ZERO【完結】

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ゼロの苦心

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「ゼロ」
「ナナ?」
 ナナの声が聞こえた。だけど、辺りを見渡してもどこにもいない。
 ここは確か、ガキの頃よく二人で来た公園だ。
「ゼロ」
「ナナ、どこだ?」
 すすり泣く声まで聞こえて来た。一体どこにいるんだよ。
「……そうだ」
 ナナがいつも隠れていた場所。隠れんぼの時、叱られた時、いつも隠れてた場所があったはずだ。
 丸い土管の遊具。横から見りゃ丸見えなのに、ガキの頃はここに入れば隠れられてる気分になった。
「ナナ」
 中を覗き込むと、いつも通り制服を着て寝転ぶナナの姿が見えた。
「ゼロ……」
「どうした?」
「めまいがして起き上がれないの」
「大丈夫か?」
 ナナは両手で顔を隠していて表情が見えない。
「おい、ナナ……」
「触らないで」
 伸ばしかけた手を思わず引っ込める。
「ゼロ、あたし……死にたくない」 


「おい、起きろ」
「…………ナ」
 ナナと言いかけてすぐに違う事に気づく。視界に映るぼんやりとしたピンクに、現実に引き戻された事を理解した。
「いつまで寝てんだよ」
「…………」
 俺はゆっくりと体を起こした。さっきのは夢だと分かったのに、動悸が止まらず冷や汗が出てくる。
「大丈夫か? 何かすげえうなされてたけど」
 落ち着く為に額に手を当てて深呼吸をした。胸クソ悪い夢だった。でも『現実』でもおかしくない『夢』だった。今すぐナナに会って無事を確認したい。でも「死にたくない」って、「触らないで」って、あいつが本当は何もかも知っていて、あれが本心だとしたら。
「ゼロ? どうしたんだよ?」
「……何でもない。シャワー浴びてくる」
「お、おう。分かった」
 今はモモと喧嘩する気にもなれない。俺は風呂場に向かった。鏡はいつも通りだ。
 シャワーを浴びながら、頭の中を整理する。あれは『夢』だ。ナナの前では普通にしていないと。昨日決めたとこだろうが。あいつを守るって。でも……。
 シャワーを止めると、髪から水が落ちて頬を伝った。
 そばにいるだけなら、守るだけなら、俺じゃなくてもいいんじゃないか? 転びそうになるあいつを受け止めてやるだけなら、俺じゃなくてもできる。それに、俺は一歩間違えば、あいつを……。
「あ、ゼロおはよう! 大変大変! トキ君が!」
 着替えて玄関で靴を履こうとしていたら、いつも以上に騒がしいナナが飛び込んで来た。伸ばされた手に思わず身を引いてしまう。なのに、ナナはそんなのお構いなしに俺の腕を引っ張って外に連れ出した。
「何だよ?」
「ほら、トキ君が」
 そこにはトキとキリがいた。
「おはよー」
「おはようございます」
「はよ」
「うっわ! ゼロ、テンション低っ! 僕を見て何も思いませんか?」
「イラッとします」
「ひどっ! 髪切ったんだよ髪。似合うー?」
「似合うよ。トキ君こっちの方がいい!」
 うん、さらにイラッとします。
「キリくんに切って貰ったんだよ」
「そうなの? すごーい!」
 ナナとトキは並んで歩きだし、俺とキリはそのすぐ後ろを歩いていた。
「このハサミで切って貰ったんだよね。はい、ナナ」
 トキがそう言ってピンクのハサミを取り出してナナに渡す。
「へー。普通のハサミで切ったんだね」
「トキ先輩、持って来ちゃったんですか?」
「何かポケットに入っちゃってた。僕が持ってたら凶器になっちゃうけど、ナナが持ってたら文房具だからあげる」
「理由意味分かんねーし危ないだろ」
