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「で? 率直に言うけど、ユアン様さ」
「……なんだよ」
「俺のこと意識してるでしょ」
「……は、はひゃぁ?」
中央塔の廊下に素っ頓狂な叫びが響いた。僕だ。
「ば、馬鹿言うなよ! だだだ誰がヴィクトなんか!」
「へぇ? 目を合わせただけで赤くなっちゃうのに?」
僕たちは今日、ついさっきまで王城の洗濯係のもとを訪れていた。前回は聖騎士たちの騎士服の裏地に治癒の魔法陣を仕込んでおいたのだけれど、生活が少し落ち着いてきたから他の騎士たちの分もと思ったのだ。
「誰が目を合わせただけで赤くなんて……っ、勝負だヴィクト、こっちを見ろ!」
あ、うん顔あっついね。
「ははっ。かーわいー」
……ぐぬぬ!
「あ、そうだ。そんな可愛いユアン様には中庭を見せてあげましょう」
「中庭?」
「あぁ。俺がよく、女の子落とす時に使うんだけ――」
「却下」
「いい場所なん――」
「却下」
「ふははっ。冗談だって。むくれないで。俺だって最近知ったんだ。ほらこっちだよ。中央広間に面してる。多分、気に入ると思う」
騎士服でいっぱいにした包みを奪われ、腕も取られ、辿り着いたのは今まで一度も足を運んだことのない中央塔の中庭だった。吹き抜けだ。広い。秋を彩る花々が背伸びをして揺れている。立派な樹木のそばには白いベンチが置かれてあった。
「ね? いいところだろ」
見入る僕の手を引いて聖騎士がベンチに近づく。「どうぞ」と促されるまま腰を下ろす。目線の高さが変わり、自然に包まれているような心地よさを感じた。空から差し込む光が神秘的だ。
「連れてきてよかった」
「へ?」
ほうっと呆けていた僕は、文脈なんて忘れてヴィクトの顔をまじまじと見つめてしまう。
「ほんと花が好きなんだね。見ててわかるよ。連れてきて正解だった」
「あ……」
心臓がぎゅんとした。不整脈だ。顔に血流が集まる。パッと目をそらす。
「はぁ。照れてる姿も可愛いけど、でもずっと顔を合わせてもらえないのは寂しいな」
「照れてないっ」
「ここのところずっと態度がおかしかった理由も俺?」
「だからヴィクトの勘違いだって!」
それじゃあまるで僕がヴィクトのことを好きみたいじゃないか。
「ふうん?」
確かに最近の悩みはこの男との接し方だった。一緒にいるともんもんとして思ってもみない行動をとってしまう。会話を繋げたくてもつっけんどんにはなるし、近づけば距離を取ろうと体が勝手に画策する。
でも、違う。ありえない。王国一の嫌われ神子が王国一の花形聖騎士と恋をするなんてそんなの、滑稽だ。
あぁわかったぞ。あるいは変な病気にかかってしまったのかもしれない。そうだ、絶対そうだ。神子である自分でも治せないようなへんてこな奇病なんだ。
それにそれに、そうじゃなきゃ不公平だろう? 僕をからかうヴィクトのチャラつきようは絶好調だ。僕のことなんてどうとも思ってない。微塵もだ。色恋に疎くたってわかるよ。ヴィクトは……好きになっても辛いだけの相手なんだ。甘い言葉をかけ、真摯な行動を見せるくせに、本気にはならない。そんな男だ。現に僕のことは抱かないと言い切っていたじゃないか。
っておいおい待て! 僕がヴィクトに抱かれたいみたいに聞こえてしまう! 違うぞこれはあれだ、魔力獲得のためのあれだ! あ、うあ、うわぁぁぁ!
