ZERO【完結】

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ゼロの心配

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 いつものように絡んできた馬鹿を殴る。
「ゼロ、もうやめて!」
 ナナが後ろで叫ぶ声が聞こえた。心配しなくても普通の人間相手の喧嘩は大分手加減してる。俺はそいつの帽子を取って髪を掴んで顔を確かめた。
「またお前か」
 この間のナナのストーカーだ。
「前より見れるツラになってんじゃん」
 俺がボッコボコにしたからね。ちょっと今自分でも引いたけど、アレだ、うん。男前が上がったんじゃないですかね。
「くっ。離せ」
「もうこいつに付き纏わねーなら離してやるよ」
「…………」
「もっと整形するか?」
「わ、分かった! もう付き纏わない! でも、連絡先くらい……」
 もう一回整形して差し上げました。
「ゼロ……」
「のびてるだけだって。行くぞ」
「ほっておくの? あの怪我大丈夫なの?」
 何言ってんだコイツ。ストーカーだぞアレ。お人よしにも程があんだろ。俺は呆れてナナの腕を引っ張って強引に連れて行った。
「痛い。引っ張らないでよ」
「じゃあさっさとついて来いよ。キリの見舞い行かないのか?」
「……行く」
 ナナは膨れっ面で隣を歩き始めた。
 今日もキリは学校を休んだ。連絡もつかないしさすがに心配だって言い出したから今から家まで行く事にした。
 ノバラは風邪ではないって言ってたし、ただのサボりだと思うんだけどな。そういうところは何気に俺よりゆるいからねアイツ。結構マイペースだし。


