29 / 44
苛立ち(廉視点)
しおりを挟む本当なら今日は、思う存分真尋を抱いて、この腕の中に閉じ込めて眠るつもりだった。
なのにあのクソ親父、文化祭終わりに陽平をよこして来やがって……俺は渋々実家に行く羽目になった。
何となく嫌な予感がしながらも執務室に行くと、親父は何の説明もなく一枚の写真を見せて来た。
「……は?」
「この男子生徒は、お前の何だ」
低い声が不機嫌さを隠しもしないで問い掛けてくる。見せられた写真に写っていたのは俺と真尋の二人。ただ並んで歩いているだけの何の変哲もない写真だが、親父の言葉にはきちんと意図が込められていた。
「……隠し撮りですか。随分悪趣味ですね」
「ここのところ、お前の部屋を頻繁に訪れる者がいると聞いてな。調べさせた」
「勝手な事を……」
舌打ちをし吐き捨てるように言えば、親父の目がすっと眇められ新たな写真が追加される。
そのどれもに俺と真尋、もしくは真尋一人が写っていた。
「綾瀬真尋。中小企業のサラリーマンである父親と、フリーのカメラマンである母親との間に生まれた一人息子」
「……」
「これと言って特筆出来る部分など一つもない、香月には要らぬ存在だ。どうせ遊びなんだろうが、これから先は邪魔になる。さっさと切り捨てる事だな」
「遊び……?」
ザワリと背中を言い様のない感覚が這い上がり、俺は拳を握り締める。
真尋と一緒に写っている俺は笑顔だ。この顔を見て、真尋との関係を遊びだと断定する親父には腸が煮えくり返りそうになる。
「お前は私の跡取りだ。いずれは香月を背負っていく立場の者が、いつまでも好き勝手をするんじゃない。ましてや男など……」
「……ざけるな……」
「何だ、言いたい事があるならハッキリと言え」
「ふざけるな! 真尋は遊び相手なんかじゃねぇ!」
俺にとってアイツがどれほど大きな存在か知らねぇくせに…勝手な事言いやがって。このクソ親父。
初めてとも言えるほど親父に対して声を荒げた俺を気にするでもなく、親父は写真の中の真尋を指差し眉を顰める。
「遊びじゃないだと? 何の地位も持っていない、何の役にも立たない。お前の将来の為にすらならない者に本気だと、お前はそう言いたいのか」
「ンなもんで括っていい奴じゃねぇんだよ、アイツは」
「香月の者となるならばそれ相応の家柄と、跡継ぎとなる子を成せる事が絶対条件だ。この少年は、そのどちらにも当て嵌まらない。お前だって分かっているだろう」
香月という名家に生まれた以上、その家督を継ぐためにやるべき事をやらなければとは思っていた。
だが、真尋の手に惚れてから、真尋に出会ってから、それがとんでもなく苦痛に感じるようになり、気付けば名を捨てたいと思い始めた。アイツの傍にいられるなら何もいらないと。
香月でいれば将来は絶対安泰だが、捨てて死に物狂いで働いてでも、俺はアイツとこの先も一緒にいたい。
「分かっていても、手放せない……」
「………そうか、ならば愛人にでもするんだな。お前の結婚相手はしかるべき地位の家から私が決める。高校にいる間は、あの少年との逢瀬にも目を瞑ってやろう。卒業するまでに関係を精算しなさい」
「そんなクソみてぇな位置に誰がアイツを置くか」
真尋を愛人にだと? するわけがない。真尋が俺にとっての唯一なのに、なぜアイツの価値を下げるような事をしなければいけないんだ。
俺は親父を睨み付け続ける。
「俺はアイツと一生を添い遂げる。もちろん、俺の一番近くで。気に食わないなら勘当でも何でもすればいい。香月の名を継げる者は俺以外にもいるんだからな」
「私の息子は、お前だけだ」
「……あんたはその息子の恋人を、遊び相手だの相応しくないだの愛人にだのと言い放った。俺は今、香月の家に……あんたの息子として生まれた事に後悔してるよ」
親父には兄弟が多い。それこそ俺よりも優秀で、人として相応しい人がそれなりにいる。香月の血を引いてるなら、その人たちの子どもでもいいはずだ。
「……それ程までに、あの少年が大切か」
「大切だよ。アイツのためなら、何もかも捨てられる」
「…………ならば近いうちに連れて来なさい。お前に相応しいかどうか、私が判断する」
「はぁ? 何でアンタがそれを決めるんだよ!」
「私がお前の父親だからだ。香月というだけで世間から注目を集めるのだぞ。その後継者たるものが後ろ指を差されてでも、茨の道を進んででも守る価値のある人間か、この目で確かめなければ私は納得出来ん」
「……っ…」
父親としての言葉としては理解出来る。
たった一人の息子である俺が、周りから白い目で見られる事が許せないのだろう。父親らしい事なんざ、何もして来なかったくせに。何を今更。
「……分かった」
俺は、真尋を信じている。アイツはこんな自分勝手な奴には負けない。仮に茨の道だったとしても、アイツは共に血だらけになってでも隣を歩いてくれる奴だ。
「話は以上だ。母さんに挨拶してから帰りなさい」
「…………はい」
軽く頭を下げ執務室を後にする。
正直、親父には死ぬほど腹が立っている。勝手に真尋の事を調べた挙句、傍に置きたいなら愛人にしろとまで言い放った親父に。
もし親父があれ以上真尋の事を侮辱していたら、俺は遠慮なくぶん殴っていただろう。執務室もめちゃくちゃにして、認めて貰うチャンスすら失くしていたかもしれない。
「廉?」
「……母さん」
執務室を出た後から立ち止まっていた俺は、不意にかけられた声に顔を上げた。視線の先には、小柄で線の細い、俺の母親が立っている。
儚げな笑顔で近付いて来た母さんは、ストールを直しながら俺を見上げて首を傾げた。
「お父さんと喧嘩でもした?」
「喧嘩っつーか……」
「ふふ、あの人がまた廉を怒らせるような事を言ったのね」
穏やかな母と接していると俺の怒りも削がれていく。真尋とは少し違うが、俺は母さんになら笑えた。
「あの人はどうしても廉に後を継いで欲しいと思ってる、廉が可愛くて仕方ないのよ。……でもね、親としては廉にも、香織にも幸せになって欲しいと思ってるから……もどかしいのね」
「……もしかして、母さんは知ってた?」
「廉がすごくいい笑顔で写ってる写真を見たわ。だから、この子が廉の大切な子なんだってすぐに気付いた。お父さん、それを見てどうしたらって頭を抱えていたのよ」
その時を思い出したのか、クスクスと笑う母さんに俺は目を瞬く。いつも毅然としていて、厳しい顔しか見せない親父が頭を抱えていた?
