DEAREST【完結】

Lucas’ storage

文字の大きさ
上 下
22 / 221

第22話 NAGI

しおりを挟む
「ナギ……」
 僕の腕の中からディーが抜け出た。そして顔を上げて僕の目を真っ直ぐ見つめる。
 ああ、やっぱりダメだった。また僕の言葉は伝わらない。そう思って僕はディーから目を逸らそうとした。でも、その瞬間。
「ありがとう、ナギ」
 ディーは笑った。今までに見た事のないディーの笑顔に、今度は僕の涙が流れ出した。
「ディー……」
 ぐずつく僕の頭を小さな手でぽんぽんと撫でてくれるディー。
「ふふ、ありがとう。ごめんね、お父さんになるならしっかりしなきゃね」
 僕は袖で涙を拭って立ち上がった。
「じゃあ、みんなを探しに行こっか」
 そう言ってディーを抱き上げようとするとディーは首を横に振った。そして僕の隣に並んで手を繋いだ。
「え、大丈夫? もう歩ける?」
 ニッコリ微笑んで頷くディー。お出かけを喜ぶ子どものように繋いだ手を揺らしていた。ディーの嬉しそうな顔を見ると僕も嬉しくなる。
『信じた道を進め』
 きっとこういう事なんだろうな。
「フロル達が見つかったら、次はリサを探さないとね」
「リサ?」
「うん。早く会いたいね」
 あれ? そっぽ向いちゃった。
「夜になるまでに見つかるといいね」
「…………」
 ご、ご機嫌ななめになっちゃった。


