強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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生徒会

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「悪い、一ヶ月だけでいい、手伝ってくれ」
 ある日の朝、予鈴前に俺の教室に来た廉は物凄く疲れ切った様子でそう言って来た
 何でも、生徒会書記の人が怪我をして入院したため、ただでさえ忙しいのに手が回らなくなってきたそうだ。そこで白羽の矢が立ったのが俺なんだけども…何で俺? 俺あんま字綺麗じゃないんだけど。
「人に見せられるような字書けねぇよ?」
「いいよ、書記じゃなくていい。雑務してくれりゃ助かる」
「雑務って?」
「書類整理、資料集め、掃除とかお茶汲みとか……あと、俺を癒す」
「最後の一番いらねぇと思うけど、まぁいいよ。それでお前の顔色が良くなるんなら」
 寝不足と疲れでひどい顔をしている廉の頬をつつく。これ、絶対ちゃんと飯食ってねぇだろ。
 にしても生徒会って忙しいんだな。そういや理事長より権限あるんじゃなかったっけ?
「真尋」
「ん?……わっ」
 名前を呼ばれて首を傾げると徐に抱き締められる。耳元で聞こえたキツそうな溜め息に抵抗するのも可哀想になり、俺は廉の頭をポンポンと叩いた。
 生徒会長も大変だよな。
「とりあえず、今日の放課後生徒会室に来てくれ」
「分かった」
 くしゃっと俺の頭を撫で廉は三年棟へ歩いて行く。その背中が何となく哀愁漂ってて、大丈夫かと思ってしまった。
 何かこう、張り合いがない。
「雑務ねぇ……」
 茶汲みとか言われても淹れ方すら知らねんだが…そこはまぁ教えてもらうとして、引き受けた以上は一生懸命頑張るつもりだ。
 そういや、役員の先輩たちと会うの初めてだけど大丈夫かな。
 一抹の不安を感じながらも、俺は教室へと戻るのだった。


