DEAREST【完結】

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第138話 RISA

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 風呂から出たら部屋にはあいつだけがいた。ナギがタキを寝室に連れて行き、ベルもついて行ったようだ。
「なーーん」
 リサ隊長を膝の上に乗せたそいつと目が合う。
「ふ、風呂空いたぞ」
「ああ」
 もしかして、二人きりは初めてかも。じっとそいつの顔を観察する。昔読んだ本の王子様が、そのまま飛び出してきたような感じ。無愛想だし喋ると変なやつだけど、女にはモテそうな顔してる。
「どうした?」
「いや、別に。わたし、部屋に戻るよ。あ、そうだ」
「ん?」
「わたしさ、お前の事何て呼んだらいい?」
「……そうだな。では、『ジオ』で。俺は何て呼べばいい?」
「リサでいいよ。ジオ」
「分かった。リサ」
 おやすみと言って部屋を出る。うん、何かものすごく奇妙な空気が流れた気がした。
 部屋に戻るなりぽっこりと膨らんでいたベッドの中からフロルが飛び出した。
「リサ! 待ってたよ!」
「びっくりした……ま、まだ寝てなかったのかよ」
「だって女の子同士のお話の約束がー」
 完全に忘れてた。
 わたしは自分のベッドに座った。フロルもベッドの上に座って目を輝かせて何かを待っている。
「あ、ねえねえ。向こうのお部屋どうだった? あの後……」
「え、あーまあいつも通り」
「ふぅん、そっかぁ」
「そうそう。ああ、えーっと何の話だっけ? ナギ?」
「うん!」
「えーっとどっちから好きって言ったか忘れた。以上!」
「えー! なにそれなにそれー! フロル不満ー! チューは?」
 フロルがボスンとこっちのベッドに飛び込んできた。
「知らね。つーか、寝る! 今日は仕事で疲れた!」
 わたしはフロルを押しのけて強引にベッドに潜り込む。フロルからはブーイングが飛ぶ。
「つまんなーい。あーあ、何でタキはフロルにチューしてくれないんだろう? ハグはいいのにチューはダメなんだって」
「…………」
「タキの愛情が足りないよー」
「…………」
「リサ寝たの?」
「……いたっ!」
 ドスンと何かが上に乗ってわたしは顔だけ覗かせる。寝転んだフロルの頭がわたしに乗っかっていて目が合う。フロルはニコーッと笑った。
「起きてますね」
「寝てます」
「もー、リサの意地悪ー。まあでも、リサは今日お仕事頑張ったし諦めてあげましょう!」
 フロルが体を起こしてそのまま座った。自分のベッドに戻らないフロル。わたしはその背中を見つめる。 
「リサ、あのね、フロル……リサに返さなきゃいけないものがあるの」
「え?」
「フロルが背負ってたもの、いつかリサに返すね」
 背負ってたもの? 何の事だろう? わたしから見えるフロルの背中には何もない。
 ちょっと猫背に座るフロルの背中。タオルで拭いて乾かしただけの髪は、いつも通りフンワリしてクルンっと内側に毛先がカールしてる。
「……いつかって、いつ?」
「分かんない」
「ふぅん」
「返したいものが何かを聞かないのは何で?」
「分かんね」
「ふぅん」
 くるんっと振り向いたフロルと目が合う。どちらからともなく笑い出す。
「ま、楽しみにしててください!」
「ま、期待せずに待っててやるよ」
「おやすみ、リサ」
「おやすみ、フロル」
 寝返りをうつ。フロルに、何もない背中を見せて寝る。自分にしか見えない何かを、みんな背負ってる……そんな事を考えながら目を閉じた。
 まさか自分が働くなんて思ってなかった。ついこの間まで王妃だった。それが今はレストランで働いていて、しかも……ちょっと楽しいなんて思い始めていて。
 引きこもりだったくせに。そして、今も変わらず救世主なくせに。
 海の上は、噂に聞いたような怪事件もなく魔物にも会わず、驚く程に穏やかだ。
 だから、少し怖くなる。
 わたしが幸せになろうとすると、決まって何かが起こるんだ。


