DEAREST【完結】

Lucas

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第34話 RISA

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 城門を出てしばらく馬車に揺られて到着したのがこの屋敷。馬鹿でかい教団の本部。聖堂? 神殿? そんな感じの建物があってその隣に建つ洋館にわたしは住むらしい。クルッと見回しただけでクロッカスくらいの広さがあると分かるこの場所。ここが全部教団本部の敷地だ。
 わたしに与えられた部屋は城で泊まった部屋と変わらないくらい広くて落ち着かない。天葢付きのベッドだなんて悪趣味だ。おごそか、かぐわしい、こうごうしい。そんな感想を言って欲しいんだろうなと思うような調度品の数々。こんな息の詰まる部屋で暮らすのか。世界救出の道ができるまでのあいだ。
「素敵なお部屋ですわね。リサ様」
 メイド姿のままで今日はポニーテールにしたジュジュがお上品に笑う。
「趣味わりぃ」
「ノリ悪いなー。いいじゃん、立派な屋敷に住めて」
 ジュジュはそう言ってベッドにダイブした。
「あたしの使用人の部屋のベッドとは大違いだ」
「なあ、ジュジュ。何で教団はわたしを王子と結婚させようとしたんだ?」
 わたしは窓のそばのソファーに腰掛けた。開かれた窓から潮の香りも木々の香りもしない風が舞い込んで来る。
「んー?」
「国を動かしやすくなるからか?」
「それもあると思うしー、『救世主様』の血を引いた跡継ぎも欲しかったんだってー。お偉いさんは血統書付きのものが大好きですから」
 ジュジュは枕に顔を押しつけたままくぐもった声で答えた。
「吐き気がする」
「実際吐き気がしてたのは王子かもよ? 今朝だって、真っ青でお前と目が合わせられねーくらいビビってたじゃん」
 ごろんと寝返りを打ってジュジュは思い出し笑いをする。
「ジュジュ、わたしこれからどうなると思う?」
「自分が一番良く分かってるだろ? 保護と見せかけた軟禁状態」
 ジュジュはよっと身を起こすとこっちに歩いて来た。そしてわたしの隣に座るとその長い足を組む。
「今より自由が欲しけりゃ結婚だな。少なくとも、城も行動範囲に含まれる」
「でも、いつかは旅に出る」
 世界救出の旅に。そして。
「わたしは……死ぬ」
 自分の爪先に視線を落とす。ヒールのついた高価そうな靴。入り口から部屋まで歩いただけなのに、もう足が痛い。
「結婚すれば、ガキが生まれるまでは安泰だ」
「やけに結婚を推してくるな」
 ジュジュは大きなあくびをして首を傾げた。
「そうか?」
「結婚だけはない。絶対にしない。あんな奴のガキを生むくらいなら」
「死んだ方がまし?」
 「…………」
「結婚も嫌。死ぬのも嫌。救世主様はワガママですわね」
 茶化してくるジュジュに腹が立ってわたしは髪を触って来た手を振り払った。
「お前に何が分かるんだよ? わたしには自由も残された時間もほとんどない。救世主になった瞬間から、絶望しかなかった」
 その絶望から救ってくれた男さえ、わたしは失った。
 胸が苦しくなって、目の前の景色が滲んで来て、わたしは横を向いてジュジュから目を逸らす。
「おい、泣くなよー」
「泣いてねーよ」
 そう言って目を擦るとジュジュはわたしの髪をそっと耳にかけた。
「もしかして、お前好きな男いる?」
「は?」
「やたらと結婚嫌がるから」
「…………」
「いるのか。ふーん、へー、ほうほう」
「お前には関係ない」
 ニヤニヤと笑うジュジュは言葉とは裏腹に手つきは優しい。指先ですくうようにわたしの髪を弄ぶ。
「何?」
「いや、髪綺麗だなーと思って」
「そうか?」
 バッサリと切ったあの頃よりかは伸びた髪。それでも肩につくかつかないかギリギリってところだ。
「綺麗だ」
「わたしからしたら、真っ直ぐなジュジュの髪の方が綺麗に見えるけどな。わたし猫っ毛だし」
「伸ばす?」
「さあ」
 髪なんか今はどうだっていい。わたしが俯くと、ジュジュは今度はわたしの頬に触れた。
「……ちょっと似てるかもな」
 その言葉にドキッとした。
「だ、誰に?」
「『リサ』に。同じ名前、金髪、青い目、よく似てる」
 胸がざわつく。
「前にさ、魔物に襲われたんだ。その時、あたしを助けてくれた女の人がいてさ」
「その人は……どうなったの?」
 ジュジュの顔がまともに見れない。なのに、話の続きを促す。
「死んだ。まだ小さな子ども連れてたのにさ、なのに、あたしの事を身を呈してかばってくれたんだよな……。あの子ども、どうなったんだろう」
 リサなんて名前、よくある。
 だけど、何の因果だろうか。
 ここまで来ると怖いよ、セナ。
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