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第43話 NAGI
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帰り道。昨日は一睡もしていなかったせいかぐっすりと眠っているディーを背負って、僕達はようやく門まで帰って来た。
この門をくぐれば下町だ。下町……。あれ?
それ、まずくない? え、今晩教団本部に行けなくないですか? ていうか、すでに夜だし!
馬鹿すぎる僕! もう一度城下町に入る方法を全然考えてなかった!
「おっと、しまった」
その時、前を歩くおじいさんがピタリと止まった。
「どうしたんですか?」
「いや、仕事道具を一つ忘れて来てしまったようじゃ。まずいのう。明日は朝一で仕事が入っているのに」
「あ、じゃあ僕が取って来ますよ。僕なら走ってすぐ取って来れますし」
「しかし、いいのか? お前も疲れてるじゃろう?」
「平気ですよ。僕、体力には自信があるんです。でも、ディーを起こしちゃうとかわいそうだから先に連れて帰ってて貰ってもいいですか?」
僕はおじいさんにディーをそっと手渡した。
「すまないのう。じゃが助かった」
「気にしないで下さい。じゃ、行ってきます!」
僕はおじいさんから忘れた場所を聞いて走り出した。
「えーっと、教団本部の花壇のそばにあるかもって言ってたなぁ」
きっと、ディーと僕を待ってる間に置き忘れちゃったんだろうな。早く忘れ物を取って来てもう一度教団本部に行く方法を考えなきゃ。
ん? って、今! すんごいチャンスだ! 今気づいた!
僕はさらに急いで教団本部まで走った。門番がいたけど昼間会ったし忘れ物の事を伝えるとあっさりと通してくれた。きっとあのおじいさんがすごく信用されてるからなんだろうな。
なのに、ごめんなさい! 話をしたらすぐに帰ります!
僕は木を登ってリサのいた部屋のバルコニーへと飛び移った。カーテンはひかれているので中の様子は見えない。でも何だか真っ暗みたいだ。僕が遅かったからリサ寝ちゃったのかな。
「リサ?」
控え目に声をかけてみるけど返事はない。僕はそっと窓に手をかけた。リサの言った通り鍵はかかっていなかった。
僕は静かに部屋の中へ。明かりはなく、窓から入る月明かりが部屋を照らした。でも、何故かリサの姿はない。
広い部屋を見渡すと天葢付きのベッドが目に入った。
何だ、やっぱり寝ちゃったのか。
起こしちゃうのは悪いけどどうしても話をしたい。
僕はそっとベッドを覗きこんだ。リサは、布団を頭まで被って眠っている。
「リサ……」
体を揺すってみても反応がない。何だろうこの胸騒ぎ。嫌な予感がする。恐る恐る布団をめくる。そして、目の前に現れた光景に僕は言葉を失った。
青白い光に照らされた白いシーツには、真っ赤な血の海が広がっていたから。
「リサ!」
我に返り体を揺すって仰向けになった人物を見て驚愕した。
「リサじゃ……ない?」
ナイフが深々と胸に刺さっているその女性は教団員の服を着ていた。すぐに手首を取って確認してみたけどもうすでに事切れていた。
「そんな、一体何が……? リサは?」
部屋の中を見回そうとした時一人の人物が家具の物陰から飛び出した。その人物はもの凄い勢いで部屋を出ていく。
「あ、待って!」
僕はすぐに後を追って部屋を出た。その時、一瞬変わった香りがして僕は足を止める。何よりその人物は顔は見えなかったもののどこかで見た事のある薄桃色の服を着ていたから。
「リサ! 待って!」
後ろ姿に呼び掛け後を追おうと廊下に出た時。
「きゃあああああ!」
その人物が逃げ去った方とは反対側から悲鳴が上がった。振り向いた僕も思わず悲鳴を上げそうになる。
部屋の前にはもう一人教団員の人が……血まみれで倒れていたのだから。
「誰か、誰か来て! 侵入者よ!」
さっき悲鳴を上げたメイド姿の女性が声を張り上げる。
「あ、あの! 違います! 僕は……」
あっという間にたくさんの人がここへ駆けつけた。弁解する事も、逃げ出す事もできず、僕はそのまま取り押さえられてしまった。
僕は拘束され、教団本部内にあった自警団の詰所へ連れて来られた。
「おい! お前がやったんだろ! さっさと吐け!」
目の前の机を叩かれ肩が震えた。どうやら完全に僕が疑われているらしい。あの状況じゃそう思われても仕方ない。
「僕はやってません……」
