強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

文字の大きさ
上 下
6 / 44

まるでヒーローのように

しおりを挟む
 俺がアイツの恋人とやらになって早二ヶ月。随分振り回されたりしたけど、俺は半分観念しつつあった。
 別に恋人云々の話じゃなくて、アイツから隠れて逃げ回るのがだんだん面倒臭くなってきたのだ。っつーか、何で俺が逃げなきゃなんねぇんだって気付き始めたってのもあるけど。しかも結局いきなり遭遇したりして逃げる暇もない時あるし。
 相変わらずヒソヒソコソコソ、クスクスジロジロはされてる。表立って言ってくる奴はいないけど、針の筵みたいで落ち着かない。
「真尋、食堂行く?」
「うん、行く」
 アイツが来ようがもうどうでもいいとさえ思うようになった俺は、倖人の言葉に溜め息混じりに頷く。
 最初がとんでもなかっただけに警戒心丸出して喧嘩腰だったけど、アイツは存外優しくて、しかもすげぇいい匂いがする。
 あの大きな節榑だった手に頭を撫でられるの割と好きだったりもするんだよな。本人にはぜってぇ言わないけど。
 食堂に向かって廊下を歩いていると、何やら出入口が騒がしい。
 今度は何だよ、と思っていると、先日の春名くん以上の美少年が中心に立っていた。周りの奴らが俺を指差し、その子が近付いてくる。
 ……って、この子俺より背が高い…こんなにきゅるんきゅるんで可愛いのに見下ろしてくる。
「…ふーん、あんたがそうなんだ」
 あ、声は可愛い。ハスキーボイスっての? 見た目と声だけなら完璧女の子だな、この人。
 だけどちょーっと見過ぎじゃないですかね?
「信じらんない、顔だけじゃん」
「あ?」
「こんなヒョロガリ、抱き心地悪そう」
「何だと?」
 そりゃ肉付きは良くないけどさ、抱き心地なんて基本的に男は良くないもんだろうが。
「っつかお前誰だよ」
「うわ、口も悪いとか最悪」
「お前も人の事言えねぇからな」
 人の事悪く言う奴マジ嫌い。俺とコイツが言い合いを始めたせいか、周りの奴らがザワザワし始めた。主に俺に対してのヤジだけど。
「お前、この方の事も知らないで香月様の傍にいるのかよ」
  また香月様かよ。だからアイツは王様かって。
「俺は高校からこの学校に来たんでね」
 実はこの学校、幼稚園から大学までの一貫校だったりする。ただそれなりに偏差値の高い学校だから試験受けてまで入る人はいない。一応公立だったから、家から近いし倖人もいるからここでいいやって思って入ったんだけど……こんな事になるって分かってたら辞めてたわ。
「この方は、香月様が中学在学中の間ずっと〝お気に入り〟だった、七宮 蘭ななみや らんさんだ」
「げ、中学にもあったのかよ、この風習」
 マジで何、この決まり作った奴タンスの角に足の小指ぶつけて悶絶した挙句もっかいぶつけて悶え苦しめばいいのに。
 俺、頭痛くなってきた。
「で? その〝七宮蘭さん〟とやらが俺に何の用?」
「決まってるでしょ。香月様の〝お気に入り〟から降りて」
「いや別に降りれるものなら……ん? いや、俺お気に入りじゃねぇぞ?」
「七宮さん、コイツは〝恋人〟です」
「はぁ? コイツが? こんな奴が俺より上なの?」
 信じられない! と目を見開く七宮に倖人以外の全員が頷いてる。いや、俺もそう思うよ? どう見てもアンタの方が可愛いし。
「ムカつく。今すぐ俺に渡しなよ、ねぇ」
「いや、だって俺に拒否権ねぇって廉が…」
「廉?」
 ヤジが収まり今度はザワつきが広がる。
 七宮は眉尻を釣り上げ俺の腕を掴んだ。
「アンタ、香月様の事名前で呼んでんの?」
「な、何? 何だよ」
「廉って香月様の事でしょ?」
「そうだけど…だから何? アイツがそう呼べって言ったから呼んでるだけなのに、何で俺が責められるみたいになってんの?」
 望んだのはアイツで、俺は別に名前くらいならいっかーって感じで呼んでるだけなのに、何でみんな怖い顔してんだよ。
 こんだけの人数に睨まれたら、さすがの俺だって腰が引ける。
「ゆ、倖人……」
「オレもさすがに怖いんだけど…」
 躙り寄られ、俺は倖人の背中に隠れる。何だかんだ倖人は良い奴だから、俺を押し出したりはしないけど…倖人の背中も震えてる。
 ごめんな、ほんと。俺、こんな大勢に睨まれるのダメなんだ。
「何で、何でアンタが良くて俺はダメなんだよ……ねぇ、どうやってあのお方の恋人になったの? どうやって取り入ったの?」
 そんなの俺が聞きてぇっつの! 何度も言うけど、あの日に初めてあったし、食堂でのやり取りが初絡みなんだって!
 可愛い子の怖い顔も苦手だ、俺。
「隠れてないで出て来いよ!」
「わっ」
「真尋!」
 いつの間にか誰かが後ろにいて、両手を掴まれて七宮の前に押し出される。周りを囲まれて倖人さえ見えなくなった。
「こんな奴が、香月様の名前を呼んでるなんて許せない」
「お前みたいな奴が」
「顔だけのくせに」
