強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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ほどける

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 翌週月曜日の放課後、俺は生徒会室の扉の前で何度も気合いを入れ直していた。
 先週の事は俺にも責任はあると思ってるし、廉だけを責めるつもりはないけど……けど、物凄く恥ずかしい。
 だってあの時俺、完全にその気だった。あそこで我に返らなきゃあのまま…。
「……っ」
 思い出すな! 顔が赤くなる! ますます入りにくくなるから!
 いやでもアイツの顔見たら落ち着いてても沸騰するかもしれない。どうしようどうしよう。
「綾ちゃん?」
「え?」
 うんうん唸っていると、後ろから優しく声が掛けられた。
 振り向けば聖先輩と副会長の橘 裕翔たちばな ひろと先輩がいて、中に入らない俺を不思議そうに見ている。
「どうしたの? 暗証番号忘れちゃった?」
「い、いえ、覚えて、ます…」
「なら何故入らない?」
「えっとー……」
 ですよね、そう思いますよね。
 二人は顔を見合わせると、とりあえず扉を開けるため橘先輩がカードキーを通して暗証番号を入力する。
 人の手であっさりと開けられた扉は躊躇していた俺さえも歓迎してくれてるのに、俺の足は床に糊付けでもされたように動かない。
「先輩、先に入ってて下さい」
「分かった」
 聖先輩が橘先輩を促し、中へ入ったのを見届けてから俺の手を握る。
 廊下の端に寄って腰を下ろし俺も隣に座るよう示されて、聖先輩の優しさに申し訳なさを感じながら座ると握られた手が包まれた。
「何かあった?」
「……あった、と言うか…した、と言うか……」
「会長と?」
「ぅ……はい…」
 これ話して大丈夫なのかな。聖先輩引かない?
 俺、聖先輩には嫌われたくないんだけど。
「僕が言った事、気にしてる?」
「え? そ、そんな事ないです。俺も、ちゃんと考えなきゃとは思ってるから……」
「そっか…。じゃあまだ考え中だ」
「はい……」
 何から手を付けるべきか考えていると、一足も二足も飛んで結論に飛びそうで怖くて、とりあえずはそれで頷いておく。
 生徒会役員が〝お気に入り〟か〝恋人〟を作る風習、良く考えると残酷だよな。片方が本気になったら終わりじゃん。
 だって、、だろ?
「聖先輩は、お気に入りとか、いるんですか?」
 そういえば、他の人のそういう話全然聞かないな。教室とかでも噂さえ上がらないし。
 俺が聞くと、少し驚いた顔をした聖先輩は視線をさ迷わせた後恥ずかしそうに微笑んで頷く。
「僕の恋人は裕翔先輩だよ」
「……え!?」
「中学の頃からずっと、僕と裕翔先輩は恋人なんだ。もちろん風習関係なく」
 まさかの新事実。いや、何か仲良いなとは思ってたけど、そういう関係だとは思わなかった。
 男子校だし、同性愛者が多いのは理解してたけど、こんな身近にいるとは思わないじゃん。
  しかも中学の頃からって……。
「先輩たちは、本物の恋人って事なんですね。……じゃあやっぱり、この関係って卒業したら終わり…」
「そんな事ないよ。そもそもこの風習ってね、生徒会役員がモテて困るからって出来たものなんだよ」
「モテて困るから…?」
「うん。毎日引っ切りなしにファンの子が押し掛けて来て仕事にならない、何かいい案はないかって編み出されたのが、役員が一人“お気に入り”を選ぶって方法だった」
 意外に苦労してたんだな、作った奴頭イカレてるとか思って申し訳ない。っつか、生徒会役員って毎回顔が良い奴が選ばれんの?
「それに、この風習が出来た時は〝恋人〟なんてなかったんだよ」
「え!?」
「誰がいつ作ったのか知らないけど、指先への二回目のキスで〝恋人〟なんて、何か飛躍し過ぎてるっていうか…それで選ばれてもって気がしない?」
 確かに。恋人って、想い合う二人がなるものであって、一方的に作る関係じゃねぇよな。だから俺も反発したんだし。
 そもそも何でアイツは俺を〝恋人〟にしたんだ?
「僕と裕翔先輩はこの学校の風習でなった訳じゃないから綾ちゃんのパターンには当て嵌らないんだけど…〝恋人〟にまでなった人は、今のとこ誰もいないんだよ」
「……え?」
「僕が知ってる限りは会長が初めてだし、会長自身この二年は〝お気に入り〟さえ作ってなかったから」
 ピクリと包まれたままの手が反応する。勝手に心臓が脈打って期待値が上がってく。
 このまま聞いたら俺は確信してしまう。いくら恋愛初心者といえど、これだけ噛み砕かれれば分かる。
「僕たちがいくら言っても面倒臭いの一点張りで、自分から〝お気に入り〟は作らない、鬱陶しいから告白もするなって校内放送したくらいなんだから」
 いや、さすがにそれはおかしい。…でも、わざわざ校内放送するくらい言い寄られまくってたって事だよな。
 ……あれ、でも。
「セフレ、いたんですよね?」
「え!? あ、えーっと……何で知ってるの?」
「春名って子が、言ってました。俺はファンとセフレの反感を買ってるから気を付けろって」
 そう、確かに聞いた。腹が立ったから覚えてる。
 聖先輩は困ったように笑って「確かにいた」と頷いた。
 何だよ、結局はお気に入りを作りたいんじゃなくて、セフレを作りたいんじゃねぇのか、アイツ。
「でも、三年になってからは全部切ったんだよ、会長」
「切った?」
「うん。本当に欲しいものが出来たからって」
「欲しい、もの……」
 アイツが三年になった時、俺は入学して来た。アイツと初めて会ったのは入学前で、アイツは俺の事を知ってた。

