魔憑きの神子に最強聖騎士の純愛を

瀬々らぎ凛

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 レイチェルとの衝撃的な邂逅から幾日。僕は心の整理をつけ、とある二つの結論に至った。
 一つ目は、我が兄について。正直いまだに全てが悪い夢であってほしいと願っている。だけれどもレイチェルを殺したのが兄さんなら、ちゃんと罪を認めて償ってほしいと思った。
 そのためにまずはイリサを探してみてはどうだろうか? 彼女はレイチェル事件の真相を知る唯一の生きた証人だろう。彼女の証言さえあれば、兄さんの罪を暴けるのではないだろうか。
 そして二つ目は――――僕の騎士に関することだ。
 僕はヴィクトから、嫌われようと思う。
 仮にもし、ヴィクトの言葉を信じるとして、ヴィクトが僕を好いてくれているというのなら……何をどうしたって僕はヴィクトを裏切ることになる。
 彼は聖騎士だ。魔物を屠り、魔物のいない世界のために奔走するこの国最強の男。レイチェルに起きた悲劇の真相が判明したからといって、ヴィクトの背負うものは変わらない。変わらないんだ。彼の使命は魔物を倒すことにほかならない。
 じゃあ僕は? 僕は魔憑きだ。魔物と契約をして力を手に入れ、体内にすみかを与えた、邪悪と運命を共にする者。
 それが全ての答えじゃないか。
 簡単だ。
 いつの日か、僕が聖剣で貫かれる日が来るとしたらどうだろう? その役目が例えばヴィクトだとしたらどうだろう? 愛情深く誠実な彼が、傷つかないでいられるだろうか。苦しまないでいられるだろうか。自分を責めずにいられるだろうか。
 だからやっぱり……僕はヴィクトに嫌われなければならない。
「おやっさん! いるか? 聞いてくれ、嬉しい報告だ!」 
 しかし、だ。そんな覚悟を決めた矢先、僕はこれがなかなかに難しいことを思い知る。
「んだてめぇヴィクトォ! 毎回毎回突然来やがってェ!」
「んっきゃぁ! ヴィクト様よぉ!」
「お久しぶりでーす!」
「相変わらずカッコいい……」
「ユアン様も元気かしら?」
「俺はユアン様が来てくれて嬉しいぞ!」
「やぁん今日もカワイイ~~~」
 中央塔の厨房はいつ来ても賑やかだ。料理人たちは熱烈に歓迎してくれる。ほとんどの人とも喋れるようになった。ここは僕にとって、間違いなく思い入れのある場所だ。
 だが感傷に浸っている余裕など欠片もない。現在進行で抵抗虚しく、僕は近衛の聖騎士にずるずると引きずられている。ヴィクトの腕がかっちりと僕を掴まえて離さない。強制連行だ。
「前もって連絡を入れろとあれほど言ったのを覚えてねェのか馬鹿たれェ! ユアンのボウズに出せるもんが何も用意できてねぇだろうがよッ!」
「おやっさん、俺、できたよ。この人だっていう運命の相手」
「もう少しあとで来てくれりゃァ新作のスープが出せたっちゅうのに……はァ? 運命の相手ェ?」
 しん、と静寂が訪れる。そして。
「運命の相手だとォォォ! 本気かァアァァァァどこのどいつだァァァァァ俺が審査してやるゥゥゥッ! お前を裏切るようなやつにお前のことはやらんからなァァァ!」
「ユアン様だよ」
「んなにィィィィ! …………合格ッ!」
「ひぇっ」
 にわかに無重力を感じたと思ったら、どっと押し寄せた料理人たちに囲まれて窒息しそうになった。宙ぶらりんだ。ワーッという歓声の中に「おめでとう」とか「お幸せに」といった祝福の言葉が聞こえる。頬を熱くさせながら「ヴィクトの早とちりだ!」と抗議するも誰も聞いちゃくれない。
「ユアン様ったら恥ずかしがっちゃっていじらしい~」
「ほんと。二人だったら素直に応援できるわ」
「まぁ、前からいい雰囲気だなぁとは思ってたんだがな」
 もみくちゃにされながらも魔力がぐんぐん溜まっていくのがわかった。みんな、本当に、心の底から祝福してくれてるんだ。僕とヴィクトのことを受け入れてくれてるんだ。それは嬉しいしありがたい。だけど違う。望んだ展開はこうじゃない。
 と、困り切っているところに、野太い声がかかった。
「おおいユアンのボウズゥ……」
 心臓がひゅんとする。
「いや、ボウズは失礼だァ。呼び方を変えるゼェ……ユアン、貴様ァ」
「ひいぃっ」
「ウェディングケーキはイチゴたっぷりがいいかァ? それともデコレーションは控えめがいいかァ? どっちだ、あァン?」
 思考停止だ。何言ってるんだろう、このおじさん。
「……っ、くはっ、ははははは」
 隣でヴィクトが爆笑する。朗らかなそれが厨房に響き渡る。僕は恨みがましく彼を睨み上げながら、内心盛大に頭を抱えた。はぁ。
 そして後日、前祝いと称して豪華な料理がテーブルに並んだ時、「これはもっと本格的な作戦が必要だ……」とひしひし痛感することとなった。侍女のメアリーから送られるほんのり温かい生クリームのような視線も痛い。
 
 それからさらに数日たって具体作を思いついた僕は、さっそく実行してみることにした。
「なぁヴィクト」
「ん? なあに」
「城下町でいま流行ってるアレ、あるだろ?」
「城下町で流行ってるアレ……? なんのことだ」
 僕も知らない。なぜなら思いつきの嘘でまかせだから。
「食べたい。買ってきて。今すぐ」
「今すぐ?」
 王城中央塔の中央広間の手前で、警衛にあたっていたヴィクトを見上げて僕はツンと告げた。
「お城に来てくれた人たちのお世話が終わったら、部屋に戻ってすぐ食べたいの!」
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