強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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視線の正体

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 あの景色を見てから少しだけ廉を見る目が変わった。
 これと言って大きな理由はないんだけど、アイツは俺がどれだけ生意気な口を利いても怒らなくて、それどころかむしろ楽しそうに笑う。
 先輩だぞ? 年上だぞ? 親が聞いたら怒られるくらい酷い言い方しても笑うんだよ、アイツ。……調子が狂う。



 ジロジロ、コソコソ、クスクス。
 今日も変わらず人を観察するのが好きな奴ばっかりで、よくもまぁ飽きないよなと思う。
 あの誹謗中傷だらけの紙も定期的に入ってるけど、一度だけ朝会で廉が「人のもんに暴言吐く奴は特定するからな」とか言ったおかげで大分枚数も減った。これくらいならビリビリに破いて捨ててやればいい。
 それはそうと、最近になって変な視線を感じるようになった。
 敵意とか悪意とかとは違う、微妙にこそばゆくなるような視線というか…。
 今だって、周りに誰もいないのに感じる。
「?」
 見られてるだけってのが気持ち悪くて、それなのに振り返っても誰もいないんだから、俺の頭にはとうとう『お化けが見てる説』が浮かんできていた。
 勘弁してくれ……俺、幽霊とかお化けとかマジで駄目なんだって。だって得体が知れないじゃん? アイツら物理効かねぇんだよ?
 お経なんて唱えられないし……そもそも塩って普通の塩でいいのかな?
「おい」
 いや、でもそれで怒ったら? 塩なんか効くかバーカって言うお化けだっているかもしれないし。そしたら仕返しに仲間連れて来たりしないか?
 ……うわ、自分の肩に透けた人や血塗れの人が大量に乗ってるの想像してしまった。
「真尋」
「うわぁ!!」
 どうしたら払えるのか、どうしたらこんな想像が吹き飛ぶかを考えていると突然後ろから声がかけられ、俺は心臓が飛び出るかもってくらい驚いた。
 勢いよく振り向くと、怪訝そうな顔をした廉が立っていてホッとしたと同時に腹も立った俺は行儀が悪いと知りながら人差し指を向ける。
「お、おま、お前! 驚かすな!」
「いや、お前が勝手に驚いたんだろうが」
「うるせー! 今度から声かける時は前に来い!」
「はいはい。で、お前は何やってんの?」
 コイツ今軽くあしらいやがったな? 年上の余裕を見せやがって……くそぅ、俺がビビってなきゃこんな奴……ハッ、また視線を感じる!
 俺はさっと廉の後ろに隠れあっちこっちと視線を彷徨わせ始めた。ますます眉を顰める廉は、だけど俺にされるがままだ。
「……何やってんだ?」
「しー! ここんとこずっと、誰かが俺を見てんだよ。それなのに誰もいねぇし、意味分かんねぇ」
「……ふーん?」
 これだけ目を凝らしてるのにやっぱり誰もいない。って事は本当にお化け説が濃厚…?
「あ」
「え! 何!?」
 いきなり声を出した廉に驚き見上げると、俺じゃなくて違う方を見ながら険しい顔をしてる。え、そっちに何があんの?
 俺も廉が見ている方に視線をやるけど何にも見えない。いや待て待て、お前には何が見えてるんだよ。
「何…?」
「……いや、何でもない」
「今の顔は何でもなくないんだけど!?」
 せめて姿形だけでも教えてくれませんか!?
 あまりにも俺の挙動が不審だからか、廉は首を傾げてから俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
 あ、落ち着くー……じゃなくて!
「何だよ」
「いや、面白くて」
「俺は面白くない」
 人がビビってる姿見て面白いとか失礼にも程がある。
 俺は今度は梳くように撫で始めた手を振り払い一歩下がると、もう一度周りを見てから教室に向かって走り出した。
「こら、走るな」
「お前が見えなくなったら歩く!」
「……ふ、ホント面白い奴」
 そんな事を廉が呟いていた事など知らない俺は、きっちり姿が見えなくなってから速度を落とした。今は視線は感じないからとりあえずは一緒に巻けたんだろう。
 それにしても、廉は何を見てあんな顔してたんだ? まさか本当に何かが見えてたとかじゃないよな?
「…………」
 俺は何となく後ろを振り向いてみた。休み時間なのに妙にシンとしてて人気がない廊下に、否が応にも人ならざる者を意識させられる。
 しばらくは倖人にくっついていようかなと勝手に決めて、逃げるように階段を駆け上がった。



