DEAREST【完結】

Lucas

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第101話 語り部

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 お茶の香りに包まれリーダーは事情を説明しました。でもそれは、自分の事でも、ハロースカイの事でもなく、ただ今晩だけ泊めて欲しいという話でした。
 とある騒ぎに巻き込まれている、朝には出ていくからと。
 先生は話を真剣に聞いてくれました。そして、まるで父親のような眼差しでみんなを順に見て行きます。
「そうか、こちらからは何も聞かないよ。今晩だけでなく好きなだけいたっていい。ただ君達がみんな元気な姿を見せてくれただけで嬉しいからね」
「先生……すみません、ありがとうございます」
「うんうん。でもね、ジオ。一人で抱え込んではいけないよ? 話したくなったらいつでも聞くから」
「……はい」
 先生は何も聞かないでいてくれました。ユズの事も、何も聞きませんでした。
「さてと、夜に一件だけ往診が入っていたんだ。ちょっと出掛けてくるよ」
 そう言って立ち上がる先生。出口へ向かいながらみんなに話しかけます。
「ゆっくり『話』をするんだよ。帰りは遅くなってしまいそうだから。あ、そうそう」
 扉に手を掛けて振り返る先生。
「ジオ、君の部屋はそのままにしてある。みんなも、疲れたなら上の部屋を使っていいからね」
 パタンと閉められる扉。みんなは、ふぅっと息をつきます。
「いい先生だねー。ここなら確かにゆっくり話ができそう!」
 フロルはリュックを足元に置き、椅子にもたれて伸びをしました。
「俺達の事覚えててくれたのも嬉しいな。そういや、ディーも来た事あったのか?」
 タキが話しかけても、ディーは俯いたまま答えません。
「あー、えっと、リーダーもお知り合いだったんですね?」
「ああ」
 短くそう答えたっきり押し黙ってしまったリーダーは、どう話を切り出そうか迷っているようでした。
「リーダー……もしかして、ユズさん達の事怒ってます?」
「え?」
「リ……王妃の事狙ったのは確かに良くないというか……でも、『救世主』を恨んでいたっていうユズさんの気持ちは分からなくもないんです」 
「……そうか」
「お二人が帰って来たら、またハロースカイに入れてもらえますよね? 俺達、このままバラバラになったりしませんよね?」
 真っ直ぐな瞳を向けてくるタキに、リーダーはさらに話すのをためらいます。フロルは何も言いません。もちろんディーもです。
「リーダー」
「……タキ、二人は、もう戻って来ないんだ」
「え?」
「もう戻って来れないんだ。二度と」
 部屋の中は静寂に包まれました。リーダーを見つめたままのタキの瞳だけが揺れます。
 理解できないのかしたくないのか、つらそうな表情のタキが震える声で沈黙を破りました。
「それは……死んだって事ですか?」
「…………」
 何も答えないのは肯定しているようなもので、タキは静かに涙を流しました。
「何でですか? 何であの二人が死ななきゃならないんですか? リーダー……何で二人を置いて来ちゃったんですか? 何で俺達はいつも、仲間を自分の手で弔う事も出来ないんですか? リーダー……」
 タキの嗚咽だけが聞こえる部屋で、みんなはそれぞれ悲しみをこらえていました。何も出来なかった悔しさがタキを襲い、あの頭痛と息苦しさが引き起こされます。胸を押さえて肩で息をし始めるタキの背中を、フロルがそっと撫でます。
「タキ、大丈夫? ……リーダー、フロル達先に休んでてもいいかな?」
「ああ。部屋を出て右に。突き当たりの部屋だ」
 階段を昇るのもつらそうな様子のタキに、リーダーは自分の部屋を案内しました。残されたリーダーとディー。疲れきった様子のディーがリーダーに言いました。
「これから、どうするの?」
「ディー?」
 その声は、泣きじゃくっていた時の赤ちゃんのような声でもなく、ジュジュと遊んでいた時のような子どもらしい声でもなく、ひどく沈んだ、悲しい声でした。
「どうなるの? おれ達。おれは、どうしたらいい? リーダー……おれ、帰りたい」
 顔を上げたディーと目が合います。
「……どこへ?」
「分かんない」
 ディーは椅子から降りると、リーダーの方へ歩み寄りました。
「おれも、もう寝るね」
「……ああ」
「はい、これ」
 ポケットから何かを取り出したディー。それは少し重みのある白い封筒でした。
「手紙?」
「ユズから預かったの」
「ユズから?」
「自分にもしもの事があったら渡して欲しいって」
 リーダーの手に封筒が渡ります。
「もしもの事って何だろうって思ってたんだけど……こういう事だったのかな」
 ディーは扉に向かって歩き出しました。そして、扉の前で止まります。
「リーダー……おれ達は、また悲しんで、みんなを心に刻んで生きてくんだよね?」
「……ディー」
「……悲しみばっかり、心に刻んで生きてくのって、つらいね」
 そう言って、部屋を出ようとしたディーの腕がパッとつかまれました。ディーが振り返ると、そこにはリーダーがいて、口を開く前に強く抱きしめられました。
「リーダー?」
「お前は……添い寝がないと眠れないだろう? 一緒に寝よう」
 リーダーの温もりがディーに伝わって行きます。ディーの頬を涙が伝いました。
「うん……ありがとう」
 それは、いつものディーの声でした。
 二階の部屋でベッドに入る二人。ディーの寝息が聞こえ始めた頃、リーダーはそっと体を起こしました。
 そして、ポケットからあの封筒を取り出します。
 妙な膨らみのあるその手紙を、リーダーは丁寧に開けていきました。
 鎖のなる音がして、リーダーの手のひらにするりと落ちてきたのは。
「何で、これが……」
 リーダーのつけていたあの形見のペンダントだったのです。リーダーはすぐに手紙を開きました。
『いとしのアランへ』
 そこには、紙の真ん中に大きくそれだけが書かれていました。
 ただそれだけ。
 それだけで、リーダーは十分でした。
『アラン』
 その名前が刻まれていただけで、すべてが伝わりました。
「あの時書いていたのはこれだったのか」
 いつの日か、本にペンを挟んでいたユズを思い出します。
 ペンダントは冷たくて、それが心地よく、手紙の文字は暖かく、それが嬉しくて。
 だから、リーダーは涙をこらえました。ユズとの約束を守りました。
「ありがとう、ユズ。お前に出逢えて、本当に良かった。ベル、ジュジュ、お前達と作ったハロースカイは、俺が必ず守り抜いてみせる」


