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「――多いな。向こうに巣のようなものがあるのかもしれない。ユアン様」
「は、はいっ」
「ここを動かないで。いい? 何かあったら叫んでくれ。すぐ戻る」
「わかった、叫ぶよ」
エルドラード最強を謳う男は流石だ。恐れなどみじんも見せずに暗闇に飛び込んでいく。僕はその背中を見送ったあと、長く息を吐いた。息を吐いてやっと違和感に気づいた。
おかしい。絶えず感じていた危険な気配はヴィクトが向かっていったほうから流れ来るものではない。どちらかと言えばそれは僕の……。
『アァ恨メシイ……恨メシイ……ゼッ、タイ、許サナァイ……』
「……え」
『ワタシヲ殺シタァ……許サナ、イィィィ』
振り向き様に絶句した。僕は大きく後ずさった。視界に飛び込んできたものがすぐには信じられなかった。
元は愛くるしい顔だったのだと思う。ソレは、かろうじて人の形をしていた。上半身は。
皮膚はドロドロに溶け、緑色に変色していた。上体を上手く支えられないのか、ぐらぐらと身を揺らしている。
まだ人間的な上半身に反し、下半身は目を背けたくなるほどに常軌を逸していた。何十本もの巨大蛇が互いに絡み合って身動きが取れなくなったかのようだ。ぐちゃぐちゃに蠢いて、シューシューと変な声を上げている。
ソレはずるずると地を這って、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。
ヴィクトとの約束通り、声を上げようと息を吸う。だが名前を呼ぶ前に僕は再び言葉を失ってしまった。結果、それでよかったのだと思う。
気づいたのだ。魔物の胸から腰にかけて痛々しいまでに残る、三本の傷。肉が抉れて黄ばんだ液体が滴っている。
まさか、いやまさか……。
こんなに悲しいことがあっていいのだろうか?
なぜならば、彼女は――
『ウウウウ、復讐、シテヤルゥゥゥゥ』
「……レイチェル?」
ぴたりと魔物が動きを止める。ぎょろりと見開かれた眼は眼窩から零れ落ちそうだった。焦点が合っていない。左右それぞれが好き勝手な方向に動いている。それでも片方の球が僕の姿を捕らえた。ゾッと悪寒が走る。
『ワタシノ名前ェ……ソウ、私ハ……レイ……チェ、ル』
「っ……」
あぁ。
あぁ。
あぁ!
レイチェルだ。レイチェルなのだ。魔物として蘇ってしまった。
僕は両手で口を覆った。
『ワタシヲ殺シタ、男ォ……許サナイ。殺ス、殺ㇲ、コロス』
レイチェルは涎のようなものを垂らしながらしきりに同じことを繰り返している。「私を殺した男」とはどういうことだろう?
わからない。わからないけれど、不穏な言葉を連呼する彼女は先ほどヴィクトが消えた方向へと進行している。とっさに僕は思った。
ヴィクトに会わせたくない。
見せたくない。
「ま、待って。一体どういうこと? 殺すだなんて……ねぇ、復讐なんてしても意味ないよ。考え直そう?」
『オ前ニ、何ガ、ワカルゥゥゥ』
ぷしゅう、と瘴気がまき散らされた。盛大にむせる。
「ご、ごめん……っこほ、っこほ。僕はただっ」
なおも進行は止まらない。僕は語気を強めた。
「協力したいだけなんだ、こほっ……あなたの気が、晴れるように」
『キョウリョク?』
「そうだ」
力強く言い切った。どうだろう、無理だろうか? 彼女の怒りをどうにか鎮めて、僕だけでこの場を対処しきることができればあるいは……。
だって、何をどうしたって見せたくないと思ってしまう。ヴィクトに、最愛の人のこんな姿、見せたくない。ショックに決まってる。傷つくに決まってる。
ヴィクトが傷つくのは嫌だ。
「あなたのことを殺したのは魔物なんだよね? 男の姿をしていたの? 教えて。僕が代わりに――」
『チガウ』
決め打ちで投げかけた問いは次の瞬間、ぴしゃりと跳ねのけられた。次いで彼女の口から放たれた言葉に、僕は目の前が真っ白になった。
