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その後も頻繁に物をねだったり過剰に頼みごとをしてみたりと、思いつく限りに聖騎士を扱き使ってみたのだが、結果は惨敗。彼は言ったことを守った。エルドラード最強の聖騎士は魔物討伐以外でも有能すぎてまったく攻略できない。
じゃあ例えば幻滅されてみたらどうかと、気の抜けた姿を晒したりガッカリな言動をして見せたりもした。だけれどもこれも失敗に終わったし、むしろ逆効果だったように思う。ヴィクトのやつ、「こんなの、俺以外の誰かに見せたらお仕置きだからな」と言っておでこや頬にキスをしてきたのだ。解せぬ。
このままでは悩みすぎて禿げてしまいそうだと自分の頭皮が心配になってきた頃、僕は次なる一手に出ることにした。ヴィクトが以前僕に教えてくれた人付き合いの極意、これと真逆のことをやってみようと思ったのだ。
「ユアン様、おはよう」
「ん」
「どうしたのご機嫌ナナメ?」
「別に」
出会った当初の態度の悪さ、いやそれ以上を心がける。挨拶もおざなり、会話もおざなり、用事がない限り接触を断って、関わらなきゃいけない時も極力冷たくする。あなたとは仲良くする気がありませんオーラを極限までまき散らす。
するとどうだろう、これはかなり効いた。僕にだ。ヴィクトは相変わらず飄々と眉尻を上げるだけなのに対し、こっちは胃に穴が空きそうな心地だった。
はぁ。
結局僕は、ヴィクトを試すような行為をするのが嫌で嫌でたまらないのだ。この期に及んでもやっぱり嫌われたくないし、もし、ヴィクトが僕のせいで傷つくのだとしたらそんな顔を見たくない。
我ながらほんとに都合がいい。
だからこその最終手段だった。もうこれ以外の手は思いつかない。
僕はある人の元を訪れた。この国の全采配を行う人物だ。
「し、失礼いたします」
「誰だ」
「み……っ、神子の、ユアン・ルシェルツです」
「入れ」
王城での生活が始まってから数えるほどしか来たことのない部屋。もちろん慣れない。慣れないけれど、僕はさっと最高礼を取ると、開口一番に願った。気持ちが変わらないうちに。
「お願いがございます、国王陛下」
「……申してみよ」
「せ、聖騎士ヴィクト・シュトラーゼを近衛騎士から外していただきたいのです」
「シュトラーゼを外す? 貴殿に何か無礼を働いたか? 処罰しよう」
「おおおお待ちください! そうではないのです!」
僕は慌てて説明をする。かねてからヴィクトが第一部隊への復帰を切望していたこと。彼と団長との間で約束が交わされていること。その約束が果たされて然るべき状況にあるということ。
「ご存じのように僕は魔力を回復いたしました。神子としての業務にも邁進しております。僕に付く近衛騎士は前のように第二部隊や第三部隊から派遣していただくのがよろしいと思うのです。聖騎士はやはり……魔物を倒すことに専念すべきであって、神子の世話をするべきではないですから」
「ふむ」
しわの刻まれた眉間にさらにしわが寄る。さすが大陸の覇権を握るエルドラードの王だけあって、仕草ひとつで相手を黙らせてしまうような覇気があった。厳格で思いきりがよく、使えるものは使い、恨まれようが憎まれようが価値のないものは捨てる。そんな人物だ。そして彼はとくに優柔不断を嫌った。
「わかった。そのようにしよう」
「本当ですか! ありがとうございます」
「貴殿が後悔しないことを祈るばかりだが」
王との会話はそう締めくくられたが、安堵に胸を撫で下ろす僕はとくにその意味を考えもしなかった。僕からヴィクトを物理的に離せば、互いの心も離れるものと思っていた。
そして翌日。
南端塔の殺風景な一室には、深い後悔を滲ませる神子がいた。
「俺を外してほしいと自分から王に言ったのか? 本気で? ユアン様が?」
「ひぅ、ヴィ、あの」
僕は壁にぴったりと背中をくっつけヴィクトの圧に耐えていた。赤橙色の瞳が久しぶりにめらめらと燃えている。
「答えて」
「ヴィ、ヴィクト……落ち着いて」
「無理。落ち着いていられるわけがない。クソッ」
僕の顔の真横には突っ張るように手が置かれた。貧弱な体がヴィクトの屈強な肉体にすっぽりと囲われてしまう。まさかここまであからさまな怒りの感情をぶつけられるとは思っていなかったから、僕はすぐに縮み上がってしまった。
「ふ、復帰したいって言ってたじゃないか。第一部隊に」
「あぁ言ったな。遠い昔の話だ。俺はユアン様に対して、今一番守りたいのはあなただともはっきり言ったはずだ」
「そ、それは」
ピリピリとした空気を肌で感じる。そりゃそうか。勝手に異動を決められたら誰だって納得いかないよな。
「わがままならいくらでも聞いてあげる。だらしない姿だって大歓迎だ。変な態度を取って俺をかき乱したいなら、好きなだけそうすればいい。俺は揺らがないから。でもね? 世の中にはやっていいことと悪いことがあるんだよ」
視線が絡まる。ゾクゾクした。
「これは悪いことだ。お仕置きしようか」
「ひぇっ」
