ZERO【完結】

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トケイの見た夢

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「つーわけで、祭りの事よろしくな!」
 そう言って、ダイスケは僕の肩を叩いた。
「……うん」
 走り去るダイスケの背中を見ながら、僕はため息をつく。
 ダイスケは親友だし、借りがあるから断れない。
 その日、僕は放課後までずっと悩み続けた。幼なじみとはいえ、中学に上がってからは何だか恥ずかしくて、アオイとはあまり話していない。
「嫌だな……」
 そう思いながら、僕は駐輪場に向かった。教室では話しづらいからここで待とう。
「あれ? 何してるの?」
 五分もしないうちにアオイがやって来た。二人っきりになるのは久しぶりだ。
「今日、一緒に帰らない?」
「え、いいけど。帰り道反対でしょ?」
「寄り道しようよ。おごるし」
「いいの? わーい!」
 アオイは無邪気に笑いながら、自転車を押して歩き出した。少し離れて僕も歩き出す。僕達は、帰り道にある商店につくまで、他愛もない話をしていた。商店でタコ焼きを買って、僕達はベンチに座る。アオイは、友達の事や、家の事とか、色々話してくれた。僕はただ適当に相槌を打ってその話を聞いている。とっくにタコ焼きは食べ終わっていたけど、アオイのマシンガントークは止まらない。嬉しそうに話すから余計に切り出せない。
「そういえば、自転車は乗れるようになった?」
「え?」
 ふいに問い掛けられ、僕は慌てて顔を上げる。
「あー……いや、まだ。ていうか、自転車持ってないし」
「良かったら私ので練習する? 付き合うよ?」
「いいよ、そんなの。それより、場所変えない?」
 とっくに食べ終わってるのに中々席を立たない僕達を、商店のおばあさんがじーっと見ている。
「と、そうだね。あ、じゃあ海見に行こうよ! 好きでしょ?」
「……いいけど」
 確かに海は好きで、最近でもよく一人で海岸に行く事はあった。何で知ってるんだろう?
 僕達は海岸へと移動する事にした。その道の途中、アオイの話に若干うんざりしていた僕は、不機嫌そうに返事を返していた。
「なーに?」
「何が?」
「何か急に機嫌悪くなってない?」
「別に」
 ダイスケの話をしなくちゃいけない。なのに、そんなに嬉しそうに話をされると言いにくくなる。
「すぐにご機嫌ななめになるところは変わらないね。あ、ちょっと待ってて。ここに自転車停めるから」
 アオイは自転車をガードレールに立て掛けると、階段を降りて砂浜を走って行った。俺はゆっくりその後に続く。
「見て! 夕焼けが綺麗だね!」
 夕陽がアオイを照らして、眩しくて目を細めた。昔から変わらない笑顔。その笑顔がずっと好きだったのに。アオイの事が好きだったのに。
「アオイ、あのさ……」
「あ! そうだ!」
「今月お祭りがあるでしょ?」
「え?」
「ねえ、一緒に行かない? 子どもの頃はよく行ったじゃない」
 驚いた。まさか、アオイの方から誘ってくれるなんて。でも、僕はダイスケから頼まれている。だから、断らなければいけない。
「金魚すくい上手だったよね! ねえ、今でもりんご飴が一番好きなの?」
「……今年は行かない」
「え? どうして?」
「行きたくないから」
「だからどうしてよ?」
「アオイは…………ダ、ダイスケと行けば?」
「…………」
 アオイが黙る。
「……ダイスケ、アオイを誘いたいらしいから。二人で行ってきなよ。僕は別に行かなくてもいいでしょ?」
「……何それ。もしかして、それ言う為に今日私を誘ったの?」
 あ……まずい、と思った。話の切り出し方を間違ったって。
 だって、アオイは泣きそうな顔をしてたから。
 あのお祭りは『人魚伝説』のお祭り。昔、人魚と結ばれたと言われている青年が祀られている神社であるお祭り。恋が叶うと言われている特別なお祭り。このお祭りに誘うって事は、そういう事だから。
「そう、だよ」
 アオイが僕を誘った。その直後の僕の返しがこれだ。これは、そう。かなりひどい振り方をしたんじゃないか。
「えっと……」
 いや、言い訳はしない方がいい。子どもの頃はよく一緒に行ってたんだ。アオイだって、そういうつもりで誘ったんじゃないかも。
「そういう事だから。じゃあ僕は帰るね」
「え? 待ってよ!」
 アオイが僕の学ランを引っ張る。
「何?」
「変だと思ってたんだよね。中学生になった途端、私の事避けるし」
「……それは」
「二年になって、ようやく同じクラスになったのに、全然口きいてくれないしさ」
「…………」
「だから……今日、一緒に帰ろうって誘ってくれて、すごく嬉しかったんだよ?」
 そ、それってやっぱりアオイは僕の事を?
「なのに……ひどいよ! 馬鹿!」
 え? ちょ! アオイの鞄が僕の側頭部に直撃する。何だこれ。鞄の重さじゃないだろ! 鈍器だよ鈍器!
 そうこうしているうちに、僕の意識は颯爽とフェードアウトしていったのだった。
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