112 / 221
第110話 RISA
しおりを挟む
「リサ、ディー達を探しに行くんだよね?」
「うん。どこにいるか見当もつかないけど……」
「にゃーん」
さっきと同じように隠れるようにして座るわたし達。城を出る覚悟は決めた。だけど、どこから探せばいいのか。ナギが言うには首都にはいなかったらしい。だとしたら、どこか別の町だけど。
「フロルも一緒だとしたら陸路で移動はしないよな?」
「うん。ディーや、目の見えないタキが一緒なら、安全な定期船を使うと思う」
安全な定期船か。安全って言い切るのもどうかと思うけどな。でも、定期船は今まで一度も被害に遭っていない。
「別の大陸だとしたら、心当たりあるか?」
「ディーが一緒なら……やっぱりルーアかな? ディーが頼る人っていったらヤナさんしか思いつかないよ」
ヤナさん……。わたしも会いたいけど、会わせる顔がねーよ。
わたしは、城にディーも来ていたという事だけをナギに話した。ただ、見かけたとだけ。
ナギはディーの無事を素直に喜んだ。ナギにとっては、盗賊団にいたかも知れない事とか、何しに来てたとかはどうでもいいんだよな。本当に羨ましいよ。
「んー……ただ、城下町のお医者さんはタキを診察してないみたいなんだ。だとしたらフロルは首都からそんなに離れない気もするし……」
「そっか。じゃあ、まずは港で情報集めようぜ」
「港で?」
「定期船の便も利用者もかなり少ないんだ。ディー達が乗ってりゃきっと覚えてるはずだ」
「なるほど。船に乗ったか確認するんだね! 分かった!」
ナギは猫を抱いて立ち上がると、何か思い出したように「あ」と口を開けた。
「ベルにお別れしなきゃ。黙って行けないよ」
「ベルに?」
ナギもベルも同じ近衛軍だ。知り合いでもおかしくはない。だけど、そんなに親しかったのかな。
「うん。リサも知ってるでしょ? 細くて白い子」
説明が雑すぎるだろ。
「知ってるけど……何でそれを?」
「ベルがね、リサによく本を借りるって言ってたから」
「もしかして、わたしの事を報告してた相手って」
ナギが頷く。
「僕だよ」
「そうだったんだ。もっと早く会いに来てくれれば良かったのに」
「ごめんね。中々お城の中を自由に行き来できなくて」
まあ普通そうだよな。ベルが自由すぎるんだよ。
「ベル、最近元気なくて。だから今日は自分でリサを探しに来たんだ」
「なーお」
ナギがひょいと猫を前に出す。そっちのリサかよ。
「あいつ、まだ元気ないのか……」
「うん」
「そんな事ないよ。隊長さん」
アーチの向こう側から聞こえてきた声にぎくりとした。でも、すぐに姿を見せたそいつにわたし達は安堵する。
「おどかさないでよー、ベル」
久しぶりに会ったベルは、相変わらず『細くて白い子』だった。
「よお、ベル……」
「お久しぶり、王妃様。お元気そうで何より」
何か、いつも通りすぎて元気ないのかあるのか分からないな。だけど……立ち直ってはいるみたいで安心した。
「ベル、ちょうど良かった。あのね、話が……」
「隊長さん。ちょっとだけお話聞こえちゃったんだけど。港に行くとかなんとかって」
くそ、こいつ話聞いてやがる。ん? あれ?
「隊長……さん?」
わたしはナギを見上げる。ナギは自分を指差すと「うん、隊長さん」と言ってニッコリ笑った。
「はあ? お前が近衛軍の隊長? 冗談だろ?」
ナギが? このナギが? のほほーんとしたこいつが?