 俺はナナからハサミを取り上げてキリに返した。キリはそれをポケットに入れた。何故そこにしまう? つーか、今チラッと見えたんだけど……。
「キリ、これどうした?」
 俺は前の二人に聞こえないように小声で話し掛けた。学ランの袖から包帯が少しだけ見えている。
「あ、違います。昨日階段から落ちたじゃないですか。その時のです。ノバラが包帯を巻いてくれて……」
「そ、そうか」
 焦った……また父親にやられたのかと思った。
「ゼロ先輩、痛いです」
「ああ、悪い」
 俺はキリから手を離した。ん? おかしいな……。
「痛いっつー事は、まだ治ってないのか?」
「…………」
 無言で頷くキリ。やっぱり……こいつ不死じゃなくなってる?
「ゼロ先輩?」
「え?」
「何か今日ぼんやりしてません?」
「いや、別に……」
 モモが家にいる事教えてやりたいな。ていうか、今俺が「無茶するなよ」とか忠告したら勘のいいコイツの事だからすぐ気づかれそうだぞ。
「何か知ってます? 不老不死について」
 ほらね。もう気づかれましたよ。沈黙が長いので怪しまれましたね。
「いや別に」
「…………」
「実はな」
 すまん、モモ。黙ってるの無理でした。マジでごめん。
「モモ先輩が……ゼロ先輩の家に?」
「ああ。今ならまだ母さんがいると思うけど。行って来いよ」
 俺はキリに家の鍵を渡した。
「……はい!」
 キリは笑顔でそれを受け取り、すぐに走り出した。
「え? キリ君どうしたの?」
 俺はナナに事情を説明した。おい、そんな目で見るな。仕方ないだろ、黙ってられなかったんだから。
「へー。どうりで帰って来なかったわけだ」
 トキはそう言って道を引き返し始めた。
「ちょっとトキ君。二人きりにしてあげなよ」
「分かってる分かってる。だから両方とも二人きりにしてあげようと思って」
 ニヤニヤ笑いながら俺を見た後、トキはそのまま帰ってしまった。
「何なんだろうね?」
「さあな」
「本当に髪さっぱりしてたね。いいなぁ」
 隣を歩き出したナナは指に髪をくるくる巻きつける。
「あ、大丈夫。あたしは切らないよ」
「は?」
「切るなって言ったじゃん。忘れちゃったの?」
 そういえば、病院で言った……かも。
「キリ君ポケットにハサミしまっちゃってたね。あのポケット何でも入るよね。あっ!」
「と、危ねーな」
 躓きそうになったナナを受け止める。やっぱり、危なっかしいな……。
「ありがと……」
「どうした?」
 ナナは俺の腕を掴んだまま離そうとしない。
「うん、あのね、今日の帰りにね」
「うん」
「……何でもない」
「は?」
「何でもない」
 ナナは俺の手を握って引っ張るように歩き出した。何だったんだろう。
 教室の前まで来た時、カジが中から出てきた。
「ナナ、おはよう!」
「あ……おはよう、カジ君」
 ナナはカジを避けて教室へ入って行った。俺も中へ入ろうとしたが、カジが道を遮った。
「何だよ?」
「今日さ、俺とナナ、二人で帰る約束してるから」
「は?」
「だから、今日は遠慮して貰える?」
 ああ、ナナのやつこれを言いたかったのか。カジかぁ、こいつ喧嘩弱そうだけど大丈夫か?
「分かった。あいつ転びやすいから気をつけてやってくれよ」
「言われなくても」
 カジはそう言って教室へ入って行った。何か気に入らねーけど、まあナナを受け止めるくらいならできるだろ。こいつがナナを守ってくれるなら、それで俺があいつに触れなくて済むなら、その方がいい。
 やっぱり、今日の夜何がなんでも境界線へ行こう。俺は鬼退治に、キイチを探すのに専念するべきだ。それが結果的にあいつを守る事になるんだから。
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