ZERO【完結】

Lucas’ storage

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嫉妬中のノバラ

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 にぃがわけの分からん女にチューされてしまった。クッソ腹立つわ。何か知らんがめっちゃくちゃ腹立つわ。
「モモちゃんって何歳なの?」
「わたし? 十六だけど」
「へー。やっぱりお姉さんって感じがするもんなぁ。いいなぁ、大人っぽい」
 今も何か後ろでナナと喋ってやがるし。十六? ババアじゃねえか。ノバラはまだピチピチの十歳だし。
「そうか? それより、ナナって何か初めて会った気がしないんだけど」
「え? 本当? んー、どこかで会ったかな?」
「ん……」
「あ、にぃ!」
 にぃが起きた。ったく、あのピンクがうるさいからだ。
「ノバラ……?」
「キリ君大丈夫?」
 すぐにナナ達もベッドの周りに集まる。
「え? 何でナナ先輩が?」
 にぃ覚えてないのか。という事はチューも覚えてないな。よし!
「キリ君風邪引いちゃったみたいで、ノバラちゃんがゼロに電話してくれたの」
「そ、そうだったんですか? すみません。ありがとうございます」
「お礼ならノバラちゃんに。すっごく心配してたんだよ?」
 にぃはノバラを見て、そっと手を伸ばして来た。
「ノバラ、ありが……」
 途中で止まる手。にぃの視線の先には……。
「モモ先輩!」
「よっ。来ちゃった」
 よっ。来ちゃった……じゃねえよ。帰れ。
「どうして……」
「だって約束したのにお前来ないし」
「すみません……あの、足」
「ああ、コレ? また魔女に頼んだんだ」
「あ、ゼロ達帰って来たみたい」
 ナイスタイミングだゼロ。ナナが走って階段を降りて行く。すぐにゼロが怒る声が聞こえた。懲りないな、ナナは。
「モモ先輩」
「ん?」
「会えて嬉しいです」
「またそれかよ、お前は」
 みんな、早く部屋戻って来て。そしてこの寒い空気をぶち壊して。
「ただいまー。あ、キリくん起きてるしー」
「ん? あ、本当だ。お前大丈夫か?」
「ゼロがまた怒ったー」
「お、お邪魔します」
 一気に部屋が賑やかになる。何かイクタまでいるし。
「下校中のイクタくんを拉致って来ましたー」
 トキがそう言った。今日って学校午前で終わりだっけ? まあ、いいや。
 みんながお見舞いに来てくれたからか、モモ先輩とやらに会えたからか、にぃはずっとニコニコしている。そんな顔されたらもう怒れないじゃないかよ。
 少し遅いお昼ごはん。にぃはナナが温め直してくれたお粥を食べる。
「すごくおいしいです。ナナ先輩」
「本当に? 良かったぁ! あたしだんだん料理上達して来てるかな?」
「はい。でも……」
 にぃはチラッとノバラを見てきた。
「自分で食べてもいいかな? ノバラ」
「ダメだ。はい、あーん」
 にぃの隣を陣取るノバラ。何かあの女がやりそうだったから、先にやってやるみたいな。ブラコンの本気ナメるなよ。
「ジャムパンおいしい」
 しかしモモ本人はジャムパンに夢中で見てすらいないという。
「あははっ、キリくん赤ちゃんみたーい」
「トキうるさい」
 ノバラはトキを睨みつけた。
「いいねー、お粥も食べさせてもらえるし、薬だって……いたっ!」
 必殺! ジェンガ投げ! こんなこともあろうかと隠し持っていた。
「薬?」
「にぃ、何でもない。早く食べろ」
「だから、自分で食べられるってば……」
「ねえ、お兄さんって不老不死なのに風邪引くの?」
 イクタの一言に、部屋の空気が凍る。ガサッとジャムパンの袋を置く音がして、モモがにぃの方を見た。
「キリが、不老不死?」
「えっと……」
「キリ、マジか? 何で?」
 モモがベッドのそばまでやって来て膝をつく。
「……黙っていてすみません」
 にぃは不老不死になった理由を話し始めた。モモは真剣な顔で何か考え込んでいる。
「おい」
 すると、さっきまでずっと黙っていたゼロがこっちにやって来た。
「お前が知らねーって言っても、実際こいつはお前の血でそうなったんだ」
「だから何だよ?」
「お前何か隠してねーか?」
「あ? 隠してねーよ」
「じゃあ何でこいつは不老不死になったんだよ」
「知るか。わたしにだって分かんねーし」
「お前無責任な事言ってんじゃねーよ」
「二人とも、やめて下さい!」
 今にも喧嘩しそうな二人をにぃが止めた。でも二人は睨み合いをやめない。
「ゼロ先輩もモモ先輩も仲良くして下さい」
「は? 無理」
「わたしだって絶対嫌だ」
「そうッスか……」
 にぃがしゅんとして涙目で俯いた。
「これからよろしくなモモ」
「こちらこそゼロ」
 棒読みでそう言って握手をかわす二人。にぃは満足そうにニコニコしている。さっきまでの涙はどこに?
「でもまぁ、熱が下がって良かったね。キリ君」
「はい。みなさんのおかげです。ありがとうございます」
「ノバラちゃんもさー、いつまでもふてくされてないで。笑って笑ってー」
 トキがヒラヒラと手を振って来た。
「……知るか」
 ノバラはそう言って横を向く。
「あ、じゃあさ!」
 急にイクタが立ち上がった。今度は何だよ。
「にらめっこしようか!」
 やれよ、一人で。
「最後まで笑わなかった人が勝ちで!」
「えー。そんなのあたしとキリ君は不利だよ」
 ナナとにぃは笑いのツボ浅いもんな。
「おれは笑っちゃダメっていう雰囲気だけで笑っちゃいますよ」
 うん、それは浅すぎだな。ていうかアレだろ? どうせノバラを笑わせようって腹だろ? 面白い。やってみろよ。
「僕とゼロの一騎打ちになりそうだね。どっちがノバラちゃんを笑わせられるかみたいな」
「イキナリ主旨変わってない? でも確かにそうなりそうだね」
 ナナがクスクスと笑う。はい、笑った。アウトな。
「俺に勝てると思ってんのか?」
 にらめっこごときで偉そうな男ゼロ。
「フッ、変顔勝負なら例え相手がゼロでも負けない!」
 張り合える所が変顔のみの男トキ。すでに二人は臨戦態勢だ。
「ちょっと待った! 変顔はナシ! 今回のルールは……物ボケだ!」
 勝てないと悟るや否やルールを変更する卑怯な男イクタ。しかし、道具や頭を使うのが苦手な馬鹿二人に勝つにはかなり有効なルールだ。
「物ボケって?」
 ゼロがトキに聞く。
「物を使ってボケるんだよ」
「あ?」
 珍しく普通に説明してくれたのにゼロのこの態度。
「とにかく開始だよ開始!」
 イクタがガサガサと部屋を漁り出す。トキも負けじと物色を始める。
「なあ、物ボケって何だよ?」
 ゼロしつこいから。
「あの」
 その時、にぃが口を開いた。
「部屋、散らかさないで下さい」
「え、いや、お兄さん、でも」
「散らかさないで下さい」
 にぃが真顔でそう言った。動きの止まる馬鹿三人。妹のノバラでも引くぐらい綺麗に整頓された几帳面なにぃの部屋。おそらく、これ以上部屋を荒そうものならにぃの逆鱗に触れるだろう。そして、この意味不明な状況を見守るしかないモモ。新入りには厳しくてついて行けないと思う。さらに、すでに状況に飽きて、にぃの料理の本を見ながら「おいしそう……」とうっとりするナナ。
「はっ! そうだ!」
 急に走って出ていくイクタ。何しに行ったんだ?無言で待つノバラ達。すると、イクタがある物を持って戻って来た。それは、洗剤だった。
「…………」
 洗剤でどうボケるつもりだ? まあ、ノバラは何を言われても笑わないけどな。どうせつまらないダジャレでも言うつもりだろ。
「…………」
 イクタは真剣な表情で洗剤を掲げた。
 そしてなにやら叫んだが盛大にスベっていたのでカットだ。


