強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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甘ったるい

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 両想いになってから三日、俺は今日も変わらず生徒会の手伝いをしている。書記の役員さんが退院するまでは後一週間程らしく、でもそこからすぐには戻って来ないと言われた俺は、とりあえずは最後まで責任を持ってお手伝いするつもりだ。
 いつも通りに雑務はこなしてるけど、一応変わった事もあって……。
「真尋、あっちの資料室行ってくる」
「教えてくれれば取りに行くけど?」
「いや、いい。ここにいろ」
 俺に対する廉の接し方とか口調がさらに優しくなった事と、少しでも部屋を出る事があれば俺の額に口付けてくるようになった事。
「だからそれやめろって」
「いい子にしてろ」
「うるせー、バーカ」
 何で人前でそんな事出来んだ。羞恥心ってもんを持ってないのかコイツは。ほら見ろ、聖先輩が生暖かい目で見てるだろ。
 俺は溜め息をつき、橘先輩に頼まれたコピーを取りに行く。
 会計の久木 侑ひさき あつむ先輩はきょとんってしてたけど、聖先輩に説明されてああ!って納得してた。いや、別に納得して貰わなくてもいいんだけど…。
 ぶっちゃけ俺はまだ恥ずかしさの方が先行してる。
 そりゃ両想いになれたのは嬉しいよ。初めての恋人が彼氏ってのはまぁ俺の人生の中では予想外だけどさ、俺の外見関係なく想いが遂げられたのは奇跡だと思ってるし。
 ただやっぱり初心者としては照れ臭いんだよ。
 ガショガショと出てくるコピー用紙を眺めながら、俺はどうしたらもう少し素直になれるかを考える。
 特に何か言われた訳でも、腹を立てられた訳でもないけどさ、やっぱり廉だって可愛い方がいいんじゃないかなとか、考えてしまう訳で。廉の周りにいた子、可愛い子しかいなかったし。
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう」
「お茶飲みますか?」
「ん、頼む」
 橘先輩は寡黙で滅多に笑わない人だけど、言い方は優しいし俺が困ってると無言で助けてくれる。こりゃ聖先輩も惚れるわ。イケメンだし。
 給湯室で全員分のお茶を淹れて運んでいると、滅多に鳴らないインターホンが鳴った。
 この生徒会室は防犯対策の為に、カードキーと暗証番号で開ける扉になっている。鍵を持っているのは生徒会役員のみだから、もし用事がある人が来た時のためにインターホンがあるんだけど、少なくとも俺が手伝いに来てからは初めてだった。
「はいはーい。どちらさん?」
『こんにちはー。香月先輩いますー?』
 久木先輩が応答すると、何だか妙に甘ったるい声が聞こえてきた。これは…って何となく察せるようになった俺、成長してね?
「会長は今出てます」
『そうなんですか。 あ、じゃあ中で待ってもいいですかー?』
「悪いけど、役員以外は立ち入り禁止」
『えー、そんなぁ。……あ、香月先輩!』
 声が遠ざかる。タイミング悪く戻って来たみたいだな、アイツ。
 俺は気にする事なく先輩たちにお茶を配り、自分の机にも置いて座る。ちょっと腹が減ってきた。
「だからついて来んなって!」
「えー、一年前までは一緒にいてくれたじゃないですかー」
「お前とはそん時に終わってんだよ」
「僕は終わったとは思ってませんー」
「知るか。俺が終わりっつったら終わりなんだよ」
 ブチ切れ寸前の廉が、後ろに男の子をひっつけて入って来た。これまた可愛い子ですねー。俺とは違って、素直そうだし。
 あ、このお茶美味い。後でどこのか調べよ。
「先輩、また僕と遊びたいでしょ? 恋人なんてただの男避けでしょ? 僕なら後腐れないよ? 今までと変わんないから」
「いい加減にしろ! 俺はお前とよろしくやるつもりはねぇし、人の大事な恋人を男避けとか言うんじゃねぇ!」
 ビクッと俺の肩が跳ねる。ハッキリって言ってくれて嬉しいけど、照れ臭さで顔が赤くなるのを感じて俯いた。
 ヤバいヤバい、俺は見てないし聞いてないから。
「うっそだぁ、あんなに遊んでた先輩が?」
「帰れよ」
「ふーん、まぁいいけどー。…………この子でしょ?」
「!」
 知らぬ存ぜぬで気配を消していたつもりなのに、後ろからするりと顎を撫でられて驚く。あ、ご存知でしたか、俺の事。
 近くで見るとますます可愛い…って、見すぎ見すぎ。穴が空くって。
「あは、びじーん。ねぇねぇ、先輩やめて僕とイイ事しない?」
「は!?」
「僕リバだから、どっちでもいけるよー。あ、でも君はネコだね」
「リバ? ネコ?」
 何の話だ? ってか、さっきまで廉を誘ってたのに何で俺になってんの?
