強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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文化祭準備

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 次の日の放課後から文化祭の準備が始まった訳だけども……予想通り、俺にはなーんの仕事も回って来ない。一応裏方に席が置かれたからどっかのグループの手伝いでもしようと思ってたけど、俺が近付くとみんな背を向けるんだよな。
 倖人は最終的に女装する側になっちまったから打ち合わせに行ってて今いなくて、俺は一人で暇を持て余してる。
 これでサボってるって言われたら暴れてやろうかとも思ったけど、いないもの扱いだからまだいいや。
「うわ…っ」
「何やってんだよ相澤~」
「ちゃんとそっち押さえてろよ」
「ズレたな」
 大きな声に反射的にそっちを見ると、相澤と呼ばれた男子生徒が盛大に尻もちをついていた。そのせいで大きなダンボールに描いていた線が歪んでしまったらしい。あそこ人足りてないもんな。
 声、かけてみるか? いや、でも嫌がられたら。
 …………よし、男は度胸。俺は気合いを入れるために短く息を吐いて近付いた。
「あ、あの、さ……良かったら手伝おう、か?」
「え?」
「……うわ」
「何でコイツが…」
「……あー、うん。ごめん…いらねぇよな…」
 あからさまに嫌そうな顔をされ、ちょっと…いや、かなりグサッと来た俺は苦笑して一歩下がる。うう…何でこんな嫌われてんだろ。
「待った」
「?」
「相澤?」
 肩を落として席に戻ろうとした俺の背中に相澤の声がかかる。首を傾げながら振り向くと、少しだけ視線を彷徨わせた後に笑って浮いているダンボールの端を指差した。
「こっち、持ってくれる?」
「え」
「ちょ、何言ってんだよ、相澤」
「こんなヤツ誘うとかマジ?」
「あのさ、前から思ってたんだけど、何でいつまでも親の敵みたいに綾瀬を嫌うんだよ」
 おお、まさに俺が思ってた事を聞いてくれてる。ってか、今のこの状況はなんだろう。俺の頭の中、クエスチョンマークで満たされてるんだが。
 相澤以外の男子は苦虫を噛み潰したような顔をして親指で俺を差す。
「だってコイツ、会長の〝恋人〟じゃん。 何かヘマしたら会長に睨まれそうで怖ぇし」
「そうそう、俺退学にはなりたくねぇしな」
「みんな自分が大事なんだよ」
「会長に目を付けられるのだけは勘弁だわ」
 えー、まさかの理由。〝俺自身〟が嫌われてる訳じゃなくて、俺が廉の〝恋人〟だから敬遠されてるって事? ってか別に俺チクんねぇし。
 答えを聞いた相澤は溜め息をつくと、立ち上がって俺の方へ歩いて来た。
「それ、綾瀬が避けられてる理由にならなくないか?」
「なるだろ、恋人なんだし」
「ちょっとでも会長の耳に入ったらどうすんだよ」
「むしろこの状況の方が会長に睨まれるって思わないのが不思議なんだけど」
「…………」
 えっと、俺はどうしたらいいんだろうか。黙って遣り取りを見ているだけしか出来ない俺は物凄く戸惑ってる。少なくともコイツらに本気で嫌われてる訳じゃないって分かったのは嬉しいけど、相澤と二人が仲違いするのは宜しくない。友達は大事!
「せっかくの文化祭なのに、一人でいたい奴なんかいないだろ」
「……!」
「俺さ、前から綾瀬と話してみたいとは思ってたんだよ。でも周りがあんなだったし何か勇気出なくて…昨日の長谷川の話聞いたらハッとした。そうだよ、これってイジメじゃんって思って…」
「な、何で……」
「会長相手にも物怖じしない性格がカッコイイなって」
 ちょ、ちょっと奥さん聞きました? カッコイイだって! 
