DEAREST【完結】

Lucas’ storage

文字の大きさ
上 下
197 / 221

第195話 RISA

しおりを挟む
「何してるの? カモメいなくなっちゃってたから心配したよ?」
「ちょっーとリサちゃんとお話してたんですよ! ほら、今後の事とかね」
 カモメがしゃがんでディーの髪を撫でる。ディーはわたしの方をチラッと見た。
「リサ……」
「覚悟はできてる」
 わたしはそう言ってナギのカーディガンを脱いでディーに投げる。
「…………」
「ナギに返してきて」
 そして、立ち上がってあのベストを羽織った。 
「……マスクは?」
「大丈夫。お前がつけてろよ」
 ディーはカーディガンを両手で握りしめた。
「ナ……お父さんも心配してるよ? 一緒に戻ろう」
「別に無理にそう呼ばなくても」
「……無理にってわけじゃないんだけど」
 マスクのせいで表情が読めない。ディーは目でカモメに何か訴えかける。
「うん。すぐに戻るって伝えて来てくれる?」
「すぐ来てね?」
「分かってるよ」
 カモメがディーを抱きしめる。
「絶対だよ? 二人で勝手な事しちゃダメだよ?」
「了解です」
 今度はディーの額にキスをするカモメ。
「てゆーか、今一緒に戻ろうよ」
「もーちょっとお話があるので! あ、浮気じゃないから安心してね!」
「もー、何言ってるの? とにかく絶対早く来てね!」
 ディーはカモメの手をパチンと叩いてダーッと走っていった。
「何だ今のうぜえやり取り」
「そのベスト、お母さんがくれた物なんだっけ?」
「おいコラ。無視すんな」
「リサちゃんにしては可愛い色だね」
「悪かったな。似合わなくて」
「いえいえ! 似合ってますよ? 黙っていれば」
 カモメは立ち上がるとポケットに手を突っ込んだ。
「覚悟はできてるとの事ですが、それって『戦う』って事でいいのかな?」
 あくまでわたしの言った事は無視する気らしい。
「ああ。でも」
「でも?」
「話がしたいんだ。お母さんと」
「了解! じゃあそうしよう」
 カモメがあまりにもあっさりそう言ったので、わたしは思わず笑ってしまった。
「通じると思うのか?」
「通じないと思う?」
「……通じたら、戦わなくて済むと思うか?」
「お母さんとはね」
「え?」
「どちらにせよ、アクアマリンは戦場になるよ」 
「どういう事だ?」
「どうする? すぐ行く? すぐ行くなら街の人は避難させて来るけど」
 さっきから質問に答えないカモメに苛々する。
「……戻らなきゃディーが怒るぞ?」
「…………」
 俯くカモメに近づいて顔を覗き込む。カモメは顔を隠すように横を向いた。
「何? お前泣いてんの?」
「泣いてません。でも、今はちょっと隊長さんの顔見れない……」
「だっせえ。泣くなよ」
「泣いてませんー」
「はいはい。肩くらいなら貸してやるぜ」
「……黙っててね」
「ディーに?」
「みんなに」
 そう言って、カモメはわたしの背中に手を回して肩にコツンと額を置く。わたしはそんなカモメのフワフワとした髪を撫でてやる。ナギもリサさんもこいつにとっては特別な存在だったんだもんな。
「……こんなとこ見られたら誤解されちゃうよ」
「されねーよ、お前相手じゃ。弟みてーなもんだし」
「弟って……微妙にショック」
「だって何気に世話焼けるし。すぐ拗ねるし、うっせーし、きもいし、うざいし」
「だんだん悪口になってますが」
「でもさー、城にいた時はお前が唯一の友達だったんだよな」
「あー……何か懐かしいな。そう言えば……髪の長いリサちゃんってリサさんに少し似てた」
 わたしは髪を撫でる手を止めた。
「それ、セナにも言われた事ある」
 そう言うとカモメはパッと顔をあげた。そしてわたしの顔をまじまじと見つめ始める。
「ぼくも師匠もちょっと目が悪いのかも」
「うっせーよ。ほら、泣き止んだなら戻ろうぜ? アクアマリンが戦場になるとかいう事の説明もしろよ」
「えー……もう戻るの?」
 渋るそいつの手を引いてさっきの部屋に向かう。
 ジュジュにも言われた、とは言い出せないまま。恋していたなんて聞いた後だからか。
 カモメで三人目。どの辺りが似てるんだろう? リサさんをよく知っていたはずのナギやタキやフロルには言われた事がない。さすがに、偶然って考えていいよな。これは。
「リサちゃん、ぼく顔大丈夫? 目赤くない?」
「大丈夫大丈夫」
「見てないじゃないですか」
 部屋の前まで来て、またごちゃごちゃ言い出すこいつにさらに苛つく。
「細かい奴だな。誰も気にしねーよ」
「だってさー、みんなの前ではそういうキャラじゃないじゃんか。ぼくって」
「マジめんどくせーな、お前は。てか、わたしの前ではいいのかよ?」
 カモメはパッとわたしの手を離す。
