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一人だけの夜
しおりを挟む「あ、お二人さん、並んでもらってもいいですか?」
「俺たち?」
「はい!」
午後になり、交代時間になったため峰山や足木たちと一緒に空き教室に向かっていると、さっきから写真を撮っていた写真部に声をかけられた。どうやら俺と倖人のツーショットが撮りたいらしく、倖人と顔を見合わせるとにかっと笑って腕を組んでピースする。あれ、なんか一般のお客さんも撮ってね?
だけど写真部は気にする事なく何枚か撮った後、「ありがとうございました!」と言って去って行った。
「あの写真は、写真部の売上になるんだよ」
「え、そうなの?」
「真尋の写真、売れまくるかもね」
「それを言うなら倖人だろ。暁先輩に見せなくていいのか?」
「え、何で暁先輩?」
心底不思議そうな顔をしてるけど、一応〝お気に入り〟なんだし何かないのかなって……ぶっちゃけ暁先輩に倖人を託すのはまだ不安なんだけど。
並んで空き教室に入り、足木に化粧を落としてもらった後、またパーテーションの後ろで着替えるとようやくホッと出来た。やっぱ制服楽だわー。
一緒に着替えていた倖人が、着替えの終わった俺を見るなりぱちりと目を瞬いた後苦笑する。
「真尋、それ、足木に隠してもらいなよ」
「それ?」
「首。あの時付けられたんじゃないの?」
「付け……あっ! そうだったー……忘れてたー……」
女装の時はウィッグが長かったから気にもしてなかった。そうだよ、俺はもう〝素〟に戻ってんじゃん。
俺は仕方なく自然に見えるよう首を隠しながらパーテーションから出て、他の奴の化粧を落としている足木を待った。手が空いた隙に近付く。
「足木……これどうにかなんねぇ?」
「うん? ……わぁ、これはまたくっきりと……」
「この後俺、父さんと母さんに会うから見られるとマズイ…」
「確かにこれは丸わかりだもんなー。うん、多分どうにか出来ると思う」
椅子に促され見られた恥ずかしさでしおしおになってる俺を揶揄うでもなく、足木はメイク道具を駆使してあっという間に隠してしまった。
このスキルとテクニックには素直に感動する。
「すげぇ、全然分かんねぇ。ありがとう、足木!」
「どういたしまして」
「この礼は必ず!」
「気にしなくていいから」
いやいやそういう訳には、と思ったところで気付いたんだけど、峰山と足木ってずっとクラスにいるんだよな? だって何かあった時に対応出来るの、この二人しかいないし。
「なぁなぁ、足木、峰山。なんか食いたいもんある? 買ってくるよ」
「え? いいの?」
「全然オッケー。何がいい?」
せっかくの文化祭なのに見て回れないのって悲しいしな、せめて露店のもん食べて気分だけでも味わって欲しい。
「じゃあ俺、焼きそばと唐揚げ」
「俺はたこ焼きとポテトで。今財布持ってないから後で返す」
「じゃあ出張料とー、運搬料とー」
「ここにタカり屋がいるぞー」
「あはは、ウソウソ。じゃあ行ってくるな。倖人お待たせ、行こ」
「うん」
入口で待ってた倖人に声をかけ、手を振る二人に返していつも以上に賑やかな廊下を歩く。三年生は主に露店出してるらしいけど、廉のクラスは確か占いやるとか言ってたような。当たるも八卦当たらぬも八卦、だっけ?