「ぷはっ、ははははは」
聖騎士が爆笑しだした。鉄拳を飛ばす。
「いたっ、痛い痛い、ユアン様ごめんって! でも一人で百面相してるんだもん。ごめんね。怒らないで。もう笑わないから。……はあ。可愛い」
「うるさい。ヴィクトなんて嫌いだ」
「嘘つきちゃんめ」
「大嫌いだ」
僕はぷいとそっぽを向いた。どうすれば年齢相応の振る舞いができるのか教えてほしい。
「本当に大嫌いなの? だとしたら……ショックだな」
ヴィクトはこれみよがしに「ショックだ」と繰り返す。許可も取らない手が僕のあごに伸びた。肌が触れる。節のはっきりとした手はそのまま、僕の顔を自分のほうに向かせた。ほらな、手が早い。自分の土俵に持っていくのがひどく上手い。誰に対してもきっとこうなんだ。僕が本気にしたところで「冗談だよ」って笑うんだ。
そんな考えに眉を歪めた僕が視界に入れた聖騎士の表情は、しかしながら思っていたものとは異なった。
「ねぇ、教えてよ」
真剣だった。あまりのまっすぐさに言葉を失ってしまう。時の経過を感じられなくなり、難しいことも考えられなくなった。僕はただただヴィクトの眼差しを受け止めながら、親指が唇をゆっくりなぞるのを感じていた。
キス、されるのかな。
してくれたらいいな。
いや、しないだろうな。
喉の奥がつきっと苦しい。意味もなく泣きたくなった。
「ユアン様」
……あぁ。そんなふうに呼ぶなよ。もういいよ、なんでも。
どうせ、ヴィクトは近いうちに第一部隊に帰っていくんだ。きっとここでの日々なんてしばらく経ったら忘れてしまう。たくさんの人と楽しく過ごす彼の長い人生において、僕は一瞬だけ交わった気まぐれな風みたいなものだ。だったら……。
だったら、思い出の一つくらいもらっても罰はあたらないはずだ。僕だけが覚えていればそれでいい、僕だけが思い出せればそれでいい、そんな思い出が、欲しい。
「本当は俺のことどう思ってる?」
「ぼ、僕は、ヴィクトのことが……」
「うん」
「……す」
「――で、返事はなんて? さっき隠れてヴィクト様にデートの話つけてたの、バレバレなんだからね」
「……なんだよ」
「俺のこと意識してるでしょ」
「……は、はひゃぁ?」
中央塔の廊下に素っ頓狂な叫びが響いた。僕だ。
「ば、馬鹿言うなよ! だだだ誰がヴィクトなんか!」
「へぇ? 目を合わせただけで赤くなっちゃうのに?」
僕たちは今日、ついさっきまで王城の洗濯係のもとを訪れていた。前回は聖騎士たちの騎士服の裏地に治癒の魔法陣を仕込んでおいたのだけれど、生活が少し落ち着いてきたから他の騎士たちの分もと思ったのだ。
「誰が目を合わせただけで赤くなんて……っ、勝負だヴィクト、こっちを見ろ!」
あ、うん顔あっついね。
「ははっ。かーわいー」
……ぐぬぬ!
