DEAREST【完結】

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第59話 KAMOME

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「おはよう! ディーくん。熱は下がったかな?」
 ぼんやりとしているディーくんの額に手を当てる。
「んー……まだちょっとあるかな。今日は休んでていいよ!」
「……おはよう、カモメ」
 横になったまま小さな声で挨拶を返してくれる。だけど、やっぱりちょっとだけつらそうだ。
「喉かわいた……」
「はい、お水!」
 ディーくんはゆっくりと起き上がって絆創膏を貼った両手でコップを受け取る。顔も赤くて時折咳き込む。さすがにかわいそうな事したなぁ。本格的に風邪引いちゃったよ。
「まだ頭痛い?」
「……ううん。昨日よりはまし」
「じゃあ何か食べられそう?」
「……いらない」
「食べなきゃ治らないよ。ぼくに作れないものはありませんので何でも言って下さい!」
「じゃあ……シチュー」
「了解!」
 ぼくはディーくんの頭を撫でてから立ち上がる。すると、パッと服を掴んで止められた。
「どこ行くの?」
「え? ご飯作りに。料理当番だからみんなのも作らなきゃ」
 ディーくんがベソをかく。そんな顔されましても。
「んー、あ、そうそう! いい物あげるから大人しく待っててよ!」
 ぼくはベッドをぐるりと回ると反対側にあるキャビネットへ手を伸ばす。そして、中からディーくんのケープを取り出して広げて見せた。
「じゃーん!」
「あ!」
 ただ真っ白だったケープの裾に鳥の刺繍を入れ、胸元には白い花のコサージュをつけた。
 前にサイちゃんからチラッと聞いたお話。ディーくんが鳥の刺繍を気に入ってた事。それに、ぼくがあげた造花をまだ大事に持っていてくれた事。それで思いついた。
 得意の裁縫でディーくんに愛情をプレゼント。一晩で仕上げた為、さすがに今日は眠いけど。
「気に入ってくれたかな?」
「……うん」
 ディーくんはケープをギュッと抱きしめた。それはもう嬉しそうに。そして、ピョンっとベッドから降りるとぼくに飛びついた。
「ありがとう。カモメ、大好き」
「じゃあいい子だから待っててね! すーぐ戻って来るよ!」
 ぼくはディーくんを抱き上げてベッドに乗せた。
「うん!」
 ディーくんはケープを抱いたまま布団の中に入る。その表情は本当に嬉しそうでそこまで喜んで貰えるとは思っていなかったから少し照れ臭い。
「さてと」
 ぼくはとりあえず一階へ降りて食堂へ。みんなが起きてきたらディーくんの事を説明しなきゃ。
「おはようございます! サイは今日も元気です!」
「おはようサイちゃん! 扉はゆっくり開けようね!」
 鼻が折れるかと思いましたよ。高速で開かれた扉が直撃しました。
「ふふーん! サイは今日から中の仕事だから! もうご飯出来てるよ! あれ? ディーは?」
「あー、その事なんですが」
 ぼくはいきさつをすべて説明した。そうこうしているうちにみんなも食堂へ降りて来た。
「事情は分かったけどー、もうディーの事いじめないでね?」
 追加メニューのシチューを一緒に作りながら、サイちゃんはしゅんとしてそう言った。
「昨日もいじめてないよ?」
「サイ心配ー」
「大丈夫ですよ! リーダーの許可も出たし、何よりディーくんの希望だもん」
 来週からの外の仕事。それもリーダーはあっさり了承してくれた。
「ディーが……。ちょっとだけ話していいかな?」
「うん、いいよ。一緒にご飯持って行こう」
「あ、俺も一緒に……」
「ドロはすぐに風邪引くからダメー」
「ドロ、うつっちゃうから待っててね! サイすぐ戻って来るから!」
 ドロはかなり不満げでしたが放置してぼく達は二階へ。部屋の前まで来た時。
「カモメはここで待っててね!」
 そう言って、サイちゃんだけが部屋へ入って行った。
 扉の前で待つこと数分。意外と早くサイちゃんは出てきた。その瞳は微かに潤んでいる。
「ど、どしたの?」
「うん。何か嬉しくって!」
 サイちゃんは「ふふーん」といつものように笑って見せた。
「ディーね、フロルはタキと一緒にいるのがいいと思うって! タキ心配されちゃってるね!」
「え?」
「それにね、早くここのみんなと仲良くなりたいから頑張るだって!」
「ほ、ほう」
「あとね」
 サイちゃんは両手を頬に当ててにんまりとした。
「シチューは、初めて食べたフロルのご飯だから一番大好きなんだって! ディー、覚えててくれたんだなぁ」
「へ、へえー」
「何だかすごく嬉しい! ディーあんなに人見知りだったのに。ここだけの話ね、サイは全然なつかれてなかったんだよ?」