自分でも思うくらい情けない声で僕は答えた。
「だったら何故お前はあの場所にいた?」
「…………」
「救世主様の命を狙って来たんじゃないのか?」
「違います!」
リサの命を? そんな事絶対するはずがない。そう答えて顔を上げた僕は、その自警団の男の人の目に見覚えがあった。
「だったら強盗か。大人しそうな顔して二人も殺しやがって」
「違います! 僕はやってないです!」
「じゃあこれはどう説明するんだ?」
男の人が乱暴に机に置いたのは、あの日、僕がリサから貰ったあの金貨の袋だった。
「何でお前みたいな奴がこんな大金持ってるんだ? あの屋敷で盗んだんだろう?」
「違います……」
どう、説明すれば。だけど、今僕が本当の事を話せば、リサが疑われる。何故かそんな気がした。
僕の態度を見て男の人はやっぱりかという風に笑った。
僕は唇を噛みしめて俯く。
どうしよう。このままじゃ本当に僕が犯人にされてしまう。
「すみません、いいですか?」
その時ノックが聞こえてもう一人男の人が現れた。二人の自警団の人は部屋の入り口の近くでコソコソと話をしている。
「目撃者の証言によると……薄桃色の服を着た少女が逃げて行くのを見たそうです」
そう報告をした男の人は椅子に座ってる僕へ視線を移した。
「そして、その少年が、その少女の事を『リサ』と呼んでいたそうです」
「ほう。で、肝心の『リサ』様は?」
男の人がニヤリと笑った。僕は血の気が引いていくのが分かった。
「まだ見つかっていません」
「なるほどなぁ。救世主様が共犯という線も出てきたわけだ。大方あの強引な婚約が原因で逃亡したんだろう。違うか? 少年」
男の人はまるでこの展開を望んでいたように僕にそう言った。
「いくら救世主様と言えども、二人も殺せば処罰は免れんだろうな」
そうか、思い出した。
この人の目。
あの日、ルーアで、リサを責めていた人達と同じ目。
この人も『救世主を恨んでいる側』の人間だ。
「おい、どうした? お前はどうせこの金で救世主に雇われたんだろ?」
男の人が払い落とした金貨が、床に散らばった。
あの時、『頼むぜ』と言ったリサの想いを、覚悟を、踏みにじられた気がした。
「…………」
「とうとう認める気になったか?」
ディー、ごめんね。ずっと一緒にいるって言ったのに。でも、あのおじいさん達なら優しいし、きっとディーを見てくれるよね。
「急にだんまりか? ほとんど認めたようなもんだぞ?」
タキ、フロル。結局会う事は出来なかったな。でも、元気でいてね。
「おい! 何とか言ったらどうだ?」
リサ、僕は君を信じてるよ。
だって、僕は君を、心から愛していたから。
一緒に、朝焼けを見たかったな。
「あ? な、何だ?」
僕は立ち上がって男の人の目を見据えた。
「救世主様は、関係ありません。僕……一人で……僕が、やりました」
ごめんね、みんな。
僕はやっぱり、馬鹿でとろいみたいだ。
この門をくぐれば下町だ。下町……。あれ?
それ、まずくない? え、今晩教団本部に行けなくないですか? ていうか、すでに夜だし!
馬鹿すぎる僕! もう一度城下町に入る方法を全然考えてなかった!
「おっと、しまった」
その時、前を歩くおじいさんがピタリと止まった。
「どうしたんですか?」
「いや、仕事道具を一つ忘れて来てしまったようじゃ。まずいのう。明日は朝一で仕事が入っているのに」
「あ、じゃあ僕が取って来ますよ。僕なら走ってすぐ取って来れますし」
「しかし、いいのか? お前も疲れてるじゃろう?」
「平気ですよ。僕、体力には自信があるんです。でも、ディーを起こしちゃうとかわいそうだから先に連れて帰ってて貰ってもいいですか?」
僕はおじいさんにディーをそっと手渡した。
「すまないのう。じゃが助かった」
「気にしないで下さい。じゃ、行ってきます!」
僕はおじいさんから忘れた場所を聞いて走り出した。
「えーっと、教団本部の花壇のそばにあるかもって言ってたなぁ」
きっと、ディーと僕を待ってる間に置き忘れちゃったんだろうな。早く忘れ物を取って来てもう一度教団本部に行く方法を考えなきゃ。
ん? って、今! すんごいチャンスだ! 今気づいた!
僕はさらに急いで教団本部まで走った。門番がいたけど昼間会ったし忘れ物の事を伝えるとあっさりと通してくれた。きっとあのおじいさんがすごく信用されてるからなんだろうな。
なのに、ごめんなさい! 話をしたらすぐに帰ります!