「隊長さんすんごく強いもんねー」
「えー、そんな事ないよー」
わたしはカモメから聞いていた隊長さんの話を思い出す。……うん。こいつに置き換えるとしっくり来る事ばかりです。
「で、お二方は愛の逃避行のお話? やるねー、隊長さん」
「馬鹿、ちげーよ! 人探しだ。城を出るけど誰にも言うなよ」
わたしがそう言うと、ベルが寂しそうに目を伏せた。
「もう本を借りれないね」
「そっちかよ。悪いけど、わたしはもう城には戻って来ない」
「うん。名残惜しいけどサヨナラだね」
「……ベル。そうだな、サヨナラだ」
ベルはくるりとわたし達に背を向けた。
「サヨナラ、お城。ぼくは旅立ちます!」
「お前もついて来るのかよ!」
ベルは再びわたし達の方を向いた。
「隊長さんのいない軍にいたって意味ないもん」
ああ、そっか。一応ナギが命の恩人って事になるんだよな。
「じゃあ、みんな一緒に行けるんだね!」
「にゃー」
ナギが顔をほころばせて猫のリサを撫でる。いやいやいや、猫も連れていく気か。
「でもさ、どうやってお城を出るの?」
ベルが首を傾げる。城を出る方法か。正面から出ようとしたら絶対に止められるだろうしな。
「んー、隠し通路も使えないしなー」
「はい! 僕に考えがあるよ!」
ナギが元気よく手を上げた。
「僕とベルはお城を出るのは普通に出られるでしょ?」
「そだね。寂しいけど、サヨナラ王妃様」
「何でわたしを置いて行こうとしてるんだよ!」
「ちがうちがう。あのね、リサがこう丸くなって鞄に入ってそれを僕が持っ」
「却下だ」
「あ、じゃあぼくにいい考えがあるよ」
今度はベルが手を上げた。
「何だよ?」
「ちょっとここで待っててくれる?」
「いいけど……早くしろよ? 見つかっちまうから」
ベルは「分かった」と言って走り出した。
「ベルの考えって何だろうね?」
「さあ……?」
その時、わたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
まずい、『エルゼ』だ。
ユシアの代わりの、わたしの新しい付き人。
「王妃様ー!」
「リサ、あのおばあちゃんがリサを呼んでるよ?」
ナギはそっとアーチから顔を出してそう言った。
「うーん……エルゼも教団の人間だから、できれば見つからずに城を出たいんだけど」
「そっかぁ……って、こっち来たよ!」
「やべ、とにかく逃げ……」
「逃がしませんよ」
目の前にエルゼが仁王立ちしている。
「勝手に出歩かないよう申し上げたはずです! それに何ですかその格好は! はしたない!」
エルゼはさっそく金切り声を上げる。裸足でティアラもつけていないわたしに、兵士のナギ。よからぬ想像をめぐらせている事は容易に分かる。
「うっせーな。すぐ戻るって」
「またそのような言葉遣いを! そろそろ王妃としての自覚を持って下さい!」
たった今王と別れてきましたって言ったら泡吹いて倒れそうだな。
エルゼは口うるさいババアで、怒り方が母親によく似ていて嫌いだった。毒吐かれるのと盛られるのってどっちの方が嫌かな。
「すみません、王妃様は私の猫を見つけて連れてきてくれただけなんです」
すぐにナギが助け船を出してくれたがババアは何も聞いちゃいない。
「まったく。怒られるのは私なんですからね! さあ、お部屋に戻りますよ!」
さあ、どうする? 振り切れば絶対に騒ぎ出す。
「……エルゼ」
「あの」
その時、ナギがわたしとエルゼの間に割り込んだ。そして、猫のリサを下ろすと膝をついてエルゼの手を両手で握りしめる。
「私は近衛軍隊長のナギです。実は、エルゼ様に折り入ってお願いがあります」
「な、何です?」
「はい。王妃様はとても心優しい方です。身寄りのない子ども達の為に孤児院を建ててくださりました」
ナギ、一体どうするつもりなんだ?
「王妃様は今も子ども達を非常に心配なさっていて、様子を見に行かれたいと。私はその護衛を任されました」
おお、ナギにしては中々いい案だ。それなら城から出れるかも。
「そういう事だ。様子だけ見て戻って来るからいいだろ?」
「そんなのあなたが様子を見てきて王妃様にご報告すれば済む事でしょう?」
「…………」
黙っちゃったよおい。ナギさん、もうちょっと頑張ってくださいよ。
「ダメですか?」
いやダメに決まってるだろ。なに別にいいじゃんみたいな雰囲気になってんの?
「ダメに決まっているでしょう!」
エルゼがキレた。城を出るのが意外と大変だな。隠し通路さえ使えりゃこっそり逃げ出せたのに。こんなところでぐだぐだやってる場合じゃないし、こうなっちまったら逃げ出せてもすぐに追っ手が来る。
一番使いたくない手だったけど仕方ないな。
「エルゼ、実はさ」
「王妃様お待たせー! ほら、これこれ! ぼくの制服を着て変装すれば怪しまれずにお城を出られるよー!」
ベルさーーん! 声が大きいーーーー! あなた普段そんな大きな声で喋った事ないでしょーーーー!