 そうして、しばらく歩いて行くうちに、日が随分傾いて来た事に気づいた。
「ディー、今日はこの辺で休もうか」
 ディーは頷いてその場に座った。やっぱり疲れてたんだな。途中から抱っこしてあげれば良かった。さっきからあまり変わらない景色に見つからないみんな。少し不安になったけど周りの崖が少し低くなり、木々が増えて来た事にちょっとほっとした。
「ディー、火を起こす準備をするからね。ちょっと待ってて」
 でも、静かすぎるというか……魔物がいるような気配は一切感じられない。いい事なんだけど立て続けに襲われた後だと違和感があった。
「……ま、いいか」
 僕はとりあえず枯れ木や木の葉を集め始めた。 
「や、やっと火がついたー。ありがとう、ディー」
 結局火がついたのは日が完全に沈んでからだった。辺りはすでに真っ暗で焚き火の灯りに安心する。
「ディーはすごいね。火の起こし方知ってるんだ」
 木の枝を使って摩擦力で火を起こす方法。聞いた事はあったけどこんなに難しいとは思わなかった。ディーはセナさんに教わったのかな。ディーは指笛もいつの間にか覚えていたし飲み込みの早い子なのかも。
「あ、指笛! もしかしたらフロル達が気づいてくれるかも!」
 僕はさっそく立ち上がって指笛を吹いた。ディーも同じように吹き始める。その音は夜空に響き渡った。
「……ダメかな?」
 耳を澄ましてみる。
 その時、川上の方から誰かが近づいて来た。
「フロル? タキ?」
 真っ暗で姿はよく見えない。ただ、確実にこっちに向かって歩いて来ている。
 だけど、月明かりに焚き火の灯りが手伝って、だんだんとその姿が見えて来た時、僕の胸は高鳴った。忘れもしない朝焼けの色の服。
「リサ!」
「ナギ……?」
 僕が駆け寄るとリサはこっちに倒れ込んで来た。
「リサ! 大丈夫?」
 リサの体を抱き止めるとリサはさらに僕に体を預けて来た。随分疲れてるみたいだ。
「良かった……やっぱ無事だったんだな」
「うん。リサ、怪我はない?」
「……ない」
 腕の中のリサは体がすごく冷たくなっていた。僕はリサを火の近くまで連れて行く。
「ほら、座って。怪我がなくて本当に良かった……。リサが乗っていた馬車も川に落ちたの?」
「いや、違う。ん? ディー?」
 リサは火を挟んで向かい側に座るディーに気づいて顔を上げた。ディーはその目に炎をゆらゆらと映しながらリサを見ている。
「うん、ディーもこの通り無事だよ」
「そっか、安心した」
 はあっとため息をつくリサ。暗くて分かりにくいけど顔色が悪い。
「リサ、疲れたでしょ? 話は明日にして、今日は休もう?」
 リサの肩に手を置く。
「ナギ……本当にさ、わたし疲れたよ」
 すると、リサは僕の手を横目に話し出した。
「リサ?」
「寒い……」
 リサは自分を抱きしめるように腕を擦る。
「大丈夫?」
 僕は寒いと言うリサを他に方法が思いつかなくて咄嗟に抱きしめてしまった。ディーの視線を感じながら、でも、離れられなくて。
 ああ、リサが生きてる。微かに伝わってくる温かさに涙が出そうになってそのままでいたら、リサは僕の背中に手を回した。
「世界が完全に敵に回った気分だよ、ナギ」
「え?」
「木も、花も、みんな魔物だ。どこへ逃げても、わたしの場所がない」
「そんな事ないよ……リサ」
「だって、お前も見ただろ? あの馬鹿デカイ木の魔物を」
 僕は窓から見えた馬車を覆う木を思い出した。あれは、やっぱり魔物だったのか。
「リサの馬車もその魔物に落とされたの?」
「ううん……わたしは、馬車が落ちてくのが見えたから」
 リサはさらにぎゅっと腕に力を入れた。
「お前達が、落ちてったから……」
「もしかして、それで飛び降りたの?」
「だって……」
「何でそんな危ない事したの? 死んじゃうかも知れないのに!」
 すっごく高かったのに。絶対にすっごく怖かったはずなのに。その時のリサの気持ちを考えると僕の指は震えた。
「そんなに……そんなに僕達の事心配してくれたの?」
「お前じゃねーよ。ディーを……頼まれたから」
「そっか……。でも、もうそんな無茶しないでね」
「だったら、お前が見張ってろよ」
「うん。もう目を離さない」
 僕がそう言うと、リサはパッと離れてペシンと僕の頭を叩いた。
「バーカ。そういう事軽々しく言うな」
 リサはいつものように勝ち気な笑みを見せた。
「ご、ごめん。でも!」
「ん?」
「これだけは信じて。僕、リサの味方だよ。世界がどうであっても、それだけは変わらないし、リサがリサだから、この『リサ』だから、僕はそう思うんだよ」
 今度こそ伝われ。僕の気持ち。
「何だよ、このリサって」
「え? えっと、だからね。ここにいる、この『リサ』! えっと、リサが言ってたセナさんのお嫁さんとか、僕が好きだった人? とか、関係なくて!」
 リサの表情は徐々に真剣になっていく。
「リサはリサでしょ? だから……僕が好きだったリサなんて他にいないよ。僕が好きなのは『リサ』だけだよ。今、目の前にいるリサだけだよ」
 届いて。僕の想い。
「好きだよ、リサ。大好きだよ」
 凛とした態度でどこか不思議なオーラを纏った彼女が僕の住む村にやって来た。きつい口調。ちょっと怖そう。そんな第一印象の彼女。だけど、初めて笑顔を見た時に可愛いって思った。
 いつも強がっているのに人知れず涙している横顔を見て綺麗だなって思った。
 まったく人に媚びなくてありのままの自分の言葉をぶつける彼女はすごく格好いいなって思った。
 タキの言葉に泣いてしまった僕。あの時、リサは僕の代わりに怒ってくれたんだ。
 泥を被ってくれたリサに何も言えずタキにも答えてあげられず。すぐにはっきりとした態度を取れない自分に嫌気が差した。
 『ありがとう、僕なら大丈夫』『それは違うよ、タキ』。あの時、この言葉だけ言えていたら何か変わったかな。
 もうそんな後悔はしたくない。だから、全部全部、その時に伝えるんだ。伝わるまで。
しおりを挟む

処理中です...