 放課後。
 生徒会室になんぞ行った事ない俺は迷いに迷った挙句、忙しいだろう〝恋人〟を呼び出す事にした。
 いや、ほんと申し訳ないとは思ってんだよ。
 でもどんだけ歩いても一向に辿り着けなくて、このままじゃ手伝いどころじゃなくて、そうなると廉以外の生徒会の人たちに迷惑をかけることになる訳で。
 いやもうこれ言い訳、ほんとすんません。
 という訳で、お電話させて頂きます!
『真尋? どうした?』
「迷子になりました」
『………は?』
「今どこにいるかも分かりません」
『……何がある』
 そうだよねー、溜め息もつきたくなるよねー。俺はこの年で、自分が通う学校で迷子になってる事に泣きたいわ。
 俺は上を向いてキョロキョロし、初めに目に付いた部屋のプレートを口にする。
「え? えっと……用務員倉庫がある」
『分かった。すぐ行くから待ってろ』
「ごめんな、疲れてるのに」
『……気にするな』
「!」
 何だ今の、すげぇ優しい声だった。ってか、普通は怒るもんじゃねぇの? 知らないなら事前に聞けとか、誰かに行き方教えて貰えとか。
 一緒に出かけたあの日からアイツ、俺に対して優しいっつーか、甘いっつーか。何かこう、背中がムズムズするんだよな。
 俺は廊下の端に寄り壁を背にして座る。ここは随分静かだ。
 たまにグラウンドから部活してる声が聞こえるけど、それ以外は鳥の鳴き声とか風の音とか……あ。
「雨降ってきた」
 梅雨入りしてから屋上で飯食ってねぇんだよな。腫れた空の下で食べる飯さいこー! なんて騒いでたのに。
 俺は立ち上がり渡り廊下に出ると、雨の中に右手を伸ばした。
 生温くて纏わりつくような風にしっとりと汗を掻きながら一歩外に出ようとして、後ろから誰かの腕が回され止められる。
「え?」
「全身濡れるつもりか?」
「廉」
「あーあ、袖濡れてんじゃねぇか」
 雨に当たった右手は手首まで濡れて、まだ衣替えもしていないシャツの袖が、肌の色が透けるくらいになってた。
 廉の手が袖の端を掴んで絞る。その横顔にふと、見覚えがある気がした。
「なぁ」
「ん?」
「俺とお前、前に会った事ある?」
  驚いた廉の目が俺と合う。え、そんな驚くような事?
「……ある」
「いつ?」
「お前が入学してくる前」
「え、入学前?」
 まさかそんなに前だとは思わなかった。記憶を掘り起こしたけど、こんなイケメンに会った記憶がない。
 俺の脳内に、道を聞いてくるおじいさん、買い物袋を落としたおばあさん、迷子の子、赤ちゃんを抱っこしたお母さん、色んな人と関わった記憶は出て来るけどイケメンなんて……。
「熱中症」
「熱……? ……あー! 思い出した! いたいた、熱中症なのにガンガンに太陽の下にいた兄ちゃん!」
 その単語だけで分かった。熱中症になった奴を助けたのなんてあれが初めてだったし、良く良く思い出せば確かにイケメンだった!
 マジマジと顔を見て納得する。
「あん時の兄ちゃんかー。髪色違うから分かんなかった」
「新学期前にこの色に染めたからな」
「ふーん。あの後ちゃんと帰れたのか?」
「おかげさまで」
「そっか。なら良かった」
 あの時心配ではあったけど、俺も用事があったし悪いと思いつつ家に帰ったんだよな。でもこうして元気にしてるし、あの時も悪化しなかったんなら良かった。
 そんなホッとした気持ちで笑うと掴まれたままの腕を引かれ抱き締められる。フワッとアイツの香りが漂ってきた。
「あの時お前がいなけりゃ、俺は死んでたかもしれない」
「え? 俺がいなくても誰か助けてくれただろ」
「俺の髪見て、普通の奴が声掛けて来ると思うか?」
 あー…あの時の廉、金髪に赤と青のメッシュバリバリ入ってたもんな。不良だと思われてたんなら、声掛ける勇気ないかも。
 俺はそんなもんより具合悪そうな様子しか見てなかったし。
 乾いた笑いで返せば俺の頭に顎を乗せた廉が溜め息をつく。
「だから俺は、お前に感謝してんだよ」
「感謝してんなら俺を風習に巻き込むな」
「……お前、馬鹿だろ」
「何だと!?」
 今度は深く深ーく溜め息をついて、腕が離れた。代わりに手を取られ指先に口付けられる。いやコイツ、何でそんな指にキスすんだよ。
 ムッとして腕を振り払おうとしたのに、真っ直ぐな目で見つめられて動けなくなる。
「ひぇ…っ」
 目が逸らせないでいると、中指をベロっと舐められた。
「な、何すんだ!」
 慌てて手を引き袖で舐められた場所を制服で拭く。信じらんねー、人の指舐めるとか不衛生すぎるだろ。
「お前だからだよ」
「…?」
「お前だから、指先にキスした」
「………」
「行くぞ」
 言うだけ言って踵を返した廉が歩き始める。俺は慌てて追い掛けながらその言葉の意味を考えていた。
 俺だから? 俺だから、恋人にした?
 は? それって……いやいやいや、まさかそんなはずないって。コイツが、俺を、とか……。
「……!」
 ぶわぁっと顔に熱が集まる。ヤバい、今絶対馬鹿みたいに顔赤い。
 ないない、そんな訳ないって。
 相手になんて困らなさそうな、選び放題選り取りみどりのコイツが。
(絶対今は振り向くな!)
 俺はドキドキとうるさい心臓と火照りまくってる顔に早く鎮まれと心で怒鳴りながら、俺の歩調に合わせて歩く廉の背中にわざと遅れてついて行った。


 生徒会室は三年棟の最上階一番奥、どっかの城の入口みたいな扉がそうらしい。右側の壁にはテンキー付きカードリーダーがあって、その下にはインターホンが備え付けてある。
 生徒会室って書かれたプレートすらねぇ。
 いや、見つけられなくね? 防犯対策バッチリかよ。
 廉がカードキーと暗証番号で鍵を開け、天井までの高さがある扉の装飾の細かいドアノブに手をかける。
 まさか俺の人生で生徒会なんてものに関わる事になるとはな。まぁこれも経験だ、頑張ろ。
 扉をくぐる為に傍に寄った瞬間うなじに温かな何かが触れチクッとした小さな痛みが走った。
「……っ、何…」
「お前は俺のもんだからな」
「改めて言われなくても、拒否権ないの分かってるわ!」
 痛みが走った場所を節榑た指が撫で少しゾワッとする。
 何なんだコイツは、まったく。
 今更なんだと訝しむ俺にふ、と笑った廉は、俺の頭をぐしゃぐしゃと掻き回してから扉を引いて中に入って行った。
 人の頭をボサボサにしてから行くんじゃねぇよ。
 俺は手櫛で適当に直してから中に入り、大きな声で挨拶した。
「一年C組の綾瀬真尋です! よろしくお願いします!」
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