強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

文字の大きさ
上 下
28 / 44

一人だけの夜

しおりを挟む

「あ、お二人さん、並んでもらってもいいですか?」
「俺たち?」
「はい!」
 午後になり、交代時間になったため峰山や足木たちと一緒に空き教室に向かっていると、さっきから写真を撮っていた写真部に声をかけられた。どうやら俺と倖人のツーショットが撮りたいらしく、倖人と顔を見合わせるとにかっと笑って腕を組んでピースする。あれ、なんか一般のお客さんも撮ってね?
 だけど写真部は気にする事なく何枚か撮った後、「ありがとうございました!」と言って去って行った。
「あの写真は、写真部の売上になるんだよ」
「え、そうなの?」
「真尋の写真、売れまくるかもね」
「それを言うなら倖人だろ。暁先輩に見せなくていいのか?」
「え、何で暁先輩?」
 心底不思議そうな顔をしてるけど、一応〝お気に入り〟なんだし何かないのかなって……ぶっちゃけ暁先輩に倖人を託すのはまだ不安なんだけど。
 並んで空き教室に入り、足木に化粧を落としてもらった後、またパーテーションの後ろで着替えるとようやくホッと出来た。やっぱ制服楽だわー。
 一緒に着替えていた倖人が、着替えの終わった俺を見るなりぱちりと目を瞬いた後苦笑する。
「真尋、それ、足木に隠してもらいなよ」
「それ?」
「首。あの時付けられたんじゃないの?」
「付け……あっ! そうだったー……忘れてたー……」
 女装の時はウィッグが長かったから気にもしてなかった。そうだよ、俺はもう〝素〟に戻ってんじゃん。
 俺は仕方なく自然に見えるよう首を隠しながらパーテーションから出て、他の奴の化粧を落としている足木を待った。手が空いた隙に近付く。
「足木……これどうにかなんねぇ?」
「うん? ……わぁ、これはまたくっきりと……」
「この後俺、父さんと母さんに会うから見られるとマズイ…」
「確かにこれは丸わかりだもんなー。うん、多分どうにか出来ると思う」
 椅子に促され見られた恥ずかしさでしおしおになってる俺を揶揄うでもなく、足木はメイク道具を駆使してあっという間に隠してしまった。
 このスキルとテクニックには素直に感動する。
「すげぇ、全然分かんねぇ。ありがとう、足木!」
「どういたしまして」
「この礼は必ず!」
「気にしなくていいから」
 いやいやそういう訳には、と思ったところで気付いたんだけど、峰山と足木ってずっとクラスにいるんだよな? だって何かあった時に対応出来るの、この二人しかいないし。
「なぁなぁ、足木、峰山。なんか食いたいもんある? 買ってくるよ」
「え? いいの?」
「全然オッケー。何がいい?」
 せっかくの文化祭なのに見て回れないのって悲しいしな、せめて露店のもん食べて気分だけでも味わって欲しい。
「じゃあ俺、焼きそばと唐揚げ」
「俺はたこ焼きとポテトで。今財布持ってないから後で返す」
「じゃあ出張料とー、運搬料とー」
「ここにタカり屋がいるぞー」
「あはは、ウソウソ。じゃあ行ってくるな。倖人お待たせ、行こ」
「うん」
 入口で待ってた倖人に声をかけ、手を振る二人に返していつも以上に賑やかな廊下を歩く。三年生は主に露店出してるらしいけど、廉のクラスは確か占いやるとか言ってたような。当たるも八卦当たらぬも八卦、だっけ?
 窓から見えるグラウンドも随分華やかだ。父さんと母さんはどこだろう。
「あ、ほら、アイツ…」
「ああ、例の?」
「…………」
 クラスメイトとは仲良くなれたけど、やっぱり他のクラスや他学年の人たちはまだ俺を嫌ってて、こうやってヒソヒソされるのも俺の常だ。倖人が肩を叩いて笑ってくれる。
「真尋は何が食べたいの?」
「えー、全部」
「お腹はち切れるよ」
「一緒に食べてくれるだろ?」
「仕方ないなー」
 何だかんだ俺に甘い倖人ににっと返し、冷たい視線も興味本位の視線も振り払うように腕を引っ張ってグラウンドに向かう。
 煩わしい声はまだ聞こえるけど、俺は今が一番楽しいんだ。俺を気に食わない奴らが悔しくて歯噛みして地団駄踏むくらい笑ってやる。




