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第10話 RISA
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「リサ、今日はもういいの?」
「もう無理。疲れたし。ナギは元気だな」
「うん、僕はまだまだ大丈夫だよ」
そう言って馬から降りたナギはわたしの方へ歩み寄ると手を伸ばした。わたしも馬から降りる為にその手を取る。
「わっ!」
「リサ軽いね」
ナギはわたしを抱きかかえそのまま地面へ下ろした。いや、嬉しいんだけどさ。動きがセナがディーを馬から降ろす時と変わらないんだよな。わたしは子どもか。
「お前さ、もう少し女性の扱いっつーか紳士的な振る舞いを勉強した方がいいぞ」
「うん、分かった!」
分かってない。絶対分かってない。
乗馬の練習をする時だけが二人っきりになれる時間。それなのにこいつがこんな様子では何も進展する気がしない。
「じゃあ、今日はここまでにしようか。ちょっと待っててね」
小屋へ馬を連れていくナギの後ろ姿をわたしは恨めしげに睨む。
「物足りないという顔だな」
「セナ!」
突然聞こえて来た声に振り向くとそこにはディーを抱いたセナがいた。
「ディー。ナギの所に行くか?」
頷いたディーを下に降ろすと途端に厩の方へ走り出した。
「随分懐いてるじゃねーか。わたしにはまだ懐かねーってのに」
「子どもは正直だからな」
「どういう意味だよ」
セナはフッと馬鹿にしたように笑う。どうせわたしは『怖いお姉ちゃん』だよ。
ディーの夜泣きはあれからぴたりと止んだ。だからといって毎日ナギが添い寝をしているということではない。セナが寝かしつける時に同じくベッドに入るようになったからだ。ただそれだけ。それだけで、後は一人でも朝までぐっすりと眠るようになった。
「本日の傭兵様は随分とお暇なようだな」
腕を組んでセナを見上げる。セナはいつもの堅い表情のまま。
「そうだな。いい事だ」
「仕事サボれるのがか?」
「……最近、村の周りに魔物の足跡が増えている」
セナが声を抑えてそう言った。目線は小屋へ向けられている。わたしも一度小屋へ目を向け、二人が戻って来ていないのを確認して再びセナに視線を戻した。
「戦ったのか?」
「いや、魔物自体は見ていない。どうやら深夜に目を盗んでやって来ているようだ」
「村には入って来てないんだよな」
「ああ。だが、まるで様子を窺うように毎日いくつもの足跡をつけていく。しかも、『罠』を避けてだ」
罠……フロルが仕掛けたアレか。
「何で罠を避けてるって分かるんだ? 偶然かからなかっただけかもしれないだろ?」
「私は毎日かかるんだぞ。偶然避けられるとは考えにくい」
「いや、お前は頑張って避けろよ。つーかお前が罠にかかるから、魔物がかかる分なくなってんだろ」
「とにかく、だ」
「話逸らすなよ」
「確実に村の様子を窺いに来ている。それも一体や二体ではない」
セナの声に深刻さが増す。茶化してごまかしていたがさっきから手の震えが止まらない。魔物はこの村を襲うタイミングを窺っている。もしくは、『誰か』を狙って来ているのか。セナはそう言ってるんだ。
「どうするんだ?」
「敵の情報が少なすぎる。今はこちらからは仕掛けられない。いざとなれば……」
セナがそう言いかけた時、足音が近づいて来た。ナギ達が戻って来たんだ。
「セナさん、お帰りなさい!」
「ただいま。ナギ、ちょっといいか?」
セナがナギにそう言ってわたしに目配せをする。今度はわたしにディーを見てろってか。
「ディー、行くぞ」
「いや、お前達もいてくれ」
ディーを連れて戻ろうしたわたしをセナが止める。わたしとナギが首を傾げ合った。
「ナギ、この村に武器はあるか?」
「武器って剣ですか?」
「何でもいい。魔物と戦える物なら」
物騒な質問なのにナギは視線を上げて「うーん」と呑気に考え出す。
「あるかなあ? あ、僕は剣を持ってますけど」
それだよ、それ。それを先に言えよ。ていうか、何でナギが剣を?
