強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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〝これから先へ〟の条件

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「「条件…?」」
 俺と廉の声が同時に問い返す。
 親父さんは俺たちを見据えると一枚の紙を取り出した。
「廉が卒業するまではお前たちの事に口を出さない。だが、廉が卒業した後、綾瀬くんが卒業するまでの二年間は一切の連絡と接触を禁止する」
「…はぁ?」
「に、二年も…?」
 一切のって事は、一言のメールも、ほんの一瞬でも顔を見る事さえ出来なくなる。それが二年。
「この条件を乗り越えられたら、廉を後継から外してやろう。ただし、一度でも連絡を取ったり会ったりしたら、その時点で条件は破棄し正式に後継者として発表する」
「……!」
「お前たちの気持ちが本物なら、二年などあっという間だろう」
 二年。二年耐えれば、俺たちはその先も一緒にいられる。
 廉は唇を噛んで悩んでいるけど、そう簡単には頷けないんだろう。確かに二年は長い。長いけど。
「廉、受け入れよう」
「真尋…」
「廉はずっと俺といてくれるんだよな?」
「当たり前だろ」
「なら、そのうちのたった二年くらい我慢しよう? 俺たちは何十年も一緒にいるんだ、二年なんてあっという間だって」
「二年もお前に会えねぇし、声が聞けねぇんだぞ…」
「〝これから先に続く何十年〟と〝別れしか待ってない二年〟と、どっちがいいと思ってんだ」
 俺だって本当は辛い。二年も廉の顔が見れないだけじゃなく声も聞けない、触れて貰えない、触れられないなんて。
 だけど本当なら、親父さんに入ってきた瞬間に別れろって怒鳴られる事の方が当たり前なんだ。
 なのに親父さんは、廉の為に考えてくれた。色んな感情や思い、家の事だってあるはずなのに、廉が選べるようにしてくれた。
 こんなにも愛情に溢れた親父さんの為にも、廉が後悔するような事はさせたくない。
「お前は、平気なのかよ…っ」
「…平気な訳ないだろ? ……でも俺は、お前と年を取りたいんだ」
「……真尋…」
 まるでプロポーズみたいな言葉だけど、これが俺の本心だ。
 廉を真っ直ぐ見上げて笑いかけると、泣きそうな顔をしていた廉は目を閉じて息を吐き俺を抱き締める。その腕が震えている事には気付いたけど、知らないフリをして腕を叩けばそっと離れた。
 そうして親父さんに向き直る。
「……分かりました、その条件を飲みます。…ただ、写真だけは許して貰えませんか」
「いいだろう。では二人とも、この書類にサインしなさい」
 ボールペンが置かれ、念の為に目で辿って確認する。
 さっき親父さんが言ってた条件と、破った時の事、二年間は廉に監視を付けるという事。そして最後に、達成した際には速やかに廉を後継者から外す事が書いてあった。
 読み終わった俺はボールペンを掴んで名前を書く。廉も頷いて、俺の名前の下に記名してた。
「条件開始は卒業式の次の日、深夜0時を回ってからだ。以降は綾瀬くんの卒業式終了までこの条件を守ってもらう」
「はい」
「分かりました」
 サイン済の書類を取り立ち上がった親父さんは、それを鍵付きの棚にしまい執務机の上にある電話を取りどこかに掛け始めた。
「客室に案内を」
 内線電話? 少ししてノックと共にあのメイドさんが入って来て、まだ手付かずだった紅茶やデザートをワゴンに乗せる。ああ、ケーキが。
 でも別に片付けた訳じゃなかったようで、物欲しげに見る俺の頭を撫でた廉が「違う部屋に行く」と教えてくれた。
「廉、たまには私が連絡をせずとも帰って来なさい」
「…気が向いたら」
「こら」
「……分かったよ。顔を見せるくらいはします」
 憮然と返す廉の頭に軽くチョップをすれば渋々ながらも言い直す。立ち上がった廉に促されて執務室の扉の敷居を跨いだ瞬間、「綾瀬くん」と親父さんに名前を呼ばれた。
「ありがとう」
「え?」
 振り向いた目の前で扉が閉まる。
 え、ありがとう? 何のありがとう? 俺何したっけ?
「真尋、行くぞ」
「うん。……?」
 首を傾げていると廉に手を引かれる。
 まぁ、ありがとうって事は親父さんにとっては良いと思える事をしたんだろう。分かんねぇけど。
 カッチリとした執務室とは違って、陽光の差し込む明るい客室のテーブルには新しい紅茶とデザートが綺麗に並べられていた。
 さっきは食べたくても食べれなかったんだよな。あの空気じゃ紅茶にすら手が出せねぇよ。
 その代わりここなら思いっきり食べられる。
「いっただっきまーす!」
 俺は上機嫌で手を合わせ、大きく口を開けてケーキを頬張った。
 物凄く優しく細められた廉の目が、ずっと俺を見ている事にも気付かないくらいデザートに夢中になってたんだ。




