強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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 生徒会の仕事は、慣れない俺にはそれはもう目が回るほど大変で忙しくて、俺は必死にやるべき事を覚えた。いつまでも先輩の手を煩わせる訳にはいかないし、とりあえず大きな失敗だけはしないように気を付けてた。
 二週間もすれば大分慣れて、お茶も上手に淹れられるようになったんだよ、すげーだろ。
「綾ちゃん、これコピーお願いしてもいい?」
「はーい」
「綾瀬くん、それが終わったらBの棚から前年度の資料持って来てくれるかな」
「分かりました」
「綾瀬、悪いが茶を頼む」
「了解です!」
 先輩たちはみんな優しくて、最初はオロオロして何をするにもテンパってた俺に、一つ一つ親切丁寧に教えてくれた。
 こうやって色々頼まれるけど、それだけ任してもいいって思って貰えてるって事だから素直に嬉しい。たまーにコピー失敗したりお茶が渋かったりするけどね。
 廉は生徒会長だからか他の人より忙しくて、夜遅くまでパソコンと睨めっこしてる。理事長より権限持つからこんな事になるんだよって言いたいとこだけど、それは別に廉のせいじゃないしむしろこの仕事量を生徒に任せる学校がまずおかしい。
「真尋」
 コピーして資料を渡して上手く淹れられたお茶を渡して一息ついていると、真面目な顔をした廉に呼ばれた。
「何? なんか手伝う?」
「ん」
 会長に回された仕事はあんまり手伝った事ないけど、必要ならと近付こうとして廉が自分の膝を叩いている事に気付いた。
 瞬間俺は真顔になり自分の席につく。
「仕事して下さーい」
「…チッ」
 チッじゃねぇんだわ。
 まだ雑務に慣れてない頃、こんな風に廉に呼ばれた事がある。膝でも痛いのかと近付くと腰を抱かれ膝の上に乗せられた挙句なかなか離して貰えなかった経験があるため、今はもう無視を決め込んでる俺だ。
 手伝いに来た奴を長い時間拘束すんじゃねぇよ。その分回らなくなるだろうに、何考えてんだアイツは。
「綾ちゃん、休憩しよっか」
「あ、はい」
 次は何をしようかなと思っていると、会計の深山 聖みやま せい先輩に声を掛けられた。
 可愛くて優しくて、一番最初に仲良くしてくれた先輩で、手が空けばこうやって誘ってくれる。いい人だ。
 俺と聖先輩はソファに腰掛け紅茶とクッキーを食べる。
 これは嬉しい驚きだったんだけど、この生徒会室には高級なお菓子や茶葉があって、休憩のたびに美味しく頂いてんだよね。
 ちなみにこの時は聖先輩が淹れてくれるから、めちゃくちゃ美味しい紅茶が飲める。
「ちょっと職員室行ってくる」
「あ、俺行こうか?」
「迷子になられても困るからいい。大人しく食ってろ」
「もう道覚えたっつーの!」
 資料を手に立ち上がった廉は、俺の頭をポンポンと軽く叩いてから生徒会室から出て行った。アイツほんと失礼だな。
 ブツブツと文句を言いながらクッキーを齧る俺に、聖先輩が面白そうに笑う。あー、この笑顔は癒やし。
「?」
「綾ちゃんが手伝ってくれるようになってから、会長の表情が柔らかくなったなーって」
「ほうれふか?」
「うん。雰囲気自体も結構前から落ち着いてたんだけど、最近は特に穏やかだなって」
「ふーん…」
 俺には良く分からない。確かに最初よりは優しいけど、基本的には変わってない気もするし。さっきみたいに腹立つ事言ってくるしな。
「綾ちゃんをすっごく大事にしてるってのは分かるんだけどね」
「…っ、ゲホっ、ゲホ…!」
「わ、大丈夫? ほら、お茶飲んで」
 クッキーが変なところに入り思いっきり噎せた。胸を叩きながら紅茶を飲むと聖先輩が背中を撫でてくれる。
 し、死ぬかと思った。
「……落ち着いた?」
「…はい、どうにか……ってか何ですか、大事にって」
 そう、その言葉のせいで噎せたんだ。俺は戸惑いながら聖先輩を見る。
 キョトンとした後ににっこりと笑い、俺の頭を撫でる先輩はそれはもうホワホワしていて。
「会長はね、気に入らない人間にはとことん冷たい人なんだ。僕たちはまぁ役員だしそんな事ないんだけど、綾ちゃんに対してはまた別って言うか…すごく優しい目で見てるよ」
