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どうやって帰り着いたかなんて覚えていない。気づいたら自室のベッドに転がって天井を見上げていた。そしてそれからどのくらいの時間が経ったのかもわからない。
辺りが夕闇に飲まれた時、コンコンというノック音で我に返る。
「ユアン様? ドアが開きっぱなしなんだけど。入っていいの?」
返事をするのも億劫だった。どうせヴィクトは入ってくるだろう。
「入るよ」
そして情けない僕の姿を見つけてしまうんだ。
「あれ? 寝てるのかな」
いや、まだそうと決まったわけではない。きっとちゃんと、いつもどおりに振る舞えるはずだ。しゃきっとしないと。
「お、いたいた。ユアン様、体調はどう? 起きてて平気? 祈りの儀式はしばらく休みをもらったんだってね」
「ねぇヴィクト」
「ん?」
言え。言うんだ。なんてことないように。頑張れ、僕。
「王様のところに行こうよ。もう伝わってはいると思うけど、僕は力を取り戻しましたって正式に報告してさ。それでヴィクトを第一部隊に戻してもらえるようにお願いするんだ」
僕は上体を起こすと、口を閉ざしたままの聖騎士を見つめて微笑んだ。反応がない。
「どうかした? あ、それとももう、復帰決まってたり? 確か今日、団長に呼ばれてたんだよね」
なおも聖騎士は言葉を返さない。一転して、ひどく痛ましいものを見るような目つきになった。
「ヴィクト? ほんとどうしたの」
「ユアン様」
彼はベッドの脇までやってくると床に膝をつき、切実な声色で僕に問うた。
「何があった?」
「へ……」
「隠さないで教えて。何かあったんだろう? 顔を見ればわかる」
まさか。どうして。
「そんなことないよ」
「笑うな」
ビクッと肩がはねた。聖騎士はすぐに「すまない」と謝罪を口にする。
「前にもそうやって笑ってた。辛いくせに、無理して笑ってるんだ。違うか?」
「っ……」
どうしてこの人は僕の隠したいものをこんなにも簡単に見抜いてしまうのだろう。
「何があったか言いたくないなら言わなくていい。だが、わかってほしい」
太陽が僕を照らす。
「俺の前では強がらなくていい。泣きたい時は泣いていいし、傷ついた時は傷ついた顔をしていいんだ」
母さんの教えだからと自分に言い聞かせていた魔法の言葉――呪文――は、ほんとのところは弱い自分を見たくないがゆえの逃げ道だった。自分のだめなところ全部、永久凍土の下に埋めて隠していたつもりだった。それをこの男が容赦なく日の元に引きずり出して溶かしていく。
まずい、まずいまずいまずい。
泣きたくなんてないのに。
「ユアン様? いいんだよ。ほら、おいで。俺はあなたの騎士ですから、いくらでもこの胸お貸ししましょう」
もう我慢できなかった。感情が堰を切ったように溢れ出し、僕はヴィクトに縋ってわんわん泣いてしまう。打ち明けるつもりのなかった気持ちが意味をなさない嗚咽に混じって漏れていった。
せっかく魔力が溜まりだしても、負傷者全員を癒せるだけの力がなかったこと。そもそもヴィクトが最初から前線にいれば傷つく人は少なかったこと。復帰を願うヴィクトの気持ちを知っていながら自分のせいでそれが叶わないこと。人の邪魔ばかりしている自分はやっぱり神子失格で、情けなさにどうしようもなくなっていること。
ヴィクトはあやすように背中をさすりながら静かに聞いてくれた。そして僕の心の吐露が終わった時、優しい声音で言う。
「ねぇ、ユアン様さ。俺の騎士服にイタズラしたでしょ?」
ずずっと鼻をすすって、僕は「ごめん」と肯定した。
「俺、自分で言うのもなんだけどわりと腕には自信があるほうで。それでも今回の魔物は強かったし、きっついな、と思った。でもさ、無傷だったんだよ」
そうだ。王城の人々からはもはや英雄視されている。
「魔物の攻撃、二発? だったかな。正面から食らった。肋骨の二、三本はイったはずなんだ」
知らなかった。こんな抱きつくような真似をしてよかったんだろうか。
「ふふっ、大丈夫だって。無傷って言ったろ? なんともなかったんだ。奇跡だなって思った」
で、王城に戻って来てから着替えた時にびっくり、とヴィクトは続ける。
「隊の一人がなんだこれって声上げてさ。そこでみんな気づいた。魔法陣の刺繍がしてあったんだ。……全員の騎士服の裏に」
ヴィクトが耳元で囁くから意思に反して肩がびくついてしまう。それを押さえ込むかのように背中に回った腕に力がこもった。
「まさかエルドラードの全騎士服に施したのか?」
「い、いや……さすがに。聖騎士の分だけだよ。魔物と戦うのは、危険と隣り合わせだから」
「そっか」
ほんの少しの静寂が漂った。僕の涙は知らないうちに止まり、代わりに心臓がせわしなく存在を主張し始めている。ドクドクとうるさくて、ヴィクトに聞こえてしまったらどうしようと別の心配が生まれた。
