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第一章

06 ロキシタリアの港町

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 セヘルシアは、東西に広く伸びる『レジナステーラ大陸』と、その南西にある『南海ロキシタリア大陸』、その東側に『ブマナバ大陸』という、三つの大陸と大小の島々が点在する、地球によく似た海に覆われた星。
 なんでも、生命が誕生する条件をクリアした星は、植生や生物の種類に違いはあれど、どこの星もほとんど似たような環境になるんですって。
 恒星からの距離や自転公転速度に地軸の角度、地質や気温に水分量、果ては衛星の有無、隕石飛来率まで関わってくるらしいんだけど、あたしにはてんでさっぱり。

 で、今回あたしが降り立ったのは、南海ロキシタリア大陸という、二番目に大きな大陸。
 その大陸の南東側、海を挟んだ向こうに険しい山脈の連なる大きな島があって、島全体が魔族の治めるデノメアラという国なんですって。
 そして今あの自称勇者おバカさんがいるというのが、海峡を挟んだ大陸側、中央大国ロキシタリア南部にある海運都市カーテミ。その北部にある、ロキシタリアとデノメアラを繋ぐ大橋に程近い、ノットという港町。そこにあたしも送られてきたの。
 先日一瞬だけ伺った町とはまた違った活気のある大きな町で、港から伸びる大通りにはたくさん屋台が並んでいて、競うように道行く人へ威勢のいい声をかけている。
 逞しい海の男達が選り取り見取りで、弾ける筋肉に「はぁん眼福ぅ~」なんて浮かれていたんだけど……

「いよっ、そこの赤髪のねぇちゃ……ん? にい、ね? あ?」
「あたしぃ?」
「お、おめぇ男か! 化粧なんざしやがって紛らわしい!」
「あら美味しそう、これなぁに?」
「けっ、野郎がなよなよしやがって! そんなガタイで店塞がれちまったら商売の邪魔だ、ほら行った行った!」

 もう、さっきからこればっかりなのよ。
 朝からバタバタしっぱなしだし、そこかしこからいい匂いするし、いいかげん何か食べたいのよ。でもその前に金細工を少し換金しておかなくちゃだし、地元の人にお話聞きたいんだけど。
 自力でギルドを探すしかないわねぇ。案内所とかないのかしら。不親切だわぁ。

「そこ行く別嬪さん! おひとつどうだい?」
「あん、チーズのいい香り。女将さん、これなぁに?」
「ん!? ……あ、あぁ、こいつは今朝揚がったばかりの水蜘蛛さ!」

 あら、この女将さんは受け答えしてくれたわ。ならこのまま少しお話できないかしら。
 っていうか蜘蛛!? 蜘蛛食べちゃうの!?

「あっはっは! おかにいる黒いのじゃないよ。火を通すと赤くなるやつでね、こいつの身がまた美味いんだ!」

 それ蜘蛛じゃなくて蟹じゃなぁい?
 そう思って屋台の中をひょいと覗いてみると、予想通り蟹の殻がたくさん積まれていてホッとしたわ。
 こっちじゃ蜘蛛も蟹も同じ生き物扱いなの? なんて大雑把な。

「とっても美味しそうだしお腹も空いてるんだけど、ごめんなさい、今ちょっと手持ちがないのよ」
「なんだいスリにでもあったのかい? そんな綺麗なナリしてんだ、気を付けないと」
「いやんありがと。でもそういうわけじゃないのよ。そうだ、ギルドってどこにあるかしら?」
「ギルドならこの道をまっすぐ行った右側さ。大きい建物だからすぐ分かるよ」
「ありがとう女将さん、用事が済んだらまた寄らせてもらうわね」

 はぁ、いい人で良かったわ。あとでまた色々聞いてみましょ。
 少し歩くとギルドはすぐ見つかった。そこで金細工の中から一番小さめの指輪をひとつだけ換金してもらおうと手の中に用意しておく。
 換金は各地のギルドで出来ることや、物の価値も通過もある程度は神域で教わってきたけれど、なんとなく、いきなりがっつり換金するのは怖いのよねぇ。

「中も随分広いのね。役所的な施設なのかしら」

 レンガ造りの大きな建物の中に入ると、外の活気は遠のいてさわさわと人の声が聞こえる程度になった。
 吹き抜けのロビーは上階部分の窓が開けられていて、室内に風が通ってとても気持ちいい。
 入口脇には案内のお姉さんが立っていて、あたしを見ると「何かお困りですか?」とにこやかに対応してくれたわ。
 用件を伝えると、彼女に案内されるまま受付カウンターの並ぶロビーを抜け、奥まった所にある商談スペースへと通された。

「担当の者を呼んで参ります。しばらくこちらでお待ちください」
「ありがとうお姉さん」

 さっとお茶まで用意してくれた。随分しっかりした対応してくれるのねぇ。なんだか日本にいるみたい。
 蜘蛛と蟹は一緒くたのくせに、なんだかちぐはぐな印象ね。

「お待たせいたしました。総合ギルドノット支部、落ち人担当チグサと申します」
「チグサさんね。はじめまして、あたしはレイと申します、よろしくね」
「おっふマッチョなオネェさんキタコレ」
「……はい?」
 
 戸惑うあたしをよそに、チグサさんは「失礼いたしました」と襟を正し、名刺をスッと一枚差し出してきた。
 そこには『総合ギルド ノット支部 落ち人担当落ち人 千草陽子』と、日本語で書かれていた。