「うん。リサちゃんは別にいい」
「ふぅん? じゃあみんなの前でもいいじゃん」
「隊長さんの前で愚痴るなって言ったのリサちゃんじゃん」
「泣くなとは言ってねーじゃん」
「同じ事じゃん」
「全然ちげーじゃん」
「同じですー」
「違いますー」
「あ、二人ともお帰り」
 わたし達が馬鹿なやり取りをしていると扉が開いてナギが顔を出した。途端にカモメが全力ダッシュで逃げた。
「え? ベルどうしたの?」
「気にすんな。あ、ジオ。カモメ捕まえて来て。また縄で繋いでもいいから」
「承知した」
 部屋の中にいたジオに声をかけるとすぐにカモメを追って走っていった。怖いくらいに冗談が通じないんですが、あの人。
「えっと」
「いいから」
 わたしはナギの背中を押して部屋の中に入った。タキ、フロル、それにディーもそこにいた。
「カモメは?」
 そう聞いてくるディーの手には、あの刺繍が。
「すぐ戻って来るよ。つーか、何でそれ持ってんだよ」
 わたしはそれを取り上げる。ベッドに座ったディーは足をパタパタと動かした。
「下手くそ。リサ隊長はもうちょっと可愛かったよ」
「うっせ。あいつ目つき悪くて可愛くなかったろ」
「えっ! それリサ隊長だったの?」
 ナギ驚きすぎ。腹立つなコイツ。
「刺繍の事はいいから。それより、カモメから何か話聞いてた奴いねえ?」
「話って、その、お母さんの事……だよね?」
 ナギはそう言ってベッドに座ると、ディーを膝の上に乗せた。
「うん。それに……あいつアクアマリンが戦場になるって言ってた」
「あ、それ。俺聞いてる」
 ベッドに寝転んでいたタキが起き上がって手を上げた。
「何?」
「いや、実はさ、その……あの丘に竜がいたのは、街を見張ってたわけじゃないみたいなんだよ」
 フロルがわたしの隣まで歩いて来てそっと手を握る。そんなに心配しなくても、もう何を聞いても平気だ。わたしはそんな意味を込めて笑いかける。
「て、いうのは?」
「ああ。あのさ、近くにたくさんの竜が住んでる場所を見つけたんだ。あの竜ほどでかくはないけど」
「それで?」
「多分、あのでかい竜があそこにいるから、他の竜がアクアマリンを襲いに来れないんじゃないかって」
「カモメが?」
「ああ、カモメさんの推理だとそう。でも、それってお前の母ちゃんがアクアマリンを守ってるって事だよな?」
「いや、教会ぶっ壊してたし、首都も襲ったし……」
「でも、それはさー教団の事を恨んでたとしたら?」
「だとしても、どうでもいいさ。あのままにはしておけない」
 わたしは全員の顔を順に見ていく。
「わたし、お母さんと話がしたいんだ。通じるか通じないのかも分からないし、下手したら戦闘になる」
「うん」
 ナギの相槌に、わたしは頷く。
「もし、戦闘にならなくてもわたしは……お母さんを解放してあげたいんだ」
 アンジュの呪いから。その言葉は飲み込む。ナギの膝の上から、わたしをじっと見てくるディーの瞳が微かに揺れた。
「コケシの時みたいに」
 わたしはその瞳を見つめながらそう言った。
 ディーは目を閉じて頷く。
「今度はおれがリサを手伝う番。おれ、一緒に行く」
「ありがとう、ディー」
「ううん……」
 ディーがナギにこてんともたれる。ナギがそんなディーの頭を撫でた。
「リサ、行くのは明日でもいいかな?」
「え?」
「街の人を避難させなきゃだし、ちょっと、ディーの様子がおかしい」
「ディー? 大丈夫?」
 フロルが慌ててディーの様子を見る。ついさっきまであんなに元気だったのに、ディーはぐったりしていた。
「俺、カモメさん呼んで来るよ」
「大丈夫」
 タキが部屋を出ようとすると、ディーが呼び止めた。
「ちょっと眠くなっただけだから」
 確かに目はぼんやりしていて眠そうだけど……こいつも本当体調が不安定だな。
「ディー、無理しちゃダメだよ?」
「う、うん。平気……」
 ディーは申し訳なさそうに俯く。やれやれ、今日は話し込む事が多いな。わたしはベッドの上に座ってディーに手招きした。
「来いよ」
「え?」
「わたしも眠い。昼寝するから添い寝してやるよ」
 全員が目を丸くしてわたしの方を見る。はいはい、どうせ柄じゃないさ。でもちょうどいい。ディーともじっくり話したいって思ってたし。マジで喋れるようになった途端休みねーな。
「いいの?」
「いいから言ってんだろ。ナギ、悪いけど街の人達避難させるの頼んでいいか?」
「うん」
 ナギはニッコリ笑って頷くと、ディーをベッドに乗せた。
「タキもフロルも頼んだぞ。明日は……決戦だ」
「あ、ああ」
「はーい! 了解しました!」
 そう、明日は決戦だ。何にせよ、もう戦いは避けられない。
 ナギの過去。カモメの本音。
 次は何だ? ディーの秘密か?
しおりを挟む

処理中です...