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20.野外演習②
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演習開始地点は各班に対し、森の外縁に沿って一定間隔で設定されていた。
隣り合う班とはある程度距離が取られており、森の中で合流できないようにしているのだろう。
イアンたちが開始地点に着くと、ダンは森に鋭い視線を向けて佇んでいた。
「すみません。お待たせしましたわ」
「ようやく来たか。あんまりにも遅いから、俺一人で森に入ろうかと思ってたところだ」
「開始までにまだ五分はあると思いますが?それに誰のせいだと…」
ダンの嫌味ったらしい軽口に、セシリアはわなわなと震え、拳を握る。
ただ、ダンはそんなセシリアにまったく気に留めず、話を進める。
「作戦会議するぞ。前衛は?」
「セシリアと俺が引き受けます」
怒り心頭のセシリアに代わり、イアンが答える。
「じゃあ、レイとオルガは後衛だな。オルガは弓か。レイはどうするつもりだ?」
「僕は班のサポートをしようかと思っています」
レイも前衛を張れるくらいの剣の腕はある。
ただ、サポートに回りたいとレイが自分から言い出したのだ。
レイ曰く、そうした方が班のバランスが整う、とのことだ。
加えて、ストッパー役が必要だろう、とも言っていた。
イアンたちも前者はもちろん、後者の意見には妙に納得できたので了承したのだった。
「何だ、攻撃には加わらないのか?」
「はい、そうです。回復、探知、防御の魔法で支援をする予定です」
「他に使える魔法はあるか?」
「あとは強化魔法ですね。攻撃用の魔法なら、まだありますが…」
「いや、十分だ。ただ、強化魔法については俺が許可するまで使用禁止にする」
「どうしてですか?」
「強化魔法は一時的に力を増幅させられるが、実力が上がるわけじゃないからな。実際、強化魔法に頼り過ぎて失敗する冒険者をたくさん見てきた。あとは、魔法が切れた時の反動がやばい。筋肉が悲鳴を上げて、しばらく動けなくなるぞ」
「なるほど。では、緊急時以外は避けるべき魔法ということですね」
「ああ。だから、今回は探知と回復に専念してくれ」
「分かりました」
さすがは日々モンスターと対峙する冒険者だ。
助言が的確であり、レイもあっさりと指示を受け入れた。
「…わたくしたちにも何かないのですか?」
「とりあえず、前衛組は突っ込んどけ」
「は?むやみやたらに攻撃するのは愚策では?」
「通常はな。ただ、お前らはモンスターと戦うのは初めてだろ?こういうのは最初が肝心だ。ビビって何もできないよりは、頭を空っぽにして飛び込んだ方がいい。それに低級モンスター相手なら、万一の事態があっても俺が間に合う。安心して突撃していいぞ」
「…確かに一理ありますわね」
セシリアは頭では理解できているようだが、ダンの言葉が素直に受け入れるのは癪に障るようだ。
「あとはオルガだな。精霊抜きでの射程はどのくらいだ?」
ダンの質問にオルガは目を見開く。
精霊の話を持ち出されたことに驚いたようだ。
「ああ悪い。知り合いに精霊の力を使うエルフがいてな。オルガも同じかと思ったんだが…」
その様子に気付いたダンは補足を入れる。
オルガはどこか安堵したような表情を見せ、指で数字を示した。
「50mか。それなら、精霊の力はなしだ。自分の弓の腕だけで何とかしろ。いいな?」
ダンの問いかけに、オルガは大きく頷く。
すると、遠くから鐘が三回鳴らす音が聞こえた。
「お、開始の合図だな」
「では、行きますわっ…!」
森へ足を踏み入れようとしたセシリアの首根っこをダンが掴んだ。
その反動で喉を絞められセシリアは大きく咳込む。
「何をするのですか!?」
「馬鹿かお前は。索敵もせずに森に入るなんて自殺行為だぞ」
「なっ!それでも、止め方というものが…!」
「レイ、探知魔法で周囲の確認をしてくれ」
噛み付いてくるセシリアを無視して、ダンはレイに指示を出す。
イアンはこの先大丈夫かと少し不安になった。
森の中は木々の枝葉で空が覆われ、日中だというのに薄暗い。
周囲は静寂に包まれ、微かな音でも鮮明に聞こえてくる。
「止まれ。レイ、探知だ」
「はい」
レイが探知魔法を発動し、周囲を警戒する。
