DEAREST【完結】

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第113話 DEA

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 すっごく大きい船だからあんまり揺れなくて酔わない。だけど、気持ち悪い。
 酔う。お酒の匂いがくさくて気持ち悪い。
「ほら、早くしろって」
「分かってるってば」
 おれはテーブルの上にカードを広げた。
「ああああ! また負けた!」
 おじさんはテーブルをバンって叩いてくやしがる。
「お酒飲むから弱いんだよ。頭ぼーっとするでしょ?」
 周りで見ていた大人達がそれを聞いて笑う。
「はははっ! アンジュちゃんの言う通りだな!」
 そう言うその大人もまたお酒を飲んでる。
「俺は酒を飲んでる方が調子いいんですー!」
 おじさんもまたお酒を飲む。大人なのに子どもみたいな事言って恥ずかしくないのかな。
「でも負けは負けだからね」
 テーブルの端に置かれたお金を、ローブのポケットに詰め込む。
「アンジュちゃんには敵わねえな。どうやったらそんなに勝てるんだ?」
 椅子から降りたおれに、すぐ横にいた大人が聞いた。
「運がいいの」
 おれはお酒くさいその部屋を出た。外の空気吸いたい。気持ち悪いし頭痛い。
 『運』か。そんなわけないじゃん。
 カモメのマジックがこんな風に役に立つなんて思わなかった。
 おれは船の外に向かって廊下を歩く。迷子になりそうなほど広い。外が遠いよ。ジュジュがいたら走り回って遊びそう。
「いた……」
 耳たぶに触る。まだちょっとじんじん痛い。おれの耳には、羽の耳飾り。自分で穴開けちゃった。涙が止まらなかったよ。
 外の空気吸ったら部屋に戻らないと。そろそろフロルもお仕事が終わる時間。
 おれは階段を登る。たまにぐらって揺れるし、一段一段が狭くて高くて何か怖い。
 ナギがいたら、何も言わずに当たり前みたいにヒョイっておれを抱っこすると思う。
 カモメは、おれのちょっと前を歩いて手を引いてくれると思う。
 ジュジュは、ダーって登って上から頑張れーって言うと思う。
 ユズは、疲れたー引っ張ってーっておれに手を伸ばすかな。
 お父さんは……泣いたら抱っこしてくれるかな。
 悲しいこと乗り越えても、また悲しいことがくるなら、なんか、もうやだ。
 階段を登って、やっと上に着く。まだあと一階。
「ん?」
 何かワーって声がする。この階は、小さい『ステージ』があるってフロルが言ってた。いかがわしいショーもしたりするからおれは近づいちゃダメって。いかがわしいって何だろう。
 また階段を登る。でも、その時、聞こえてきた。
「人々に夢と希望を!」
「カモメ……?」
 おれはそのステージのある部屋まで走った。扉の前で止まる。ドキドキしながら、そっと中を見た。またワーって言ってパチパチ手を叩く。そんな人達の背中が見えた。ステージは見えない。
「今日もすごかったねー!」
「次はいつショーをやるかな?」
 男の人と女の人が出てきた。え、もう終わっちゃったの?
「あ、あの」
 おれはその女の人の服を引っ張った。
「今、中で何してたの?」
「わあ、可愛いー。お嬢ちゃん、お母さんは? 迷子かな?」
 女の人が少ししゃがんでおれを見る。何してたの? って質問しただけなのに。
「ちがうよ」
「じゃあ、何してるの? お母さんの所に連れてってあげようか?」
 迷子じゃないって言ってるのに何でそうなるの? 大人って本当子どもの話聞かない。
「いらない。じゃあね」
「何あれ? 可愛くなーい」
 自分の思った通りの反応じゃないとすぐそう言う。むかつく。これだったら、さっきのお酒飲んでる人の方がまし。酔っ払うと子どもになるもん。
 おれは出てくる人達でぎゅうぎゅうになりながら奥まで行った。あ、ステージ見えた! でもやっぱり誰もいないや。
 聞き間違いだったのかな? カモメがいるはずないもんね……。
 誰もいなくなった。
 おれは空いてる席に適当に座った。
 背中をつけて奥まで座ると足がつかない。足をプラプラさせる。背がほとんど伸びてない。小さいままでいたって、もう抱っこしてくれる人はいないのに。
 泣きそうになったから目を閉じた。もう泣いても意味ないし。
「あの……もしかして、さっきのステージ見てくれてました?」
「えっ?」
 急に声が聞こえてきて、慌てて目を開けた。
「ど、どうでした? ここって子どものお客さんがいないから、良かったら、その、感想をー……なんて」
 いつの間に来たんだろう?
 その女の人は、おれの隣の席に座っていた。多分リーダーくらいの年の人だ。
「ス、ステージから観客席をあまり見ないようにしておりまして……緊張、してしまうので」
 茶色い髪は耳が隠れるくらいの長さで、前髪は真っ直ぐ。
「だから、い、一番前にこんなに可愛らしい子どもさんが、座っているのに気づかなくて」
 何か、帽子みたいな髪型。
「え、あ、な、何かおかしかったですか?」
「ううん」
 いけない。つい笑っちゃった。
「今来たとこなの。ステージは見てない」
「へ? ああ、そ、そうなんですか。 ごめんなさい」
「…………」
 この人が、さっき『人々に夢と希望を!』って叫んでたのかな? カモメの事知ってるか聞いてみようかな?
「……何?」
 じーっと見られているのを感じて、おれは横を向いた。女の人の小さな目とおれの目が合う。
「す、すみません。本当に、可愛らしいお顔をしていらっしゃるなあって」
「ありがとう」
 すっごくよく言われる。
「私なんて見て下さいよ。コケシみたいな顔でしょう? うふふふ」
 こけし? 何それ? しかも何か一人で笑ってるし。
「あ、コケシって知ってます? ある島国の特産品なんですよ」
 とくさんひん? 女の人はゴソゴソと服のポケットを漁る。びろーんとした長いワンピースは何だか少し不気味。
「ほら、見て下さい。私に似ているでしょう?」
 女の人は親指くらいの小さなそれをおれの手にのせた。頭がでかくて手も足もない人形は、確かに女の人にそっくりな顔をしていた。
「似てる」
「でしょう? 私があなたくらい小さな頃に、母が買ってくれたんですよ。その国ではですね、何だか言葉に不思議な訛りがありまして」
「ごめん、外に行きたいから」
 話が長くなりそう。おれはそう思って椅子から降りた。でも、床に立ったら急に目の前が白くなって体がぐらってなった。
「だ、大丈夫ですか?」
「……気持ち悪い」
 床にペタンと座ったまま立ち上がれない。
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