DEAREST【完結】

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第168話 RISA

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「では、さっそく今夜行きます? 街が混乱しているうちの方がいいし」
「ああ。だがどうする? みんなには言わなくていいのか?」
 ジオが真上を指差す。わたしとカモメも天井を見上げた。
「言ったところで二人は動けないし余計な心配かけるだけだよ」
「……だな。資料を見つけてきてからでいんじゃね?」
「そうか、分かった。ところで、俺達三人で行くのか?」
 わたし達はディーのいる部屋の方を見た。さすがに連れていくのはちょっとな。かと言って、ナギと二人にしたらまたあの医者に何を言われるか分からないし、タキに任せるのも何だかな。
「んー、ディーくんだけ宿に置いて行けないし……」
「リサちゃん」
「行く」
「えーっと、リーダー……」
「俺はついて行く」
「ですよねー……んー、じゃあディーくんも連れて行こっか」
「フロルにはタキがついてるしな」
「ナギは大人しくしてるように俺が言っておく」
 ナギ。次どんな顔して会えばいいのか分かんねーよ。タキが余計な事話してなきゃいいけど。
「では! 今夜決行です! ディーくんには夜眠くならないように今思う存分お昼寝していて貰いましょう! というわけでぼくもおやすみ!」
 カモメはまた部屋に戻って行く。お前も寝るのかよ。まだ午前中なのに。
 わたしはジオと二人廊下に取り残される。
 二階になんか戻れないし診察室前には何人か患者が並び始めた。
「リサ、場所を変えるか?」
 そう言って玄関へ向かって歩いてくジオにわたしはついて行くしかなかった。
 庭に出て何気なく歩く。しかし広いな。
「さっきのナギへの態度。ああいう言い方はあまり良くない」
 少し前を歩くジオが振り返りもせずに言った。いきなりダメ出しかよ。
「お前には関係ないだろ」
「関係ある。ナギは友人だ」
 ピタッと止まって今度は振り向く。読めない表情はいつも通り。
「友人ね。でも、ナギは奉公に出てた時に会ったんだろ? 友人と言うより主従関係だったんじゃね?」
「違う。……いや、その方が良かったのかも知れないな」
 言っている意味が分からなくてわたしは首を傾げた。
「リサ、先程俺に包帯の交換をさせたのは何故だ?」
「は? べ、別に。面倒だったから……」
「傷を見てしまったからじゃないのか?」
 ハッとして顔を上げる。そうか、奉公に出ていた時の傷ならこいつが知っていてもおかしくはない。
 一歩前に出る。綺麗に広がる緑の芝生。一昨日の雨のせいか落ち葉がその上に模様を作っていた。
「その傷って……もしかして」
「ああ、うちの使用人がつけたものだ」
 風が吹いて落ち葉が一斉に移動する。空は澄み渡って怖いくらいに穏やかだ。
「何で?」
「ナギは使用人としてやって来たが、歳も近いという事で俺の話し相手のような役割も任されたんだ」
 ジオは二階の窓を見つめる。そこはナギの部屋だ。
「歳の近い友人がいなかったので、それは素直に嬉しかった」
 こいつって結構喋るんだな。そんな事を考えながら、わたしはその横顔を見つめる。
「今のように『アラン』と呼ばせ、普通の友人のように接するよう言った」
「へえ……」
「だが、それを良く思わない者もいた」
「ナギを妬んでたとか? 田舎から出てきた少年がいきなり重役だし」
「それもあるだろうな。だが、何故あのような行為にまで至ったのか不明だ」
「ナギはお前が怒ってくれたって言ってたぞ。その場にいたんじゃないのか?」
「俺は偶然出くわして止めただけだ。詳しい事情をナギは話さなかった」
「やった本人は?」
「ナギが仕事で失敗ばかりするからしつけていただけだと」
「あ? クビだろ、そんな奴」
「即刻クビにした」
 マジでやったのか。こいつも意外と気短いのな。
「だが、ナギはその事をひどく悲しんだ。失敗が多いのは事実だからと」
「だからって鞭で打つなんていいわけがない」
「俺もそう言った。だがナギはただ笑って大丈夫だというだけだった……」
 あいつらしいと言えばあいつらしいが……でも、そんなの絶対におかしい。
「だから、俺はナギもクビにしたんだ」
「はぁ? お前言ってる事とやってる事違うじゃねーかよ!」
「俺はナギのいるべき場所は自分の所じゃないと判断したんだ。『クロッカス』だ。故郷に帰るのが一番だと思った」
「……それは、タキとフロルがいるから?」
「ああ。あいつの話の八割はその二人の事だったからな。……本当はずっと会いたかったんだと思う」
「じゃあ仕事ができなくてクビになったっていうのは……?」
「俺はそんな理由でクビにしたつもりはないが」
 何だよ。じゃああの村人共の勘違いじゃねーか。ナギの事だから、また言い訳しなかったんだろうな。
「へえ……まあ、事情は呑み込めたよ」
「なら良かった。だから、傷の事はあまり追及しないでやって欲しいし、それに……あまり傷つけないでやってくれ」
 何だそれ。自分の方がナギの事を分かってるみたいな。腹が立つ。付き合いならわたしの方が長いのに。
「お前なんかに言われなくても分かってるよ。偉そうに」
「そうだな、すまない」
「…………」
 拍子抜け。急に普通に謝ってくるなよ。調子狂う奴だな。
「夜まで時間がある。宿に戻るか? それとも待合室に行くか?」
「……待合室」
「分かった。俺は病室に戻る。余計な事は言わない」
「ああ、頼むぜ」
 わたし達はまた薬臭い建物の中に戻って行く。
 階段を上がるジオの背中を見送りながら思う。わたしも、ナギの事をもっと知りたい。
 でも、ダメなんだ。わたしとナギは、もうこれ以上進めない。
「ごめん……ナギ」
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