「あれに負けたとかショックだわ」
「だよねー」
 浅すぎるツボを持つにぃを笑わせたので結局イクタが勝利となった。ゼロとトキは落ち込みすぎ。
 笑いすぎてゴホゴホとむせてるにぃの背中をモモがさする。
「ねえねえ、今日僕が泊まってあげようか? キリくんがこんな状態じゃノバラちゃんが心配だし」
「結構です」
 にぃ即答。
「白髪は帰れ。今日はわたしがキリについてる」
 は?
「え? モモ先輩が?」
「うん。キリが熱出したのわたしのせいだしな」
 意味分かんない。モモが家に泊まるとか絶対嫌だ。何とか止めて欲しくてゼロの方を見た。だけど、ゼロはナナを見ている。
「ゼロ」
「ん?」
 ゼロがノバラのそばまで来てしゃがんだ。ノバラはこっそりゼロに喋る。
「あいつが一緒なの嫌だ。お願い、ゼロもいて」
「ああ……」
 ゼロはまたナナを気にしている。
「じゃあ、今日はみんなでキリくんの看病するなんてどう? お泊り会」
 トキがそんな事を言い出して、イクタは「さすがにそれは迷惑だろ」と止めた。ノバラはそれでもいいからみんなにいて欲しい。
「あ、あの! じゃあ一つお願いしていいですか? ナナ先輩の家に、モモ先輩とノバラを泊めて頂けませんか?」
「あたしの家に?」
「はい、何度もすみませんが……」
「ううん、それは構わないんだけど。じゃあ、キリ君一人になっちゃうよ?」
「大丈夫です。今日は父が早く帰って来てくれるんで」
 それを聞いて、余計にノバラの頭の中がぐるぐるになった。
「キリ、わたしはお前が心配だから」
「モモ先輩、女の人が簡単に男の家に泊まっちゃダメです」
「ガキのくせに何言ってんだよ」
「とにかくダメなものはダメです」
 にぃがはっきりとそう言ったから、モモはもう何も言えなくなった。
「じゃあ今日は女の子だけのお泊り会だね。楽しみー」
「ノバラ」
「にぃ」
 何だよ。何言われようがノバラはぜっっったいに反対だからな。
「モモ先輩の事よろしくね」
「まかせろ、にぃ」
 にぃの笑顔はズルイ。


