強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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書記の先輩

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 泊まりからさらに一夜明けて、生徒会の手伝いはとりあえず書記の人が戻って来るまでと言われてしまった。もう退院はしていて、体調を見ながら短時間だけ学校に来るらしい。
 さすがに生徒会の仕事が出来るほどの体力は回復していないようで、もう一週間くらいは手伝う事になりそうだ。
「綾ちゃん、これお土産」
「え、何ですか?」
「金平糖。綾ちゃんみたいだなって買ってみた」
「俺みたい……?」
 どっちかと言うと聖先輩の方が金平糖みたいだけど。
 俺は差し出された金平糖の瓶を受け取り眺めてみる。星型の砂糖菓子がコロコロしていて可愛らしい。
 うん、やっぱ聖先輩っぽいよ、これ。
「どこか行ってたんですか?」
「ちょっと実家の方にね。あ、今度綾ちゃんも一緒に行こうよ。温泉あるんだよー」
「温泉?」
「そう、温泉。露天風呂もあるし、海が見えるお風呂もあるよ」
「海! 凄いですね! 行ってみたいです!」
「うんうん、行こうね」
 何だかテンション高くてキラキラしてて可愛いな。……あ、もしかして橘先輩と行ったのか? ならこのキラキラも納得だ。
 全員揃ったところで俺はお茶を入れるため給湯室に向かう。
「あれ、これ何だろ……紅茶?」
 いつも淹れている緑茶の茶筒の横に、見慣れない四角い缶が置いてあった。まだ封も切られていない缶のラベルを見ると、英語でTEAと書いてある。ってかこれ、バッグタイプじゃないよな。
 顔が整っている先輩たちにはこういう紅茶が似合うんだろうけど、バッグならともかくこれは無理だ。
「うん、いつものでいいや」
 一人で悩んで一人で解決し、俺はいつも通りお茶を淹れる。
 緑茶だって美味しいし、ほっこりするからいいじゃん。日本人なら緑茶だろ。
 最初よりは格段に上手に淹れられるようになったお茶を人数分お盆に乗せて運ぶ。一人一人に配り、最後に廉のところに持って行くと湯呑みを置いた手を握られた。
「サンキュ」
 そう言って俺の指先に口付ける。驚いてバッと手を上げるとクスクスと笑いやがるから思いっきり睨んでやった。
 コイツ、俺がこういう反応するって分かっててやってるだろ。
「綾瀬」
「あ、はい。……ふんっ」
 そりゃ俺と廉は恋人だしつい最近……その……一線を越えたわけだけどさ、時と場所を考えろって話だよな。
 かといって二人きりならいいって訳でもないんだけど…恥ずかしいし。
 俺は橘先輩に呼ばれたのをいい事に思いっきりそっぽを向いて移動する。先輩からは資料を頼まれたため、お盆を片付けて離れた場所にある資料室に向かった。
 資料室は生徒会室と同じ階にあり、少し奥に歩いたところにある。預かった鍵で開けるとふわりと風が吹いた。
「あれ、換気でもしてんのかな…」
 資料室は匂いが篭もりやすくて、聖先輩が良く換気のために窓を開けてたりする事がある。だから特に気にする事もなく頼まれた資料の棚の方に向かったんだけど、視界の端に何かが見えた気がした。
「?」
 気のせいかと思い、一歩戻って確認する。棚と棚の間から見える場所に、俺と同じ制服のズボンが見えた。
「……え?」
 ズボンって事は、人の足だよな? え、何で? ってか俺鍵開けて入ったよ?
 恐る恐る近付くと、持ち込んだのか大きくて柔らかそうなクッションに上半身を預けて寝ている綺麗な男の人がいた。
 ますます訳が分からない。
 寝ているし、とりあえずは放っておこうとまずは頼まれた資料を取りに行く。後で廉か誰かに言えばいいし。
「えっと……こっちの棚の資料、と」
 一番上の棚にある目的の物を手を伸ばして取ろうとするけど、さすがに届かなくて脚立を引っ張ってよじ登る。今度はちゃんと手に取ってから降りると不意に視線を感じた。
 何気なく、本当に何気なくそっちを見たら、さっきまで寝ていたはずの美人さんがひょっこりと顔だけ出してて、俺は声も出せないほど驚いて脚立にぶつかる。
 気怠そうな、眠そうな顔でじっと俺を見てるものだから、俺も視線を逸らせなくて困惑する事数秒、俺が耐え切れなくて声をかける事にした。
「あ、あの~……」
「君は…役員の子?」
「へ? あ、いえ、臨時のお手伝いというか…」
「お手伝い……………………ああ、もしかして僕が入院したから」
 おっと、この人まさかの書記さんでしたか!