「あ、そうだ。そんな可愛いユアン様には中庭を見せてあげましょう」
「中庭?」
「あぁ。俺がよく、女の子落とす時に使うんだけ――」
「却下」
「いい場所なん――」
「却下」
「ふははっ。冗談だって。むくれないで。俺だって最近知ったんだ。ほらこっちだよ。中央広間に面してる。多分、気に入ると思う」
騎士服でいっぱいにした包みを奪われ、腕も取られ、辿り着いたのは今まで一度も足を運んだことのない中央塔の中庭だった。吹き抜けだ。広い。秋を彩る花々が背伸びをして揺れている。立派な樹木のそばには白いベンチが置かれてあった。
「ね? いいところだろ」
見入る僕の手を引いて聖騎士がベンチに近づく。「どうぞ」と促されるまま腰を下ろす。目線の高さが変わり、自然に包まれているような心地よさを感じた。空から差し込む光が神秘的だ。
「連れてきてよかった」
「へ?」
ほうっと呆けていた僕は、文脈なんて忘れてヴィクトの顔をまじまじと見つめてしまう。
「ほんと花が好きなんだね。見ててわかるよ。連れてきて正解だった」
「あ……」
心臓がぎゅんとした。不整脈だ。顔に血流が集まる。パッと目をそらす。
「はぁ。照れてる姿も可愛いけど、でもずっと顔を合わせてもらえないのは寂しいな」
「照れてないっ」
「ここのところずっと態度がおかしかった理由も俺?」
「だからヴィクトの勘違いだって!」
それじゃあまるで僕がヴィクトのことを好きみたいじゃないか。
「ふうん?」
確かに最近の悩みはこの男との接し方だった。一緒にいるともんもんとして思ってもみない行動をとってしまう。会話を繋げたくてもつっけんどんにはなるし、近づけば距離を取ろうと体が勝手に画策する。
でも、違う。ありえない。王国一の嫌われ神子が王国一の花形聖騎士と恋をするなんてそんなの、滑稽だ。
あぁわかったぞ。あるいは変な病気にかかってしまったのかもしれない。そうだ、絶対そうだ。神子である自分でも治せないようなへんてこな奇病なんだ。
それにそれに、そうじゃなきゃ不公平だろう? 僕をからかうヴィクトのチャラつきようは絶好調だ。僕のことなんてどうとも思ってない。微塵もだ。色恋に疎くたってわかるよ。ヴィクトは……好きになっても辛いだけの相手なんだ。甘い言葉をかけ、真摯な行動を見せるくせに、本気にはならない。そんな男だ。現に僕のことは抱かないと言い切っていたじゃないか。
っておいおい待て! 僕がヴィクトに抱かれたいみたいに聞こえてしまう! 違うぞこれはあれだ、魔力獲得のためのあれだ! あ、うあ、うわぁぁぁ!
「ぷはっ、ははははは」
聖騎士が爆笑しだした。鉄拳を飛ばす。
「いたっ、痛い痛い、ユアン様ごめんって! でも一人で百面相してるんだもん。ごめんね。怒らないで。もう笑わないから。……はあ。可愛い」
「うるさい。ヴィクトなんて嫌いだ」
「嘘つきちゃんめ」
「大嫌いだ」
僕はぷいとそっぽを向いた。どうすれば年齢相応の振る舞いができるのか教えてほしい。
「本当に大嫌いなの? だとしたら……ショックだな」
ヴィクトはこれみよがしに「ショックだ」と繰り返す。許可も取らない手が僕のあごに伸びた。肌が触れる。節のはっきりとした手はそのまま、僕の顔を自分のほうに向かせた。ほらな、手が早い。自分の土俵に持っていくのがひどく上手い。誰に対してもきっとこうなんだ。僕が本気にしたところで「冗談だよ」って笑うんだ。
そんな考えに眉を歪めた僕が視界に入れた聖騎士の表情は、しかしながら思っていたものとは異なった。
「ねぇ、教えてよ」
真剣だった。あまりのまっすぐさに言葉を失ってしまう。時の経過を感じられなくなり、難しいことも考えられなくなった。僕はただただヴィクトの眼差しを受け止めながら、親指が唇をゆっくりなぞるのを感じていた。
キス、されるのかな。
してくれたらいいな。
いや、しないだろうな。
喉の奥がつきっと苦しい。意味もなく泣きたくなった。
「ユアン様」
……あぁ。そんなふうに呼ぶなよ。もういいよ、なんでも。
どうせ、ヴィクトは近いうちに第一部隊に帰っていくんだ。きっとここでの日々なんてしばらく経ったら忘れてしまう。たくさんの人と楽しく過ごす彼の長い人生において、僕は一瞬だけ交わった気まぐれな風みたいなものだ。だったら……。
だったら、思い出の一つくらいもらっても罰はあたらないはずだ。僕だけが覚えていればそれでいい、僕だけが思い出せればそれでいい、そんな思い出が、欲しい。
「本当は俺のことどう思ってる?」
「ぼ、僕は、ヴィクトのことが……」
「うん」
「……す」
「――で、返事はなんて? さっき隠れてヴィクト様にデートの話つけてたの、バレバレなんだからね」
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