「うん。どこにいるか見当もつかないけど……」
「にゃーん」
さっきと同じように隠れるようにして座るわたし達。城を出る覚悟は決めた。だけど、どこから探せばいいのか。ナギが言うには首都にはいなかったらしい。だとしたら、どこか別の町だけど。
「フロルも一緒だとしたら陸路で移動はしないよな?」
「うん。ディーや、目の見えないタキが一緒なら、安全な定期船を使うと思う」
安全な定期船か。安全って言い切るのもどうかと思うけどな。でも、定期船は今まで一度も被害に遭っていない。
「別の大陸だとしたら、心当たりあるか?」
「ディーが一緒なら……やっぱりルーアかな? ディーが頼る人っていったらヤナさんしか思いつかないよ」
ヤナさん……。わたしも会いたいけど、会わせる顔がねーよ。
わたしは、城にディーも来ていたという事だけをナギに話した。ただ、見かけたとだけ。
ナギはディーの無事を素直に喜んだ。ナギにとっては、盗賊団にいたかも知れない事とか、何しに来てたとかはどうでもいいんだよな。本当に羨ましいよ。
「んー……ただ、城下町のお医者さんはタキを診察してないみたいなんだ。だとしたらフロルは首都からそんなに離れない気もするし……」
「そっか。じゃあ、まずは港で情報集めようぜ」
「港で?」
「定期船の便も利用者もかなり少ないんだ。ディー達が乗ってりゃきっと覚えてるはずだ」
「なるほど。船に乗ったか確認するんだね! 分かった!」
ナギは猫を抱いて立ち上がると、何か思い出したように「あ」と口を開けた。
「ベルにお別れしなきゃ。黙って行けないよ」
「ベルに?」
ナギもベルも同じ近衛軍だ。知り合いでもおかしくはない。だけど、そんなに親しかったのかな。
「うん。リサも知ってるでしょ? 細くて白い子」
説明が雑すぎるだろ。
「知ってるけど……何でそれを?」
「ベルがね、リサによく本を借りるって言ってたから」
「もしかして、わたしの事を報告してた相手って」
ナギが頷く。
「僕だよ」
「そうだったんだ。もっと早く会いに来てくれれば良かったのに」
「ごめんね。中々お城の中を自由に行き来できなくて」
まあ普通そうだよな。ベルが自由すぎるんだよ。
「ベル、最近元気なくて。だから今日は自分でリサを探しに来たんだ」
「なーお」
ナギがひょいと猫を前に出す。そっちのリサかよ。
「あいつ、まだ元気ないのか……」
「うん」
「そんな事ないよ。隊長さん」
アーチの向こう側から聞こえてきた声にぎくりとした。でも、すぐに姿を見せたそいつにわたし達は安堵する。
「おどかさないでよー、ベル」
久しぶりに会ったベルは、相変わらず『細くて白い子』だった。
「よお、ベル……」
「お久しぶり、王妃様。お元気そうで何より」
何か、いつも通りすぎて元気ないのかあるのか分からないな。だけど……立ち直ってはいるみたいで安心した。
「ベル、ちょうど良かった。あのね、話が……」
「隊長さん。ちょっとだけお話聞こえちゃったんだけど。港に行くとかなんとかって」
くそ、こいつ話聞いてやがる。ん? あれ?
「隊長……さん?」
わたしはナギを見上げる。ナギは自分を指差すと「うん、隊長さん」と言ってニッコリ笑った。
「はあ? お前が近衛軍の隊長? 冗談だろ?」
ナギが? このナギが? のほほーんとしたこいつが?