「……落ち着いた?」
 フロルがそう聞くとタキは小さく頷きました。そして、ゆっくりと体を起こそうとするタキにフロルが手を貸します。
「ありがとう」
「ううん」
 タキはそのままフロルを抱きしめました。
「タキ?」
 タキの手は、フロルの背中のリュックに触れます。
「これ、一人で背負わなくていいよ。フロル一人に背負わせてごめんな」
「…………」
「お前、いっつもそうだもんな。少しは頼りにしてくれよ。って、こんな状態で言っても説得力ないか」
「タキ……ううん。じゃあ、荷物半分こ」
「うん。なあ、フロル。俺さ、今無性にリサに会いたいよ」
「フロルもだよ」
「会えるかな?」
「会えるよ、きっと」
「それに、俺達を助けてくれたあいつにもまた会いたい」
「タキ……でも」
 タキはパッとフロルから離れて、しっかりと肩に手を置きました。
「間違えるはずない。あの気の抜けた声を俺は覚えてる」
「うん……」
「あれは絶対に『あいつ』だ」
「でも……近衛軍の格好だったよ?」
「フロル、『セイラン』でディーを探してた奴がいたよな。それが『あいつ』だとすれば……」
「…………」
「だとすれば、会えるよ。絶対に」
「ディーに話す?」
「うん」
「もし違ったら、ディーはもっと悲しむ事になるよ?」
「でも、今の状態よりはいいんじゃないか? カモメさんもジュジュさんもいなくなって、多分今一番つらい思いしてると思う」
 珍しくフロルは頷きません。
「タキもつらいでしょ? また苦しくなったんだよ? ずっと続いてるんだよ?」
 そして、今度はフロルからタキに抱きつきました。
「フロルはディーを癒してあげたい。でも、一番癒してあげたいのはタキなの。もう、タキの苦しんでる所を見たくないの」
 そう言って、タキをベッドへ押し倒すと自分は隣に座りました。
「フロル……?」
「お願いだから、今日はゆっくり休んで。ほら、今は悲しむ時間だから。明日またちゃんと話そうよ」
 フロルはタキの額にそっと触れました。傷をなぞるように指をすべらせ、そのまま頬に手を当てます。
「……分かった」
「うん! おやすみ、タキ!」
 フロルは、いつも通り元気な明るい口調でそう言って笑いました。タキはそんなフロルの笑顔を見て、安心したように眠りにつきました。
 朝になったら、みんな悲しみを乗り越えて、これからもまた一緒に生きていくんだと、そう信じて。



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