窓から見えるグラウンドも随分華やかだ。父さんと母さんはどこだろう。
「あ、ほら、アイツ…」
「ああ、例の?」
「…………」
クラスメイトとは仲良くなれたけど、やっぱり他のクラスや他学年の人たちはまだ俺を嫌ってて、こうやってヒソヒソされるのも俺の常だ。倖人が肩を叩いて笑ってくれる。
「真尋は何が食べたいの?」
「えー、全部」
「お腹はち切れるよ」
「一緒に食べてくれるだろ?」
「仕方ないなー」
何だかんだ俺に甘い倖人ににっと返し、冷たい視線も興味本位の視線も振り払うように腕を引っ張ってグラウンドに向かう。
煩わしい声はまだ聞こえるけど、俺は今が一番楽しいんだ。俺を気に食わない奴らが悔しくて歯噛みして地団駄踏むくらい笑ってやる。
すっかり日も落ちた学校は、昼間の喧騒が嘘のように静かになってる。グラウンドに広がっていた露店は残骸だけ残して片付けられ、今はキャンプファイヤーの真っ最中だ。
こういう雰囲気って人を大胆にさせるというか盛り上げるというか……まぁつまりは、色んな場所で告白というイベントが起こってる。
気まずくて場所を移そうとした俺は視線をやった先で少し驚いてしまった。倖人と暁先輩が並んでベンチに座ってたから。会話はもちろん聞こえないけど、二人共楽しそうだ。
仲良くしてるなら何よりだとどこかホッとした俺は少しご機嫌で廊下を歩く。生徒会室に行けば廉がいるかもしれないし、会いに行ってやろうかな。
だけど生徒会室は無人のようで、インターホンを鳴らしても応答がなかった。ならば教室かと思って同じ棟にある廉の教室に向かったけど、イチャイチャしてる先輩がいただけで廉はいなかった。覗いただけだけど、邪魔してすいません。
「……?」
俺はこの二箇所以外で廉がいそうな場所に心当たりがない。会えたらいいなくらいで来たけど、いざ会えないとなると何がなんでも会いたくなるのが人の心というもので……俺は電話してみる事にした。
履歴の一番上にある番号をタップして耳に当てる。コール音が数回してプツっという音の後に声が聞こえてきた。
『まひ……』
『廉くん! こっちこっち!』
廉の声を遮って聞こえる少し高めの声。一人だと思っていた廉が誰かと一緒にいるのは明白だ。
『待て、落ち着け』
『落ち着いていらんないって! だって廉くんと一緒にいるの久しぶりなんだから!』
『いやだから……ああ、真尋。悪いけど今日は帰れねぇ』
「…………」
『真尋?』
『廉くん早く早く! 間に合わない!』
『あーもー分かってる! そういう訳だから……』
「……ちゃんと説明してくれんなら後でもいいけど、もし言えねぇような事してんなら二度と口利かねぇからな」
一瞬、あの時と同じ言葉が頭を過ぎった。でも廉を信じるって決めた俺は、言葉足らずな廉のために今必要な事を口にする。どこで、誰と、何をするか。それをハッキリ示してくれるんなら俺は何も言わねぇんだから。
『……! ち、違う違う! これから実家の方に行く事になって! さっきから喋ってる奴は親戚! 弟みてぇなもんだから!』
「ん、分かった。明日は帰って来んの?」
『帰る。ぜってぇ帰るから』
電話越しにも分かる必死な言い方に笑いながら問い掛けると、ホッとしたのか幾分か柔らかくなった声で返される。
「んじゃ、廉の家で待ってる」
『ああ。じゃあ明日な、真尋』
「おう、また明日な」
通話を終えたスマホをポケットにしまうと、俺は荷物を取るために自分のクラスへ向かう。みんなキャンプファイヤーに行ってると思ってたけど、教室には何人か残ってた。
「あれ、綾瀬帰んの?」
「うん。また週明けにな」
「おー、またな~」
「バイバーイ」
まだテンションの高いクラスメイトと笑顔で手を振り合い別れると、俺は正門から帰路についた。倖人に帰る事を言わなかったのは、二人の邪魔をしたくなかったからだ。
真っ直ぐ家に帰ると、俺は両親への挨拶もそこそこに部屋へ行き、着替えて泊まりの準備を始めた。と言っても、部屋着や下着は廉の家に置いてあるからいるのは着替えくらいだけど。他にも必要な物をリュックに詰めて薄手の上着を羽織って背負う。
リビングに行き、友達の家に泊まる事を告ればあっさりと行ってらっしゃいと言われた。この調子で廉と暮らす事も認めてくれりゃいいのに父さんが許してくれない。付き合ってんのは渋々許してくれたのにな。
基本放任の親に、こんなに苦戦するとは思わなかった。
玄関を出た瞬間に頬を撫でた風が少しだけ冷たく感じて首を竦める。
最寄り駅に行く途中にコンビニに寄って夕飯を買い、電車に乗って廉のマンションがある駅で降りた。すっかり歩き慣れた道を進んで聳え立つ高層マンションのエントランスをくぐり、エレベーターで居住階に上がればもう部屋は目の前だ。
貰った鍵で部屋に入ると、当たり前だが暗くてシーンとしてて少しだけ怖かった。暗闇はあんまり好きじゃない。
俺はその日初めて、家主である廉のいない部屋で夕飯を食べてお風呂に入り、廉の匂いのするベッドで一人眠りについた。
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