強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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思った以上に

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 来なくても良かった日曜日。
 渋々ながら廉とのお出かけを了承してしまった俺は朝から大忙しだ。主に俺の母さんが、だけど。
「ほら、真尋! これなんかいいと思うわ!」
「だから適当でいいって…」
「ダメよ、デートなんでしょ? 可愛い格好しなきゃ!」
「デートじゃねぇって…」
 何で本人じゃなく親の方がテンション上がってんだよ。
 約束の時間は十時なのに、六時に起こされた俺は半分寝ている状態で母さんに髪を弄られまくったおかげで普段よりも毛先がピョンピョンしてる。俺の髪って全体的に長めなんだけどさ、サイドなんかは特に長くて耳半分隠れてんの。そこを纏められて、あろう事か三つ編みされて耳の後ろで留められてた。頭頂部から髪被せれば隠れるかもしんねぇけど…そんなもんは問答無用で外してやったわ。
「あ! 何してんの、せっかくお母さんが可愛くしてあげたのに!」
「男が可愛くなってたまるか!」
「ほんっと、真尋が可愛いのは寝惚けてる時だけね」
「ほぼ意識ない時の話しないでくださーい」
 何回も聞いたから、それ。俺はどうやら寝起きが良くないらしく、覚醒するまでの間甘えたになるようだ。母さん曰く「可愛かった頃の真尋」だと。知らんがな。
 ってか九時回ってんだけど。
「母さん、俺あとちょっとで出るよ」
「しょうがないわねぇ…じゃあこれにしましょうか」
 そう言って母さんが渡して来たのは、白のレギュラーシャツに黒いスキニーとネイビーのロングシャツ。良かった、ハーフパンツとか渡されたら無言で投げ返してたわ。
 のそのそと着替え、ボディバッグを右肩から斜めに掛ける。本気で全部奢って貰うつもりのない俺は、母さんに渡された〝デート代〟が入った財布をしっかりバッグに入れている。後はスマホと定期とその他諸々。
「写真撮って来てね」
「何でだよ、やだよ」
「相手がどんな子か知りたいじゃない」
「想像だけで終わらせといて」
 そろそろ出た方がいいかな。
 俺は尚も写真写真とうるさい母さんに「生徒手帳」とだけ言ってスニーカーを履くと、突っ込まれる前にと玄関を飛び出した。
 あれで分かったら母さん凄いって拍手する。
「…あー…天気いいの腹立つー…」
 天気までアイツの味方かよと意味不明に毒づきながら、俺は重怠い気分で最寄り駅へと向かった。



 一駅分電車に乗って待ち合わせ場所に着くと約束の時間15分前だった。アイツはまだ来てないっぽいから、来たら見える位置にあるベンチに座って待つ。この俺を待たせるなんざいい度胸だ。
 しかし、休日の駅前ってのは人で溢れてんな。っつかカップルが多い。
「ねぇねぇ君、一人?」
 道行く人をぼんやりと眺めていたら不意に声を掛けられた。ん? と思って見上げるとチャラそうな兄ちゃんが俺を見下ろしている。
「待ち合わせしてまーす」
「友達? 俺もあっちに友達いるんだけど、良かったら一緒に遊ぼうよ」
「結構でーす」
 視線を人波に戻し、両手で膝に頬杖をついて無の感情で答える。男はそんな俺に引き下がるでもなく、あろう事か隣に座ってきた。速攻距離を空けたのは言うまでもない。
「あはは、警戒心強いなー。何もしないよ」
「じゃあお引き取り下さい」
「いやいや、ここで帰ったら勿体ないじゃん。こんな美人滅多にお目にかかれないし」
「…………」
 ああ、そういう事。コイツ、俺を女と間違えてナンパしてんのか。ってかこの格好でさえ女に見えるならだいぶ腐ってるぞ、コイツの目。
 俺は前を向いたまま敢えて無視する。
「ここで会ったのも何かの縁だしさ、ちょっとだけでも遊んでみない?」
「…………」
「結構いい場所知ってんだよね」
「…………」
「無視しないでよー。ね?」
「……っ、てめ…!」
 ずっと無視してたら唐突に腕を掴まれた。イラっとして怒鳴りつけようとした瞬間、男の手に手刀が落ちて俺は口を開けたまま固まる。
 結構な力で叩き落とされたからか男が攻撃を受けた腕を押さえて声もなく悶えていた。
「汚ぇ手で触ってんじゃねぇよ」
「…いってぇ……は? 誰?」
「コイツの彼氏」
「彼氏じゃねぇ」
 外でまでそんなノリで喋んな。戸惑いと困惑で変な顔をしている男は俺と廉を交互に見て何かを察したのか、廉へと頭を下げ「すんませんでした!」と言って走り去って行った。……何で俺にはしねぇんだよ。
「ナンパされてんじゃねぇよ」
「望んでされた訳じゃねぇわ」
 むしろ謹んで遠慮したいくらいだ。
 溜め息を零す俺の腕を掴んで立ち上がらせた廉は、母プロデュースでセットされた髪の毛先をつまみ微笑む。
「可愛いな。自分でしたのか?」
「ンな訳ないだろ。母さんが勝手にやったんだよ。ってかそのせいで朝飯食いっぱぐれて俺今すげぇ腹ぺこ。飯行こ、飯」
「いいけど、何食うんだ?」
「すぐ座れてすぐ食えるやつ」
「そうなるとファーストフードだな」
「よっしゃ、行こ!」
「はいはい」
 さっきから主張している腹を大人しくさせるべく俺は早足で歩き出したのだが、何の嫌がらせかのんびりとついてくる廉にムカッとし一旦戻って手を引っ張る。
 何で俺より足が長いクセに遅いんだよ。
 今度は俺に合わせるように歩き出した事に眉を顰めながらも、また遅くなられても困るためそのまま近くの店に入った。