 相澤は人好きのする笑顔で俺を見ると「だから」と続ける。
「友達にならない?」
「……え!? お、俺でいいのか? だって他の奴ら……」
「友達作るくらいで怒るような奴ならいらないよ」
「…………」
「綾瀬?」
「うわぁ……俺、すげぇ嬉しいんだけど…」
 一年生の青春はもう捨てていいやって思ってた。二年生になればもしかしたら話くらいはしてくれる人いるかもしれないって。
 でも相澤は友達にって言ってくれた。ヤバい、めちゃくちゃ叫びたい。
 俺は感動で泣きそうになるのを堪えてはにかむと相澤に向けて大きく頷いた。
「友達になりたい!」
「はは、うん、なろうなろう。よろしくな、綾瀬」
「よろしく、相澤」
 諦めてた今年の文化祭、もしかしたら思ってた以上にいい思い出が出来るかもしれない。友達出来たって、廉にも報告しようかな。
 浮かれすぎてた俺は、二人が困惑したように話をしていた事に気付かなかった。



 相澤と友達になってから、倖人と合わせて三人で昼食を食べるようになった。文化祭の準備って昼休みもするから、廉も俺も忙しくて一緒に食べれなかったし。
 倖人は最初いきなり友達になった相澤に警戒してたけど、話していくうちに良い奴だって分かったのか無事打ち解けてて安心した。
 そう、相澤はすげぇ良い奴だ。周りが良く見えてて、ちょっとでも悩んだり迷ったりしてたらすぐ気にして声かけてくれる。相澤のが背が高いってのもあるんだろうけど、高いところにある物は率先して取ってくれるし。
「真尋」
「? あ、廉!」
 今日も今日とて三人で学食で食べている時、先に気付いた廉に声をかけられた俺は立ち上がって駆け寄った。顔を合わせるのも一週間ぶりだ。
「何か疲れてね?」
「予算の事でちょっとな……はぁ、お前の顔見たら少し癒された」
「ちゃんと飯食ってるか?」
「食ってるよ。……たまに」
「たまにじゃダメだって言ってるだろ。ちゃんと毎日毎食食え」
「面倒くせぇ……」
 何でコイツは食に関してこんな無頓着なんだ。食事は身体の資本だぞ。
 それより俺の頭をわしわしすんの辞めろ。
「……なぁ、週末来いよ。お前鍵渡してんのに全然来ねぇし」
「何か鍵使うの照れ臭くて」
「何でだよ。使わなきゃ意味ねぇだろ」
「いや、分かってんだけどさ」
 いざ鍵を持って廉の家に行こうとすると変に意識して尻込みしてしまう。行きたい気持ちはもちろんあるんだけどな。
 まったく、と溜め息をついて俺の頬を撫でた廉は軽く額に口付けてきた。反射的に見上げるとどうにも腑に落ちない顔。
 人のデコにキスしといてなんつー顔しやがる。
「今はこれで我慢しとく。金曜は寝かさねぇからな」
「わ、バカ! こんなとこで言う事じゃねぇだろ!」
「言っとかねぇと、お前引き腰になるし」
「そ、そんな事ねぇし…!。……っもー、いいからさっさとあっち行け!」
「はいはい」
 直接的ではないが聞く人が聞けば意味は分かる発言に慌てた俺は、顔を赤くしながら廉の背中を券売機へと押す。そんな俺にクスクスと笑った廉は離れる前に俺の頭をポンポンと軽く叩いてから歩いて行った。
 何であんな事平気で言えんだアイツは。変態か。
「ったく……」
 どこかお疲れ気味の背中を見送って戻ると、ほんのり顔を赤くした相澤が苦笑してた。
「凄い会話聞いた気がする……」
「真尋、いつの間にか大人の階段登ってたんだね」
「……!! き、聞こえ…っ」
「まぁ、割と近かったし」
「聞く気はなかったとだけ言っとくよ」
「うわ~……最悪」
 そんな大きな声じゃなかったし、周りもザワザワしてたから聞かれてなかったかもって思ったのに…友達と幼馴染みに聞かれるとか恥ずかしすぎる。
 両手で顔を覆い悶え苦しむ俺の肩に倖人の手がそっと乗せられた。
 チラリと見ると物凄く優しい笑顔。
「真尋が幸せなら、オレはそれでいいよ」
「倖人…!」
 これまでの俺の苦労を知ってるからこその言葉に俺の涙腺が刺激される。泣きはしないけど、しないけど、泣きたくなった。
 絶対的な味方である倖人に感謝の気持ちを込めてハグしたのに、引き攣った顔ですぐに引き剥がされて愕然とする。
 何でたよ。ちょっとショックだよ俺は。
「幼馴染みっていいなぁ…」
 どこかしみじみと呟く相澤に、俺と倖人は顔を見合わせて苦笑した。
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