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「ヴィクトが――」
「ん?」
「ヴィクトが好きなのはどういうの? ヴィクトが好きなやつ、教えて。覚えたい」
彼が付き合ってきたこれまでの人たちと比べれば経験値もないし技ももってないし、おおよそ僕は敵わないだろう。だけどせめて「悪くない」くらいには思われたかった。
「……あー……ユアン様ってさ、ほんっとに……」
そこで言葉が切れる。僕はヴィクトの好きなキスを教えてもらえるものと思ったが、首筋に顔を埋められるだけで終わった。深い呼吸音がする。汗臭くないだろうかと途端に不安になった。
「なに、ど、どうしたの」
「いや……好きだなって」
「へ? なにが」
「ユアン様がだよ」
僕は動きを止めた。
「こんなにいじらしくて可愛くてさ、俺をどうしたいの? ほんと」
いじらしくしたつもりなんてないんだけど……。
「……前にも言ったけど。ユアン様。変わらないでいてね」
「変わらないで?」
「俺の前では素のまんまでいてね。我慢しないで、思ったことは言っていいから。したいこととか行きたい場所とか食べたいものとか、全部教えてほしい」
吐息がこそばゆい。耳元で囁かれるのも慣れなかった。
「笑ってるユアン様も、泣いてるユアン様も、好きだよ。怒ってる時も困ってる時も全部愛しい。俺が守りたい」
「ヴィ、ヴィクト」
脈拍が上がる。すると丁度よく聖騎士が頭をもたげたものだから、言われたことに赤面しているであろうところをバッチリ見られた。まぁ、ずっと顔は熱かったのだけれども。
「可愛い人。どんなあなたも好きだよ。……人間であってもそうでなくても、神子であってもそうでなくても」
「に、人間じゃなかったらまずいだろ!」
「いいや余裕で愛せるね」
「っ……」
太陽がきらりと煌めいた。僕を溶かしていく。
「捧げるよ。俺の全部。だからさ、ユアン様」
焦がされるかと思った。まっすぐで澄み切った、純然たる愛情に。
「聖騎士としてでもなんでもなく、ただの一人の男として、あなたのそばにいたい。それを許してくれる?」
こういう時、なんて言えばかっこつくのだろう。とっさには言葉が出てこない。感情の土石流が衝突する。
僕はしばらくはくはくと口を動かしていた。
それを見つめるヴィクトが、穏やかな顔で待っている。彼は急かしたりしない。
「ぼ、僕のほうこそ……ヴィクトと一緒に……いたい、……です」
「……よかった。本当に」
「うん。あの、ふ、ふ、ふつつつつか者ですがどうぞよろしくっ!」
くすりと笑われて、やってしまったと思った。でも次の瞬間には優しいキスが降ってきた。深い充足感に満たされる。
人生を、この人と共にする。
幸せすぎて怖い。握った手が少し震えてしまう。
だがそんな不安も瞬く間に吹っ飛んでいく。
「ぁっ!」
キスを重ねるヴィクトの手が夜着の上をなぞり始めた。それは親愛の手つきと言うより、欲をはらんだ愛撫に近い。気づかないふりをしていた下半身の疼きが再び訪れる。
熱っぽい手のひらは鎖骨から胸、脇腹、へそ、下腹にまで下りるとゆっくり上に戻る。その繰り返しだ。何往復かした時には、尖ってしまった僕の胸の突起にヴィクトの指がひっかかった。ぴりっとした刺激が走る。
「んぁっ……だめ……、ヴィク……ト」
ちゅっと音を立てて唇が離れる。手も止まった。僕は涙目で男を見上げながら浅い呼吸をした。瞳がわずかに見開かれる。
「ユアン様……そっか……すまない。これは俺が悪い。病み上がりだったのに負担になるようなことしようとしてた」
さっと体が離れる。思わず「えっ」と出てしまった。慌てて口を覆う。「やめちゃうの?」と続けそうになったからだ。
「なぁに?」
でもそれを見逃す聖騎士ではない。
「いや……」
「続けてほしい?」
体は昂っていた。はしたないことだとわかっている。それでもヴィクトの手を心地よく感じていたし、その先も知りたかった。
「言って? なんでもしてあげる」
白い歯をのぞかせてくすりと笑う男を見て、ねだってしまおうかと考えた、その時。
コン、コン、コン。
「ユアン様? ヴィクト様?」
部屋の向こうから声がする。
「声が聞こえたように思うのですが、お目覚めですか?」
メアリーだ。ここにきて急速に頭の芯が冷えた。焦った。眼前の男を見つめる。彼は意外にも面白そうにしていた。
「ざーんねん。続きはまた今度だね」
「あ、え……」
今までの濃密な空気などなかったかのように聖騎士がひらりとベッドから降りる。そして何やら含みをもたせてこんなセリフを残していった。
「準備が整ったら出ておいで。適当に相手して待ってるから。好きなだけ、ごゆっくり」
僕は首をひねる。
「え? 好きなだけ、って……」
寝台からおもむろに立ち上がったところで、僕はヴィクトの意地の悪さをもう一度味わうことになった。
僕自身もまた芯を持って、立ち上がっていたのだ。
「ーーーーっ」
半泣きだ。
声なんて聞かしてやるもんかと、せめてもの意地で捲った夜着を口に突っ込む。
悔しさと羞恥とよくわからない興奮とがごちゃまぜになりながら、僕は目をつぶって自慰をした。
「ん?」
「ヴィクトが好きなのはどういうの? ヴィクトが好きなやつ、教えて。覚えたい」
彼が付き合ってきたこれまでの人たちと比べれば経験値もないし技ももってないし、おおよそ僕は敵わないだろう。だけどせめて「悪くない」くらいには思われたかった。
「……あー……ユアン様ってさ、ほんっとに……」
そこで言葉が切れる。僕はヴィクトの好きなキスを教えてもらえるものと思ったが、首筋に顔を埋められるだけで終わった。深い呼吸音がする。汗臭くないだろうかと途端に不安になった。
「なに、ど、どうしたの」
「いや……好きだなって」
「へ? なにが」
「ユアン様がだよ」
僕は動きを止めた。
「こんなにいじらしくて可愛くてさ、俺をどうしたいの? ほんと」
いじらしくしたつもりなんてないんだけど……。
「……前にも言ったけど。ユアン様。変わらないでいてね」
「変わらないで?」
「俺の前では素のまんまでいてね。我慢しないで、思ったことは言っていいから。したいこととか行きたい場所とか食べたいものとか、全部教えてほしい」
吐息がこそばゆい。耳元で囁かれるのも慣れなかった。
「笑ってるユアン様も、泣いてるユアン様も、好きだよ。怒ってる時も困ってる時も全部愛しい。俺が守りたい」
「ヴィ、ヴィクト」
脈拍が上がる。すると丁度よく聖騎士が頭をもたげたものだから、言われたことに赤面しているであろうところをバッチリ見られた。まぁ、ずっと顔は熱かったのだけれども。
「可愛い人。どんなあなたも好きだよ。……人間であってもそうでなくても、神子であってもそうでなくても」
「に、人間じゃなかったらまずいだろ!」
「いいや余裕で愛せるね」
「っ……」
太陽がきらりと煌めいた。僕を溶かしていく。
「捧げるよ。俺の全部。だからさ、ユアン様」
焦がされるかと思った。まっすぐで澄み切った、純然たる愛情に。
「聖騎士としてでもなんでもなく、ただの一人の男として、あなたのそばにいたい。それを許してくれる?」
こういう時、なんて言えばかっこつくのだろう。とっさには言葉が出てこない。感情の土石流が衝突する。
僕はしばらくはくはくと口を動かしていた。
それを見つめるヴィクトが、穏やかな顔で待っている。彼は急かしたりしない。
「ぼ、僕のほうこそ……ヴィクトと一緒に……いたい、……です」
「……よかった。本当に」
「うん。あの、ふ、ふ、ふつつつつか者ですがどうぞよろしくっ!」
くすりと笑われて、やってしまったと思った。でも次の瞬間には優しいキスが降ってきた。深い充足感に満たされる。
人生を、この人と共にする。
幸せすぎて怖い。握った手が少し震えてしまう。
だがそんな不安も瞬く間に吹っ飛んでいく。
「ぁっ!」
キスを重ねるヴィクトの手が夜着の上をなぞり始めた。それは親愛の手つきと言うより、欲をはらんだ愛撫に近い。気づかないふりをしていた下半身の疼きが再び訪れる。
熱っぽい手のひらは鎖骨から胸、脇腹、へそ、下腹にまで下りるとゆっくり上に戻る。その繰り返しだ。何往復かした時には、尖ってしまった僕の胸の突起にヴィクトの指がひっかかった。ぴりっとした刺激が走る。
「んぁっ……だめ……、ヴィク……ト」
ちゅっと音を立てて唇が離れる。手も止まった。僕は涙目で男を見上げながら浅い呼吸をした。瞳がわずかに見開かれる。
「ユアン様……そっか……すまない。これは俺が悪い。病み上がりだったのに負担になるようなことしようとしてた」
さっと体が離れる。思わず「えっ」と出てしまった。慌てて口を覆う。「やめちゃうの?」と続けそうになったからだ。
「なぁに?」
でもそれを見逃す聖騎士ではない。
「いや……」
「続けてほしい?」
体は昂っていた。はしたないことだとわかっている。それでもヴィクトの手を心地よく感じていたし、その先も知りたかった。
「言って? なんでもしてあげる」
白い歯をのぞかせてくすりと笑う男を見て、ねだってしまおうかと考えた、その時。
コン、コン、コン。
「ユアン様? ヴィクト様?」
部屋の向こうから声がする。
「声が聞こえたように思うのですが、お目覚めですか?」
メアリーだ。ここにきて急速に頭の芯が冷えた。焦った。眼前の男を見つめる。彼は意外にも面白そうにしていた。
「ざーんねん。続きはまた今度だね」
「あ、え……」
今までの濃密な空気などなかったかのように聖騎士がひらりとベッドから降りる。そして何やら含みをもたせてこんなセリフを残していった。
「準備が整ったら出ておいで。適当に相手して待ってるから。好きなだけ、ごゆっくり」
僕は首をひねる。
「え? 好きなだけ、って……」
寝台からおもむろに立ち上がったところで、僕はヴィクトの意地の悪さをもう一度味わうことになった。
僕自身もまた芯を持って、立ち上がっていたのだ。
「ーーーーっ」
半泣きだ。
声なんて聞かしてやるもんかと、せめてもの意地で捲った夜着を口に突っ込む。
悔しさと羞恥とよくわからない興奮とがごちゃまぜになりながら、僕は目をつぶって自慰をした。
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