DEAREST【完結】

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第154話 TAKI

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 俺は医者と目を合わせないようにする。だけど医者は構わず前の席についた。
「君は確か……」
 カルテをパラパラとめくる音がする。カモメさんは医者の斜め後ろに立ってそれを覗き込んだ。医者はそんなカモメさんを気にする事なく、色々質問してきたり、俺の診察を進めていく。
 最初の診断は風邪。うん、まあ実際引いてるしね。治りかけだけど。
「で、次はこっちなんだけど……当初の予定通り手術をする方向で進めたいんだけど」
「は?」
 俺とカモメさんの声が重なる。手術は必要ないって話じゃ……。
「まだ決まったわけじゃないよ。まずは入院して検査をしながら様子を見よう」
「入院? それはフロル聞いてないんだけど……」
 フロルも不安そうな顔をした。
「手術したにしても入院は必要だよ。君の場合生まれつき体が弱いせいもあると思うんだけど、だからと言って頻繁に頭痛や呼吸困難が起こるのはおかしい。他に原因があると考えるのが」
 医者はペラペラともっともらしい言葉を並べ始める。俺達に口を挟む隙を与えない。肝心のカモメさんは何も言わないで見てるだけだし……。
「とにかく、入院の準備をするけど。いいね?」 


「は? 入院?」
 院内にある待合室は応接室って感じでソファーもあってお茶も運ばれてきた。俺とカモメさん、それにリーダーとリサがこの部屋にいた。ナギはディーについてるし、フロルは医者から詳しい話を聞いてくるって言っていた。
「入院すんの? 何で? そんなに馬鹿なの?」
「リサも入院するか? マジで性格の悪さ治して貰えよ」
「ディーも?」
「ディーも」
 正確にはディーは今日だけ。完全に熱が下がるまでらしいけど。
「以前の医者の息子か……。カモメ、信用はできそうなのか?」
 リーダーが隣に座るカモメさんに聞いた。カモメさんはお茶を飲みながら首を捻る。
「んー、微妙。カルテの管理はずさんだし何より態度が横柄」
「ですよね! つーか、あいつのナギへの態度何なんだよ! カモメさんも何で何も言ってくんなかったんすか?」
「えー、言ってましたよ。だんまりだったのはドロじゃん」
 立ち上がった俺をカモメさんが見上げる。すぐ隣からリサの視線も感じた。
「そ、そうですけど」
「それに隊長さんが虐待なんかしてないってのはぼく達がよく知ってるじゃない」
「虐待?」
 そう聞き返してきたリサとリーダーにカモメさんがさっきの事を説明する。俺はまた座り直した。
 リサの怒りのオーラが半端なくて怖くて横が見れない。リーダーも表情は変わらないけど怒っているのが空気で分かる。
「ディーくんの診断はバッチリだったし、一般的に見てやっぱり不自然な関係だから疑うのも無理ないよ」
 カモメさんがそう言うと二人の怒りの視線が集中した。でも、カモメさんはそれをものともせず話し続ける。
「まあまあ、仕方ないって。でも、ぼく達は隊長さんがどれだけディーくんを愛してるかも、ディーくんが隊長さんをどれ程信頼してるかも知ってるでしょ? だったらそれでいいじゃん。ね?」
「言ってる事は分かるしそうかも知れないけど、だからってあいつがそんな風に見られるのはな」
 リサが舌を鳴らして足を組む。その言葉にリーダーも深く頷いた。
「でも本人がそんなに気にしてないから」
「ナギが?」
「うん。だって何も反論せずに『ごめんね、ディー』だって。自分の疑い晴らすより、ディーくんの心配が優先なの。隊長さんは」
 カモメさんがそう言ってお茶を飲み干す。俺は目に涙を溜めたナギの姿を思い出した。確かに、その目に映っていたのはディーだけだ。
「……分かった。まあ、ディーが起きりゃ嫌でも分かんだろ」
「そうだな」
 リサとリーダーの怒りは少し冷めたらしい。二人は同時にカップを持つ。
「ディーくんはいい機会だし静養してもらおうよ。立て続けに色々起こりすぎだしさ、あの子の周り。母親が亡くなってー、次に父親でしょ? それに」
 カモメさんが指折り数えていき、みんなに目配せをする。確かに、その後ナギが処刑されたって聞いて、続いてカモメさん。ユズさんに、ジュジュさん。ナギとカモメさんには再会できたにしろ、カモメさんの記憶喪失はディーにとって衝撃的だったと思う。
「ま、色々あって落ち着いた所でまた先生が……。しかも、まだ一昨日の事だよ? そりゃあ、体にきちゃいますよ」
「……だな。誰かさんも倒れるし」
「心配おかけして申し訳ございません」
 リサの悪態にカモメさんが大袈裟に頭を下げる。みんなだって、俺だって、同じような経験をしてきているけど、ディーは短い期間に一気にそれらを体験してしまった。
 だんだん明るくなって、傷が癒えてきたなって思った所に畳み掛けるようにこれだ。
 もう、何も起こらなきゃいいのに。誰にも。
 もう十分すぎるくらい不幸な目にあったろ。そろそろ、休んだっていいよな。
「そうですね。ディーには静養が必要です。でも、みんなにも」
「特にお前な」
 そう言って茶化してくるリサなんか、誰よりも確実に『不幸』が待っている事を知ってるのに。でも、それはもしかしたら回避出来るかもしれなくて……。
「ドロ?」
「え?」
「かーなりぼーっとしてますよ。大丈夫?」
「ああ、はい。あ、ていうか俺の手術の話なんですが!」
「はいはい」
「あの時は何も言ってくれなかったじゃないですか。カモメさんの診断とは全然違うのに」
「ああ、まあね。でも多分手術はしないよ。それが無駄だってのは本人が一番分かってるだろうし」
「じゃあ何故」
「入院費や検査代も馬鹿にならないからね。最初に吹っ掛けてきた手術代の事を考えたら、やっぱりお金目当てって考えるのが妥当じゃない?」
「だが、その手術の話をしていたのは父親の方なんだろう?」
「あ、そっか。じゃあ何でだろう?」
 リーダーの指摘にカモメさんは首を傾げた。
「金目当てじゃないなら診断ミスかマジで手術が必要かどっちかじゃね?」
「うーん、診断ミスなんかするかな?」
 どっちにしても俺の不安消えそうにないな、それ。
「なんだかんだ言って腕がなきゃここまで有名にはならないでしょ?」
「でもお前カルテの管理はずさんって言ったじゃん」
「あ!」
 カモメさんがリサを指差す。
「そうそうそれそれ! 実はですね!」
 ソファーの上に立ち上がるカモメさん。嬉々とした表情で、これは何かを自慢する時の顔だ。
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