DEAREST【完結】

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第47話 語り部

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「いいお天気ー! あ、ディーおはよう!」
「……おはよう、フロル」
 ベッドの上で目をこするディー。ゆったりとした動きで足を下ろします。
「……トイレ」
「あ、部屋を出て左だよ! 突き当たり。一人で行ける?」
 ディーは頷くととことこと歩いて部屋を出ていきました。
「フロル」
「ん? あ、タキ起きたんだ! おはよう!」
 突然後ろから抱きついて来たタキにフロルの声が裏返ります。
「びっくりー! どうしたの?」
「昨日は、ごめん。フロルに当たっちゃって」
 タキはぎゅっとフロルを抱きしめます。フロルはクスクス笑って「気にしてないよ」と言いました。
「ダメだな、俺。すぐに自分でいっぱいいっぱいになっちまってさ。また倒れるし。カッコ悪い……ヘコんでばっかで、フロルにだけ無理させて悪かった。ほんっとにごめん」
 するとフロルはくるりと振り向いてそのまま正面からタキに抱きつきました。
「いいの! フロルはタキのカッコ悪いところ大好き!」
「……カッコ悪くないとは言ってくれないんですねー」
 口を尖らせるタキ。フロルはそんなタキをさらに強く抱きしめます。
「カッコ悪くていいの! 人間はね、カッコ悪いくらいヘコんで落ち込んで悲しんで、そうやって前へ進んでくものなの!」
 フロルはパッと離れるとタキの目を真っ直ぐ見つめました。
「タキはそうやっていつもどんどん進んで成長して行ってるもん! タキのそういう強くなり方大好きだよ?」
「……フロル、クマ」
 タキは少し照れてぶっきらぼうにそう言いました。フロルは「見ないでー」と言ってタキに背を向けました。
「寝てないんだ?」
「ディーとお話してたから。タキ、フロルね、ディーがちょっと心配」
 背中を向けたままフロルはそう言います。
「ディーね、怒ってるの」
「怒ってる?」
 フロルは頷いてゆっくりと振り返りました。
「悲しまずに、怒ってる。そうやって、前に進もうとしてるの」
「……怒ってるって、ナギを処刑した奴らに? それとも」
 言い淀むタキ。フロルは首を横に振ります。
「分からない。でもね、憎しみで強くなろうとするのはダメ。ディー、壊れちゃうよ」
 フロルはワンピースをぎゅっと握りしめて俯きました。
「……フロル、俺達で何とかしよう」
「え?」
「今度は俺達がディーの親代わり。ナギが俺にそうしてくれたように」
「タキ」
「フロルが俺を癒してくれたように。俺達が、今度はディーを癒そう」
「……うん! そだね! フロル、すっごく頑張れそう!」
 フロルは嬉しそうに両手を叩きました。
 