「…!」
「中学から知ってるけど、会長のあんな優しい目、初めて見るから」
 他の人ならそんな訳ないって否定出来るのに、聖先輩の穏やかな口調で言われると本当に聞こえるから不思議だ。そんな事、ないはずなのに。
 正直、俺の内情はここんとこ本当にヤバい。廉の傍が居心地良すぎて離れたくないなって思う時間が増えた。
「綾ちゃんは、少し自分の気持ちに向き合ってみた方がいいかもね」



 そんな事を聖先輩に言われてからずっと考えてた。
 俺が一歩前に進む事で、俺と廉の関係はどうなるのかって。
 正直俺はまともな恋愛なんてして来なかったし、誰かと付き合った事もない。付き合う以前にこの顔で振られるんだけども。
 だから、本心は良く分からない。
 ただ、廉が俺の名前を呼ぶ声とか、頭を撫でられるのとか、俺よりも逞しい腕に抱き締められる時とか、ちゃんと俺と目を合わせて話してくれるところとか、好きだなとは思い始めてる。
 でもさ、ぶっちゃけ〝これ〟ってこの学校にいる間の事だよな? あの七宮って人も中学卒業したら解消されたみたいだし。
 終わるのかな、これも。アイツが卒業したら。
「真尋」
「……え?」
「帰らないのか?」
「え? あれ? もうそんな時間?」
「最後の方ぼんやりしてたな。考え事か?」
「あ…ちょっと……」
 お前との事考えてたなんて言えないし、俺はそう答えて帰り支度を始める。先輩たちはもう帰ったようだ。
「…廉は帰らないのか?」
「まだ仕事残ってるからな」
「そっか」
 こうしていつも残って完全下校時間ギリギリまで作業してる。ブラック会社かここは。
 俺は少し考えてから荷物を机に置き廉に近付く。
 毎日学校や生徒のために頑張ってる廉。顔色もあんま良くなくて、ちゃんと食べてんのかどうかも分からない。いつか倒れるんじゃないかって、心配するのは人として当たり前だよな。
「……真尋?」
 横に立った俺に怪訝そうな顔をする廉の椅子の背凭れを押して回転させ向かい合う。毎日一度は呼ばれる膝の上へ跨って座ると廉がビクッとした。
 乗ったはいいけど手をどうしたらいいか分からず、とりあえず腹の前で握ってみる。
「真尋…?」
「……だけ…」
「ん?」
「一個だけ、お願い聞いてやる」
「え?」
「癒して欲しいんだろ? だから、一個だけお前のお願い聞いてやる」
 俺なんかで癒せるとは思えねぇけど、廉が仕事内容の一つに入れたんだから一応やって欲しい事ではあるんだろう。
 恥ずかしくて目を逸らしてて、相手がどんな顔をしてるかは分からない。引かれてないといいけど。
 頬にひんやりした手が触れ、俺は自分の顔が赤いことに気付いた。
「何でもいいのか?」
「痛い事とか、悪い事とか、そんなんじゃなければ…」
 いや、廉がそんなお願いするとは思わないけど念の為にそう言えば頬がムニムニと摘まれる。これ思った以上に恥ずかしいんだが?
「なら、真尋からキスして欲しい」
「は、え……え!? キ、キス!?」
「そう。何でもいいんだろ?」
 まさかそうこられるとは思わなかった。せいぜいハグくらいかと……数秒の間に色んな感情がダーッと流れた。握った拳が震える。
 たぶん、いや、絶対死ぬほど恥ずかしい。でもこれは俺が口にした事だ。コイツがそれで癒されるってんならやってやろうじゃねぇか。
「まぁ無理なら…」
「いいよ、やるよ。男に二言はねぇ」
「……勇ましいな」
「目ぇ瞑れよ、絶対開けるなよ」
「分かった分かった」
 小さく笑いながら目を閉じる廉をマジマジと見る。睫毛長。ほんと、イケメンだよな。振られた経験なんかないんだろうな。……ケッ。
 俺は一つ深呼吸して顔を近付ける。触れるだけ、ちょっとだけでもキスはキスだろ。
 触れそうな距離までどうにか近付いた俺は、勢いだけで一瞬唇を触れ合わせて離れた。どうだ、やってやったぞ。何か無駄に疲れた気がしなくもないけどな。
 だが、目を開けた廉はとんでもなく不満そうだ。
「今のはキスとは言えねぇんだが?」
「ちゃ、ちゃんとくっついたからキスだろ!」
「駄目だ、もう一回」
「は、はぁあ? お願い事は一個だぞ!」
「へぇ、せっかくカッコイイと思ったのに、中途半端な事すんだな」
「何をー!?」
 キスって唇を触れ合わせる事だろ? 俺間違ってる?
