強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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暁先輩の〝お気に入り〟

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 夏休みも後半になると、俺は残りの課題を終わらせるために図書館に行ったり倖人と勉強会したりと割と慌ただしく過ごしてた。
 廉も文化祭の事前準備とかで生徒会の仕事が忙しく、学校へ行ったり勉強したりで会う時間はなかったけど、毎日のように電話やSNSでやりとりしてたから寂しくはなかった。
 会いたくなったらいつ来てもいいって廉にも言われてたしな。ちなみに合鍵貰ったから入りたい放題イタズラし放題。




 面倒臭いテストも終わり、いよいよ文化祭の出し物を決めるためにクラスで話し合う訳だけども、当たり前だけど俺は空気扱いされてる。
 倖人とも席が離れてるし、盛り上がるクラスメイトを他所に俺はずっと机を見てた。
「えー、マジで?」
「男子高にありがちだろ?」
「誰がすんだよ」
「俺は絶対やだ」
「水谷とかいいんじゃね?」
 楽しそうだな、とは思う。俺だって新しい環境にドキドキワクワクしながらここに入って来たんだし、文化祭は特に楽しみにしてた。
 自慢じゃないけど、俺は割と友達作りが得意な方だった。
 俺の性格に引かない奴は普通に仲良くしてくれるんだから、話し掛ければそいつがどう見てるか分かる。わざと口調を崩しまくっても気にしない奴は、「綺麗な顔してんのに口悪いのウケる~」くらいのノリで喋ってくれるから付き合いやすくて。中学の時はそういう奴らばっか俺の周りにいた。
 だけどコイツらは、外部入学の俺がみんなが憧れてる生徒会長様に選ばれた事だけがただ気に食わないんだろう。だから俺の中身を知ろうとしてくれない。
 いや、別に中身がいいよって訳じゃないんだけど、生意気だからムカつくで終わらせて欲しくないっていうか……もっとちゃんと話して欲しいというか。
 まぁ嫌ってる奴なんか関わりたくもないか。
「はーい。じゃあこのクラスの出し物は、レトロ女装喫茶に決定!」
「うわぁ…」
「女装似合うのって長谷川と水谷と藤間と名倉ぐらいじゃね?」
「そんな事ないよ~」
「うっそ! 本気で嫌なんだけど!」
「最悪……」
「後はお笑い要因だな」
「お笑いでいいなら俺やる!」
「お、じゃあ神崎も女装決定な」
 黒板に順番に名前が書かれて行く。レトロ女装って何だ? 袴とかセーラー服とか着るのか?
 ホールは女装した奴らがして、後は料理係と飾りやポップなどを作る裏方作業をする奴らを選出するらしい。これは希望制らしく、あっという間に枠が埋まった。案の定俺の名前は書かれない。
 その時バァンッと音がして倖人が立ち上がった。俺は驚いて目を瞬く。
「真尋の名前、ないんだけど?」
「え、いる?」
「参加しないだろ」
「会長権限で不参加じゃないのか?」
 チラチラクスクスはもうお腹いっぱいだって。大体何で三年の廉の権限で一年の俺が不参加になるんだよ。
 倖人はもう一度机を叩くと、黒板前にいる奴を睨み付けて今度は低い声で話し始めた。
「いいから書けきなよ、裏方んとこに。いつまで子供みたいな事してんの? お前らがやってんの、立派なイジメだから」
「え、は、長谷川…?」
「いや、だから……」
「書けって言ってんの。お前の顔チョーク塗れにしようか?」
「か、書きます! 書かせて頂きます!」
「最初からそうしなよ」
 睨まれた奴が震えながら俺の名前を〝ひらがな〟で書く。ああ、一応名前知ってはくれてたんだな。
 初めて見る倖人の姿にクラスはシーンとなる。
 だけど俺は久しぶりに見る〝ブラック倖人〟にちょっと興奮していた。普段大人しい奴がキレると手に負えないって良く言うだろ? 倖人はまさにその典型だ。初めて見たのは、俺が不埒な大人に襲われたところをたまたま目撃した倖人がブチ切れた時だな。それからは倖人のイライラが積もりに積もって、耐え切れずにプチってなると〝ブラック倖人〟が出るようになった。
 ちなみに、これまで俺に向けられてた悪意にブチ切れなかったのは、がそこまで気にしてなかったから。さすがにあの時の食堂では出るかなって思ったけど、倖人曰く大勢に囲まれたら無理、だそうだ。
 ついでに言うと俺に切れた事はない。