ヴィクトの顔が迫る。とっさに手でガードを作れば、手のひらをぺろりと舐められた。
「うわ、な、なにを」
「いけない子の手はこっち」
じゃあ例えば幻滅されてみたらどうかと、気の抜けた姿を晒したりガッカリな言動をして見せたりもした。だけれどもこれも失敗に終わったし、むしろ逆効果だったように思う。ヴィクトのやつ、「こんなの、俺以外の誰かに見せたらお仕置きだからな」と言っておでこや頬にキスをしてきたのだ。解せぬ。
このままでは悩みすぎて禿げてしまいそうだと自分の頭皮が心配になってきた頃、僕は次なる一手に出ることにした。ヴィクトが以前僕に教えてくれた人付き合いの極意、これと真逆のことをやってみようと思ったのだ。
「ユアン様、おはよう」
「ん」
「どうしたのご機嫌ナナメ?」
「別に」
出会った当初の態度の悪さ、いやそれ以上を心がける。挨拶もおざなり、会話もおざなり、用事がない限り接触を断って、関わらなきゃいけない時も極力冷たくする。あなたとは仲良くする気がありませんオーラを極限までまき散らす。
するとどうだろう、これはかなり効いた。僕にだ。ヴィクトは相変わらず飄々と眉尻を上げるだけなのに対し、こっちは胃に穴が空きそうな心地だった。
はぁ。
結局僕は、ヴィクトを試すような行為をするのが嫌で嫌でたまらないのだ。この期に及んでもやっぱり嫌われたくないし、もし、ヴィクトが僕のせいで傷つくのだとしたらそんな顔を見たくない。
我ながらほんとに都合がいい。
だからこその最終手段だった。もうこれ以外の手は思いつかない。
僕はある人の元を訪れた。この国の全采配を行う人物だ。
「し、失礼いたします」
「誰だ」
「み……っ、神子の、ユアン・ルシェルツです」
「入れ」
王城での生活が始まってから数えるほどしか来たことのない部屋。もちろん慣れない。慣れないけれど、僕はさっと最高礼を取ると、開口一番に願った。気持ちが変わらないうちに。
「お願いがございます、国王陛下」
「……申してみよ」
「せ、聖騎士ヴィクト・シュトラーゼを近衛騎士から外していただきたいのです」
「シュトラーゼを外す? 貴殿に何か無礼を働いたか? 処罰しよう」
「おおおお待ちください! そうではないのです!」
僕は慌てて説明をする。かねてからヴィクトが第一部隊への復帰を切望していたこと。彼と団長との間で約束が交わされていること。その約束が果たされて然るべき状況にあるということ。
「ご存じのように僕は魔力を回復いたしました。神子としての業務にも邁進しております。僕に付く近衛騎士は前のように第二部隊や第三部隊から派遣していただくのがよろしいと思うのです。聖騎士はやはり……魔物を倒すことに専念すべきであって、神子の世話をするべきではないですから」
「ふむ」
しわの刻まれた眉間にさらにしわが寄る。さすが大陸の覇権を握るエルドラードの王だけあって、仕草ひとつで相手を黙らせてしまうような覇気があった。厳格で思いきりがよく、使えるものは使い、恨まれようが憎まれようが価値のないものは捨てる。そんな人物だ。そして彼はとくに優柔不断を嫌った。
「わかった。そのようにしよう」
「本当ですか! ありがとうございます」
「貴殿が後悔しないことを祈るばかりだが」
王との会話はそう締めくくられたが、安堵に胸を撫で下ろす僕はとくにその意味を考えもしなかった。僕からヴィクトを物理的に離せば、互いの心も離れるものと思っていた。
そして翌日。
南端塔の殺風景な一室には、深い後悔を滲ませる神子がいた。
「俺を外してほしいと自分から王に言ったのか? 本気で? ユアン様が?」
「ひぅ、ヴィ、あの」
僕は壁にぴったりと背中をくっつけヴィクトの圧に耐えていた。赤橙色の瞳が久しぶりにめらめらと燃えている。
「答えて」
「ヴィ、ヴィクト……落ち着いて」
「無理。落ち着いていられるわけがない。クソッ」
僕の顔の真横には突っ張るように手が置かれた。貧弱な体がヴィクトの屈強な肉体にすっぽりと囲われてしまう。まさかここまであからさまな怒りの感情をぶつけられるとは思っていなかったから、僕はすぐに縮み上がってしまった。
「ふ、復帰したいって言ってたじゃないか。第一部隊に」
「あぁ言ったな。遠い昔の話だ。俺はユアン様に対して、今一番守りたいのはあなただともはっきり言ったはずだ」
「そ、それは」
ピリピリとした空気を肌で感じる。そりゃそうか。勝手に異動を決められたら誰だって納得いかないよな。
「わがままならいくらでも聞いてあげる。だらしない姿だって大歓迎だ。変な態度を取って俺をかき乱したいなら、好きなだけそうすればいい。俺は揺らがないから。でもね? 世の中にはやっていいことと悪いことがあるんだよ」
視線が絡まる。ゾクゾクした。
「これは悪いことだ。お仕置きしようか」
「ひぇっ」
ヴィクトの顔が迫る。とっさに手でガードを作れば、手のひらをぺろりと舐められた。
「うわ、な、なにを」
「いけない子の手はこっち」
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