DEAREST【完結】

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第24話 NAGI

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「リサ、起きて! ディーがいない!」
「ん? あ、ごめん寝ちゃってた……見張り……」
「そんな事よりディーが!」
「トイレじゃね?」
 リサも立ち上がって辺りを見回す。
「でも、いつもは目の届かない所には行かないのに……。ディー! どこ?」
 やっぱり返事はなく探しに行こうかと後ろを振り返った時。
「わっ! ビックリした! いるなら何か言えよ!」
「ディー!」
 そこにはどこから現れたのかディーが野うさぎを抱っこして立っていた。
「良かった、無事で……。あ、うさぎさん見つけて追いかけて行っちゃってたの?」
 ディーが抱っこしているとうさぎがまるでぬいぐるみみたいに見える。重そうに持っているディーが可愛い。
「うさぎさん可愛いね」
 そう言って僕がうさぎに手を伸ばしたらディーが口を開いた。
「シチュー」
「え?」
「え?」
 リサと僕が同時に聞き返す。
「シチュー」
「…………」
「…………」
 いやいやいや何かの聞き間違いかも。それともうさぎの名前かな。シュールだね。 
「おい、ディー。逃がしてやれ」
 リサはディーからうさぎを取り上げてポンと投げた。うさぎはそのまま地面に着地してピョンピョン跳ねていく。
「ったく。どこで捕まえて来たんだよ」
「せっかく捕まえたのに」
 あ、ディーが珍しく言い返した。
「は?」
「お水」
 そう言ってディーはリサの隣をすり抜けて川辺に向かった。僕とリサはそんなディーの後ろ姿を見て顔を見合わす。
「随分とたくましいガキだな。あいつなら一人でも生きていけるよ」
 リサが皮肉めいた言い方をする。
「ディーはただ、もしかしたら僕達の為に」
「だったらお前はあのうさぎ料理できた? リクエストはシチューらしいけど」
「む、無理」
「わたしにも無理だ」
 リサは腕を組んでため息をついた。
「わたし、あいつの面倒みれるか不安だな」
「リサ、大丈夫だよ。僕もいるから」
 すると僕達の会話が聞こえたのかディーがこっちに走って戻って来た。そして僕に向かって両手を伸ばす。
「どうしたの? 抱っこ?」
 僕はディーを抱き上げた。ディーは僕の首に両手を回してぎゅーっと抱きついてくる。
「……ナギはお父さん」
「ディー、そうだね」
「お父さん? 何の事だ?」
「あのね、僕がディーのお父さんになるって約束したんだ」
 改めて口にすると奇妙な約束だ。僕はまだ十六歳。ディーは六歳。きっと、どう見ても兄弟にしか見えないだろうな。現にリサは呆れた目をしている。
「お前、そんな事言ったのかよ?」
「だ、だって」
「ナギはお父さん」
 ディーはまたそう言ってさらにきつく抱きついてくる。
「ガキ相手だからってその場しのぎで適当な事言うなよ」
「違うよ! そういうつもりで言ったんじゃない! 本当に違う! 僕は……」
「分かってる」
「え?」
 リサはポンと僕の背中を叩いた。
「そういう事を適当に言う奴じゃないもんな。お前のそういう馬鹿なところ嫌いじゃない」
 僕はその言葉に驚いた。『馬鹿なところ』を嫌いじゃないなんて言われたのはじめてだ。
「何で泣くんだよ。でかいんだから泣くな」
「ご、ごめん」
 今度はバシンと背中を叩かれた。
「お父さんならちゃんとしつけしたらどうだ?」
「しつけ?」
「うさぎ」
 どういう事だろう。うさぎさんは可愛いから食べちゃダメだよーって事かな。
「勝手に離れて遠くに行くなって事。まだ叱ってないだろ?」
「あ、そっちか。あのね、ディー。今度からは絶対に一人で遠くに行っちゃダメだよ?」
 ディーは僕の顔を見上げてきょとんとしたままだ。
「何でダメなのか説明してやらないと」
「うん。あのね、えっと、ディーがもし迷子になったり、魔物に連れ去られちゃったら僕すっごい悲しいんだ。だから、今度から絶対離れないって約束してくれる?」
「……ナギ、悲しい?」
「うん、悲しい」
「……約束する」
 ディーはこくんと頷いた。良かった。分かってくれた!
「ありがとう、ディー! リサ、ちゃんと分かってくれたよ?」
「うーん。まあ、お前らしいか。よくできました」
 リサはそう言って指で丸を作った。
「良かった! じゃあ、出発しようか」
 僕達は再び川縁を歩き始めた。何だか前よりも二人に近づけた気がする。それにしてもディーはうさぎをどこで見つけたんだろう。まさかこの崖を登って森に? まさかね。
 でも、崖にはたくさんの細い木の根が張っている。これを掴んでいけば登れなくはないのか。僕だと根が体重に耐えられないだろうけど、ディーなら。うーん、さすがに無理だよね。考え過ぎかな。きっと、迷子のうさぎをたまたま見つけたんだ。うん。
「……おはよう、ナギ」
「え?」
「挨拶遅っ!」
「おはよう、リサ」
「はいはい、おはよー」
 あ、そっか。今日の朝の挨拶まだだった。
「おはよう、ディー、リサ」
 挨拶を交わしてまた海を目指して歩き始めた僕達。僕は向こう岸にも目を凝らしながら歩いて行く。フロルは花柄のワンピースに着替えていた。この景色なら遠い向こう岸にいてもきっと目立つだろうから。
 穏やかに流れ続ける川が太陽の光を真上から受け出した頃。
「何の音かな?」
 僕は耳を澄ました。
「急に水の音が大きくなったな。もしかして」
 僕達は嫌な予感がして音のする方向へ走って行く。その時、視界に飛び込んで来た光景。それは、青く、どこまでも広がった海だった。
「リサ! 見て!」
「海……」
 隣を走っていたリサがピタリと止まる。僕も立ち止まって振り返った。
「ナギ、下見てみろ」
 リサが指を差す。ごうごうと鳴り響く音に見なくても分かる気がした。ゆっくりと前を見る。ディーがしゃがんで下を覗き込んでいた。
 道はそこで途切れていた。
「そんな……」
 そこは大きな滝だった。
「何だよこれ。もう目の前は海だってのに」
「どうしよう」
 周りを見渡しても他に通れそうな場所はない。もちろん崖も登れない。それにタキやフロルもいない。ここまですれ違わなかった。もしかして僕達の後ろにまだいるんじゃ……。
 そう思って僕はまた後ろを振り返った。すると、リサが両手で口元を押さえた。
「ディーが!」
 リサがそう叫んで、僕が前を見た瞬間。
 ディーは滝に向かって飛び降りた。
「ディー!」
 僕はディーに向かって手を伸ばす。リサが、後ろから僕のシャツを引っ張った気がした。
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