DEAREST【完結】

Lucas

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第13話 RISA

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「もうすぐそこだ。家が見えるだろ?」
 本当だと言って近づこうとした時、家から誰かが飛び出して来た。フロルだ。
 わたしは声をかけようと手を上げた。その時、誰かがもう一人家から飛び出して来た。
「離してお母さん!」
「いい加減にしなさい! どうしてお母さんの言う事がきけないの!」
 母親らしきその人物はフロルを平手打ちで殴ると腕を引っ張って家へ入れようとした。フロルは足を踏ん張って必死に抵抗している。突然の出来事にわたしとタキは動けずにただ立ち尽くしていた。
「フロルはタキのご飯作りに行くの!」
「だから駄目だと言ってるでしょう! あんな呪われた子と一緒にいて、あなたまで目が見えなくなったらどうするの!」
「ならないもん! 離して離して離して!」
「フロル!」
 さらに平手打ちが飛びわたしは思わず目を瞑った。バァンと大きな音がして扉が閉められたのが分かった。目を開けるとそこにはもうフロルも母親もいなかった。
「何だよ今の。あれがフロルの母親? あ、おいタキ待てよ!」
 わたしは引き返し始めたタキの横に並んだ。すると、タキは急に止まって頭に手を当てた。
「どうした?」
「頭が……」
「大丈夫かよ。ほら、こっち」
 わたし達は近くにあった畑の周りにある小さな柵に腰掛けた。落ち込むタキを慰めてやりたいけど状況が分からなくて何て言っていいのやら。呪われた子ってどういう事だ。
「……悪い。ちょっとましになった」
「ん? そっか。良かったな」
 わたしから切り出していいのかな。それとも何も聞かない方がいいのか。
「……俺の目さ」
 ふいに、タキから口を開いた。
「魔物の呪いで見えなくなったんだって。教団の奴が言ってた」
「魔物の呪い? そんなのあるのか?」
 タキは頷く。
「その魔物を倒せば、俺の目見えるようになるらしいよ。ま、どんな魔物だったのかも覚えてないけど」
「そっか……。でもさ、だからって呪われた子って言い方はひどくね? すげー感じ悪いババアだな」
 見ているこっちが腹立ってわたしはそう言った。それに……わたしの母親を見ているような気分だった。親ってのはどうしてああなんだ。子どもがみんな自分の都合よく動くとでも思ってるのかよ。
「本当にムカつく」 
「何でリサがそんなに腹立ててんだよ」
「いや、だってさ」
「いいんだ、別に。慣れたよ、もう。あの日からみんなの態度がガラッと変わったからな」
 タキはため息をついた。
「変わらなかったのナギとフロルだけだ」
「そっか。あの二人はいい奴だな」
「うん。なのにさ……俺、全然分かってなかった」
 タキは軽く俯いて絞り出すような声で話す。
「そんな『俺』と一緒にいれば、フロルだって同じように言われるって事くらい、少し考えれば分かったはずなのに……フロル……ずっと一人で耐えてきたのかな。あいつさ、変な話はいっぱいするのにさ、肝心な事は話さねーんだよ。嘘ばっかついてさ。俺なんか放っておけばいいのに。やっぱりおかしいよ、あいつ」
 タキはそう言って完全に俯いてしまった。まだガキだなと思える細い肩が震えている。
「フロルはどっちが正しいか分かってるんだよ」
「は?」
「どう考えたって村の連中の態度の方がおかしいだろうが。くっだらねえ偏見で、ガキ一人面倒見る事すらできない屑じゃねえか」
 タキは口をポカンと開けたままこっちに顔を向けた。
「おかしいのはあいつらだ。フロルはおかしくないし、お前は何も悪くねえよ。あー、胸くそわりぃな!」
 わたしはダンっと足を鳴らして爪を噛んだ。するとタキが吹き出した。
「何笑ってんだよ」
「いや、すげーなお前。本当に口悪すぎ」
 タキはそのまま押し殺すように笑い出す。
「だって、本当の事だろ」
「じゃあさ、リサは、俺達このままでいいと思う? 俺の事、本当は迷惑じゃないかな」
「それ、一番良く分かってるのはお前だろ。あいつらと一緒にいてそんな事も分かんねーのかよ」
 わたしはタキの頬をつねり上げてやった。タキはその手を振り払って立ち上がる。
「何すんだよ」
「しいていえば、そのクソ生意気な所は直した方がいいぜ?」
「お前に言われたかねーよ。お前も、もう少ししおらしくしねーとナギに相手してもらえないぞ」
「は? 何言ってんだよ!」
 わたしも立ち上がってさらにタキの頬を両手で引っ張った。
「いって! 離せ馬鹿! バレバレなんだよ」
 タキはまたわたしの手を振り払うと頬をさすりながらニヤリと笑った。
「ナギはかなり鈍感だぜ?」
「う、うるせーよマセガキ」
「胃袋で掴むのはあの料理じゃ無理だしもう少し品を身に着けろ」
 うわー、すっげー腹立つんだけど。やっぱ慰めるんじゃなかったこのクソガキ。
「とりあえず、フロルが来ても今の事は言うなよ。俺達は何も見なかった。いいな?」
「はいはい」
 まあ、わたしだってそこまで首を突っ込むつもりはない。わたし達はとりあえず家へ帰ってナギの帰りを待つ事にした。
「ナギの奴、大丈夫かな? なーんか、頼りないんだよな」
「ナギの扱いも相当悪いよ。この村」
「何でだよ?」
「クビになって帰って来たから。すっげー手の平の返し様だったぞ」
「へー……そりゃまあ何と言っていいやら」
 マジで屑の集まりだわ。