「と、という訳で、明日から各自準備していって下さい…」
 俺と倖人以外怯えたように後片付けを始めるもんだから、少しいい気味だと思ってしまった。別に倖人いるしいいやって思ってたんだけど、俺が置かれてる状況はアイツも気にしてたしな。
「倖人」
「真尋」
「ありがとな」
「何言ってんの、ああいう陰湿な事する奴らは一回ビシッと言っといた方がいいんだからさ」
 ビシッとの言い方がかなり怖かったけどな。俺と違って友達いるんだからちょっとは気にして欲しい。
「真尋はもう帰るの?」
「うん。廉も忙しいみたいだし、家帰って勉強する」
「そっか、じゃあ一緒に帰ろ」
「ん」
 俺と倖人の家は昔と変わらず隣同士だ。俺が生徒会の手伝いをしてた時や用事がある時は友達と一緒に帰ってたから、前みたいに並んで帰るのは久しぶりだったりする。
 昇降口まで降りると一年生に囲まれてる暁先輩がいた。
 一瞬ビクッとしたけど、困惑している様子に気付いて思わず苦笑してしまう。先輩、まだお気に入り決めてなかったんだ。
 あの日の事、先輩はちゃんと謝ってくれた。ぶっちゃけ怖かったし許せない部分もあるけど、あの時以来すっかり毒の部分がなくなって、今はもう絆されてる状態だ。たまに甘い物くれるし。
 見るからにどうしようって顔してる先輩は、俺に気付くなり情けない顔をして輪の中から抜けてきた。囲んでいた子たちにギロリと睨まれる。
「ひろくんだ、助けて~」
「暁先輩。さっさとお気に入り決めないからそうなるんですよ」
「だって僕が好きなのはひろくんなのに、他の子じゃ満足出来ない」
「そうやって拘るから囲まれるんですってば」
 そして俺も、先輩には多少遠慮がなくなってる。
「ひろくん厳しい……あれ、その子は?」
「俺の幼馴染みの、長谷川倖人です」
「初めまして」
「はい、初めまして~。……誰かの〝お気に入り〟だったりする?」
 ペコリと頭を下げた倖人を首を傾げて見ていた先輩が唐突にそう問い掛けてきて、俺は思わずギョッとしてしまった。え、もしかして先輩、倖人を〝お気に入り〟にしようとしてる?
 倖人も驚いて目を瞬いてるし。
「倖人は誰の〝お気に入り〟にもなってませんけど…」
「じゃあ僕を助けると思って、〝お気に入り〟になってくれない?」
「え!?」
「ひろくんの幼馴染みくんなら信用出来るから、お願い。このままじゃみんなに迷惑がかかっちゃう…」
 ええ…マジか。そりゃまぁ倖人なら煩わしい事にもならないだろうけど…。それにしても先輩、相変わらずの強引ぷり。
 チラリと倖人を見ると物凄く難しい顔をして考えてる。
「ダメかな?」
「……先輩は、それでいいんですか?」
「何も知らない人をお気に入りにするより、ひろくんが信頼してる子の方が安心出来るからね。これでも僕、自分の顔の良さは自覚してるから」
「はあ…」
 生徒会役員だしな、見目は麗しいわな。
 でも倖人だって可愛い顔してんだぞ。俺よりは背が高いけど誤差の範囲だし。
 暫く目を閉じて「うーん」と唸っていた倖人は、半ば諦めたように溜め息をつき頷いた。え、本気で?
「分かりました。〝お気に入り〟がいない役員さんが大変なの知ってますし、オレも別に好きな人がいるとかでもないし」
「え、いいの? 本当に?」
「いいですよ」
「ありがとう、ゆきくん」
 先輩って二文字で呼びたい癖でもあんのかな。それとも人の名前二文字までしか覚えられないとか。
 俺がそんな事を考えている間に、倖人の左手を取った暁先輩は薬指の先に口付けて微笑んだ。なまじ先輩が綺麗だからそれが様になり過ぎて周りから悲鳴が上がってる。ってか傍から見ると案外恥ずかしいんだなコレ。
 さすがの倖人もちょっと顔を赤らめてるし。
「あ、ゆきくん、連絡先交換しよ」
「はい」
 おお……意外だ、二人並ぶとお似合いに見える。暁先輩と倖人だと身長どれくらい差があるんだろ。俺と廉ほどはないと思うけど…頭一個分はねえかな。
「また連絡するね。本当にありがとう、ゆきくん」
「はい。お仕事頑張って下さい」
「……ありがと」
 あ、今の暁先輩の笑顔、ちょっと嬉しそうだった。
 手を振りながら見送った倖人は困ったように笑って下駄箱に促し、俺にだけ聞こえるように話し出した。
「あれヤバいね。思わずドキッとしちゃったよ」
 その言葉に、意外にもいい関係を築けるのでは? と思った事は内緒だ。
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