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第一章

13 冒険者市場

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 買ったばかりの革の小袋へ、いくらかのコインを入れてポケットへ仕舞う。お気に入りの小物を身につけると気分も上がっちゃうわよね。
 通りの向かいに見つけた乾物屋さんで無事セラ茶もゲットできたし、ついでに美味しそうなドライフルーツもあったから一緒に買っちゃったわ。
 見たこともない真っ赤な果物だったけれど、味見をさせてもらったらマンゴーみたいな南国風の濃ゆい甘さが口いっぱいに広がって、とっても美味しかったの。
 これはヨーグルトに一晩漬けて食べたら絶対美味しいやつよ。日本に帰ってからのお楽しみができちゃった。

 そしてまたふらふらとお店を見て回る。だけど目当ての装備品のお店がなかなか見つからなくて、とりあえず今はランチを挟んでひと休み中。
 あー、タバコ吸いたいわぁ……。
 一応持って来てはいるけれど、日本で売ってるような紙巻きのタバコはこちらでは見ないから、なんとなく人のいるところでは出せないのよねぇ。
 こっちのタバコはパイプや煙管タイプ、あと葉巻っぽいのが主流みたい。さすがにあんなキツそうなのはムリよ。匂いも凄そうだし。
 どこかひとりになれる場所ってないかしらねぇ。

「……だから魔女屋敷には行かないってば」

 どうしてこう事ある毎にあの婆さんの顔がチラつくのよ! まったく何の呪いかしら。そんな不吉な妄想はやめやめ!
 さぁてこっちの通りはだいたい回ったから、大通りの向こう側にあるらしい商店街にも行ってみましょうか。


「うわぁ、なぁにこれ」

 そこはさっきまでの素敵なショッピングストリートとは打って変わって、武器に防具、なんだかよくわからない薬品店や道具屋なんかがひしめき合う、殺伐とした雰囲気の場所だった。
 ゴツゴツした鎧を身に纏った大柄な人、大きな剣を背負ってのしのし歩く角の生えた獣人さん、斧を持った背の低いおじさん、かと思えばやたらと露出度の高い服を着た女性や、すっぽりローブに身を包んだ女性もいる。
 ここは通称『冒険者市場』と呼ばれる、その名の通り冒険者のためのお店が集まった商店街になっていた。

「一応あたしも冒険者だけど……ちょっとこれあたし場違いじゃなぁい?」

 そんなに混み合ってはいないけれど、右も左も屈強そうな冒険者だらけ。中にはチャラそうな奴もいたけど見るからに頭が弱そうで、案の定お店のご主人に追い出されていたわ。
 でもここなら目当ての装備品店はありそうね。別に一般人が入っちゃいけないってわけでもないんだし、どうってことないわよ。
 そろりと一歩踏み出すと、目の前をさっきの大柄な鎧の人と獣人さんが通り過ぎて行き、その圧に思わず足を戻してしまったわ。
 逞しい殿方は大好きだけれど、さすがにあそこまでガチな雰囲気出されちゃ怖さの方が勝つわよね。
 だってあれふたりとも身長二メートル以上ありそうよ? しかもあたしなんか指で吹き飛ばされそうなくらい頑強そうなのよ?

「とんでもない風格だわね……」

 あれはヤバい。絶対ランクも相当上の、名のある冒険者なんだと思うわ。
 あたしは身分証のためだけに冒険者登録したようなものだから、それが知られたら怒られちゃいそうだわ。まぁ関わることもないでしょうけど。
 
「こうしててもしょうがないわね。とにかく行きますか」

 気を取り直して冒険者市場へと踏み込む。
 装備品、装備品っと。あそこかしら?
 