 すっかり日も落ちた学校は、昼間の喧騒が嘘のように静かになってる。グラウンドに広がっていた露店は残骸だけ残して片付けられ、今はキャンプファイヤーの真っ最中だ。
 こういう雰囲気って人を大胆にさせるというか盛り上げるというか……まぁつまりは、色んな場所で告白というイベントが起こってる。
 気まずくて場所を移そうとした俺は視線をやった先で少し驚いてしまった。倖人と暁先輩が並んでベンチに座ってたから。会話はもちろん聞こえないけど、二人共楽しそうだ。
 仲良くしてるなら何よりだとどこかホッとした俺は少しご機嫌で廊下を歩く。生徒会室に行けば廉がいるかもしれないし、会いに行ってやろうかな。
 だけど生徒会室は無人のようで、インターホンを鳴らしても応答がなかった。ならば教室かと思って同じ棟にある廉の教室に向かったけど、イチャイチャしてる先輩がいただけで廉はいなかった。覗いただけだけど、邪魔してすいません。
「……?」
 俺はこの二箇所以外で廉がいそうな場所に心当たりがない。会えたらいいなくらいで来たけど、いざ会えないとなると何がなんでも会いたくなるのが人の心というもので……俺は電話してみる事にした。
 履歴の一番上にある番号をタップして耳に当てる。コール音が数回してプツっという音の後に声が聞こえてきた。
『まひ……』
『廉くん! こっちこっち!』
 廉の声を遮って聞こえる少し高めの声。一人だと思っていた廉が誰かと一緒にいるのは明白だ。
『待て、落ち着け』
『落ち着いていらんないって! だって廉くんと一緒にいるの久しぶりなんだから!』
『いやだから……ああ、真尋。悪いけど今日は帰れねぇ』
「…………」
『真尋?』
『廉くん早く早く! 間に合わない!』
『あーもー分かってる! そういう訳だから……』
「……ちゃんと説明してくれんなら後でもいいけど、もし言えねぇような事してんなら二度と口利かねぇからな」
 一瞬、あの時と同じ言葉が頭を過ぎった。でも廉を信じるって決めた俺は、言葉足らずな廉のために必要な事を口にする。どこで、誰と、何をするか。それをハッキリ示してくれるんなら俺は何も言わねぇんだから。
『……! ち、違う違う! これから実家の方に行く事になって! さっきから喋ってる奴は親戚! 弟みてぇなもんだから!』
「ん、分かった。明日は帰って来んの?」
『帰る。ぜってぇ帰るから』
 電話越しにも分かる必死な言い方に笑いながら問い掛けると、ホッとしたのか幾分か柔らかくなった声で返される。
「んじゃ、廉の家で待ってる」
『ああ。じゃあ明日な、真尋』
「おう、また明日な」
 通話を終えたスマホをポケットにしまうと、俺は荷物を取るために自分のクラスへ向かう。みんなキャンプファイヤーに行ってると思ってたけど、教室には何人か残ってた。
「あれ、綾瀬帰んの?」
「うん。また週明けにな」
「おー、またな~」
「バイバーイ」
 まだテンションの高いクラスメイトと笑顔で手を振り合い別れると、俺は正門から帰路についた。倖人に帰る事を言わなかったのは、二人の邪魔をしたくなかったからだ。
 真っ直ぐ家に帰ると、俺は両親への挨拶もそこそこに部屋へ行き、着替えて泊まりの準備を始めた。と言っても、部屋着や下着は廉の家に置いてあるからいるのは着替えくらいだけど。他にも必要な物をリュックに詰めて薄手の上着を羽織って背負う。
 リビングに行き、友達の家に泊まる事を告ればあっさりと行ってらっしゃいと言われた。この調子で廉と暮らす事も認めてくれりゃいいのに父さんが許してくれない。付き合ってんのは渋々許してくれたのにな。
 基本放任の親に、こんなに苦戦するとは思わなかった。
 玄関を出た瞬間に頬を撫でた風が少しだけ冷たく感じて首を竦める。
 最寄り駅に行く途中にコンビニに寄って夕飯を買い、電車に乗って廉のマンションがある駅で降りた。すっかり歩き慣れた道を進んで聳え立つ高層マンションのエントランスをくぐり、エレベーターで居住階に上がればもう部屋は目の前だ。
 貰った鍵で部屋に入ると、当たり前だが暗くてシーンとしてて少しだけ怖かった。暗闇はあんまり好きじゃない。

 俺はその日初めて、家主である廉のいない部屋で夕飯を食べてお風呂に入り、廉の匂いのするベッドで一人眠りについた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

罰ゲームって楽しいね♪

あああ
BL
「好きだ…付き合ってくれ。」 おれ七海 直也(ななみ なおや)は 告白された。 クールでかっこいいと言われている 鈴木 海(すずき かい)に、告白、 さ、れ、た。さ、れ、た!のだ。 なのにブスッと不機嫌な顔をしておれの 告白の答えを待つ…。 おれは、わかっていた────これは 罰ゲームだ。 きっと罰ゲームで『男に告白しろ』 とでも言われたのだろう…。 いいよ、なら──楽しんでやろう!! てめぇの嫌そうなゴミを見ている顔が こっちは好みなんだよ!どーだ、キモイだろ! ひょんなことで海とつき合ったおれ…。 だが、それが…とんでもないことになる。 ────あぁ、罰ゲームって楽しいね♪ この作品はpixivにも記載されています。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

禁断の祈祷室

土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。 アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。 それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。 救済のために神は神官を抱くのか。 それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。 神×神官の許された神秘的な夜の話。 ※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

処理中です...