 〈side 廉〉

「おい、お前」
「!?」
 真尋が走り去った後、俺は付かず離れずの距離で真尋を見ていた男子生徒に声をかけた。
 校章は黄色、二年か。目が隠れるほどの長い前髪に黒縁眼鏡。ヒョロっとしたそいつは酷く怯えた様子で俺を見上げる。
 真尋がガンガン来るタイプなら、コイツは小さくなって最後尾からついてくるタイプだな。
「何してる?」
「……ぇ、ぼ、僕…は……その……」
 俯いたままボソボソと小さい声で話されても何も聞こえねぇよ。
 溜め息をつき頭を掻くと、それだけでビビったのか男がさらに縮こまった。
 苦手なんだろうな、人と話すの。
「お前か? 真尋の事見てるってのは」
「…へ? あ、いや、えっと、あの……………………はい」
「そんなコソコソしてないでアイツの前に行きゃいいじゃねぇか。友達選ぶような奴じゃねぇぞ、真尋は」
 実際は俺と〝こういう事〟になってるからアイツの周りに誰も近づかねぇだけなんだけど、真尋だって本当は友達くらいは欲しいはずだ。俺が見る限り、長谷川としかツルんでねぇみたいだし。
「ぃ、いえ、僕は…と、遠くから、眺めていたいので……」
「惚れてんの?」
 それならライバルだなと目を眇めるが、驚いた男は真っ赤になり慌てて首を振る。
「惚れ……!? ち、違います…っ…」
「じゃあ何だよ」
「…………憧れ、なんです……」
「憧れ?」
 アイツに憧れるような部分あるか? 俺にはすげぇ気の強いネコが毛を逆立てて威嚇してるようにしか見えないんだが。
 いやまぁ誰が誰に憧れようがソイツの勝手だけども。
「ぼ、僕は、こんななので……会長にも…ああやって言える彼が…すごいなって…」
「……あー…」
 俺は全く気にしていなかったが、よくよく考えればアイツはほぼ最初からああだった。先輩であり、生徒会長でもある俺にあそこまで敵意剥き出しでくる奴なんかアイツくらいだろう。
 口は悪いし生意気だし、物怖じせず思ったままを言葉にするバカ正直な奴。たまに失敗して痛い目見てるけど、そこがまたいい。
「だ、だから、遠くから……」
「アイツ、怖がってたぞ」
「……え…」
「そりゃ視線は感じるのに姿見えないってなりゃ、大抵の奴は気持ち悪がるだろ。真尋の場合は恐怖心の方が強いみたいだけどな」
「そ、そんな…っ、こ、怖がらせたい訳じゃ…ないのに……」
 コイツとしては本当に純粋な気持ちからなんだろうが、やり方がちょっとマズかったな。一歩間違えりゃストーカー案件だし。
 それに俺としても真尋を怯えたままにはしておけねぇ。
「とりあえず、もう見るのは辞めろ」
「……っ……」
「アイツは俺のだし、憧れとはいえ他の野郎がアイツを見てんのは我慢出来ねぇ。俺を敵に回したくないなら諦めろ」
「……わ、わかりました…っ…すみません…! すみません!」
 男は何度も頭を下げた後、その見た目に反した瞬足っぷりであっという間に見えなくなった。アイツ、陸上にでも入った方がいいんじゃないか?
 とはいえ、これで真尋も視線に怯えずに済むだろ。
 俺は〝恋人〟が走って行った方を一度だけ見て、自分のクラスへと歩き出した。



「最近どうだ?」
「聞いて! あの謎の視線感じなくなった!」
「そりゃ良かったな」
「やっぱあの時なんか見えてたのか?」
「どうだろうな」
「……霊感あんの?」
「…あったらどうする?」
「! 見えても絶対言うなよ! 絶対だからな!」
「…………あ、真尋の後ろ」
「…!? 言うなっつってんだろこのアホ! 鬼!」

 やっぱり俺にはネコにしか見ねぇんだよなぁ。
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