上 下
9 / 47
序章

09 セヘルシア

しおりを挟む
 あたしが降り立ったのは、鍛冶神様が属する星、『セヘルシア』という世界。
 ここはもうまんまファンタジーゲームのような世界で、人、獣人、魔族、妖精族などなど様々な種族が溢れ、魔物もいるし魔法もあるそう。
 検証するのに人に出会えなければ意味がないので、大きな町の中へと飛ばされて来たんだけど……


「人混みでいきなりあたしが現れたりしたら騒ぎにならない?」
「そこは私の力の見せ所かな。向こうへ行って数分間は存在が隠れるよう、認識阻害をかけておくよ。ゆっくり解けるようにしておくから、しれっと町に紛れてくれるかい」
「それよりもその姿がだな……」

 鍛冶神様が少し言い辛そうに眉をひそめた。
 なによ。ドレスの何がいけないっていうのよ。

「あちらでドレスを纏うのは上流階級の者だけだよ。これから行ってもらう町は庶民の多く住まう土地だからね。浮いてしまうと思うよ」
「……そういうことなら仕方ないわね。でも着替えなんてないもの」
「あー……鍛冶の、なにか装備品はあるかい?」
「あの地で馴染める装備……。であれば、これはどうでしょう」

 ぱちんと指が鳴らされ現れたのはやたらゴツっとした革の鎧と枯れ草色の服……。
 えぇぇぇぇぇ……これ着るのぉ?

「今回限りだ。すまんがこれを装備してくれぬか」
「でもぉ……」
「あぁほら着るなら早く。ね。面倒なのが来ちゃうから」
「面倒なの?」
「お呼びかしらぁ?」
「あちゃー……」

 あちゃーってあんた。ここで一番の神様なんじゃないの?
 ていうか、あのど派手な女性は一体?

「……美の、呼んでおらん」
「まぁ随分ねぇ。さっきから騒がしいから文句言いに来ただけじゃない」
「いいから。悪かったから。戻っ」
「やぁだなにこの子! こーんなガタイで真っ赤な髪に真っ赤なドレス!!」
「なによあんた喧嘩売ってんの!?」

 ショタ神様の言葉を遮ってあたしにかぶりついてきたのは、目がチカチカするほどファビュラスで婀娜あだっぽくナイスバディな迫力美人。
 あたしよりも背が高くて、なんかもう圧が凄い。
 美の、と呼ばれていたってことは美の女神なのかしらね?
 真っ赤って言うほど髪も赤くないわよ! 茶系のマルサラよ!

「喧嘩なんか売ってないわよぉ! いいじゃないあんた。凄く似合ってる!」
「え、あらそう? ありがとうお姉さん。嬉しいわ」

 あら、なんか思ってたのと違うわね。

「それに引き替えなぁにこの野暮の極みみたいな装備! 鍛冶、あんたね?」
「いや、その、セヘルシアにて馴染む装備をとのことでな、手持ちがこれしか」
「それこそ美の女神である私の出番じゃないの! 任せなさい、30秒で仕度するから!」
「(そこは40秒にしてほしかったわ……)」



 というやりとりの後、彼女が装備一式を揃えてくれたのよ。
 まず革の鎧は町を歩くだけなら必要ないと光の速さで却下されていた。グッジョブ美の女神。
 渡されたのはグレージュの落ち着いた色合いの、襟と袖口の折り返しが大きく取られたジャケット。
 ウエストのシェイプがとても綺麗で、前は短め、後ろはヒップが隠れるくらいの少し長めなスワローテイルですごくかわいい。
 そしてボトルネックのチャコールグレーの長袖インナーに、深いボルドーの細身のパンツ。
 靴は脛まである編み上げのワークブーツ、腰に斜めに掛けるベルトやグローブなんかの小物も全部用意してくれたの。
 鍛冶神様にいただいた魔法の鞄も一緒に着けてみたけど、誂えたかのようにしっくりきたわ。

「満点とはいかないけど、特急にしては上等でしょ?」
「えぇ、さっきのより全然素敵!」
「この赤く長い髪が映えるように選んでみたの。緩く編んでもいいかも。ねぇ、触ってもいい?」
「お任せするわ」
「もっと時間があればちゃんとしたのを用意してあげるんだけどねぇ」
「これでも十分よ?」
「ふふ、そう? あんた気に入ったわ」

 二人できゃっきゃうふふとファッション談義を交わしていると、ぐったりした表情のショタ神様が「まさかの意気投合……」とこめかみを押さえていた。
 なんなのかしらね?

 まぁそんなこんなで、ご機嫌でお着替えしたあたしは無事セヘルシアへと飛ばされて来たってわけ。
 こうして町を歩いていても誰も気にしていない様子で、確かにそこらに似たような格好の住人がたくさんいるのが見てとれた。
 それでもあたしのファッションが一番だけどね! ありがとう美の女神様!