僕は木を登ってリサのいた部屋のバルコニーへと飛び移った。カーテンはひかれているので中の様子は見えない。でも何だか真っ暗みたいだ。僕が遅かったからリサ寝ちゃったのかな。
「リサ?」
控え目に声をかけてみるけど返事はない。僕はそっと窓に手をかけた。リサの言った通り鍵はかかっていなかった。
僕は静かに部屋の中へ。明かりはなく、窓から入る月明かりが部屋を照らした。でも、何故かリサの姿はない。
広い部屋を見渡すと天葢付きのベッドが目に入った。
何だ、やっぱり寝ちゃったのか。
起こしちゃうのは悪いけどどうしても話をしたい。
僕はそっとベッドを覗きこんだ。リサは、布団を頭まで被って眠っている。
「リサ……」
体を揺すってみても反応がない。何だろうこの胸騒ぎ。嫌な予感がする。恐る恐る布団をめくる。そして、目の前に現れた光景に僕は言葉を失った。
青白い光に照らされた白いシーツには、真っ赤な血の海が広がっていたから。
「リサ!」
我に返り体を揺すって仰向けになった人物を見て驚愕した。
「リサじゃ……ない?」
ナイフが深々と胸に刺さっているその女性は教団員の服を着ていた。すぐに手首を取って確認してみたけどもうすでに事切れていた。
「そんな、一体何が……? リサは?」
部屋の中を見回そうとした時一人の人物が家具の物陰から飛び出した。その人物はもの凄い勢いで部屋を出ていく。
「あ、待って!」
僕はすぐに後を追って部屋を出た。その時、一瞬変わった香りがして僕は足を止める。何よりその人物は顔は見えなかったもののどこかで見た事のある薄桃色の服を着ていたから。
「リサ! 待って!」
後ろ姿に呼び掛け後を追おうと廊下に出た時。
「きゃあああああ!」
その人物が逃げ去った方とは反対側から悲鳴が上がった。振り向いた僕も思わず悲鳴を上げそうになる。
部屋の前にはもう一人教団員の人が……血まみれで倒れていたのだから。
「誰か、誰か来て! 侵入者よ!」
さっき悲鳴を上げたメイド姿の女性が声を張り上げる。
「あ、あの! 違います! 僕は……」
あっという間にたくさんの人がここへ駆けつけた。弁解する事も、逃げ出す事もできず、僕はそのまま取り押さえられてしまった。
僕は拘束され、教団本部内にあった自警団の詰所へ連れて来られた。
「おい! お前がやったんだろ! さっさと吐け!」
目の前の机を叩かれ肩が震えた。どうやら完全に僕が疑われているらしい。あの状況じゃそう思われても仕方ない。
「僕はやってません……」
自分でも思うくらい情けない声で僕は答えた。
「だったら何故お前はあの場所にいた?」
「…………」
「救世主様の命を狙って来たんじゃないのか?」
「違います!」
リサの命を? そんな事絶対するはずがない。そう答えて顔を上げた僕は、その自警団の男の人の目に見覚えがあった。
「だったら強盗か。大人しそうな顔して二人も殺しやがって」
「違います! 僕はやってないです!」
「じゃあこれはどう説明するんだ?」
男の人が乱暴に机に置いたのは、あの日、僕がリサから貰ったあの金貨の袋だった。
「何でお前みたいな奴がこんな大金持ってるんだ? あの屋敷で盗んだんだろう?」
「違います……」
どう、説明すれば。だけど、今僕が本当の事を話せば、リサが疑われる。何故かそんな気がした。
僕の態度を見て男の人はやっぱりかという風に笑った。
僕は唇を噛みしめて俯く。
どうしよう。このままじゃ本当に僕が犯人にされてしまう。
「すみません、いいですか?」
その時ノックが聞こえてもう一人男の人が現れた。二人の自警団の人は部屋の入り口の近くでコソコソと話をしている。
「目撃者の証言によると……薄桃色の服を着た少女が逃げて行くのを見たそうです」
そう報告をした男の人は椅子に座ってる僕へ視線を移した。
「そして、その少年が、その少女の事を『リサ』と呼んでいたそうです」
「ほう。で、肝心の『リサ』様は?」
男の人がニヤリと笑った。僕は血の気が引いていくのが分かった。
「まだ見つかっていません」
「なるほどなぁ。救世主様が共犯という線も出てきたわけだ。大方あの強引な婚約が原因で逃亡したんだろう。違うか? 少年」
男の人はまるでこの展開を望んでいたように僕にそう言った。
「いくら救世主様と言えども、二人も殺せば処罰は免れんだろうな」
そうか、思い出した。
この人の目。
あの日、ルーアで、リサを責めていた人達と同じ目。
この人も『救世主を恨んでいる側』の人間だ。
「おい、どうした? お前はどうせこの金で救世主に雇われたんだろ?」
男の人が払い落とした金貨が、床に散らばった。
あの時、『頼むぜ』と言ったリサの想いを、覚悟を、踏みにじられた気がした。
「…………」
「とうとう認める気になったか?」
ディー、ごめんね。ずっと一緒にいるって言ったのに。でも、あのおじいさん達なら優しいし、きっとディーを見てくれるよね。
「急にだんまりか? ほとんど認めたようなもんだぞ?」
タキ、フロル。結局会う事は出来なかったな。でも、元気でいてね。
「おい! 何とか言ったらどうだ?」
リサ、僕は君を信じてるよ。
だって、僕は君を、心から愛していたから。
一緒に、朝焼けを見たかったな。
「あ? な、何だ?」
僕は立ち上がって男の人の目を見据えた。
「救世主様は、関係ありません。僕……一人で……僕が、やりました」
ごめんね、みんな。
僕はやっぱり、馬鹿でとろいみたいだ。
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