「落ち人担当落ち人、って、え、あなた自身もそうなの!? 日本人!?」
「はい、そうなんです~」

 ショタ神様から「まずはギルドに行って、落ち人担当を呼ぶといいよ」と言われてそうしたけれど、まさかその担当者も落ち人だなんてびっくりだわ!
 聞けば、各国の主要なギルドには必ずと言っていいほど落ち人の職員が在籍しているんだとか。
 
「ギルドでも全ての落ち人を確認できているかはわからないのですが、各地で落ち人が見つかった場合、まずギルドへ連絡が入るようになっているんです」
「へえぇ~」
「そして保護された落ち人達が、これからこの世界で恙無く暮らしていく為のサポートなどを、私達先輩落ち人が主導して行っているんですよ」
「なるほどねぇ。確かにそういう人がいてくれたら助かるものね」
「はい。今では不可抗力系落ち人の人気就職先でもあるんですよ。そもそもギルドは、一人でも多くの落ち人を救おうと、ゲーム世代の『初代勇者』が立ち上げた機関なんです」
「そうなの!? 初代勇者がいたのはかなり昔の話って聞いたわよ?」
「それが、どの時代に落ちるのかは人によって異なるようなんです。実際、生年月日と、落ちた時期などを照らし合わせた結果、本来は同い年のはずなのにこちらでは十も年が離れていた、なんてこともざらにありますし」
「そうなのね……」

 時間軸がぐちゃぐちゃってこと? それじゃあもし帰りたいと思っても、地球に帰ったら居場所がなかったりとか、そもそも年齢が合わないとか、そういう問題も出てくるんじゃないの?
 何年も行方不明扱いになってたとしたら、側索願いとか、最悪死亡届けが出されているなんて可能性もあるかもしれないわよね。
 座標指定はできても、時間指定は滅多にできないって言ってたし……。困ったわね。これは早めにショタ神様に確認しておかなきゃダメね。

「すみません、雑談でお時間をとってしまいましたね。改めましてレイさん、本日はどのようなご用件でしょうか」
「やだ、あたしこそごめんなさい。今日はちょっとこれを換金していただきたくて」
「拝見しますね」

 用意しておいた指輪を渡すと、確認と換金のために千草さんは席を外し、数分で布が被せられたトレーを持って戻ってきた。
 渡した指輪は約百グラム。日本で換金した時はこれひとつで五十万近い金額になってめちゃくちゃ焦ったわ……。
 こんなものがあと五万個以上あるのよ? しかもこれ一番小さくて軽いタイプの指輪なのよ?
 怖くてまとめてなんか出せやしないこの気持ち、わかってもらえるかしら……。

「お待たせしました。お預かりしました純金リングの換金額は、八百六十万ジルとなります」
「八百六十、というと……」
「日本円でおよそ八十六万円ですね」
「やっぱりこっちの方が金の価値が高いのね」
「そうなんですか?」
「ええ、こないだこれと似たような物を向こうでも換金したのよ。その時は五十万弱だったわ」
「こないだ? レイさんは落ちて来られたばかりなんですか? でもそれ、こちらの服装ですよね」
「あぁ、えっと……、実はね」

 あたしはここで、事情を少し話すことにした。
 あるきっかけで神域へ引き寄せられて、そこで神様と出会ったこと。こちらの落ち人を探していること。それと素材集めも行っていること。
 それらを掻い摘んで話して聞かせると、千草さんは目を輝かせて食い付いてきた。

「私達、帰れるんですか!?」
「希望するならね。ただ、さっきあなたが言ってたように落ちた時代が異なるなら、今戻っても向こうで混乱があるかもしれないわ。その辺りをきちんと確認してからじゃないとあたしも怖いし、今すぐは無理ね」
「そう……、ですね」
「ぬか喜びさせちゃったわね。ごめんなさい」
「いいえ、確かに……確かにそうですよね。同い年のはずの人達が同時に帰ったらおかしなことになってしまいますし、私とレイさんの時代が同じとも限りません」
「わかってくれてありがとう。ね、だからこれはまだ他の人には言わないでおいてくれるかしら」
「はい、もちろんです」

 頭のいいコで良かったわ。泣かれたりゴネられたりしても困っちゃうもの。
 さぁて、お金も手に入ったし、とりあえずお腹を満たしに行きますか!

「あ、あの、レイさん」
「なぁに?」
「私これから休憩なんです。よかったら、町を案内がてらお昼をご一緒しませんか? その、色々お話も聞いてみたいですし」
「いいの? あたしまだこの辺り右も左もわかんないからすっごい助かるわぁ。じゃあお願いしていい?」
「喜んで、ぜひお供させてください!」

 やっだぁいいコじゃない。さっきの女将さんのお店も立ち寄ってからでいいですって。
 少しここで待っててくださいと言って嬉しそうに小走りで行っちゃったわ。かわいらしいわねぇ。オネェさんなんでも奢っちゃうわよぉ。


「やったぁ~! マッチョなオネェさんとランチとかめっちゃご褒美~」

 遠くからそんな叫び声が聞こえてきて、あたしはちょっとだけ後悔した。
 仕事中きちんとしてたからスルーしちゃってたけど、そういえば最初の反応がなんかおかしかったじゃないあの娘!
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