魔憑きの神子に最強聖騎士の純愛を

瀬々らぎ凛

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 長い夢を見ていたような気分だ。光を感じる。
 ここはどこだろう。なんだか温かい。確か僕は広間で大量に血を流して、魔力も使い切ってそれで――あ、わかった。
「……天国か」
「馬鹿言え」
「えっ? わ、ちょ!」
 ぐっと誰かに抱きしめられる。視界いっぱいに空色の髪が広がった。激しい心音がした。ドッ、ドッ、ドッ……。体はわずかに汗をかいていた。一拍遅れて思考が追いつく。信じがたいことに僕は……、生きている。
 やがてここが南端塔の自室だということも、この男がよく知る聖騎士だということも把握していった。彼はベッドサイドに置かれた椅子から腰を浮かしてこちらに身を乗り出している。
「ユアン様っ」
「う、うん」
「目が覚めてよかった……あぁ」
「……うん」
 眠りこんだきりもう目を覚まさないかと思ったのだと、憔悴の色を隠さずヴィクトが言い募る。
「もうこんな思いは二度としたくない。生きた心地がしなかった。本当に。俺はあなたを失ったら死んだも同然なのに」
 少し体を離されて、瞳をまじまじと覗き込まれる。
「俺の前からいなくならないでくれ」
「……ごめん」
 しばらくの間、僕たちは無言で見つめ合っていた。ヴィクトのまっすぐな視線は、彼がいかに僕を心配していたのかをひしひしと訴えかけてくる。
「でもさ、僕も」
 声がわずかに震えた。
「ヴィクトが一緒に刺された時、どうしてって思ったよ。自分だけ治せ、俺のことは放っておけ、なんて。言われてその通りにすると思う?」
 今思い出すだけでも胸が痛む。
「死ぬ気だったでしょう? お互い様だよ」
「……っ」
「僕だってヴィクトのいない世界には生きていたくないんだ」
 そう言ってもう一度、今度は僕から抱きついた。ヴィクトはピクリと肩を揺らしたがすぐに抱きしめ返してくれた。大きく温かな手が頭を撫でる。僕は目を閉じる。先ほどとは比べ物にならないくらいの実感が押し寄せた。胸が激情でいっぱいになった。
 生きている。
 僕も、ヴィクトも、生きている。
 奇跡だ。心が震えた。またこの人の顔を見ることができるなんて。声を聞くことができるなんて。腕に抱かれることができるなんて。奇跡以外のなにものでもない。
 僕は深く安堵の息を吐き出した。
 そうして心や体に異常がないかと確認しあったあと、意識を失ってからの顛末をヴィクトから聞いた。
 黒い鳥の魔物はやはりあのまま姿を消したらしい。第一部隊の聖騎士たちが追いかけるも見つからなかったそうだ。
 その鳥にすみかを与えていた僕については、王の計らいでお咎めなしとのことだった。それでいいのかと拍子抜けする気持ちだったが、魔物が僕の体から剥がれて出て行く様子をあの場の全員が見ていたことが大きいらしい。
 鳥の魔物の存在は僕を苦しめることもあったけれど、圧倒的に僕を助けることのほうが多かったのだ。
 セオドアがどうなったのかも聞いた。殺人をはじめとする複数の罪で逮捕されたそうだ。レイチェルから受けた傷の状態がひどいため、回復を待って裁判にかけられるという。とはいえ精神的にもやられていて四六時中うなされており、精神病棟から出られる日は来ないのではないかと噂されているらしい。
「そっか」
 血を分けた人のことなのに、ヴィクトの説明を聞いてもさほどショックを受けていない自分がいた。むしろほっとしてさえいる。寂しさも同情も感じない。
 もうこの心は、あの人にはないんだな。
「兄離れ、ってやつかなぁ」
「え?」
「いや、なんでもない。それよりさ」
 喉が渇いたから水を飲みたいと言えば、ヴィクトが用意すると立ち上がる。ありがたく受け取ってコップの中身を飲み干したところでふと、聖騎士がぎこちなく腹のあたりをさするのが見えた。
「ヴィクトどうしたの? やっぱり怪我してるでしょ。見せて」
「あ、いや」
「お腹? 捲るよ?」
 ベッドから腰を上げた僕は無遠慮に聖騎士の服をまさぐった。そういえば鎧も胸当てもつけていない。帯剣はしていても、シャツとトラウザーのみというこれまでにない軽装っぷりだ。
「ユ、ユアン様止まって。これはいいんだ」
「なんでさ」
「団長にやられただけだから」
「団長にっ?」
 聞けば、腹に一発焼きを入れられたのだと言う。指示を無視し自分勝手な行動を取ったゆえ、しかも二回目。団長の鉄拳は容赦がなく、そしてそれを理由に傷病休暇に無理やり入れられたと。
「おかげでずっとユアン様のそばにいられたからいいんだ。どうせ任務についても集中できなかっただろうし」
「そ、そうかもしれないけど……でも、痛いんでしょ? 治してあげるよ」
「いいって」
「ふうん? ……っ、あ」
 そこで気がつく。治す? どうやって。
 開いた手のひらを宙ぶらりんにして僕は静止した。魔物は出て行ったんだった。つまりそれが意味するところは。
「……る」
「ん?」
「力が、消えてる」
 癒しの力は失われた。体内にあったはずの魔力も綺麗さっぱり無い。僕はそっと手を下ろした。
「……そっか、僕はもう、神子じゃないんだ……」
 もう、神子じゃない。再度そう呟きうつむけば、頭の中でぐるぐると色んな感情が渦巻いた。
 ヴィクトを二度と治してはあげられない申し訳なさ、力を失ったことへの純粋な戸惑い、そしてお払い箱となって城を出たあとどこに行こうかという不安。
 だけど一つだけ、良いことを見つけた。
「でも、よかった。これでもう……誰かに守ってもらう必要はなくなる」
 そうだ。これでよかったんだ。
 僕はパッと顔を上げる。語気を強めた。
「ヴィクトだって僕から解放される」
「……は? え、……は?」
「今までありがとう。僕のおもりは疲れたでしょう? たくさん迷惑かけたけど、これからは第一部隊で気兼ねなく――」
「待て」
 強い力だった。手を取られる。
「なにそれ」
 押しやられた僕はベッドに舞い戻った。耳には低音が響く。
「なに、それ」
 一瞬何が起きたのかわからなかった。聖騎士から迸るぴりぴりとしたオーラにあてられてようやく、何やら地雷を踏み抜いたのだと気づいた。これはまずい。よくないやつだ。端正な顔が不機嫌にしかめられている。頭上からはこれみよがしに「はぁ」とため息が降ってきた。
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