「あの、すみませーん」
「なんだ」

 うっそでしょ!? お店のご主人まで岩みたいよ!?
 しかも無精髭にスキンヘッド!! こっわ!!
 ……あぁ、でも片足が義足なんだわ。きっと元は冒険者だったんでしょうね。

「何か用か」
「あの、この鞄を通せるベルトが欲しいんですが」
「今あんたが着けてるやつじゃ駄目なのか」
「実は……」

 あたしは眼光鋭いご主人に、どんな用途の物が欲しいのかを細かく話した。
 すると腰袋という、大工さんが工具を差して腰から提げるやつみたいな袋の付いた、しっかりした太めのベルトを見せてくれた。
 服の上から少し斜めに掛けるタイプのやつで、あたしのイメージしていたものとぴったりだった。

「要はこういうやつだな?」
「そう、正にこういうのが欲しかったのよ!」
「ふ……ん、その鞄に合わせるなら出来合いより一から作った方が良さそうだが」
「ええと、どれくらいで出来ますか? あたしあと何日かでこの町からいなくなっちゃうので……」
「あまり凝ったもんじゃなきゃ二日もあれば仕上がる」
「本当ですか!? じゃあぜひお願いしたいです!」
「ただなぁ……」

 え、何かあるのかしら。
 ご主人はあたしの持つ鞄をまじまじ見つめながら、顎に手を当てて考え込んでしまった。
 無精髭をしょりしょり撫でる頑強なご主人。あらん……これはこれで有りだわ。
 
「単なる革ベルトじゃ、この鞄の見事な造りに負けちまうな」
「……はい?」
「四日よこせ。完璧に仕上げてやる」

 あぁ、このご主人も鍛冶神様タイプの職人気質な方だったのね……。
 あたしの鞄を奪い取り、せっせとデザインを模写してらっしゃるわ……。

「よし、四日後の夕方取りに来い」
「……わかりました。あ、そうだわ今更ですけどお値段は?」
「あー、そうだな。丸銀四、いや三でどうだ」
「相場がわからないので……ちなみにさっきの腰袋はおいくらなのかしら」
「あれは丸銀一だ。あんたのはサイズも合わせた特注品だが凝りたいのは俺だ。だから四のところを三にした」

 ちょっとお高い気もするけれど、これからずっと使うならしっかりした物の方がいいわよね。
 見せてくれた腰袋だって物自体は良かったもの。お任せしちゃいましょう。

「じゃあそのお値段でお願いします」
「おう、任せとけ」
「今お支払いしますか?」
「いや、手付け一枚だ。残りは後でいい」
「丸銀貨一枚ね、はい、じゃあこれで」
「確かに。あぁそうだタグは持ってるか?」
「え? えぇありますけど」

 寄越せと言われて手渡すと、ご主人は目を丸くして声を張り上げた。

「冒険者だぁ!?」
「ええと、一応」
「しかもなんだ、落ち人か!」
「えぇ、まぁ」
「奇妙なナリだがしっかりしてっから商人か吟遊詩人だと思ったんだがなぁ」

 元々商売はやってるから間違ってはいないわね。
 ただその吟遊詩人てなによ。歌うの? 自慢じゃないけど歌は得意よ?

「武器はあんのか」
「一応、持ってますけど」
「見せてみな」

 えぇぇ……。なんなのよこの食いつきっぷり。
 若干の不安を覚えつつ、あたしは鞄から鍛冶神様にいただいた剣を取り出して見せた。
 大丈夫よね? 昨日あの婆さんのとこで隠蔽かけたもの。騒ぎにはならないわよね?

「こいつはまた……。チッ、駄目だな。仕舞っとけ」
「ダメって、どういうこと?」
「どうせなら剣帯も付けてやろうかと思ったんだがな、そんなもんぶら下げられねぇ」
「それなりの剣のはずよ?」

 少しカチンときちゃって言い返すと、ご主人はあたしに剣を返して指を鼻先に突きつけてきた。

「だからだよ。シングルがそんないい剣ぶら下げてりゃ一発で狙われちまう」
「あぁ、なるほど」
「命が惜しけりゃ使う時だけ鞄から出すんだな。左側に提げときゃ鞘代わりにもなるだろう」
「そういうことなら。ご忠告どうもありがとう、ご主人」
「バルドロだ。ご主人なんて柄じゃねぇ」
「ふふっ、あたしはレイよ。よろしくバルドロさん」
「おう」