「お父さん優しそうな人だったね」
「そうか?」
 ナナのお家でお風呂タイム。ノバラはあわあわの湯舟に浸かっている。ナナはモモの髪を洗ってやっていた。
「これはね、シャンプーっていうんだよ」
「シャンプー……いい匂いだな」
 おい、食うなよ? まあ、ナナじゃないから大丈夫か。
「モモちゃん髪キレーイ。何かツルツル」
「そうか?」
 モモが髪をくるくると指に巻く。ふん、ノバラのキューティクルには負けるけどな。
「今日の夜、みんなで夜更かししちゃおっか? モモちゃんの話聞きたいし」
「ナナ、早く寝ないとゼロに怒られるぞ」
「あ、それ。ゼロ最近変なの。走ると怒るし、体育の授業だって受けさせてくれないんだよ? 成績落ちちゃうよ」
 それは重症だな。ゼロの頭が。
「ナナってどこか悪いの?」
 モモが心配そうに聞く。
「ううん、超元気」
 ナナはわっかにした指をふうと吹いてシャボン玉を作った。
「すごいな!」
 くそっ、モモとハモったし!
 モモは笑顔でノバラを見てくる。モモの笑顔はにぃみたいで……悪態をつかせてくれない。湯舟に三人で入ると、お湯があふれて泡が流れた。
「あははっ、さすがにちょっとだけ狭いかな」
 それでもノバラの家のお風呂より広いから、三人でも十分に入れる。
「あったかい」
 モモは不思議そうに両手でお湯をすくって見ている。
「モモちゃん、あのね、キリ君の事どう思ってる?」
 おいコラ。やめろナナ。
「友達だと思ってるよ」
 にぃ撃沈。
「それだけ?」
「うん。だけど、今回の事はちょっと責任感じて……それで、その」
 それであのチューですか。ほうほう、友達なのにチューですか。
「そ、それにさわたしのせいで不老不死になったなんて知らなくて」
 モモはさらに続けた。
「でも、やっぱりおかしいんだよな。人魚の間ではそんな話本当に聞いた事ないし」
「うーん、そっかぁ……」
 ……どうでもいいが、熱いんだけど。のぼせそう。
「ナナ、ノバラもう出る」
「ん? あ、ノバラちゃん顔真っ赤ー。じゃあ、そろそろ出ようか」
 ノバラ達はお風呂から出て脱衣所へ。ナナがバスタオルで頭を拭いてくれた。三人ともパジャマに着替える。モモはナナのを借りていた。
「みんな髪長いね。あたしはそろそろ切りたいんだけど、何かゼロが切るなって言うんだよ?」
「ゼロが? 何で?」
「分かんない。そんなのあたしの勝手だよね」
 そして、脱衣所を出ようとした次の瞬間。眩しいくらいの光に包まれてノバラは目をつむった。目をつむったけど、どこから放たれた光なのかは、すぐに分かった。
 『鏡』だ。完全に油断していた。考えなかったわけじゃないけど、最近の平和な日常に気が緩んでいた。
 ノバラ、ナナ、モモの三人は鏡の中へ。
 これは……かなりヤバい状況なんじゃないか?
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