 サイちゃんはクスクス笑ってぼくに耳打ちをした。そして、ぼくの服の裾を軽くつまむ。
「なのにね、今こうやってちょんってサイの服つまんでね、でも早く帰って来てね? って!」
「か、可愛いね」
「うん! すっごく!」
 全部計算だよーって思ってしまう半面、さっき素直にケープを喜ぶディーくんを見ているのでよく分からなくなる。
「カモメ、ディーの事よろしくね! 小さい子はすぐに容態が変わるからちゃんと看ててあげてね?」
 しっかりと両手を掴んでそう言われた。ぼくが「了解」と返事をすると、サイちゃんは満足そうに階段を降りて行った。
「……はあ」
 何でこんなに必死なのかな。ディーくんは。 
「ディーくん」
 部屋へ入る。起きてご飯を食べているのかと思えば、ディーくんはベッドの上で丸まっている。シチューは手付かずでテーブルの上に置かれていた。
「食べないの? 一番好きなんでしょ?」
 ディーくんは毛布の中から少し顔を出した。
「……食べようと思ったんだけどね。何か気持ち悪くなっちゃって」
「んー、何か一気に熱上がっちゃってるね。リーダーがお薬持って来てくれるって。すぐ戻って来るからそれまで頑張ろうね」
 すぐ容態が変わる、か。確かに。
「頭冷やそうね。ちょっと待ってて」
 ぼくは一階へ降りて行った。食堂へ入ると、ユカワちゃんが一人お茶をすすっている。
「あの子、どお?」
「熱が上がっちゃってます! ユカワちゃん、お出掛けしないの?」
「ジオ戻ってから。その後魔物退治の依頼入ってるから行ってくるわ」
 カタンとカップがテーブルに置かれる。
「あの子の持ってる剣の事何か聞いた?」
「剣? ああ、リーダーが気にしてたアレか。親代わりだった人の形見だってサイちゃんから聞いたよ?」
「親代わり?」
「それよりさぁ、シュシュまーだ帰って来ないの? てか、何で急にお城のメイド?」
 ぼくはユカワちゃんの向かい側に座って足を伸ばした。
「かなりお金になるらしいわ。まあ、あの子の事やからもうすぐ飽きて帰って来るやろ」
「お金かぁ。でも、似合わないよね。メイド」
「自分そんなんしてていいん? はよあの子のとこ戻ったりよ」
 呆れたような目でぼくを睨むユカワちゃん。そうだった、戻らなきゃ。
「はいはーい!」
 ぼくはお水を用意してまた二階へ戻って行く。
「剣かぁ」
 部屋に入るとディーくんはすでに眠っていた。これは剣を調べるチャンスかも。
「ちょっとお借りしまーす」
 剣はかなり高価そうな代物だった。ぼくには詳しくは分からないけど。ユカワちゃんはお金ラブな方だから気にするのは分かるけどリーダーは何で?
「ん? この紋章って……」
 剣の柄に印されている紋章。どこかで見た事がある。
「どこだっけ? つい最近見たような……」
 そう、この家の中だ。暖炉……だったかな。
 この家は元々とある騎士の名家の別荘だ。じゃあ、この剣はその家の? 何でディーくんの親代わりだった人のがそんなもの持ってるんだろう? それにその家って確か賊に襲われて滅んだって話だけど。四、五年前だっけ? でも、確かその賊って……。
「カモメ」
 突然聞こえて来たノックと声に、ぼくは思わず剣を落としそうになった。
「は、はい?」
「薬を買って来たぞ。入ってもいいか?」
 あ、何だリーダーか。意外と早かったな。
「どうぞー」
 そーっと扉を開くリーダー。すぐにベッドの方に視線をやる。
「大丈夫。今は寝てるよ」
「そうか」
 リーダーは部屋に入って来ると薬を持ったままディーくんの顔を覗き込んだ。
「寝てるぞ」
「いや、だから今言ったじゃん」
「薬は?」
「起きてから飲ませるから大丈夫だって」
「そうか……」
 そう言ってこっちを振り返ったリーダーの言葉が途切れる。目線はぼくの持っている剣だ。やっぱり何かあるのかな。
「この剣が何か?」
「いや何でもないじゃあな」
 すんごい棒読み早口で、リーダーはさっさと部屋を出ていってしまった。いやいやいや、いくら何でもごまかし方下手すぎるでしょ、あの人。
「何だかなぁ」
 まあ、ぼくには関係ない事でしょう。それより、今日は看病に専念しなきゃ。これ以上悪化したら確実にサイちゃんに刺されそうだしね。
「……ん」
 その時、ディーくんがもぞもぞと動いた。
「ディーくん?」
「……ナギ」
 何だ寝言か。それにしても、また『ナギ』さんですか。
「何者なんですかね? その人」
 ディーくんがここまで執着する相手。ディーくんの中で実の父親以上の存在。一度会ってみたかったなぁ。
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