 強面だけど、この人もいい人だったわ。
 今日は巡り合わせが素晴らしいわね。いい買い物も出来たし、なんだか清々しいわぁ。

「さっきの道具も面白かったわよね」

 バルドロさんの所で渡された引換券をしげしげと見つめる。
 タグを求められたのは何も冒険者や落ち人であることを確認したかったわけではなく、個人認証用の『魔道具』を使って引換券を作るためだったのよ。
 魔道具にタグを差し込み、その上に手を置いて魔力を流すと本人確認ができて、照合されれば青く光る仕組みになっているんですって。
 これはお店だけでなく、町や都市の出入りにも使われているような信頼性の高い魔道具で、魔石を動力に、中には魔法が刻まれているらしいわ。
 ちなみに魔力のない人は血液を使うんですって。亡くなった方の確認も同じく。だから両方タグに登録するのね。

「鍛冶神様が喜びそうね……ていうか、知ってるはずだわね」

 そういえば魔石も欲しがっていたもの。魔道具も色々作ってそうだわ。
 魔石って電池みたいなものかしらね? まさかこちらの世界にも時計があるとは思わなかったけれど、それの動力も魔石が使われているらしいのよ。
 個人が持つのは懐中時計タイプの物が多くて、建物には壁掛けのもの、それと町の広場に大きな時計台もあったわ。
 時間もまさかの二十四時間よ。さすが地球と似た環境って言うだけのことはあるわね。びっくりしたわ。

「この辺にも魔石って売ってるのかしら。ついでだから神様がたの依頼分も買えればいいんだけど」

 魔石と魔晶石、って言ってたわよね。しかも天然もの。
 どこに行ったらあるかしら。魔石ちゃーん、魔晶石ちゃーん。

「ていうか、こういう時こそ【真眼まなこ】の出番よね」

 昨日あの婆さんにレクチャーしてもらったからね。不本意だけど。使い方は覚えたわ。不本意だけど!
 婆さんは常時発動して慣れろとか言ってたけど、精神力削られっぱなしとかムリに決まってるじゃないの。
 人がいるときは気を付けなくちゃいけないのよね。ガン見しすぎると【眼】持ちにはバレる可能性があるらしいわ。そーっと、覗く感じで。

 魔石ちゃーん、魔晶石ちゃーん

 ……ないわねぇ。小さい魔石はいくらかあったけど、魔晶石なんてどこにもないじゃないの。
 やっぱり神様が求めるだけあって、貴重な物なのかしらね。

 あぁ、やっぱり疲れるわねこれ。気が付けば冒険者市場の端っこまで歩いて来ちゃってたわ。
 ここは港とは反対側で、市場を横切る通りの向こうには林が広がっている。
 そうだわ。人気ひとけもなさそうだし、ちょっと一服しちゃいましょう。
 もうずーっと我慢してたから吸いたくて吸いたくて。灰皿? もちろん持ってるわよ。

「こっちからも海に出られるのね」

 林を抜けたそこには砂浜が広がっていて、海の向こうには小さな島々が見える。
 そして一際大きな島、というよりこれもう大陸じゃないの? と言いたくなるほど大きな島がその存在感をででんと放っていた。
 あれが魔族の国、デノメアラ。

「思った以上に大きいわねぇ。あの自称勇者おバカさん、よくひとりで乗り込もうだなんて思ったもんだわ」

 いやもうとにかくでかいのよ。それにめちゃくちゃ高くて険しい山が連なっていて、火山でもあるのか黒い煙まで何本か見える。まるで鬼ヶ島よ。
 ある意味本当に『勇者』ねぇ。悪い意味でだけど。

 ふぅーっと煙を吐いて晴れ渡った空を見上げる。
 気持ちいいわねぇ……。海なんて久しぶりだわ。波も穏やかだし、キラキラしてる。
 こんなにのんびりできちゃうなんて、神様にも感謝しなきゃ。命の洗濯ってね、好きな仕事をしていてもやっぱり必要なのよ。

「ここでキャンプなんかできたら最高ねぇ。あぁ~んバーベキューしたぁい」

 さすがにひとりじゃやらないけどね! 道具もないし。さっきの市場には売ってそうだけど。
 さて一服できたし、町に戻ろうかしらと踵を返したその瞬間。
 波の音に紛れて、小さな鳴き声があたしの耳に届いた。

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