「ユアン様。大事なこと、言うから。いい? 聞いて」
「う、うん」
「あなたは……――」
辺りが夕闇に飲まれた時、コンコンというノック音で我に返る。
「ユアン様? ドアが開きっぱなしなんだけど。入っていいの?」
返事をするのも億劫だった。どうせヴィクトは入ってくるだろう。
「入るよ」
そして情けない僕の姿を見つけてしまうんだ。
「あれ? 寝てるのかな」
いや、まだそうと決まったわけではない。きっとちゃんと、いつもどおりに振る舞えるはずだ。しゃきっとしないと。
「お、いたいた。ユアン様、体調はどう? 起きてて平気? 祈りの儀式はしばらく休みをもらったんだってね」
「ねぇヴィクト」
「ん?」
言え。言うんだ。なんてことないように。頑張れ、僕。
「王様のところに行こうよ。もう伝わってはいると思うけど、僕は力を取り戻しましたって正式に報告してさ。それでヴィクトを第一部隊に戻してもらえるようにお願いするんだ」
僕は上体を起こすと、口を閉ざしたままの聖騎士を見つめて微笑んだ。反応がない。
「どうかした? あ、それとももう、復帰決まってたり? 確か今日、団長に呼ばれてたんだよね」
なおも聖騎士は言葉を返さない。一転して、ひどく痛ましいものを見るような目つきになった。
「ヴィクト? ほんとどうしたの」
「ユアン様」
彼はベッドの脇までやってくると床に膝をつき、切実な声色で僕に問うた。
「何があった?」
「へ……」
「隠さないで教えて。何かあったんだろう? 顔を見ればわかる」
まさか。どうして。
「そんなことないよ」
「笑うな」
ビクッと肩がはねた。聖騎士はすぐに「すまない」と謝罪を口にする。
「前にもそうやって笑ってた。辛いくせに、無理して笑ってるんだ。違うか?」
「っ……」
どうしてこの人は僕の隠したいものをこんなにも簡単に見抜いてしまうのだろう。
「何があったか言いたくないなら言わなくていい。だが、わかってほしい」
太陽が僕を照らす。
「俺の前では強がらなくていい。泣きたい時は泣いていいし、傷ついた時は傷ついた顔をしていいんだ」
母さんの教えだからと自分に言い聞かせていた魔法の言葉――呪文――は、ほんとのところは弱い自分を見たくないがゆえの逃げ道だった。自分のだめなところ全部、永久凍土の下に埋めて隠していたつもりだった。それをこの男が容赦なく日の元に引きずり出して溶かしていく。
まずい、まずいまずいまずい。
泣きたくなんてないのに。
「ユアン様? いいんだよ。ほら、おいで。俺はあなたの騎士ですから、いくらでもこの胸お貸ししましょう」
もう我慢できなかった。感情が堰を切ったように溢れ出し、僕はヴィクトに縋ってわんわん泣いてしまう。打ち明けるつもりのなかった気持ちが意味をなさない嗚咽に混じって漏れていった。
せっかく魔力が溜まりだしても、負傷者全員を癒せるだけの力がなかったこと。そもそもヴィクトが最初から前線にいれば傷つく人は少なかったこと。復帰を願うヴィクトの気持ちを知っていながら自分のせいでそれが叶わないこと。人の邪魔ばかりしている自分はやっぱり神子失格で、情けなさにどうしようもなくなっていること。
ヴィクトはあやすように背中をさすりながら静かに聞いてくれた。そして僕の心の吐露が終わった時、優しい声音で言う。
「ねぇ、ユアン様さ。俺の騎士服にイタズラしたでしょ?」
ずずっと鼻をすすって、僕は「ごめん」と肯定した。
「俺、自分で言うのもなんだけどわりと腕には自信があるほうで。それでも今回の魔物は強かったし、きっついな、と思った。でもさ、無傷だったんだよ」
そうだ。王城の人々からはもはや英雄視されている。
「魔物の攻撃、二発? だったかな。正面から食らった。肋骨の二、三本はイったはずなんだ」
知らなかった。こんな抱きつくような真似をしてよかったんだろうか。
「ふふっ、大丈夫だって。無傷って言ったろ? なんともなかったんだ。奇跡だなって思った」
で、王城に戻って来てから着替えた時にびっくり、とヴィクトは続ける。
「隊の一人がなんだこれって声上げてさ。そこでみんな気づいた。魔法陣の刺繍がしてあったんだ。……全員の騎士服の裏に」
ヴィクトが耳元で囁くから意思に反して肩がびくついてしまう。それを押さえ込むかのように背中に回った腕に力がこもった。
「まさかエルドラードの全騎士服に施したのか?」
「い、いや……さすがに。聖騎士の分だけだよ。魔物と戦うのは、危険と隣り合わせだから」
「そっか」
ほんの少しの静寂が漂った。僕の涙は知らないうちに止まり、代わりに心臓がせわしなく存在を主張し始めている。ドクドクとうるさくて、ヴィクトに聞こえてしまったらどうしようと別の心配が生まれた。
「ユアン様。大事なこと、言うから。いい? 聞いて」
「う、うん」
「あなたは……――」
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