強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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苛立ち(廉視点)

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 本当なら今日は、思う存分真尋を抱いて、この腕の中に閉じ込めて眠るつもりだった。
 なのにあのクソ親父、文化祭終わりに陽平をよこして来やがって……俺は渋々実家に行く羽目になった。
 何となく嫌な予感がしながらも執務室に行くと、親父は何の説明もなく一枚の写真を見せて来た。
「……は?」
「この男子生徒は、お前の何だ」
 低い声が不機嫌さを隠しもしないで問い掛けてくる。見せられた写真に写っていたのは俺と真尋の二人。ただ並んで歩いているだけの何の変哲もない写真だが、親父の言葉にはきちんと意図が込められていた。
「……隠し撮りですか。随分悪趣味ですね」
「ここのところ、お前の部屋を頻繁に訪れる者がいると聞いてな。調べさせた」
「勝手な事を……」
 舌打ちをし吐き捨てるように言えば、親父の目がすっと眇められ新たな写真が追加される。
 そのどれもに俺と真尋、もしくは真尋一人が写っていた。
「綾瀬真尋。中小企業のサラリーマンである父親と、フリーのカメラマンである母親との間に生まれた一人息子」
「……」
「これと言って特筆出来る部分など一つもない、香月には要らぬ存在だ。どうせ遊びなんだろうが、これから先は邪魔になる。さっさと切り捨てる事だな」
「遊び……?」
 ザワリと背中を言い様のない感覚が這い上がり、俺は拳を握り締める。
 真尋と一緒に写っている俺は笑顔だ。この顔を見て、真尋との関係を遊びだと断定する親父には腸が煮えくり返りそうになる。
「お前は私の跡取りだ。いずれは香月を背負っていく立場の者が、いつまでも好き勝手をするんじゃない。ましてや男など……」
「……ざけるな……」
「何だ、言いたい事があるならハッキリと言え」
「ふざけるな! 真尋は遊び相手なんかじゃねぇ!」
 俺にとってアイツがどれほど大きな存在か知らねぇくせに…勝手な事言いやがって。このクソ親父。
 初めてとも言えるほど親父に対して声を荒げた俺を気にするでもなく、親父は写真の中の真尋を指差し眉を顰める。
「遊びじゃないだと? 何の地位も持っていない、何の役にも立たない。お前の将来の為にすらならない者に本気だと、お前はそう言いたいのか」
「ンなもんで括っていい奴じゃねぇんだよ、アイツは」
「香月の者となるならばそれ相応の家柄と、跡継ぎとなる子を成せる事が絶対条件だ。この少年は、そのどちらにも当て嵌まらない。お前だって分かっているだろう」
 香月という名家に生まれた以上、その家督を継ぐためにやるべき事をやらなければとは思っていた。
 だが、真尋の手に惚れてから、真尋に出会ってから、それがとんでもなく苦痛に感じるようになり、気付けば名を捨てたいと思い始めた。アイツの傍にいられるなら何もいらないと。
 香月でいれば将来は絶対安泰だが、捨てて死に物狂いで働いてでも、俺はアイツとこの先も一緒にいたい。
「分かっていても、手放せない……」
「………そうか、ならば愛人にでもするんだな。お前の結婚相手はしかるべき地位の家から私が決める。高校にいる間は、あの少年との逢瀬にも目を瞑ってやろう。卒業するまでに関係を精算しなさい」
「そんなクソみてぇな位置に誰がアイツを置くか」
 真尋を愛人にだと? するわけがない。真尋が俺にとっての唯一なのに、なぜアイツの価値を下げるような事をしなければいけないんだ。
 俺は親父を睨み付け続ける。
「俺はアイツと一生を添い遂げる。もちろん、俺の一番近くで。気に食わないなら勘当でも何でもすればいい。香月の名を継げる者は俺以外にもいるんだからな」
「私の息子は、お前だけだ」
「……あんたはその息子の恋人を、遊び相手だの相応しくないだの愛人にだのと言い放った。俺は今、香月の家に……あんたの息子として生まれた事に後悔してるよ」
 親父には兄弟が多い。それこそ俺よりも優秀で、人として相応しい人がそれなりにいる。香月の血を引いてるなら、その人たちの子どもでもいいはずだ。
「……それ程までに、あの少年が大切か」
「大切だよ。アイツのためなら、何もかも捨てられる」
「…………ならば近いうちに連れて来なさい。お前に相応しいかどうか、私が判断する」