「え、ゼロ先輩にナナ先輩? どうしたんです?」
「お見舞いに来たよー。大丈夫?」
 家の中から現れたキリはいつもみたいにヘアピンやピアスはつけてなくて寝てたのかってくらいラフな格好。
「あ? 本当に具合悪かったのか?」
 そんなキリを見て俺がそう言うとキリは慌てて首を横に振った。
「いえ、違いますよ。今日はただの寝坊です」
 こんな時間まで? とかつっこみたい気持ちはあったがとりあえず見舞い品を差し出す。
「そっか。はい、コレ」
「風邪だと思ったからスポーツドリンク買って来たの」
「ありがとうございます」
 キリは俺が差し出したペットボトルを受け取る。『寝坊』ね。だったらそのくまは何なんだっての。
「あ、どうぞ。上がって下さい」
「いいの?」
「はい」
「じゃあちょっとだけ。お邪魔しまーす」
 ノバラはまだ帰って来てないのか。いつもはノバラが怖がるからと言って廊下には電気がついてるけど、今日は薄暗い。
「おれの部屋に行ってて下さい。お茶入れますね」
「じゃああたし手伝うよ」
「あ、いえ、いいっスよ!」
「ううん、急に押しかけちゃったから何か悪いし」
「大丈夫です。リビング散らかってますし」
「ナナ行くぞ。んじゃ先上がっとくわ」
 俺は食い下がるナナの襟を引っ張る。ナナは渋々階段を上がり始めた。キリの部屋はいつも通り綺麗に片付けられていて、特に変わった所はない。
「リビングが散らかってるなんて。キリ君の『散らかってる』は普段のうちと変わらないよ、きっと」
「だな。キリんちが散らかってるんなら、トキの部屋は台風が去った後だ。てかあいつさー、元気なくないか?」
「あ……やっぱりゼロもそう思った?」
「……何かあったのかもな」
「ね、下行かない? 様子見に行こうよ。いつもならお茶運ぶくらい素直に手伝わせてくれるもん」
 ナナが耳元で囁く。まあ、確かにそうだな。俺達はリビングに行く事にした。 
「キリ」
 一応声をかけて、そっとリビングのドアを開く。
「え? ど、どうしたんスか?」
 かなり驚いた顔で、キッチンから出て来たキリがそう言ったが、でも、俺達はそれどころじゃなかった。
「どうした? コレ。強盗でも入ったか?」
「えっと」
 テレビの液晶は割られて、窓ガラスにもヒビが入っている。部屋の隅に置かれているゴミ袋には、たくさんの割れた皿やらコップやらの破片がまとめられていた。
「キリ君、何があったの?」
 お茶を入れたカップを持つキリの手が微かに震える。ナナはそれをキリの手から取ってのテーブルの上へ置いた。
「キリ、どうしたんだよ?」
「……ちょっと、おれの不注意で割っちゃって」
「不注意ってレベルじゃないだろ」
 まあ、俺とナナならおそらく不注意レベルでこのくらいはやらかしますが。
「そうだよ! キリ君、何があったのか話して?」
 ナナがキリの両肩を掴んで問いただす。だけどキリは答えずに俯いたままだ。話したくなさそうなのは分かるけど、さすがに見過ごせない。
「誰にやられた?」
「自分で」
 即答かよ。でも、これで『確実』になった。
 誰か、にやられて。その誰かを、こいつはかばっている。
 ノバラにまで口止めしてるって事は。
「『親』、帰って来たのか?」
 サッとキリの顔色が変わった。
「親? お父さんとお母さんがどうかしたの?」
 ナナはまだ分かっていないらしく、俺の方を見て首を傾げる。
「キリ」
 キリにもノバラにも怪我は見当たらなかった。だけど、こいつの怪我は『治る』から。これだけ暴れたって事は多分、そういう事もありえるよな。
「話したくないか?」
「キリ君?」
「…………」
 キリは迷っているのか、一瞬目を泳がせた。もう一度声をかけようとした時。
「すみません」
「え?」
 顔を上げたキリがボロボロと涙を零し始めた。
「キ、キリ君? え? ちょ、な、泣かないで? ね?」
「そ、そうだぞ、キリ。別に責めてるわけじゃないんだからな?」
 すんげー焦る俺とナナ。しかし泣きやまないキリ。
「キリ君、ほ、ほら見てーゼロが変な顔してるよー!」
「お、おう! ほら見てみ!」
 さらにテンパって必死にあやし続ける俺ら。しかし効果はまったくない。
「そうだ、ちょっと座ろうかキリ君! ね、お茶でも飲んで落ち着こう!」
「それがいいな! 俺ら部屋出てっから、落ち着いたら声かけろ!」
 俺達は半ば強引にキリを椅子に座らせてリビングを出た。どんだけ焦ってんだよ俺達。
「あははははははっ!」
 リビングを出たと同時に聞こえて来たムカつく笑い声。
「トキ、何でいんだよ?」
「あはははっ! おっかしー! 何あれ? 初めて子どもが生まれた新婚夫婦? あはははは!」
 トキは腹を抱えて笑っている。
「もう、うるさいなぁ! ていうか何でトキ君勝手に入って来てるの?」 
「二人がキリくんとこ行くの見かけてさ。ついて来たんだ。鍵開いてたしさ、ちゃんとお邪魔しまーすって声かけたよ?」
「あっそ。じゃあ帰れ」
「何でさ? いいじゃん。それよりどっちが泣かしたの? かっわいそー」
 俺達は顔を見合わせ言葉に詰まる。何か罪悪感がすごいんですけど。普段泣かない奴が泣いたら焦るよね。
「んー……悪いんだけど、ここは俺に任せてくれね?」
「えっ? 何で? あたしも心配だもん」
「ナナはノバラ迎えに行ってやってくれないか? で、今日お前んち泊めてやって欲しいんだけど」
「それはいいけど……」
「僕はー?」
 トキは……速やかに帰宅して欲しいんだけど。そう言ったらうるさそうだからな。よし、ナナのガードでも頼むか。
「ナナとノバラを無事に家まで送り届ける。頼りにしてるぜ」
「ボディーガード? 了解!」
 扱いやすいですねコイツ。
 ナナとトキを見送った後、再びリビングのドアの前に立つ。
「キリ? 入っても大丈夫か?」
「……はい」 
 お、返事があった。リビングに入るとさっきと同じ状態でキリは椅子に座っていた。背中を丸めて、さらに小さく見える。
「落ち着いたか?」
 キリは黙って頷いた。
「ノバラさ、今日ナナんちに泊めるけどいい?」
「え……でも、悪いですし……」
「あいつんち細かい事気にしねーから大丈夫だって。俺やトキのとこ泊めるより安心だろ?」
「…………」
「あんまり一人で抱え込むなよ?」
「すみません……」
 謝って欲しいわけじゃないんだけどな。
 俺はキリの向かい側の席に座った。テーブルにはさっきキリが持っていたお茶がお盆ごと置かれている。
「今日は帰って来る? 親」
 キリの家の両親たまにしか帰って来ないし帰って来ても深夜だって聞いていた。どういう親なのかは聞いた事はない。
「分かりません。ただ……一昨日と昨日は父が早くに帰って来て……」
「うん」
「……少し、酔っているみたいだったから……」
「うん」
「ノバラは、二階に上がらせて……。でも、多分気づいてる、かも……」
 そこまで言ってまたキリの声がつまる。
「今回が初めてか?」
「…………」
 じゃ、なさそうだな。
「……まで」
「ん?」
「ここまでひどいのは……今回が初めて、です」
「なるほど。酒が入ってたから余計かもな」
 どうするかね。俺みたいなガキがどうこう言ったところで聞く耳持たないんだろうな。だけど、今こいつを一人にしたら二の舞だ。
「今日泊まってっていいか?」
「え、でも」
「心配すんな。余計な事言ったりしねーよ。抑止力だ抑止力」
 今日は他人が家にいますよーってアピールするだけで変な真似はしないだろ。多分。
「……ゼロ先輩」
「ん?」
「ありがとうございます……」
「バーカ。泊まるだけだっつの」
 ようやくキリが笑って安心した。ノバラはナナに任せてれば大丈夫だろうし。あとでトキに着替え取って来させよう。あいつなら人の部屋漁るのに一切の躊躇もないだろうから。その時にノバラの様子を聞くか。気になるしな。
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