 どれくらい経ったかうとうとし始めた時、ようやくナギが帰って来た。
「ただいま、リサ。タキは?」
「奥で寝てるよ。今日はやたらと頭痛が多いみたいだ」
「そっか……大丈夫かな?」
 抱いていたディーを降ろしてナギは部屋の奥に目をやった。見るからに元気のないナギ。これは、もしかして説得に失敗したのか。
「おい、ナギ。どうだったんだよ?」
「うん……」
 一瞬目を伏せたナギは突然わたしの体を抱き寄せた。
「ナ、ナギ?」
「ごめんね……上手く話せなかった」
「村長は何て?」
「うん、えっと……」
 ナギはわたしの肩に顔をうずめたままぐずぐずと泣き出した。
「泣くなよ。でかいんだから」
「ごめん……」
 そっとわたしから離れて涙を拭う。わたしは少し背伸びしてナギの頭を撫でる。
「村長さんは……この村を捨てるような事できないって」
「は? そんなくだらない理由でか?」
「そ、それに、魔物が来るって話も信じられないって……危険を冒してまで村を出る必要があるのかって……」
「あー、もういい! 魔物が来てからじゃ遅いだろうが。こんな村が命より大事なのかよ」
 わたしはそう吐き捨てて髪をかき上げた。ナギはただオロオロとして「ごめんね」を繰り返す。
 どうするよ。わたしが行くか。いや、無理か。よそ者って時点で聞き入れてもらえないだろうな。
「リサ? どうしよう?」
「とにかく、セナの帰りを待とう。もう一度セナに説得して貰って、いざとなりゃ……」
 無理やり全員連れ出すか……わたし達だけで逃げ出すか。
「いざとなれば?」
「うっせーな。少しは自分の頭で考えろよ!」
「うん、分かった」
 ああ、もう。こいつは何でこう……。
「じゃじゃーん! ご飯作りに来たよー! あれ? タキは? ねえねえ、タキは?」
 険悪な空気のなかいつもの勢いでやって来たフロルに少しホッとした。
「タキなら奥で寝てるって。ディー、もうすぐご飯だから手洗いに行こう」
 突っ立ってたディーをナギが連れて行く。もうそんな時間か。セナは夜までに戻ると言っていたからもうすぐ帰って来るはず。話はそれからだな。
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