探知魔法は術者の熟練度が効果範囲や精度に影響するようで、レイだと半径50m程度は探知が可能らしい。
「…小動物ですね。おそらくウサギか何かだと」
「了解。先に進むぞ」
イアンたちは再び歩き始める。
先程から、探知→移動→探知→移動→…という繰り返しだ。
一見無駄な動きだと思われるかもしれないが、ダンが足を止めたときは必ず何かが探知に引っかかる。
おそらく冒険者の勘というべきものだろう。
ダンは森に入ってから口数が明らかに減り、常に周囲の変化に感覚を研ぎ澄ませていた。
ダンの纏う緊張感はイアンたちを黙らせるには十分で、不満を口にしていたセシリアも今は息を殺して行動していた。
「止まれ。先に何かいる」
「探知します…40m先、人型の動く影が3つあります。ただ、人ではないでしょう」
「よし。目標から20mの位置まで移動する」
イアンたちは物音を立てないよう慎重に歩みを進める。
ダンの指示した位置まで移動すると、その姿がはっきりと見えた。
「ゴブリンだ。3体だけのようだが、棍棒を持っているな」
「どうしますか?」
「狩るぞ。オルガが先制攻撃で一体、残り二体はセシリアとイアンで倒せ」
「「了解」」
オルガも小さく頷いて、弓を引いた。
イアンとセシリアも武器を構え、飛び出す体勢を取る。
二人が準備できたことを確認し、オルガは矢を放った。
矢は一体のゴブリンの頭部に命中し、一瞬で絶命させる。
残りの二体のゴブリンが突然のことに混乱したところを、イアンとセシリアが強襲した。
イアンは片方のゴブリンの首を躊躇なく刎ねる。
「はぁぁっ!」
セシリアももう一方のゴブリンに槍を突き出すが、手元が狂ったのか肩に刺さる。
『ギャア!』
ゴブリンが痛みに叫び声を上げた。
「くっ!」
セシリアは慌てて槍を引き、次の攻撃に移ろうとした。
だが、ゴブリンの動きは速く、あっという間にセシリアの目の前に迫った。
「あ…」
ゴブリンの想定外の動きにセシリアは固まってしまう。
しかし、ゴブリンの攻撃が届く寸前、横からイアンの剣がゴブリンを貫いた。
心臓を一突きにされたゴブリンは生命活動を停止する。
イアンはゴブリンから剣を引き抜くと、セシリアに手を差し出した。
「大丈夫か?」
ただ、セシリアは放心した様子で、イアンの手を取ることはなかった。
隣り合う班とはある程度距離が取られており、森の中で合流できないようにしているのだろう。
イアンたちが開始地点に着くと、ダンは森に鋭い視線を向けて佇んでいた。
「すみません。お待たせしましたわ」
「ようやく来たか。あんまりにも遅いから、俺一人で森に入ろうかと思ってたところだ」
「開始までにまだ五分はあると思いますが?それに誰のせいだと…」
ダンの嫌味ったらしい軽口に、セシリアはわなわなと震え、拳を握る。
ただ、ダンはそんなセシリアにまったく気に留めず、話を進める。
「作戦会議するぞ。前衛は?」
「セシリアと俺が引き受けます」
怒り心頭のセシリアに代わり、イアンが答える。
「じゃあ、レイとオルガは後衛だな。オルガは弓か。レイはどうするつもりだ?」
「僕は班のサポートをしようかと思っています」
レイも前衛を張れるくらいの剣の腕はある。
ただ、サポートに回りたいとレイが自分から言い出したのだ。
レイ曰く、そうした方が班のバランスが整う、とのことだ。
加えて、ストッパー役が必要だろう、とも言っていた。
イアンたちも前者はもちろん、後者の意見には妙に納得できたので了承したのだった。
「何だ、攻撃には加わらないのか?」
「はい、そうです。回復、探知、防御の魔法で支援をする予定です」
「他に使える魔法はあるか?」
「あとは強化魔法ですね。攻撃用の魔法なら、まだありますが…」
「いや、十分だ。ただ、強化魔法については俺が許可するまで使用禁止にする」
「どうしてですか?」
「強化魔法は一時的に力を増幅させられるが、実力が上がるわけじゃないからな。実際、強化魔法に頼り過ぎて失敗する冒険者をたくさん見てきた。あとは、魔法が切れた時の反動がやばい。筋肉が悲鳴を上げて、しばらく動けなくなるぞ」
「なるほど。では、緊急時以外は避けるべき魔法ということですね」
「ああ。だから、今回は探知と回復に専念してくれ」
「分かりました」
さすがは日々モンスターと対峙する冒険者だ。
助言が的確であり、レイもあっさりと指示を受け入れた。