 親父さんから許可を貰ったからか、廉は前にも増して俺の写真を撮るようになった。ご飯を食べてる時、不意に呼ばれた瞬間、欠伸をしてる顔、暇さえあれば撮ってる。
 容量足りなくならね? って言っても、データを移せばいいっつって学校でも毎日パシャパシャするもんだから、クラスメイトに「お前消えるの?」って言われてしまった。それには苦笑いでしか返せなかったけど。
 そういえば、生徒会はもうすぐ新しい人と変わるらしい。副会長の橘先輩も卒業するから残る誰かが生徒会長になるのかなと思ってたけど、聖先輩も暁先輩も久木先輩も役職はそのままらしく、生徒会長と副会長は新しく選挙で決めるんだって。
 その引き継ぎ作業のために廉も忙しくしてて、最近また疲れた顔をしてる。
 廉が卒業するまではもう半年もない。ジワジワと近付く条件開始の日に、否が応にも意識させられる。
 その日までに俺が廉のために出来る事って何だろう。



 しばらくして生徒会選挙が行われて、新しい生徒会長と副会長が選出された。廉と橘先輩は無事引き継ぎを終えて、晴れてお役御免だ。
 それを見て俺は決めた事がある。卒業までしか期間がないなら、その間だけでも廉と一緒にいたい。
「父さん、母さん。話があるんだけど」
「あら、どうしたの? 真尋」
「もしかして、欲しい物でもあるのかな?」
 夕飯を食べた後、俺は思い切ってそう切り出してみた。一番の難関は父さんだけど、絶対了承させたい。いや、させる。
 ダイニングテーブルで向かい合って座り、何度か深呼吸して口を開いた。
「俺、付き合ってる人いるって言っただろ? その人、結構有名な家の跡取りで…このままじゃ一緒にはいられなくて」
「お母さんは、生徒手帳で見たから知ってるわ」
「え…お父さんはあまり聞きたくない話なんだけど…」
「いいから聞いてくれ。俺はその人とずっと一緒にいたいと思ってるし、その人も望んでくれてる。でもその為には、彼のお父さんが決めた条件をクリアしなきゃいけないくて」
 順序立てて話すって難しいな。俺は頭の中で必死に話を組み立てながら見振り手振りで話す。
「俺の恋人…えっと、廉って言うんだけど、廉が卒業したあとから俺が卒業するまでの二年間、連絡するのも会うのも我慢すれば、後継者から外すって言ってもらえて………俺たちはそれを乗り越えるって約束した」
「二年は長いわね……」
「……決めてしまうのは早いんじゃないかな。真尋はまだ高校生だし、大人になったらもっと色んな人との出会いがあるのに」
「それでも俺は廉がいい。アイツの隣以外考えられない……父さん、俺本気だよ。本気で廉と一生一緒にいたいって思ってる」
「男同士ってどうしても世間から冷たい目で見られるんだよ? 真尋はそれに耐えられるのかい?」
 父さんが心配してくれる気持ちは嬉しいし、俺が苦労するかもしれないマイナスな部分を解決して欲しい思いも分かってる。
 でも廉がいてくれるなら、マイナスな部分もプラスになるって俺は思ってるから。
「廉と一緒なら耐えられる。二人に孫の顔を見せられないのは本当に申し訳ないと思ってるけど、それでも俺は廉の傍にいたいから……だから、廉が卒業するまでの間、廉と一緒に住まわせて欲しいです」
 少しでも一緒にいられる時間を増やしたい。二年っていう年月を耐えるためにも、たくさん触れ合いたい。
 母さんは何も言わくなってた。たぶん、父さんに一任するんだと思う。駄目って言われたらどうしよう……二人に迷惑掛けてまで押し通したくはないんだけど。
 時間的には数分、でも俺には物凄く長い沈黙だった気がする。
 父さんは右手で額を押さえて深く溜め息をついた。
「……お父さんもお母さんも、真尋が幸せならそれでいいとは思ってるんだよ。孫の事だって気にしなくてもいい。ただ男同士っていうのが父さんには問題だったんだ。血の繋がりを残せない分、気持ちでしか結び合えないんだよ? 真尋が傷付くかもしれない可能性はなくしておきたかった」
「うん……」
「しかもそんな条件、勝手過ぎないかい? 二年なんて、心変わりするには十分な期間だよ。その子が変わらない保証はない…………それでも真尋は頑張りたい?」
「頑張りたい。俺も廉も、気持ちは同じだから」
「そうか……………うん、分かった。真尋がそうまでいうならいいよ」
「え、いいの?」
「ずっと反対して、真尋に嫌われる方がお父さん的には悲しいからね」
 どこか困ったような笑顔の父さんを見て、俺は胸が熱くなるのを感じた。もしかしたら父さんは、許すタイミングをずっと探ってたのかもしれない。
「……ありがとう、父さん、母さん」
 二人が俺の親で本当に良かった。
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