「はぁ? 何でアンタがそれを決めるんだよ!」
「私がお前の父親だからだ。香月というだけで世間から注目を集めるのだぞ。その後継者たるものが後ろ指を差されてでも、茨の道を進んででも守る価値のある人間か、この目で確かめなければ私は納得出来ん」
「……っ…」
 の言葉としては理解出来る。
 たった一人の息子である俺が、周りから白い目で見られる事が許せないのだろう。父親らしい事なんざ、何もして来なかったくせに。何を今更。
「……分かった」
 俺は、真尋を信じている。アイツはこんな自分勝手な奴には負けない。仮に茨の道だったとしても、アイツは共に血だらけになってでも隣を歩いてくれる奴だ。
「話は以上だ。母さんに挨拶してから帰りなさい」
「…………はい」
 軽く頭を下げ執務室を後にする。
 正直、親父には死ぬほど腹が立っている。勝手に真尋の事を調べた挙句、傍に置きたいなら愛人にしろとまで言い放った親父に。
 もし親父があれ以上真尋の事を侮辱していたら、俺は遠慮なくぶん殴っていただろう。執務室もめちゃくちゃにして、認めて貰うチャンスすら失くしていたかもしれない。
「廉?」
「……母さん」
 執務室を出た後から立ち止まっていた俺は、不意にかけられた声に顔を上げた。視線の先には、小柄で線の細い、俺の母親が立っている。
 儚げな笑顔で近付いて来た母さんは、ストールを直しながら俺を見上げて首を傾げた。
「お父さんと喧嘩でもした?」
「喧嘩っつーか……」
「ふふ、あの人がまた廉を怒らせるような事を言ったのね」
 穏やかな母と接していると俺の怒りも削がれていく。真尋とは少し違うが、俺は母さんになら笑えた。
「あの人はどうしても廉に後を継いで欲しいと思ってる、廉が可愛くて仕方ないのよ。……でもね、親としては廉にも、香織にも幸せになって欲しいと思ってるから……もどかしいのね」
「……もしかして、母さんは知ってた?」
「廉がすごくいい笑顔で写ってる写真を見たわ。だから、この子が廉の大切な子なんだってすぐに気付いた。お父さん、それを見てどうしたらって頭を抱えていたのよ」
 その時を思い出したのか、クスクスと笑う母さんに俺は目を瞬く。いつも毅然としていて、厳しい顔しか見せない親父が頭を抱えていた?
「香月でなければ素直に応援出来たのにって。……だから、あまりお父さんを嫌わないであげて。あ、もちろん私は廉を応援しているわよ。ふふ、すごく可愛い子だったもの。会ってみたいわ」
「今度連れて来るよう親父にも言われてるから」
「そうなの? 楽しみだわ」
「意地っ張りで口が悪くて生意気だけど、すげぇいい子なんだ。母さんも気に入るよ」
「ふふ、廉は本当にその子が好きなのね」
「え?」
「すごく優しい顔をしてるわよ」
「あ……」
 無意識に真尋を思い浮かべていたらしい。俺は気恥ずかしくなり口を片手で隠し母から視線を逸らす。
「と、とりあえず、アイツと話して日程決めるから」
「ええ。……帰る?」
「ん。アイツが待ってるから」
「そう。気を付けてね」
「母さんも、ゆっくり休んで」
 頷いて、手を伸ばして俺の頬を撫でた母はにこりと笑って部屋へと戻って行った。母さんのおかげでイライラしたまま帰らなくて済んだな。
 俺は溜め息を一つ零すと、今度こそ真尋が待っているはずのマンションへ帰るため屋敷を後にした。



 時間は既に深夜を回っている。
 今日は帰らないと伝えていたから、真尋はもう寝ているだろう。
 鍵を開けて玄関の扉をくぐった俺は、案の定暗い室内に一瞬足が止まる。だが三和土たたきに真尋の靴があるのを見てすぐに部屋へと上がると、リビング、客間と確認し寝室に向かった。
 ほんのりと照らされた間接照明の下で布団が盛り上がっている。近付けば真尋が鼻まで布団を被ってあどけない顔で眠っていた。
「……ただいま」
 返事はないが、それで良かった。ここに真尋がいる、それだけで十分だ。
 俺は一度寝室を出てシャワーを浴び、軽く腹に入れてからベッドに入った。重みで軋んだ音に僅かに身動いだ真尋を抱き締め目を閉じる。
 幼い頃からたくさんの事を諦めて来た。好きな物、好きな事、やりたい事、欲しい物。相応しくないからと取り上げられた物がたくさんある。
 だけど真尋だけは諦めたくない。
「真尋……」
 穏やかな寝息を立てる真尋の髪に顔を埋め、俺は不安を抱きながらも眠りについた。
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