「リサー! 今日もお疲れお疲れー!」
「お疲れー……疲れたー」
 フロルがどーんと抱きついてくる。わたしと違ってほとんど休みなく働いてるのに何でこんなに元気なのか。
「二人ともお疲れー! リサちゃんも今日で二週間経ったのかな? ほんっとよく頑張ってくれて助かったよ!」
 厨房からてんちょーが顔を出す。
「てんちょー! お疲れお疲れー!」
「お疲れさまな二人にお給料だよ! リサちゃんは途中からだったからまだ少ないんだけど、来月からはもっとあるからね!」
 てんちょーはわたし達に封筒を渡した。初めて自分で稼いだ金だ。
「フロル、これ」
 わたしはフロルに封筒ごと渡した。
「え? どしたの?」
「医者に診せるのに金がいるだろ?」
「リサ……大丈夫だよ! お金ならもう貯まったから!」
「でも……ディーも診せるんだろ? だ、だからこれはその分。まあ、まだ少ないし全然足しにならないかも知れないけどさ」
「……リサ、ありがと」
「ディーには言うなよ」
 フロルはふふーんと笑ってくるっと回った。
「了解でーす! 本当にありがとう、リサ。でも来月のお給料はちゃんと自分でとっておいてね!」
「いいよ、わたし別に使い道ないし」
「ダーメ。だって、来月はディーの誕生日だよ? それで、プレゼント買ってあげなきゃ!」
「わたしが買ってもあいつは受け取らないって」
「もー、そんな事ないよ! あ、てんちょーお先に失礼しまーす!」
 わたし達はレストランを出た。ディーとは、あれから二人きりになる事もないからほとんど喋っていない。相変わらずナギにはベッタリだけど。
 ディーから話しかけて来る事はまずない。そんなに……わたしが嫌いなのか。
「リサ? どしたの? ぼーっとして。お部屋ついたよー」
「え? ううん何でもない」
 扉に手をかける。何だろう? やけに賑やかだ。
「ただいまただいまー!」
「あ、お帰りー!」
 ダーッと走って来たディーがフロルに飛びつく。
「ディー、どうしたの? 何か嬉しそうー!」
「あのね、あのね、おれ明日からステージに立てるんだ!」
 はしゃぎまくったディーの後ろにはナギとタキもいた。
「明日はディーの復活記念にみんなでショーを見に行こうよ。リサ、お帰り」
 ナギがそう言いながらわたしの肩に片手を置いて頬に軽くキスをした。
「た、ただいま」
 わたしはナギを押しのける。最近かなり不意打ちが多いんだが。タキはわざとらしく目を逸らし、フロルはキラキラ光線を送ってくる。くそ、今日の夜も絶対質問攻めだ。ディーは、ナギを見つめるだけで何を考えているのか分からない。
「え、えーっと、俺も明日休み取れたし、ナギとリーダーも大丈夫だって! ベルさんは俺が引きずってでも連れてくよ!」
 タキがそう言って「二人も来れるだろ?」とわたし達を見た。
「あ……」
 わたしは明日休みだけどフロルはまた仕事だ。
「フロル、お仕事なの?」
「うー、ごめんねディー」
 しゃがんでディーの両手を握るフロル。そんなフロルにディーが抱きつく。
「ううん、お仕事なら仕方ないもん。おれも頑張ってくるね」
「…………」
 わたしなんかが行くより、フロルが行った方が絶対いいよな。
「フロル、明日わたしが仕事代わるよ」
「え?」
 二人が同時に顔を上げる。
「わたしは一度見た事あるし。お前はまだないんだろ? 行ってやれよ」
「でも」
 フロルが立ち上がった。ナギも心配そうにわたしを見ている。
「大丈夫だって。仕事は大分失敗しなくなったし。いつまでもお前にフォローされてちゃダメだろ?」
「リサー、ありがとー。ショーが終わったらすぐに応援駆けつけます!」
「いいっての。ゆっくり楽しんで来いよ」
 抱きついて来たフロルをわたしははがす。フロルは目を潤ませて、また「ありがとう」と言った。
「ディー、良かったね。リサにありがとうは?」
 ナギがディーの横にしゃがんだ。ディーはわたしをしばらく見つめた後、恥ずかしそうに目を逸らした。
「……ありがとう、リサ」
「……ああ」
 わたしにも来て欲しいとは言ってくれない。まあ、期待なんかしてなかったけど。
「リサ、僕も明日はお仕事見に行くね」
「バーカ。お前が来てどうすんだっての」
「うん、でも行く」
「……勝手にしろよ」
 明日は一人で仕事。大丈夫だ。結構慣れてきたし……笑えるようにもなったし。何となく不安で落ち着かなくて、ベッドの上でぼんやりとしていた時。
「リサ、まだ起きてる?」
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