『お前だからだよ』

 俺が思い出した時そんな事を言ってたっけ。あの時は有り得ないって気持ちでいっぱいで頭から追い出してたけど。
 まさか本当にそういう意味だったのか?
 何だよそれ……何なんだよ、分かりにくすぎる。
「会長は、綾ちゃんの事本気で好きだと思うよ」
「……っ…」
「中学の時の〝お気に入り〟だって、告白とかが煩わしいからとりあえず候補から面倒臭くない子を選んだだけって話だし。会長が自ら動いたのは綾ちゃんが初めてだから」
 この関係はアイツが卒業するまでだと思ってた。だから違う、本気にするなって、駄目だって自分に言い聞かせてた。だって俺はこんなだし、自分でも可愛くない奴だって思ってる。好きになって貰えるはずないって。
 あんなにカッコよくて、優しくて、ちょっと意地悪だけど、俺の話を聞いてくれる、真っ直ぐ見てくれる。俺が呼ぶと、振り向いてくれる。
 抱き締められてドキドキするようになったのっていつからだっけ? キスされて嬉しいって思い始めたのはいつから?
「だから綾ちゃん、安心していいんだよ」
 ヒーローみたいに現れて助けてくれたあの日、初めて自分からあの胸に飛び込んだ。そこからもうずっと、誤魔化して来たのかもしれない。
 いいのかな。この気持ちに名前付けても本当にいいのかな。
 終わらない? これから先も続く?
 視界が滲んで聖先輩の顔がぼやける。
「…っ……」
 ポロっと涙が落ちて止まらなくなった。
 本当はもっとくっつきたい、甘えてみたい、傍にいたい。
 俺、廉の事、好きだ。
「…ごめんね、泣かせちゃった」
「……いや、いい。俺のせいでもあるから」
 扉が開く音がして足音が近付く。聖先輩が何かを話して、少しだけ落ち込んだ声が返す。
「真尋」
 優しい声が俺の名前を呼んだ。いつだってそうやって呼んでくれるから、俺は自分の名前が好きになれた。
 女みたいであんま好きじゃなかったのに、アンタが呼ぶと世界で一番いい名前に聞こえてきて、嬉しくなるんだ。
 俯いてボロボロと涙を流す俺の頬に大きくて節榑た手が触れる。親指で目尻を拭い、顔が上向かされた。
「……怒ってんのか?」
「……?」
「先週の事……悪かった。お前があんまりにも可愛くて、我慢が出来なかったんだ」
「……っ!」
 ひ、人が恋心を自覚した途端に何て事を言ってくるんだコイツは…!
 あまりの事に目を見瞠った俺は、見上げた先にあった廉の顔を見て色んな想いが吹っ飛んだ。眉尻を下げた情けない顔。イケメンが台無しじゃねぇか。
「何て顔、してんだ、馬鹿」
「ああ。…馬鹿だよな」
 座り込んだ俺となるべく目線を合わせるために廊下に膝ついて、馬鹿みたいに泣く俺をどうにかして慰めようとする。
 俺様のくせに、何でこういうとこは不器用なんだよ。
「廉」
「何だ」
「廉」
「……何だよ」
「…………………好きだよ」
「……………」
 面と向かっては言えなくて、だからといって大きい声でも言えなくて、俺は自分が出せる精一杯の声で言った。
 今までで一番緊張した告白だった。手指が震えて息の仕方を忘れそうなくらい心臓がドキドキしてる。
 ……っつか、何で何も言わねぇんだよコイツは。
 ま、まさか聞こえなかったのか? 嘘だろ、アレをもう一回口にする勇気はないんだけど!?
「……れ…」
 もう一度名前を呼ぼうとした唇が塞がれた。驚いた俺は反射的に押し返そうとして、辞める。だって、嬉しいから。
 腕、背中に回してもいいのかな。それとも首? 
「…は、…ん…っ」
 角度を変えて与えられる口付けはいつもよりも熱くて、身体の奥の奥から色んな感情が湧き上がってくる。
 息が上がって苦しくなってきた頃に唇が離れて、強く抱き締められた。
 耳元で掠れた声が俺の名前を呼ぶ。
「…好きだ、真尋」
 もっと早く言えよ、馬鹿。
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