『私ヲ殺シタノハ、……セオドア』
「は、はいっ」
「ここを動かないで。いい? 何かあったら叫んでくれ。すぐ戻る」
「わかった、叫ぶよ」
エルドラード最強を謳う男は流石だ。恐れなどみじんも見せずに暗闇に飛び込んでいく。僕はその背中を見送ったあと、長く息を吐いた。息を吐いてやっと違和感に気づいた。
おかしい。絶えず感じていた危険な気配はヴィクトが向かっていったほうから流れ来るものではない。どちらかと言えばそれは僕の……。
『アァ恨メシイ……恨メシイ……ゼッ、タイ、許サナァイ……』
「……え」
『ワタシヲ殺シタァ……許サナ、イィィィ』
振り向き様に絶句した。僕は大きく後ずさった。視界に飛び込んできたものがすぐには信じられなかった。
元は愛くるしい顔だったのだと思う。ソレは、かろうじて人の形をしていた。上半身は。
皮膚はドロドロに溶け、緑色に変色していた。上体を上手く支えられないのか、ぐらぐらと身を揺らしている。
まだ人間的な上半身に反し、下半身は目を背けたくなるほどに常軌を逸していた。何十本もの巨大蛇が互いに絡み合って身動きが取れなくなったかのようだ。ぐちゃぐちゃに蠢いて、シューシューと変な声を上げている。
ソレはずるずると地を這って、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。
ヴィクトとの約束通り、声を上げようと息を吸う。だが名前を呼ぶ前に僕は再び言葉を失ってしまった。結果、それでよかったのだと思う。
気づいたのだ。魔物の胸から腰にかけて痛々しいまでに残る、三本の傷。肉が抉れて黄ばんだ液体が滴っている。
まさか、いやまさか……。
こんなに悲しいことがあっていいのだろうか?
なぜならば、彼女は――
『ウウウウ、復讐、シテヤルゥゥゥゥ』
「……レイチェル?」
ぴたりと魔物が動きを止める。ぎょろりと見開かれた眼は眼窩から零れ落ちそうだった。焦点が合っていない。左右それぞれが好き勝手な方向に動いている。それでも片方の球が僕の姿を捕らえた。ゾッと悪寒が走る。
『ワタシノ名前ェ……ソウ、私ハ……レイ……チェ、ル』
「っ……」
あぁ。
あぁ。
あぁ!
レイチェルだ。レイチェルなのだ。魔物として蘇ってしまった。
僕は両手で口を覆った。
『ワタシヲ殺シタ、男ォ……許サナイ。殺ス、殺ㇲ、コロス』
レイチェルは涎のようなものを垂らしながらしきりに同じことを繰り返している。「私を殺した男」とはどういうことだろう?
わからない。わからないけれど、不穏な言葉を連呼する彼女は先ほどヴィクトが消えた方向へと進行している。とっさに僕は思った。
ヴィクトに会わせたくない。
見せたくない。
「ま、待って。一体どういうこと? 殺すだなんて……ねぇ、復讐なんてしても意味ないよ。考え直そう?」
『オ前ニ、何ガ、ワカルゥゥゥ』
ぷしゅう、と瘴気がまき散らされた。盛大にむせる。
「ご、ごめん……っこほ、っこほ。僕はただっ」
なおも進行は止まらない。僕は語気を強めた。
「協力したいだけなんだ、こほっ……あなたの気が、晴れるように」
『キョウリョク?』
「そうだ」
力強く言い切った。どうだろう、無理だろうか? 彼女の怒りをどうにか鎮めて、僕だけでこの場を対処しきることができればあるいは……。
だって、何をどうしたって見せたくないと思ってしまう。ヴィクトに、最愛の人のこんな姿、見せたくない。ショックに決まってる。傷つくに決まってる。
ヴィクトが傷つくのは嫌だ。
「あなたのことを殺したのは魔物なんだよね? 男の姿をしていたの? 教えて。僕が代わりに――」
『チガウ』
決め打ちで投げかけた問いは次の瞬間、ぴしゃりと跳ねのけられた。次いで彼女の口から放たれた言葉に、僕は目の前が真っ白になった。
『私ヲ殺シタノハ、……セオドア』
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