「隊長さんすんごく強いもんねー」
「えー、そんな事ないよー」
わたしはカモメから聞いていた隊長さんの話を思い出す。……うん。こいつに置き換えるとしっくり来る事ばかりです。
「で、お二方は愛の逃避行のお話? やるねー、隊長さん」
「馬鹿、ちげーよ! 人探しだ。城を出るけど誰にも言うなよ」
わたしがそう言うと、ベルが寂しそうに目を伏せた。
「もう本を借りれないね」
「そっちかよ。悪いけど、わたしはもう城には戻って来ない」
「うん。名残惜しいけどサヨナラだね」
「……ベル。そうだな、サヨナラだ」
ベルはくるりとわたし達に背を向けた。
「サヨナラ、お城。ぼくは旅立ちます!」
「お前もついて来るのかよ!」
ベルは再びわたし達の方を向いた。
「隊長さんのいない軍にいたって意味ないもん」
ああ、そっか。一応ナギが命の恩人って事になるんだよな。
「じゃあ、みんな一緒に行けるんだね!」
「にゃー」
ナギが顔をほころばせて猫のリサを撫でる。いやいやいや、猫も連れていく気か。
「でもさ、どうやってお城を出るの?」
ベルが首を傾げる。城を出る方法か。正面から出ようとしたら絶対に止められるだろうしな。
「んー、隠し通路も使えないしなー」
「はい! 僕に考えがあるよ!」
ナギが元気よく手を上げた。
「僕とベルはお城を出るのは普通に出られるでしょ?」
「そだね。寂しいけど、サヨナラ王妃様」
「何でわたしを置いて行こうとしてるんだよ!」
「ちがうちがう。あのね、リサがこう丸くなって鞄に入ってそれを僕が持っ」
「却下だ」
「あ、じゃあぼくにいい考えがあるよ」
今度はベルが手を上げた。
「何だよ?」
「ちょっとここで待っててくれる?」
「いいけど……早くしろよ? 見つかっちまうから」
ベルは「分かった」と言って走り出した。
「ベルの考えって何だろうね?」
「さあ……?」
その時、わたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
まずい、『エルゼ』だ。
ユシアの代わりの、わたしの新しい付き人。
「王妃様ー!」
「リサ、あのおばあちゃんがリサを呼んでるよ?」
ナギはそっとアーチから顔を出してそう言った。
「うーん……エルゼも教団の人間だから、できれば見つからずに城を出たいんだけど」
「そっかぁ……って、こっち来たよ!」
「やべ、とにかく逃げ……」
「逃がしませんよ」
目の前にエルゼが仁王立ちしている。
「勝手に出歩かないよう申し上げたはずです! それに何ですかその格好は! はしたない!」
エルゼはさっそく金切り声を上げる。裸足でティアラもつけていないわたしに、兵士のナギ。よからぬ想像をめぐらせている事は容易に分かる。
「うっせーな。すぐ戻るって」
「またそのような言葉遣いを! そろそろ王妃としての自覚を持って下さい!」
たった今王と別れてきましたって言ったら泡吹いて倒れそうだな。
エルゼは口うるさいババアで、怒り方が母親によく似ていて嫌いだった。毒吐かれるのと盛られるのってどっちの方が嫌かな。
「すみません、王妃様は私の猫を見つけて連れてきてくれただけなんです」
すぐにナギが助け船を出してくれたがババアは何も聞いちゃいない。
「まったく。怒られるのは私なんですからね! さあ、お部屋に戻りますよ!」
さあ、どうする? 振り切れば絶対に騒ぎ出す。
「……エルゼ」
「あの」
その時、ナギがわたしとエルゼの間に割り込んだ。そして、猫のリサを下ろすと膝をついてエルゼの手を両手で握りしめる。
「私は近衛軍隊長のナギです。実は、エルゼ様に折り入ってお願いがあります」
「な、何です?」
「はい。王妃様はとても心優しい方です。身寄りのない子ども達の為に孤児院を建ててくださりました」
ナギ、一体どうするつもりなんだ?
「王妃様は今も子ども達を非常に心配なさっていて、様子を見に行かれたいと。私はその護衛を任されました」
おお、ナギにしては中々いい案だ。それなら城から出れるかも。
「そういう事だ。様子だけ見て戻って来るからいいだろ?」
「そんなのあなたが様子を見てきて王妃様にご報告すれば済む事でしょう?」
「…………」
黙っちゃったよおい。ナギさん、もうちょっと頑張ってくださいよ。
「ダメですか?」
いやダメに決まってるだろ。なに別にいいじゃんみたいな雰囲気になってんの?
「ダメに決まっているでしょう!」
エルゼがキレた。城を出るのが意外と大変だな。隠し通路さえ使えりゃこっそり逃げ出せたのに。こんなところでぐだぐだやってる場合じゃないし、こうなっちまったら逃げ出せてもすぐに追っ手が来る。
一番使いたくない手だったけど仕方ないな。
「エルゼ、実はさ」
「王妃様お待たせー! ほら、これこれ! ぼくの制服を着て変装すれば怪しまれずにお城を出られるよー!」
ベルさーーん! 声が大きいーーーー! あなた普段そんな大きな声で喋った事ないでしょーーーー!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる