魔憑きの神子に最強聖騎士の純愛を

瀬々らぎ凛

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 その日、メアリーは僕の目覚めをそれはそれは喜んでくれた。僕も嬉しかった。そしてひとしきり喜び合ったあと、当初の目的を思い出したかのように「国王陛下がお呼びです」と口にした。
 謁見の内容は予想と大差なかった。僕はやはり神子の座を降りるらしい。だけれども今までの功労を称えるとして、褒美が与えられることになった。
 何を望むか聞かれた時、まっさきにヴィクトの顔が浮かんだ。だから彼の幸せを願った。
 すると王が笑った。ヴィクトにも同じ質問をしていて、彼もまた僕の幸せを願ったのだという。
 内心こっぱずかしく思いながらだったらどうしようかと頬をかいていると、王からの提案があった。魔法陣の構築と発動に関する知識や経験を、セレン主導の研究チームで活かしてみないかというものだ。僕は二つ返事で承諾の意を示した。これからも王城に残って働いてもいいだなんて、ありがたいことこの上ない。
 そうして新たな生活が始まって数週間、平穏無事な時間が流れていた。神子としての力を失ってしまってもなお、メアリーをはじめ料理長や料理人たち、庭師、騎士、魔導士、神官、それから洗濯係の面々は僕に変わらずに接してくれた。セレンとはこれまでで一番仲良くなったと言っていい。
 え? あの聖騎士はどうしたかって? うん。ちゃんと入り浸ってるよ、僕が住まう南端塔に――。

「ユアン様、お疲れ。研究進んだ?」
「進んだ進んだ。今日はすごい発見があってさ、もしかしたら魔力をもっていなくても治癒の魔法陣が使えるかもしれないんだ!」
「それはすごい」
 木の椅子に深く腰掛けるヴィクトに向かって、その仕組みを僕が熱弁する。彼は穏やかな顔で聞いていた。内容の半分くらいまできたところでハッと我に返る。
「ご、ごめん。僕、一方的に……。つまらなくない?」
「全然? もっと話してよ」
「ほんと? やった! それでね」
 毎日こんな感じだ。その日あったことを報告しあう。重大なことも他愛もないことも、ヴィクトと話しているというだけで等しく意味があった。
「と、いうわけなんだ。すごいでしょ。……ってあぁ! そういえば思い出した。セレンから預かりものがあったんだ」
「お。なになに?」
「これ。自信作だって言ってたけど」
「おお、ついに! 待ってました」
 ヴィクトに渡してほしいと託されていた包みを荷物から取り出す。差し出せば、感嘆の声が上がった。
「瓶だよね? ジャムか何か?」
「ジャムじゃないなぁ。まぁ食べても害のないよう作ってもらってるけど」
「へぇ? で、一体何?」
「それはひ、み、つ」
「わ、なにそれそんなの気になるじゃん。教えてよ」
「だーめ。近いうちにお披露目するから、楽しみにしてて」
「そんなぁ。ひどい」
「ふふっ。それにしても仕事が早いなあいつは」
 さすが俺のセレン。
 そう言って満足そうに包みを撫でるものだから、なんだか面白くなかった。いや、かなーり面白くなかった。僕は年甲斐もなく頬を膨らませる。ヴィクトとセレンがすごく仲良しなのは知ってるし、それ自体はいいことだけど……。モヤっとくる。
「あ。もしかして妬いてる?」
 ぷいと横を向く。寝る支度をするべく立ち上がった。
「ユアンちゃーん?」
「その呼び方するなって言った」
「ごめんごめん。ねぇ、機嫌治して? セレンとは何もないって知ってるでしょう?」
「知ってるけど」
 知ってるけど、知ってるけど、知ってるけど!
「……ううん、なんでもない。わかったよ。もう寝る。おやすみヴィクト」
「あ、ちょっと」
 寝室に入って扉を閉めようとした。我が物顔で南端塔に通い詰める聖騎士は、放っておけばそのうち帰るだろうと思ったのだ。
「ユアン様」
 だが彼は付いてきた。僕は振り返らずに言う。
「なにさ。着替えるから出てってほしいんだけど」
「妬かないでよ。悪かった。セレンとは本当に何もないし、あいつは俺たちのことを本気で応援してくれてる」
「別にセレンとのことをどうこう言いたいんじゃないんだ」
 わかってるよ。これは単に僕が子どもっぽいだけだ。小さなことを流せたらよかった。でも僕の知らないヴィクトがあるってだけで、寂しくなってしまう。
 それに、ここのところずっと胸のモヤモヤが続いていた。気のせいかもしれないし、気のせいじゃないかもしれない。僕たちはキスをする。甘く優しいのもあれば性急で激しいのもあった。だけどそれ以上には発展しない。僕が失神から目覚めたあの日は、止めるものさえなければどこまででもいきそうだったのに。今じゃあすぐにヴィクトが手を引っ込めてしまう。何が違うんだろう。何がいけないんだろう。
「どうしたの。何をそんなに気にしてる?」
「いや……」
 言葉は急速に勢いをなくした。うつむく。薄っぺらい自分の体が目に入った。いつの日か言われことを思い出す。
 ヴィクトは肉付きのいいほうが好みだったはずだ。
「ヴィクト、あの、さ。僕って……魅力ない?」
「は? なんで。ないわけないだろ。誰かに変なこと吹き込まれた? 誰。シめてくる」
「違う。違うんだ」
 僕は顔を上げてじっと聖騎士を見つめる。薄銀の騎士服をまとう堂々たる姿は、まさしく絵本の中の騎士のそれだった。十人中十人が振り返る美形。気さくゆえに忘れそうになるが、ヴィクトは老若男女問わず憧れを向けられる男だった。僕の頼りない容姿とは全然違う。
 僕は再び目線を落とす。
「……ユアン様。唇、噛まないで」
 キスしてよ。
「赤くなってる。柔らかくて、可愛い唇なのに」
 だったらキスしてよ。
「え?」
 僕の知らないこと、教えてくれるんじゃなかったの?
「ごめん、もう一回――」
「キスして、抱きしめて、僕に触れてよ!」
「っ!」
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