 昨日始めに入った部屋、食堂へと降りて来た三人。フロルは朝食の準備をする為に奥へ消えて行きました。食堂にはタキとディーの二人だけです。
「ちょうどいいや。ディー、色々教えといてやるからちゃんと覚えろよ?」
 ディーはフードを被ったまま頷きます。
「まず、ここは盗賊団『ハロースカイ』の隠れ家。つまりアジトだ」
「…………ふ」
「お前今鼻で笑ったろ!」
 ディーはフルフルと首を振りました。
「まあ、いい。で、俺とフロルはここのメンバーだ。入団した理由は……俺の目に関係あるんだけど、それは後で話すよ。でな、やっぱ盗賊だし本名で呼びあうのは都合が悪いんだって。ほら、俺昨日『ドロ』って呼ばれてたろ?」
「……泥棒のドロ?」
「お、よく分かったな」
「……はぁ」
「そのため息はどーゆー意味ですかね? つーか、俺が決めたんじゃないから!」
 タキはそう言って椅子に座って足を組みました。
「ほら、お前もそこ座れよ」
 ディーは言われた通りタキの隣の椅子に腰かけました。
「で、フロルは『サイ』」
「変なの」
「言うなよ。ドロもサイも、カモメさんって人がつけてくれたんだ。あの人、いっつもギリギリまで寝てるからまだ降りて来ないと思うけど」
 そう言ってタキは食堂の入り口の方をチラッと見てから、またディーの方を向きます。
「盗賊っつってもさ、盗みはたまにしかやらない。魔物退治の方が儲かるんだって」
「……何で?」
「あまりに厄介な魔物は、懸賞金がかかってたりするし。それに、自警団がないような村の警備とか重宝されんだって」
「……ふぅん」
 反応は薄めですが今までよりは会話が成り立っているようです。
「セナがやってたみたいな『傭兵』な。フロルから聞いたぜ? セナもはぐれたまんまなんだってな」
「…………」
「でも、心配するなよ? 見つかるまで俺達が面倒見てやるから!」
「え……タキが?」
「不満そうだなお前」
 ディーはまたフルフルと首を振りました。
「とにかく、今日からお前も仲間! あ、一応リーダーに許可取ってからになるけど」
 タキがそう言った時食堂の扉が開いてリーダーとユカワが入って来ました。
「おはようございます。リーダー、ユカワさん」
 タキは立ち上がって挨拶をしました。
「あ、おはよう。ドロ、もう具合はいけるん?」
 リーダーとユカワは隣り合わせにそれぞれ椅子に座りました。ユカワは昨日と同じく少し変わった衣服を着ています。
「はい。迷惑かけてすみませんでした」
「迷惑ちゃうけど。そっちの子も大丈夫?」
 ユカワがディーの方を見るとディーは両手でフードを押さえて俯いてしまいました。
「あー……すみません。こいつ、人見知りで」
「ええよ。な? ジオ」
 リーダーは「ああ」と短く返事をして頬杖をつきました。白いシャツに黒のズボン。清潔感のあるそのシンプルな格好はナギを彷彿とさせました。
「ごめんなー、この人無愛想やろ? 朝は特にぼーっとしてるからなー」
 ユカワはそう言ってリーダーの肩をパチンと叩きました。
「あのー、リーダー。お話が」
 タキはおずおずと話を切り出します。その時です。
「おはよー、ハロー、いい朝だね! ぼくは今日もかなり元気です!」
 元気な声と共に少年が一人食堂に飛び込んで来ました。タキはげんなりとしてため息をつきます。
「おはよ、リーダー! おはよ、ユカワちゃん! おはよ、昨日ぶっ倒れたドロくん!」
「ぶっ倒れたは余計です。『カモメ』さん、大事な話をしてるんで静かにしてもらえます?」
「うんうん! いつも通り元気そうで何より! 人間笑顔が一番! さあ、みんな今日もたくさん笑いましょう!」
 リーダーとユカワは慣れた対応でカモメの騒がしさを受け流しています。
 カモメという少年は、色素の薄い肌に柔らかそうな薄茶色の髪で、白と紺の横縞模様のシャツに白いズボンというまるで水兵のような格好をしています。さらに耳に羽のようなアクセサリーをつけていました。そして、カモメはすぐにディーに気づきニコニコしながら近寄って行きました。
「ちょっとカモメさん……」
 タキが止めるのも聞かずカモメはひょいとフードをつまんで脱がしたのです。そこには怯えた表情のディー。
「……可愛い。大きくなったらぼくと結婚して下さい!」
 バッと頭を下げるカモメ。
「また始まったわ。カモメの無差別プロポーズ」
 ユカワもタキも呆れ顔でこの状況を見ています。
「ぼくと君の出逢いはきっと運命! 君はまるで空から舞い降りた天使! ん? これ前にも言った気が……」
「カモメさん、ディーは男ですよ」
「え、うそ!」
 誰よりも先に驚きの声を上げたのはユカワでした。
「女の子じゃないん? えー、見えへーん!」
「ふむふむ。愛があれば問題なし!」
「カモメさん。無駄に前向きすぎです。拒否権はディーにあるんで」
 一気に騒がしくなる食堂の様子にディーは少し不安そうに手を膝に置いて下を向きます。
「それはともかく。リーダー、ディーをここに置いて欲し……」
 座ったままうとうと舟を漕ぐリーダー。
「ほんまに寝起き悪いわー、この人ー」
 ユカワはリーダーの肩をツンツンとつつきますがまったく起きそうにありません。
「ディーかぁ、名前も素敵だなぁ! 海だね海!」
 マイペースなカモメは隣に座ってディーに構い続けます。
「……海?」
「よし決めた! 君も今日から入団するんだよね? じゃあ名前は『ウミ』ちゃんに決定!」
 ディーは眉間にしわを寄せてカモメの顔を見上げました。
「おや? 気に入らない?」
「何で海なんですか?」
 ディーの代わりにタキが問いかけました。
「どこかの国の言葉か古代語で、『ディー』って海って意味があるんだよねー。んー、でも気に入らないかぁ」
 カモメは目を瞑り天井をあおぎました。
「よし! 『テンシ』ちゃんはいかがかな?」
「や」
「まさかの即答? じゃあ」
「『ディー』のままがいい。他の名前なんか要らない」
 ディーはそう言って食堂を飛び出して行ってしまいました。
「おい、ディー……」
「おっとドロくんストーップ! ここはぼくに任せて」
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