 本当に猫にするみたいに顎を指先で擽られて困惑する俺をよそに、その人は本気なのか揶揄ってるのか分からない笑顔を向けてくる。うわ、目が笑ってない。
「触るな」
「……わぉ、会長が嫉妬してる」
「人のもんに手ぇ出してんじゃねぇよ」
 顎を撫でていた手が廉によって剥がされ俺はホッと息を吐く。この人、話し方とか緩い感じなのにずっと見られてると背筋がゾワゾワして居心地悪くなるな。
 この学校に来てから割と濃い人に会う率高いんだけど、頭いい人ってちょっとズレてたりする?
 いや、廉とか生徒会の先輩たちはそうは思わないんだけど、何かこう、性格が濃ゆい。
 ところで、もうそろそろちゃんと仕事しねぇと他の先輩たちにドヤされるぞ。
「廉、お茶飲む?」
「は? あ、ああ、飲むけど……」
「あ、ねぇ君ー」
「悪いけど」
 立ち上がり、給湯室へ向かうため二人の横を遠ろうとしたら手を伸ばされた。それを華麗に躱して廉の背中に隠れ顔だけ出す。
「俺、コイツのだから」
 だから無理。そう言外で言って、誰の言葉も待たずに奥に行く。
 もとより俺は廉以外とどうこうなるつもりはない。そもそも男が好きって訳じゃないし。
 手伝いの間にすっかり慣れたお茶汲みも、あとちょっとしたら終わりなんだなー。でもこのスキルはずっと使えそうだし、家でも淹れてみようかな。
 そんな事を考えていると、後ろから肩を抱き締められた。
「あの人は?」
「帰した。……真尋」
「うん?」
「こっち向け」
 廉用の湯のみにお茶を注ぐと何と茶柱が立った。すげぇ、縁起が良いな。ってか茶柱って初めて見る。
「ちょ、廉見て! 茶柱!」
「…真尋」
「分かったって」
 どこか拗ねたように呼ばれ、俺は苦笑しながら廉の腕の中で反転する。この三日で少しずつ恋人らしい事を教えて貰っていて、こうして向かい合う時は緩くでもいいから廉の腰に抱き着くようにって言われてるけど、まだ恥ずかしい俺は腰元の服を握るので精一杯だ。
 顔を上げると目元に唇が降りてくる。それからこめかみ、頬ときて唇同士が重なる。
 身長差が二十センチもあるって知って驚いた。デカすぎる。
 だから俺はいつも廉を見上げてるんだけど、キスの時は一番近付いて至近距離から見つめてくれる。その瞬間が俺だけのものって感じがしてすげぇ好き。
 触れ合わせるだけのキスの後ぎゅっと抱き締められる。
「アイツには近付くなよ」
「俺が先に気付けんならそりゃ近付かねぇけど、後ろからでも来られたら無理だぞ?」
「分かってる。でも、何かあったらすぐ言えよ」
「っていうかあの人もどうせ本気じゃないだろ」
 どこか揶揄ってるような節があったし、廉に相手にされない腹いせもあるんじゃないかなと思うんだけど。
  そんな事を言うと、耳元に廉の唇が触れてピクッてなった。
「本気だろうがなかろうが、用心するに越したことねぇだろ」
「っ、そ、それもそう、だな…」
 あ、ヤバい。コイツ変なスイッチ入ってる。
 耳に何度もキスされてダイレクトにリップ音が聞こえ、それが擽ったいのか気持ちいいのか良く分からない感覚に俺の身体が戦慄く。
 ってかここ、給湯室だから! あっちに先輩たちいるから!
「れ、ん、ストップ…っ」
「…………何でだよ」
  うわぁ、あからさまに不服そうな声と顔。
  俺はいつの間にか外されていた制服のボタンを止めながら生徒会室の方を指さす。
「まだ仕事残ってるし、先輩たちもいるだろ? 万が一見られたら俺は羞恥で死ねる」
「……チッ」
 だからチッじゃねぇんだって。
 渋々といった様子で腕を解いた廉は、少し冷めたお茶を一気飲みして俺の髪を梳くように撫でる。
「今週末、うちに泊まりに来い」
「は?」
「学校終わったらそのまま向かうから、荷物持って来いよ」
「いや、え?」
 言うだけ言って戻って行きやがった。
 え、何、泊まり? 俺が、廉の家に?
 それってつまり……そういう事、なのか?
 いやいや、恋人だからってとは限らないだろ。……いや、でも、え?
「嘘だろ……」
 恋人になってまだ三日だし、週末だって一週間も経ってない。
 なのに、もう?
 俺は一人で色々考えてしまい、心配で様子を見に来てくれた聖先輩に声を掛けられるまで給湯室で顔を真っ赤にしていた。
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