「見せて貰えるか?」
「はい!」
ナギはすぐに家へと走り出した。わたしは何を考えているか分からないセナに話し掛ける。
「セナ、みんなで戦う気か? そりゃあ、農具だって立派な武器になるかも知れない。でも、扱うのは年寄り連中に女子どもだぜ?」
「分かっている。だが、近隣の町に避難するにしても、身を守る物は必要だろう?」
心臓がどんどん早く脈打つ。どこか遠い場所の話ではなく、他人事ではなく、今わたし達の身に危険が迫っているんだ。それも確実に。
「リサ、安心しろ。何も今日明日の話ではない。まずは村人の意思の確認が必要だ」
「確認?」
「私が話をする。お前は普通にここでの暮らしを楽しんでいろ」
セナはわたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……それやめろよな」
わたしはその手を振り払って髪を整える。ディーは分かっているのか分かっていないのかそんなわたし達をただぼんやりと眺めていた。
「お待たせしました! ありました! ちょっと埃被っちゃってたけど」
パンパンと埃を払いながらナギが持って来た剣は、古臭いがわたしが見ても立派だと感じる代物だった。あまりにもナギに不釣り合いなそんな剣だった。
「ほう。中々いい剣だな。どうしてお前がこれを?」
セナも同じ事を思ったのか、ナギにそう聞いた。
「えっと、頂いたんです。前に奉公に出た時に」
「なるほど」
セナは剣の柄を眺めて納得したように呟く。
「では剣の腕にも自信がありそうだな」
「ちょっと待てよ、セナ。よく分かんねーんだけど」
そう言うとセナは剣の柄に描かれた紋章をわたしに見せてきた。
「騎士の名家だ」
「騎士?」
「うん! そこの息子さんがくれたんだよ」
ナギは嬉しそうに教えてくれた。とりあえず剣は使えるって事か?
「ふむ、ではお前の腕。見せて貰おうか」
ナギは五秒で負けた。セナが強いのかナギが弱いのか。それすらも分からないほど一瞬でケリがついた。
「セナさん、強いですねー」
笑ってっし。笑ってる場合じゃねーし。
「い、いや。お前も中々……」
気つかわれてるし。あのセナが苦笑いだし。
「おい、ナギ。何だよそれ。お前めちゃめちゃ弱いじゃねーか。騎士の家に弟子入りしたんじゃねーのか?」
「弟子入りじゃないよ。奉公だってば。僕の仕事はただの雑用」
「雑用?」
「うん! でも僕とろくって、一ヶ月でクビになっちゃったんだよね」
だから笑い事じゃねーし。一ヶ月でクビって相当使えないって事じゃないか。
「そうだったのか。ナギ、もうしばらく剣の相手をして貰ってもいいか?」
「はい、構いませんけど……僕じゃあまり役に立たないと思いますよ?」
二人はまた剣を構える。なんだか退屈になりそうだ。セナはナギを鍛えたいみたいだけどあの様じゃあな。
「ディー、暇だろ? 帰ろうぜ」
わたしはディーの手を引こうとしたけど、ディーはふるふると首を横に振った。剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。押され気味だけどさっきよりは善戦しているようだ。
「じゃあ、危ないから離れて見てろ。わたしは帰るから」
ディーを二人から少し離してわたしは家へ戻る事にした。
「もう無理。疲れたし。ナギは元気だな」
「うん、僕はまだまだ大丈夫だよ」
そう言って馬から降りたナギはわたしの方へ歩み寄ると手を伸ばした。わたしも馬から降りる為にその手を取る。
「わっ!」
「リサ軽いね」
ナギはわたしを抱きかかえそのまま地面へ下ろした。いや、嬉しいんだけどさ。動きがセナがディーを馬から降ろす時と変わらないんだよな。わたしは子どもか。
「お前さ、もう少し女性の扱いっつーか紳士的な振る舞いを勉強した方がいいぞ」
「うん、分かった!」
分かってない。絶対分かってない。
乗馬の練習をする時だけが二人っきりになれる時間。それなのにこいつがこんな様子では何も進展する気がしない。
「じゃあ、今日はここまでにしようか。ちょっと待っててね」
小屋へ馬を連れていくナギの後ろ姿をわたしは恨めしげに睨む。
「物足りないという顔だな」
「セナ!」
突然聞こえて来た声に振り向くとそこにはディーを抱いたセナがいた。
「ディー。ナギの所に行くか?」
頷いたディーを下に降ろすと途端に厩の方へ走り出した。
「随分懐いてるじゃねーか。わたしにはまだ懐かねーってのに」
「子どもは正直だからな」
「どういう意味だよ」
セナはフッと馬鹿にしたように笑う。どうせわたしは『怖いお姉ちゃん』だよ。
ディーの夜泣きはあれからぴたりと止んだ。だからといって毎日ナギが添い寝をしているということではない。セナが寝かしつける時に同じくベッドに入るようになったからだ。ただそれだけ。それだけで、後は一人でも朝までぐっすりと眠るようになった。
「本日の傭兵様は随分とお暇なようだな」
腕を組んでセナを見上げる。セナはいつもの堅い表情のまま。
「そうだな。いい事だ」
「仕事サボれるのがか?」
「……最近、村の周りに魔物の足跡が増えている」
セナが声を抑えてそう言った。目線は小屋へ向けられている。わたしも一度小屋へ目を向け、二人が戻って来ていないのを確認して再びセナに視線を戻した。