 なんだか楽しくなってきちゃって、目的も忘れて町を散策していたら鍛冶神様からお声が掛かった。

『レイ』

 はぁ~ん頭に直接響く低音イケオジヴォイス最っ高ぉ~~っ!!
 骨身に脳髄に染み渡るぅ~ん

『レイ? 聞こえぬか?』
『はぁい鍛冶神様、聞こえてるわよ』
『無事に着いたか』
『えぇ。今町を歩いてるわ』
『そうか。では町の者をひとり捕まえてくれるか』

 その言い方だとなんだか人攫いみたいで嫌ぁねぇ……。
 まぁ実際は転送に成功したら記憶を消して元の場所へ戻すから支障はないと言ってたけど。

『誰でもいいのよね?』
『構わん。だが騒がれても困るであろう。大人しそうな者を選ぶといい』
『……わかったわ』

 だから言い方が人攫いのそれなんだってば。
 それはさておき、どんな人がいいかしらね、ときょろきょろ辺りを見回してみる。
 通り沿いには色んなお店が並んでいて、中を覗きながらあれこれ買い回るご婦人や老夫婦、走り回って遊ぶ子供たちもいる。
 さっき回避した鎧に似たものを身につけた若い男のコが数人で、お店の前に置いてある樽をテーブル代わりにお酒を飲んでいたり、露店でお花を売っているお嬢さんに秋波を送ってはシカトされていたり。
 賑やかで活気があっていい町ね。
 屋台からは香ばしい美味しそうな匂いもする。やだ、お腹すいてきちゃった。せっかくだしどこかで換金できないかしらね?


「──ってだめだめ。そんなことよりさっさと選ばなくちゃ。できればひとりでいて、話を聞いてくれそうな落ち着いた人がいいわねぇ」

 そうなるとやっぱりオジサマよね。だけどそういえば町中ではあまり見かけないよのね。
 どこにいるのぉ? ナイスミドル~

「あ、発見!」

 年季の入った看板が掛けられているそこは何かの道具屋みたいで、その店のカウンター奥にいたのよ! 素敵なオジサマ!
 あたしは浮かれ気分でその扉を開けようとして……なんて声をかけたらいいのかしら? と足を止めた。

「記憶がなくなるとはいえ、神様からのお願いで、なんて言って信じてもらえる気がしないんだけど」

 え、どうしよう。どうしたらいいの?

「何か入り用かい」
「あっ」

 オロオロしてたら先に声をかけられちゃったわ。
 ええいしょうがない。なるようになるわよ!

「あ、あの、こちらできんを換金できませんか?」

 ああああなに言ってるのよあたし!!
 さっきお腹すいた時に換金できないかしらなんて思ってたからつい!!

「悪いがうちはやってない。通りふたつ向こうのギルドへ行くといい」
「そうなんですね。ありがとうございます」

 ふはぁ優しい素敵なオジサマ……。
 職人! って感じで、口振りはちょっと無愛想だけどそこがまた凄くいいわぁ。
 もう少しお話ししたぁい。

「あの、ちなみにここは何のお店なんですか?」
「うちは冒険者向けの道具屋だ。旅の装備や、よくある依頼に合わせて作った道具や小物なんかを扱ってる」
「少し中を見せていただいても?」
「構わんぞ」

 なんなら手持ちのきんで直接売ってやるぞ、と言いつつあたしを店の中へ入れてくれた。
 金は重さで価値がだいたい分かるから、そういう販売方法も出来るんですって。
 店内に入ると、所狭しと様々な道具が綺麗に陳列されていた。

「うわぁ……」
「ここらじゃ一番の品質と品揃えを自負しているがね」
「全部ご主人が作ったんですか?」
「いや全部じゃないが、まぁほとんどはそうだな」
「凄いですねぇ」

 本当に凄かったのよ! 品揃えもそうなんだけど、またひとつひとつ味があってね。
 鍛冶神様が下さった魔法の鞄と似た造りの鞄だとか、テントに寝袋、鎌やナイフ、ランプに調理器具なんかまである。
 そのどれもがシンプルなんだけど機能性も良くて、あと刻印が凝っててめちゃくちゃ格好いい!


 ……そうだ。この人ならあのライターに興味持ちそうね。

『鍛冶神様、鍛冶神様』
『捕まえられたか?』
『今、町の道具屋さんにいるの。そこのご主人に触れてライターを使ってみるわね』
『わかった。時宜じぎは合わせる』
『任せて』

 品物を見るふりをしつつ鍛冶神様と打ち合わせ、あたしは腰に着けた魔法の鞄から、そっとライターを取り出した。

「あの、これって何かわかりますか?」
「んん? なんだこりゃ。見た覚えはないが」
「ここが開くんですよ」
「お前さんの物か? ちょっと見せてくれるかい」
「えぇどうぞ」

『いくわよ鍛冶神様!』
『うむ』
『……三、二、一、はい!』

 カウントダウンしながらご主人の手に触れてピィンと蓋を鳴らし……たのに何も起こらなかったわ!!
 やだやっぱりこれじゃ駄目なのかしら。

「おぉ、いい音だな。ここが回るのか……ん?」
「あ」

 ご主人があたしの手からライターを受け取り、横のフリントをシュッと擦った。

 そしてあたしを残して彼だけが、目の前から消え去った。


『ちょ、ちょっと! ねぇ! あたしもそっちへ戻らせて!!』
『あ、あぁ、主に伝える』
『お願いよ!』

 次の瞬間、再び神の御わす神域へと呼び戻された。
 いきなりオジサマだけ消えちゃったからかなり焦ったわよ!!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...