「…わたくしたちにも何かないのですか?」
「とりあえず、前衛組は突っ込んどけ」
「は?むやみやたらに攻撃するのは愚策では?」
「通常はな。ただ、お前らはモンスターと戦うのは初めてだろ?こういうのは最初が肝心だ。ビビって何もできないよりは、頭を空っぽにして飛び込んだ方がいい。それに低級モンスター相手なら、万一の事態があっても俺が間に合う。安心して突撃していいぞ」
「…確かに一理ありますわね」
セシリアは頭では理解できているようだが、ダンの言葉が素直に受け入れるのは癪に障るようだ。
「あとはオルガだな。精霊抜きでの射程はどのくらいだ?」
ダンの質問にオルガは目を見開く。
精霊の話を持ち出されたことに驚いたようだ。
「ああ悪い。知り合いに精霊の力を使うエルフがいてな。オルガも同じかと思ったんだが…」
その様子に気付いたダンは補足を入れる。
オルガはどこか安堵したような表情を見せ、指で数字を示した。
「50mか。それなら、精霊の力はなしだ。自分の弓の腕だけで何とかしろ。いいな?」
ダンの問いかけに、オルガは大きく頷く。
すると、遠くから鐘が三回鳴らす音が聞こえた。
「お、開始の合図だな」
「では、行きますわっ…!」
森へ足を踏み入れようとしたセシリアの首根っこをダンが掴んだ。
その反動で喉を絞められセシリアは大きく咳込む。
「何をするのですか!?」
「馬鹿かお前は。索敵もせずに森に入るなんて自殺行為だぞ」
「なっ!それでも、止め方というものが…!」
「レイ、探知魔法で周囲の確認をしてくれ」
噛み付いてくるセシリアを無視して、ダンはレイに指示を出す。
イアンはこの先大丈夫かと少し不安になった。
森の中は木々の枝葉で空が覆われ、日中だというのに薄暗い。
周囲は静寂に包まれ、微かな音でも鮮明に聞こえてくる。
「止まれ。レイ、探知だ」
「はい」
レイが探知魔法を発動し、周囲を警戒する。
探知魔法は術者の熟練度が効果範囲や精度に影響するようで、レイだと半径50m程度は探知が可能らしい。
「…小動物ですね。おそらくウサギか何かだと」
「了解。先に進むぞ」
イアンたちは再び歩き始める。
先程から、探知→移動→探知→移動→…という繰り返しだ。
一見無駄な動きだと思われるかもしれないが、ダンが足を止めたときは必ず何かが探知に引っかかる。
おそらく冒険者の勘というべきものだろう。
ダンは森に入ってから口数が明らかに減り、常に周囲の変化に感覚を研ぎ澄ませていた。
ダンの纏う緊張感はイアンたちを黙らせるには十分で、不満を口にしていたセシリアも今は息を殺して行動していた。
「止まれ。先に何かいる」
「探知します…40m先、人型の動く影が3つあります。ただ、人ではないでしょう」
「よし。目標から20mの位置まで移動する」
イアンたちは物音を立てないよう慎重に歩みを進める。
ダンの指示した位置まで移動すると、その姿がはっきりと見えた。
「ゴブリンだ。3体だけのようだが、棍棒を持っているな」
「どうしますか?」
「狩るぞ。オルガが先制攻撃で一体、残り二体はセシリアとイアンで倒せ」
「「了解」」
オルガも小さく頷いて、弓を引いた。
イアンとセシリアも武器を構え、飛び出す体勢を取る。
二人が準備できたことを確認し、オルガは矢を放った。
矢は一体のゴブリンの頭部に命中し、一瞬で絶命させる。
残りの二体のゴブリンが突然のことに混乱したところを、イアンとセシリアが強襲した。
イアンは片方のゴブリンの首を躊躇なく刎ねる。
「はぁぁっ!」
セシリアももう一方のゴブリンに槍を突き出すが、手元が狂ったのか肩に刺さる。
『ギャア!』
ゴブリンが痛みに叫び声を上げた。
「くっ!」
セシリアは慌てて槍を引き、次の攻撃に移ろうとした。
だが、ゴブリンの動きは速く、あっという間にセシリアの目の前に迫った。
「あ…」
ゴブリンの想定外の動きにセシリアは固まってしまう。
しかし、ゴブリンの攻撃が届く寸前、横からイアンの剣がゴブリンを貫いた。
心臓を一突きにされたゴブリンは生命活動を停止する。
イアンはゴブリンから剣を引き抜くと、セシリアに手を差し出した。
「大丈夫か?」
ただ、セシリアは放心した様子で、イアンの手を取ることはなかった。
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