「性格ブス」
「さっさとこの学校から出ていけよ」
「ひっ」
 な、何で俺がこんなに責められなきゃいけねぇんだよ。それもこれも全部アイツのせいだ。
 アイツが俺を〝恋人〟なんかにしたから。アイツが……。
「アンタなんか…っ」
「おい」
『!?』
 地を這うような低い声に、口々に俺を詰っていた声がピタリと止む。半泣きの俺は、この二ヶ月の間で耳に慣れ親しんだ声に不思議と安堵し座り込んだ。隙間を縫って倖人が駆け寄って来てくれる。
「真尋…!」
「倖人……」
 見た目と中身が違うと文句を言われる事は良くある。小さい頃の俺はもっと純粋で、素直で、人を疑わない奴だった。
 色んな人から可愛いと持て囃され、そっか、俺は可愛いんだと幼心に思ったものだ。
 父さんも母さんもこの外見に見合う可愛らしい性格に育てたかったみたいだけど、残念ながら俺はこうなった。
 だって可愛い可愛いって言ってくる奴の中には悪意や邪な考えを持っている奴もいて、俺は何度も色んな意味で危険な目に遭ってきた。だから対抗策として今の俺が形成されたと言っても過言ではない。
 こうやって乱暴な口調で話せば、大抵の奴は顔を引き攣らせるから。
 顔だけで判断する奴も、俺の性格で離れて行く奴も、俺は大っ嫌いだ。
「真尋」
 でもコイツは違った。俺の外見を口にする事もなければ、俺の口の悪さに怒る事も離れる事もない。
 何だよコイツ、なんなんだよ。
「こっちに来い」
 大きな手が差し出される。まるでモーゼの十戒みたいに人の波が分かれ、アイツの姿がはっきり見えた。
 悔しいけど、ほんといい男だよお前は。
 俺はゆらりと立ち上がり、腹が立つほどイケメンな俺の〝恋人〟の胸に駆け足で飛び込んだ。髪を撫でられ目の奥が熱くなる。
「お前らは、コイツが誰のもんか分かってそういう事したんだよな」
「こ、香月様…」
「七宮。お前、いつまでも調子に乗ってんなよ」
「ど、どうしてですか? 俺はあなたのお気に入りだったじゃないですか」
「昔の話だろ。第一、あれはお前が望んだんじゃねぇか。傍にいられるだけでいいからお気に入りにしてくれって」
 え、そうなんだ。立候補ありなんだ、あれ。
「寄ってくる奴らがウザかったからそうしただけで、俺はお前を〝そう〟思った事はない」
「そ、そんな……!」
 うーん……ちょっとだけ七宮に同情する。好きな人の傍にいられたと思ったら、一欠片も想って貰えてなかったなんて、ショックだよな。
 っつか、俺だって別にコイツから好きだとか言われた訳じゃないのにこうなってんのって、自分でもどうかと思うよ。
 ちょっと絆された部分もあるし、さっきのはヒーローみたいでカッコイイって思ったけど。
「とりあえず、今後一切コイツに関わるな。もしまた泣かせたら、次は容赦しねぇ」
「べ、別に泣いてねーし」
「嘘つけ、目が真っ赤じゃねぇか」
「これは眠くて目擦ったからだし」
「はいはい」
 少し乱暴に目元を擦られ思わず閉じると額に何かが触れた。
 そのまま抱き上げられ背中を撫でられる。
「子供じゃないんですけど!」
「はいはい」
「何だよさっきからはいはいって!」
 馬鹿にしてんのか? 喧嘩売ってんのか? 負けてくれるなら買うぞ。
 抱き上げられんのは癪だけど、目線が高くなるのは好きだ。
 俺は諦めて、せめて景色だけは楽しもうと廉の肩に顎を乗せる。窓の位置が低い。扉の上部にぶつかりそう。
「あ、あと、そこの奴にも手ぇ出すな」
「え? お、オレ?」
 あ、倖人の事忘れてた。でも廉がそう言ってくれたし、これで倖人も安全だろ。友達が出来る保証はなくなったけどな。
「優しいじゃん」
「俺はいつでも優しいんだよ」
「はいはい」
「お前な…」
 廉の真似をして軽くあしらうと呆れたような溜め息の後、しょうがない奴だなって微笑まれた。あ、これは初めて見る顔だ。
 少なからず、俺は廉に好意を持ってる。それが恋だとか愛だとかは分からないけど、それでもコイツの傍は居心地がいいって思い始めてるから。
「廉、俺腹減った」
「何か買ってやるから、屋上で食うぞ」
「え、マジ? 奢ってくれんの?」
「今回だけな」
「やった! 倖人も行こ!」
「え、う、うん……」
 コイツの恋人でいるのも案外悪くない。
 現金にもそう思い始めた暖かな晴れの日。屋上飯に目覚めた俺は同時に梅雨入りした世間に嘆いたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

狼王の夜、ウサギの涙

月歌(ツキウタ)
BL
ウサギ族の侍従・サファリは、仕える狼族の王・アスランに密かに想いを寄せていた。ある満月の夜、アスランが突然甘く囁き、サファリを愛しげに抱きしめる。夢のような一夜を過ごし、恋人になれたと喜ぶサファリ。 しかし、翌朝のアスランは昨夜のことを覚えていなかった。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...