる事になってて、俺は倖人や相澤やクラスメイトと時間いっぱいまで話して待ってる事が多い。
今日は相澤は用事があるらしく帰っちまったけど、倖人はいつも通り一緒にいてくれるらしく、今もその日にあった事を話してる最中だ。
「だから、その時に峰山が…」
「あれってそういう事だったの?」
「いや、俺も良く分かんね」
「真尋」
「あ、廉……と、暁先輩?」
「久しぶりだね、ひろくん。はい、これあげる」
「ありがとうございます」
クラスメイトのちょっと面白い話をしていたら待ち人来たりで出迎えたんだけど、そこに暁先輩もいて少し驚いた。手の平に四角いチョコが入った小袋を渡され軽く頭を下げる。倖人も傍まで来て俺の隣で会釈した。
「こんにちは、暁先輩」
「ゆきくんこんにちは。もう帰る?」
「はい、真尋も帰りますし」
「じゃあ途中までだけど、一緒に帰ろう」
「はい」
二人の遣り取りを目を瞬きながら首を傾げて見ていた俺は、いつの間にか俺の荷物を手にしてた廉に小声で問い掛ける。
「暁先輩って、迎えに来るタイプ?」
「いや、どっちかってーと待ってるタイプ。暁が自主的に動くのは、落としたい奴に対してだけだ」
「って事は……」
「まぁそうなんだろうな」
幼馴染みに春到来の予感……!
倖人の恋愛事情は俺さえも分かんねぇ事多いけど、暁先輩の頑張り次第ではいけるような気がする。
後夜祭の時も思ったんだよな、割と倖人も暁先輩の事好きなんじゃないかって。その好きがただの先輩に対してなのか暁先輩に対してなのかは見極められねぇけど、うん、頑張って欲しいかも。
「倖人にも幸せになって欲しいし」
「…………」
荷物を纏める倖人に笑顔で話し掛ける暁先輩を見ながら呟くと、吐息だけで笑った廉に頭を撫でられた。
俺が大好きな人たちは、みんな幸せじゃねぇとな。
昇降口で倖人と暁先輩と別れ、俺と廉は同じ帰り道を手を繋いで並んで歩く。
季節は完全に冬に移り変わり、毎日寒くて朝は中々ベッドから起き上がれない。雪が降る気配はないけど、剥き出しの鼻や耳が赤くなるくらいには気温が低くて、髪を煽る冷たい風に俺は身を竦めた。
「さっむー! 廉、今日鍋にしようぜ、鍋」
「鍋いいな」
「何鍋にする?」
「キムチか豆乳か出汁系か、シンプルに水炊きか」
「んー……じゃあ出汁系」
「スーパー寄るか」
一緒に暮らしてるから出来る何気ない会話が俺の全身をあっためてくれる。幸せってこういう事を言うんだろうな。
──────────
冬休み一週間前。
俺は廉へのクリスマスプレゼントを買うために母さんに短期バイトで雇ってくれないかと打診していた。
「真尋、手見せて」
「手? はい」
「……相変わらず綺麗な手ねぇ。ちょっと男の子っぽくなっちゃったけど、これなら全然イけると思うわ」
「何が?」
「ちょうど雑誌のハンドモデルを募集してたの。真尋、やってみない?」
バイト料の良さに思わず飛び付いちまったけど、良かったんだろうか。ヤキモチ妬きの廉が怒んねぇといいんだけど。
「ハンドモデル?」
実家から帰って来た廉にさっそく昼間の話をすると、眉間に皺を寄せて手を掴まれ顔を近付けられた。
「今度は雑誌だから写真だけなんだけど……」
「お前は頭の天辺から足の爪先まで全部俺のもんなんだけど?」
「分かってる、ちゃんと分かってるって。廉が手フェチで俺の手にゾッコンなのも知ってるから」
「……あれ、俺お前に言ったっけ?」
「暁先輩に聞いた」
聞いたと言うか教えられたって感じだけど。
廉はじとっと俺を見ると、掴んでいた手を今度は指先を持ち上げるようにして握り口元へ寄せる。
「まぁ今はもう手フェチ云々関係ねぇんだけど……見せんのかよ、俺以外の奴らに」
「ハンドモデルだからなぁ……」
「大体、何でンなもんするんだよ。何か欲しいもんでもあんのか?」
「………そこは時期的に察して欲しいんだけど?」
「時期……」
あげたいものはもう決まってて、後はその資金だけなんだ。このバイトさえ出来るなら余裕で足りる。
廉はカレンダーを見てピンと来たらしく、大きく溜め息をついて手を離すと俺を抱き寄せた。
「……しゃーねーな。すっげぇ嫌だけど目ぇ瞑る」
「え、マジで? やった、サンキュー」
「……で?」
「ん?」
「俺が我慢する事への見返りは?」
「……………………」
こういう時の廉の言いたい事は分かってる。
見返りとか言うけど、ただエロい事を俺にやって欲しいだけなんだよ、コイツ。
まぁ今は気分もいいし、俺だって恥ずかしがらずにやれるんだってとこたまには見せてやらねぇとな。
(確か何かの雑誌に、〝彼を誘うテク〟みたいな際どめの記事があって……まずは)
俺は廉の襟首を掴むと引っ張ってソファに座らせ、膝立ちで太腿を跨ぎ、首に腕を回して口付けた。何度か啄んだ後、上から見下ろして自分が出来る精一杯の〝色っぽい顔〟で微笑む。
「俺の事、好きにしていいよ」
どうだ、こんな大胆な事だって言おうと思えば言えるんだ。
前言撤回。
あの言葉は二度と言っちゃいけねぇって心に刻んだぞ、俺は。……マジで死ぬかと思った。
もう無理だっつってんのに辞めて貰えないせいで、俺は気を失うわベッドから一歩も動けんわで散々だ。気持ちよすぎて意識なくすって何。っつかなんでアイツは元気なんだよ。
俺をこんなにした張本人は物凄くご機嫌で甲斐甲斐しく世話してくれんだけど、ホントもう当分いい。
今日が日曜日で良かったよ、マジで……。
しかもハンドモデルやるっつってんのに手首に痕残しやがって。
「……廉のバカヤロ……変態……絶倫男……」
「はいはい」
怒鳴りつける元気もない俺の弱々しい罵声など何のその、廉は朝から晩まで、それはもう楽しそうに介抱してくれたのだった。
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