 ある程度食べて腹が膨れた頃にどこに行くか聞いたが、ニヤリと笑った廉は人差し指を口の前に立てて「秘密」とか抜かしやがった。座ってからチラチラ見ていた女の子達がそれに頬を染める。
 店を出た後当然のように繋がれた手を振り解き、前を歩く廉の後ろをついて行くと歩幅を合わせてくれている事に気付いた。
 こういうとこが憎めなくて困る。俺様だし強引だし腹も立つけど、優しいんだよなー…。いっそ清々しいまでにクズでいてくれたら良かったのに。
 俺は廉に気付かれないように息を吐いて少しだけ距離を縮めた。
 歩く事20分。着いた先はまさかの猫カフェ。
「え?」
「二時間貸切にしといた」
「え!?」
 何してくれてんのこの人! 二時間貸切!? 金持ち怖!!
「ネコ、好きなんだろ?」
「好きだけど……教えたっけ?」
「長谷川に聞いた」
「いつの間に」
 倖人のやつ、何勝手に人の事話してんだ。……でも猫カフェ行ってみたかったからちょっと嬉しい。
 廉が先に入って名前を告げると、それはもうテンションの上がった店員さんたちが利用に当たっての注意点や禁止事項を説明してくれる。その間も俺はソワソワしていた。
 ヤバい、ネコ可愛い。めっちゃいる。尊い。
 二人でサインして、手を洗って消毒してからいよいよご対面。
 人慣れしてる子、警戒心の強い子、気紛れな子、色んなネコがいてここは正に天国だ。
「究極の癒し空間……」
「撮影オッケーらしいけど、写真撮るか?」
「撮って撮って」
 食い気味に頷き、ネコが膝に乗ってくれたり玩具で遊んでくれてる時にすかさず撮って貰う。あー、楽しい。楽しすぎる。
 あ、廉の膝の上にもネコ丸まってんじゃん。
 すぐにスマホで撮影すると、ネコを見下ろす廉の目が殊更優しい事に気付いた。廉もネコ好きなのかな。……何だろ、ちょっと複雑。………………? 複雑って何が?
 少しだけ感じた違和感を払拭するように、俺は時間いっぱいにネコたちを堪能した。

 猫カフェは素直に奢って貰った。だって貸切だし、俺が持ってるお金で足りるかも分かんなかったし……ちなみに値段は怖くて聞いてない。
 退店した後、あまりお腹が空いていなかったためお昼は辞めて食べ歩きにしようと言う事になった。甘い物も、美味しい物もいっぱい食べた。道すがら見つけた面白顔はめパネルに廉が顔を出して大笑いしたり、ちょっとしたイベントを覗いたり。途中から勝った方が奢りの男気ジャンケンなるものをしたんだけど、廉はジャンケンも強かった。10回中2回しか勝てなくて、何だかんだで廉が払うことの方が多くて申し訳なくなってしまった。
 気にするなとは言われたけど、今日だけでどんだけ使ったんだと言いたくなる。
 日も落ち始めて空が赤みだした頃、俺を家まで送ると言って聞かない廉にとりあえず最寄りの駅まで送って貰ったんだけど…なんでわざわざ改札抜けるかな。
「本当にここまででいいのか?」
「いいって、女の子じゃあるまいし」
「でもな」
「それ以上言うならもう口利いてやんねぇからな」
「……分かった」
 何でそんな心配症なんだお前は。いつも帰ってる道だっつの。
「それよりさ、今日は本当にありがとな。猫カフェもすげぇ嬉しかった」
「お前が楽しめたらなら何よりだ」
「うん、めちゃくちゃ楽しかった」
「そうか」
 最初は何でコイツとって思ってたけど、思った以上に楽しくて充実した一日になったのは確かだ。モテる男ってのは顔だけじゃないんだな。
「んじゃ、そろそろ帰るな」
「ああ。……真尋」
「うん?」
「…………また明日な」
「……!」
 足を出したところで呼び止められ見上げると優しく微笑む廉がいて、節榑た指が俺の頬をなぞる。固まる俺の額に口付け、挨拶をして踵を返すとあっという間に改札の向こうへ消えて行った。
「……は、はぁ!?」
 唇が触れた額を押さえ真っ赤になった俺は、目撃した人たちの目から逃げるように駅から走り去る。
 あんな人が大勢いるところで何してくれてんだよアイツは!
 楽しかった思い出が一瞬にして上書きされた。ネコの事さえ吹っ飛ぶ程の衝撃に、俺は心の中でありったけの罵詈雑言を廉にぶつけるのだった。



「真尋! どうやってあんなイケメンゲットしたの!?」
 帰宅早々、生徒手帳の謎を解いた母さんに問い詰められた俺は、拍手の事も忘れて不可抗力とだけ告げて自室へと戻った。
 あー、アイツの顔見たくねぇ……。
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