 それにしても随分ぽややんとしてる人だな。何だろ、のんびりというかマイペースというか。
 俺は資料を抱え直し近付くと頭を下げる。
「初めまして、綾瀬真尋です。書記の先輩ですよね? 体調はもういいんですか?」
「綾瀬真尋…………ひろくん。うん、僕は生徒会書記の、名塚 暁なづか あきです。体調は……たぶん大丈夫?」
「ひろくん…」
 新しいパターンの呼び方だ。顔色は悪くないけど、物凄く眠そうなのはこの人のデフォルトなんだろうか。
 名塚先輩は顔を引っ込めた後、「ひろくんおいでー」と言って俺をさっきまで寝ていた場所に呼ぶ。首を傾げながらもそこへ行けば、まるで我が家のようにクッションに凭れて寛いでいる先輩がいて、チョコのお菓子を両手に持ち見せてきた。
「ひろくんチョコ好き? スティックチョコと生チョコ、どっちがいい?」
「……え?」
「僕のオススメはね、生チョコ。口の中でトローンて溶けるよ」
 生チョコですしね、温度で溶けますね。
 ………いや待て、俺はここに何しに来た? 橘先輩に頼まれた資料を取りに来たんだよな? 手に抱えているこれを早く持って行かないと、橘先輩仕事出来ねぇじゃん。
「あ、あの、名塚先輩。俺これを持っていかないと……」
「暁」
「はい?」
「暁って呼んで」
「……あ、暁先輩」
「うん。ひろくんは可愛いね」
 この人タチが悪い方のゴーイングマイウェイだ。なまじ穏やかな話し方だから有無を言わせない天然の圧力がかかってる上に、垂れ気味の目が細められるとふんわりとした色気が漂って抵抗出来なくなる。
 この人相当モテるだろうなぁ。
「それで、ひろくんはどっちが好き? オススメは生チョ…」
「生チョコで」
「ふふ、はいどうぞ~」
「ありがとう、ございます…」
 俺、この人にいつもみたいな態度取れない…この空気に流されてしまう。どうしよう、橘先輩待ってるのに。
 受け取った生チョコの袋をどうしようかと考えていると、少し首を傾げた先輩が一つ取り出して包装を剥ぎ、俺の口元に差し出してきた。驚いたけど、にっこりと微笑まれて大人しく口を開ける。生チョコがコロンと口内に入った瞬間先輩の親指が俺の下唇を撫でた。
「!?」
「……柔らかいね」
 突然の事に目を瞬く俺に先輩の綺麗な顔が近付く。あれ、何か既視感が…。
「…っおい!」
「ぅわ!」
 金縛りにあったかのように動けない俺の制服の襟が引かれ、暁先輩と距離が出来る。息が詰まったのと生チョコが喉に突っかかったのとで少し咳き込みながら見上げると、珍しく焦った顔の廉がいた。
「…ケホッ……廉…?」
「お前何やって…っ………暁?」
「香ちゃんだ~、久しぶり~」
 何事もなかったかのように手をヒラヒラとする暁先輩に今度は眉を顰めていた廉だったが、ハッとして俺を抱き込むと何故か先輩を睨み付ける。
 もしかして仲悪かったりする? まさか喧嘩始まる?
 俺がハラハラしているなんて気付きもしない廉は、まるで渡さないとばかりに回した腕の力を強める。ちょっと苦しいんですけど。
 だけどその表情がすごく真剣で、そんな茶化すような事は言えなかった。
「……もしかして、香ちゃんのお手付き?」
「恋人だ。いいか暁。コイツにだけは手ぇ出すな、何もすんな」
「え~…せっかく可愛い子見付けたのに~」
「頼む」
 何だよ、何の話しをしてんだよ。手ぇ出すなだの可愛い子だの。
 廉の真っ直ぐな表情に暁先輩はスティックチョコを開けながら、さっきとは違う少しだけ毒を孕んだ笑顔を浮かべた。
「……善処するよ」
「暁!」
「香ちゃん。あんまり真剣に言われるとどうなるか…知ってるよね?」
「……っ」
「だぁいじょうぶ。僕は香ちゃんも好きだから、なるべく嫌がるような事はしないって誓うよ」
「……頼むぞ」
「はぁい」
 二人の雰囲気が異様で口を挟む事も出来ずにいた俺は、何となくだけど自分が話の中心にいる気がして怖くなり、廉の腕の中で体を反転させる。安心出来る胸元へ顔を寄せ、空いている手で服を掴むと大きな手が髪を撫ででくれた。
「行くぞ、真尋」
 そのまま抱き上げられ資料室を出る間際、目が合った暁先輩が俺の唇に触れた親指を自分の唇に当ててた。すぐに視線を逸らしたけど、嫌な汗が背中に浮かんで思わず身震いする。
 気付いた廉の手が宥めるように背中を撫でで、俺は知らずに止めていた息を吐いた。
 あの人、実は物凄くヤバい人なのかもしれない。俺の一番苦手なタイプ。
「廉……」
「あんまアイツには近付くな」
 廉の声が硬くて俺はとてつもなく嫌な予感がする。
 どうか何も起こりませんようにと、俺は祈る事しか出来なかった。
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