「香月でなければ素直に応援出来たのにって。……だから、あまりお父さんを嫌わないであげて。あ、もちろん私は廉を応援しているわよ。ふふ、すごく可愛い子だったもの。会ってみたいわ」
「今度連れて来るよう親父にも言われてるから」
「そうなの? 楽しみだわ」
「意地っ張りで口が悪くて生意気だけど、すげぇいい子なんだ。母さんも気に入るよ」
「ふふ、廉は本当にその子が好きなのね」
「え?」
「すごく優しい顔をしてるわよ」
「あ……」
無意識に真尋を思い浮かべていたらしい。俺は気恥ずかしくなり口を片手で隠し母から視線を逸らす。
「と、とりあえず、アイツと話して日程決めるから」
「ええ。……帰る?」
「ん。アイツが待ってるから」
「そう。気を付けてね」
「母さんも、ゆっくり休んで」
頷いて、手を伸ばして俺の頬を撫でた母はにこりと笑って部屋へと戻って行った。母さんのおかげでイライラしたまま帰らなくて済んだな。
俺は溜め息を一つ零すと、今度こそ真尋が待っているはずのマンションへ帰るため屋敷を後にした。
時間は既に深夜を回っている。
今日は帰らないと伝えていたから、真尋はもう寝ているだろう。
鍵を開けて玄関の扉をくぐった俺は、案の定暗い室内に一瞬足が止まる。だが三和土に真尋の靴があるのを見てすぐに部屋へと上がると、リビング、客間と確認し寝室に向かった。
ほんのりと照らされた間接照明の下で布団が盛り上がっている。近付けば真尋が鼻まで布団を被ってあどけない顔で眠っていた。
「……ただいま」
返事はないが、それで良かった。ここに真尋がいる、それだけで十分だ。
俺は一度寝室を出てシャワーを浴び、軽く腹に入れてからベッドに入った。重みで軋んだ音に僅かに身動いだ真尋を抱き締め目を閉じる。
幼い頃からたくさんの事を諦めて来た。好きな物、好きな事、やりたい事、欲しい物。相応しくないからと取り上げられた物がたくさんある。
だけど真尋だけは諦めたくない。
「真尋……」
穏やかな寝息を立てる真尋の髪に顔を埋め、俺は不安を抱きながらも眠りについた。
123
お気に入りに追加
369
あなたにおすすめの小説

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
キスより甘いスパイス
凪玖海くみ
BL
料理教室を営む28歳の独身男性・天宮遥は、穏やかで平凡な日々を過ごしていた。
ある日、大学生の篠原奏多が新しい生徒として教室にやってくる。
彼は遥の高校時代の同級生の弟で、ある程度面識はあるとはいえ、前触れもなく早々に――。
「先生、俺と結婚してください!」
と大胆な告白をする。
奏多の真っ直ぐで無邪気なアプローチに次第に遥は心を揺さぶられて……?

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
秋風の色
梅川 ノン
BL
兄彰久は、長年の思いを成就させて蒼と結ばれた。
しかし、蒼に思いを抱いていたのは尚久も同じであった。叶わなかった蒼への想い。その空虚な心を抱いたまま尚久は帰国する。
渡米から九年、蒼の結婚から四年半が過ぎていた。外科医として、兄に負けない技術を身に着けての帰国だった。
帰国した尚久は、二人目の患者として尚希と出会う。尚希は十五歳のベータの少年。
どこか寂しげで、おとなしい尚希のことが気にかかり、尚久はプライベートでも会うようになる。
初めは恋ではなかったが……
エリートアルファと、平凡なベータの恋。攻めが十二歳年上のオメガバースです。
「春風の香」の攻め彰久の弟尚久の恋の物語になります。「春風の香」の外伝になります。単独でも読めますが、「春風の香」を読んでいただくと、より楽しんでもらえるのではと思います。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる