DEAREST【完結】

Lucas’ storage

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第90話 ZIO

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「今日は今から夜までフロルはお部屋にこもって作業します!」
「誕生日はまだ先だろ?」
「今夜渡したいの! このままじゃディー倒れちゃうもん。いっぱい食べて大きくなっても大丈夫なんだってこと早く教えてあげたいし!」
 フロルはそう言って二階へと走って行った。
「じゃあ、今夜は誕生日会になりそうですね」
「そうだな」
「今日の夕食担当は俺なんで頑張ります!」
 食堂へ向かうタキを見送ってから、俺は礼拝堂へ足を運ぶ。
 何となく、部屋へ戻る気がしなくて。なのに。
「…………」
 何故ここにいるのか。
「ユズ……ただいま」
「……お帰り」
 一番前の席に一人座っていたユズ。困ったような表情で返事をしてくれた。
 よりによって、こんな場所で。ちゃんと話をするチャンスを神様がくれたという事だろうか。
「なあ、ユズ。話がしたいんだが」
「……何よ?」
 俺は、礼拝堂の中心を真っ直ぐ歩いていく。そして一番前のユズとは反対側の席に座った。ユズの横顔を見ながら話しかける。
「俺は、お前に何かしたか?」
「…………」
「気に入らない事があるなら、はっきり言って欲しいんだ。俺達、このままじゃ」
「このままじゃ、何?」
「駄目になる」
「……そこまで分かってるなら、もういいんちゃう?」
 いつもより低いユズの声が、礼拝堂の高い天井に響いた。
「理由も分からずにそんな結果になるのは嫌なんだ」
「じゃあ理由が分かればいいの?」
 ユズは前を向いたまま。長い睫毛は下を向き、俺はただユズを正面にとらえるだけ。
「……俺は、お前を失いたくない。解決策があるなら教えて欲しい」
「そんなんない」
 絶望的な言葉が伝えられる。それでも、頭だけは働かせ続ける。
 ユズの言葉の真意を考える。
「そうか。じゃあ、ユズはそれでいいのか? お前の気持ちを聞かせて欲しい」
 このまま駄目になるとしても、ユズがそれを望むなら。
「…………」
 ユズがようやく俺の方を見た。何だかまともに顔を見るのが久しぶりな気がして、俺はやっぱりまだユズを想っている事を思い知らされる。
 なのに、ユズの表情も目も冷めていて、胸がしめつけられた。
「その目が嫌なんよ」
 はっきりと合った俺の目に、ユズはそう告げた。
「そういう目で見られるのが……」
 そう続けるユズの表情はとてもつらそうだった。
 もうそんなユズを見てるのはつらくて、これ以上続けても苦しいだけだと思った。
「分かった」
「え?」
「別れよう」
 俺は立ち上がって、ユズの顔を見ないようにしてそう告げた。
「つらい思いをさせて悪かった。嫌な気持ちにさせて悪かった。……ごめん、ユズ。今までありがとう」
 いとしくて、守りたくて、そばにいたかった。
 でも、もう、そんな風に見ないから。
 俺は、ユズには笑っていて欲しいから。
「……ジオ」
 最後まで呼んでもらえなかった『名前』に、俺はこれで良かったんだと思った。
 教会の鐘が俺達に終わりを告げた。


「ありがとう、すっごく嬉しい!」
 その夜、さっそく出来上がったローブを着てはしゃぐディーをみんなが暖かい目で見守っていた。タキが用意してくれたご馳走を囲んでいつも通りの夕食の風景。
「ディー可愛いー! ちょっとまだローブが大きめかな? いっぱい食べて早く大きくなろうね!」
「うん!」
 長めの裾をつまみ上げてくるくると回って見せるディーにフロルが拍手をする。
 ローブの左側についた大きなポケットには見慣れた鳥の刺繍。胸元にはディーによく似合うコサージュ。白い羽のチョーカー。大きな白い花飾り。白で統一されたその姿にディーの長い金髪はよく似合っていた。
「ポケットにはボタンがついてるから、ここに耳飾りをしまっておけるよー! これで絶対になくさないね!」
 フロルにそう言われてディーはローブの中からゴソゴソと耳飾りを取り出してポケットにしまった。パンパンとポケットを叩いてフロルを見上げニッコリと笑うディー。そんなディーにフロルは目を細める。
「しっかし、器用だな。あたしには絶対無理!」
「あんたボタン一つ付けられへんやん」
 笑い合うユズとジュジュ。本当に何も変わらない。
「アップルパイは当日に焼くね! その日はユズちゃんとジュジュもプレゼント用意しなきゃね!」
「あたしはチューしてやるよ」
「えー、いらなーい!」
 大袈裟に嫌がるディーを、ジュジュが後ろから抱きしめて頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「何かディーがこんな風に笑ってるの不思議だな」
 隣に座っているタキがそう呟いた。確かにどんどん明るくなっていく。ジュジュの影響だろうか。
 しかし、そんなジュジュも次の日から俺を避けるようになった。今まで以上にユズと二人でいる事が多い。
 あの誕生日会以来、俺達は揃って食事をする事もなくなった。
 急速にバラバラになっていくハロースカイに、さすがにフロルだけではなくタキも異変に気づき始めた。


「リーダー、喧嘩でもしたんですか? 何か最近ユズさん達と険悪ですよね?」
 見張り台に立つ俺達。タキは町を観察しながらそう言った。
「ユズと少しな」
「あー、やっぱり。何かディ……アンジュがユズさんと部屋替わったって言ってたんで何でかなーって思ってたんですよ」
 何だかディーも巻き込んでしまってるようだ。ディーはジュジュと仲が良いのに申し訳ないな。 
「リーダー、ハロースカイって……なくなったりしませんよね?」
「なくなる?」
「その……このまま首都に戻らないのかなーなんて」
 潮風がここまで届いた。町の入り口付近にある見張り台からは町がほぼ全域見渡せる。そんな景色に視線を向けながらタキはどこか物悲しげに言った。
「明日、船が出るそうです。その次は、また半年後だそうです」
「タキは……首都に帰りたいのか?」
「首都にというか、俺の居場所はハロースカイだから。だから、どこに住んでいてもいいんです」
 風に吹かれると、タキの額の傷はいっそう目立つ。
「でも、ハロースカイで活動したい。このままじゃ、みんなバラバラになりそうで怖いです。カモメさんがいた頃みたいに、あんな風にみんなで過ごしたいです」
 柵に腕を置き、突っ伏すように顔を埋めるタキ。ベルがいた頃か。戻れるなら戻りたい。魔物の呪いについての調査も途中だ。何より下町の子ども達の事が気になる。
 首都に帰りたい。出来れば、あの隠れ家に帰りたい。
 でも、あの隠れ家にはもう戻れないだろうな。自警団の調査が入った今、あの家の持ち主は特定されているはず。今は無きとある騎士の家の物だと。
 だから、俺はアクアマリンに着いても『アラン』という名は名乗らなかった。それに、そう呼ぶのは一人だけで良かったから。
「みんなに聞いてみようか」
「え?」
 タキがパッと顔を上げた。
「俺もハロースカイとしての活動は続けたい。出来れば首都へ戻りたい」
「リーダー」
「あれから半年以上経っている。もうきっと、戻っても大丈夫だ。みんなも賛同してくれるのなら、明日船に乗らないか?」
「はい!」
 そうだ。首都に戻る前に、もう一度あの人に会っておきたいな。俺は帰りに救世主の母親の家に寄ってみた。もちろん、タキは先に帰してだ。しかし、あの人は出てこなかった。
「留守だろうか」
 非常に残念だ。だが、首都に行っても救世主に会えるわけではない。
「……帰るか」
 俺は、あの人の家を後にした。まだ一仕事残っているしな。
 ハロースカイの今後について。ユズとジュジュに話をするのは気が重いが、ユズはアクアマリンに来るのを嫌がっていたようだし何とかなる気がした。それに、下町の子ども達が一番気になっているのはジュジュだろうしな。
 あの人の家は教会からそんなに離れていないので、俺はあっという間に家に着いた。
 扉を開けてすぐ、神妙な顔つきをしたタキが視界に飛び込んできた。
「あ、リーダー。お帰りなさい」
「ただいま。そんな所でどうしたんだ?」
「いや、何か……話できる雰囲気じゃなくて、まあちょっと来てみて下さいよ」
 タキに手を引っ張られて、俺は食堂へ連れて行かれた。一体どういう事だろうか。
「終わってから話します?」
「終わってから?」
「ディーの誕生日会」
 ディーの誕生日は明日なのでは……。そう言おうと思った時、タキが食堂の扉を開けた。
「お帰りー!」
「お帰りリーダー!」
「遅いなぁ、何やってたん?」
 笑顔で迎えてくれたのは、ジュジュとディーと、それにユズ。フロルの焼いたアップルパイを取り囲み、楽しげな雰囲気だ。
 その光景を茫然と見つめる俺の元へ、フロルがそーっと近づいて来て耳打ちをした。
「何かね、今日じゃないと渡せないプレゼントがあるらしくて、突然誕生日会早めて欲しいって」 
「まあ早く座れって!」
 ジュジュが俺達を呼ぶ。仕方ない。話はこれが終わってからしよう。目配せをするとタキは頷いた。
 俺達が席に着くとジュジュが立ち上がって両手を広げた。
「八歳の誕生日おめでとう、ディー! 今から盛大に祝ってやるからな!」
「うん、ありがとう!」
「ディー、おめでとう! 今日しか渡せないプレゼントって何かな? 気になるねー!」
 堂々と探りを入れるフロル。すると、ユズが立ち上がって奥からお茶を運んで来た。
「まあまあ、ジュジュのプレゼントは後の楽しみって事で。それより、先にわたしからのプレゼント!」
 並べられたお茶には特に変わった所はない。
「今普通のお茶やんって思ったやろー! これは、わたしの手作りの果実酒の入ったお茶なんよ」 
 ユズは全員にカップを一つ一つ配る。
「果実酒ってお酒ですか? でも、ディーはまだ子どもですよ」
「あんただってまだ子どもやん。いいの! 香り付けにちょっと入ってるだけやし、料理だってお酒使ってるのあるやんか」
 確かにいい香りがする。お茶好きなフロルは嬉しそうだ。
「おいしそー! ディー、良かったね!」
「うん!」
「まあ、まずは乾杯だな!」
 ジュジュはカップを手に取り、まるでグラスのように高く掲げた。
「んじゃ、ディーの誕生日を祝して! 乾杯!」
「かんぱーい!」
 みんなのカップが重なって、高い音を奏でる。みんなが笑顔でテーブルを囲む。ただそれだけで、こんなに嬉しくなれるものなんだな。
「おめでとう、ディー」
 それぞれが、カップのお茶を飲み干した。


 何だろう。体が重い。目を開けようとするが、頭も上手く働かず、それは叶わない。眠い。
「あんた、薬入れすぎたんちゃう?」
「んー、ちょっと多かったかな。ま、これで明日までぐっすりだ」
「でも何か……」
「そんな顔しな、ディー。あんたも決めた事やろ?」
「うん……」
「早朝には船が出る。はよ準備するで」
 ユズと、ジュジュと、ディーの声だ。
 船……? 待ってくれ。首都には、俺達も……。
「ジオ」
 その時、誰かが俺の肩に触れた。
 耳に息がかかる。
 この声は、ジュジュ?
「あいつらは、ユズは、あたしが守るから。じゃあな、いい夢見ろよ」
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