 でも目の前の男は納得してない。ムカつくけど、コイツのお願いを聞くって言ったのは俺だ。だったら満足させるしかない。
 俺は男だからな、完璧にこなしてやる!
「我儘男め」
「誰のせいだよ」
「分かった! 悪かったからもっかい目ぇ瞑れ!」
「はいはい」
 コイツマジでぶん殴りてぇ…。
 俺は仕方なく、今度はちゃんとするためにも廉の肩に両手を置き少しだけ身体ごと近付く。ってか、俺乗ってて足痺れねぇのかな。
 二回目ともあり度胸がついた俺は、今度はしっかりと唇を重ねる。薄い唇は案外柔らかくて温かい。
 ……ってか、これいつまですればいいの?
「……ん?」
 腰に廉の手が回されさらに身体が密着する。慌てて離れようとした俺の後頭部を大きな手が押さえた。
「ん、ちょ…っ…」
 文句を言おうとして開いた口の中に舌が差し込まれ蠢き始めた。
 肩を押してもビクともしないのは分かってるけど、これまでの経験上絶対ヘロヘロになるの分かってるから離して欲しくてもがく。
 逃げ回ってた舌を絡め取られ吸われると腰が疼いた。コイツのキスが上手すぎるせいで、俺の身体が反応すんのってもう仕方ないと思わないか? なぁ、思うよな?
「…っ、は、ん、んん…っ」
 舌を絡めながら角度を変えて深く口付けられる。頭がぼーっとして来た。
 腰を抱いていた手がいつの間にかシャツの下に入って背中を撫でていたけど、それさえもゾワゾワして身体が震える。
「真尋…」
「ひゃっ、ちょ、耳やめ…っ」
 唇が離れたかと思えばすぐに耳元に寄せられビクッとなる。音を立ててキスされ耳たぶを唇で食まれた。
「…あ…っ」
 うわ、何か変な声出た! こんな気持ち悪い声出したくないのに、廉が辞めてくれないから勝手に漏れる。
「や、耳やだって…っ…ん、廉…っ」
 耳輪を舐め上げられ甘噛みされて俺はもう何が何だか分からない。身体が熱くてあらぬところが反応してる。
 散々耳を弄っていた唇が耳の下から首筋へ降り、時々痛みを走らせながら鎖骨まで辿っていく。……もしかしてこれか? 春名くんが言ってたキスマークって。あの時もこんな痛みがしてたとこが赤くなってたし。
 力の入らない俺はされるがままで、廉の唇が触れるたびにピクピクしてしまう。
「!」
 廉の手が俺が熱を持つ場所に触れて軽くなぞった。
 さすがにそれはマズイ。
 俺は渾身の力を振り絞って全てを振り払うと、突然の抵抗で呆気にとられた廉の膝から滑り降りる。案の定ヘロヘロなまま四つん這いで自分の机に戻り鞄を取った。
「真尋」
「こ、この変態! ド変態!」
 乱れた制服を直し震える足でどうにか立ち上がると、手を伸ばそうとする廉から距離を取ってカバンから出した栄養ドリンクを近くの机に置く。
「こ、これでも飲んで養生しやがれ馬鹿野郎!」
「真尋!」
 扉にぶつかりながらも生徒会室を走り出て、俺は振り向く事なくそのまま自宅へ向かった。
 本気で気持ちいいと思った。もっとして欲しいって思った。
 変態は俺だ。もう一年もないのに、アイツとずっとこのままでいたいって思ってしまう。
 明日が休みで良かった。こんな気持ちのまま、アイツに会う事にならなくて本当に良かった。
 俺はぐちゃぐちゃな気持ちを抱えたまま帰宅し、ご飯もお風呂も適当に済ませていつも通りに過ごしたのに、廉の顔だけが消えなかった。
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