「戦ったのか?」
「いや、魔物自体は見ていない。どうやら深夜に目を盗んでやって来ているようだ」
「村には入って来てないんだよな」
「ああ。だが、まるで様子を窺うように毎日いくつもの足跡をつけていく。しかも、『罠』を避けてだ」
罠……フロルが仕掛けたアレか。
「何で罠を避けてるって分かるんだ? 偶然かからなかっただけかもしれないだろ?」
「私は毎日かかるんだぞ。偶然避けられるとは考えにくい」
「いや、お前は頑張って避けろよ。つーかお前が罠にかかるから、魔物がかかる分なくなってんだろ」
「とにかく、だ」
「話逸らすなよ」
「確実に村の様子を窺いに来ている。それも一体や二体ではない」
セナの声に深刻さが増す。茶化してごまかしていたがさっきから手の震えが止まらない。魔物はこの村を襲うタイミングを窺っている。もしくは、『誰か』を狙って来ているのか。セナはそう言ってるんだ。
「どうするんだ?」
「敵の情報が少なすぎる。今はこちらからは仕掛けられない。いざとなれば……」
セナがそう言いかけた時、足音が近づいて来た。ナギ達が戻って来たんだ。
「セナさん、お帰りなさい!」
「ただいま。ナギ、ちょっといいか?」
セナがナギにそう言ってわたしに目配せをする。今度はわたしにディーを見てろってか。
「ディー、行くぞ」
「いや、お前達もいてくれ」
ディーを連れて戻ろうしたわたしをセナが止める。わたしとナギが首を傾げ合った。
「ナギ、この村に武器はあるか?」
「武器って剣ですか?」
「何でもいい。魔物と戦える物なら」
物騒な質問なのにナギは視線を上げて「うーん」と呑気に考え出す。
「あるかなあ? あ、僕は剣を持ってますけど」
それだよ、それ。それを先に言えよ。ていうか、何でナギが剣を?
「見せて貰えるか?」
「はい!」
ナギはすぐに家へと走り出した。わたしは何を考えているか分からないセナに話し掛ける。
「セナ、みんなで戦う気か? そりゃあ、農具だって立派な武器になるかも知れない。でも、扱うのは年寄り連中に女子どもだぜ?」
「分かっている。だが、近隣の町に避難するにしても、身を守る物は必要だろう?」
心臓がどんどん早く脈打つ。どこか遠い場所の話ではなく、他人事ではなく、今わたし達の身に危険が迫っているんだ。それも確実に。
「リサ、安心しろ。何も今日明日の話ではない。まずは村人の意思の確認が必要だ」
「確認?」
「私が話をする。お前は普通にここでの暮らしを楽しんでいろ」
セナはわたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……それやめろよな」
わたしはその手を振り払って髪を整える。ディーは分かっているのか分かっていないのかそんなわたし達をただぼんやりと眺めていた。
「お待たせしました! ありました! ちょっと埃被っちゃってたけど」
パンパンと埃を払いながらナギが持って来た剣は、古臭いがわたしが見ても立派だと感じる代物だった。あまりにもナギに不釣り合いなそんな剣だった。
「ほう。中々いい剣だな。どうしてお前がこれを?」
セナも同じ事を思ったのか、ナギにそう聞いた。
「えっと、頂いたんです。前に奉公に出た時に」
「なるほど」
セナは剣の柄を眺めて納得したように呟く。
「では剣の腕にも自信がありそうだな」
「ちょっと待てよ、セナ。よく分かんねーんだけど」
そう言うとセナは剣の柄に描かれた紋章をわたしに見せてきた。
「騎士の名家だ」
「騎士?」
「うん! そこの息子さんがくれたんだよ」
ナギは嬉しそうに教えてくれた。とりあえず剣は使えるって事か?
「ふむ、ではお前の腕。見せて貰おうか」
ナギは五秒で負けた。セナが強いのかナギが弱いのか。それすらも分からないほど一瞬でケリがついた。
「セナさん、強いですねー」
笑ってっし。笑ってる場合じゃねーし。
「い、いや。お前も中々……」
気つかわれてるし。あのセナが苦笑いだし。
「おい、ナギ。何だよそれ。お前めちゃめちゃ弱いじゃねーか。騎士の家に弟子入りしたんじゃねーのか?」
「弟子入りじゃないよ。奉公だってば。僕の仕事はただの雑用」
「雑用?」
「うん! でも僕とろくって、一ヶ月でクビになっちゃったんだよね」
だから笑い事じゃねーし。一ヶ月でクビって相当使えないって事じゃないか。
「そうだったのか。ナギ、もうしばらく剣の相手をして貰ってもいいか?」
「はい、構いませんけど……僕じゃあまり役に立たないと思いますよ?」
二人はまた剣を構える。なんだか退屈になりそうだ。セナはナギを鍛えたいみたいだけどあの様じゃあな。
「ディー、暇だろ? 帰ろうぜ」
わたしはディーの手を引こうとしたけど、ディーはふるふると首を横に振った。剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。押され気味だけどさっきよりは善戦しているようだ。
「じゃあ、危ないから離れて見てろ。わたしは帰るから」
ディーを二人から少し離してわたしは家へ戻る事にした。
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